第四十一話 鏡面世界
「ちく……しょう、がぁ……!」
墜落地点のド真ん中でロジェは
仰向けに大の字で倒れたまま恨み言をボヤいていた。
その身に纏う魔神外装はまだまだ健在であったが、
どうやら先に内部の肉体が限界を迎えてしまったようだ。
彼は真横に立つリーヌスに飛び掛かって
その喉笛を掻っ切ろうと何度も空想してみるが、
体は脳の命令に応じずプルプルと震えるのみだった。
(全く……動けねぇ……!)
「もう決着は付いています。――投降しなさい。
能力を解除して頂ければ命だけは助けますから。」
「ガキが……! 舐める……なァ……!」
口から血を吹き出しながらロジェは青年を睨む。
するとその時、彼らの下にとある集団が現れた。
ユラユラと体を左右に揺らしながら近付くソレは、
第七席直下の準幹部たちであった。
「おぉ! よく来たお前ら……! コイツを殺せ!」
(マズい……! 流石にもう魔力残量が……!)
リーヌスは白亜の騎士を再度出現させるが、
その体は向こう側が透けて見えるほどに希薄で、
とても準幹部級八人を相手取れる状態では無かった。
そしてそんなリーヌスの方へと敵たちは駆け込む。
だが彼らが最終的に襲ったのは――
「は?」
――ロジェの方だった。
「「ォォオォオオアアアア!!」」
そこに人の言葉は無く、
あるのは獣の咆吼が如き怒号のみ。
彼らは怒っていた。怒っていると理解出来た。
「おごっ!? やめっ……! がぁあ!?」
まるでゾンビが生者に群がるように、
八人は短刀や毒針を持ち寄ってロジェを刺突する。
何度も、何度も、何度も、何度も、
積もりに積もった尽きぬ怨嗟が彼を喰らった。
「やめ……てぇっ……! やだぁ――!」
滑稽にもロジェは助けを求めるように
リーヌスの方へと手を伸ばすが、
丁度その時、巨大神像が突如傾き出した。
(!? マズい神像が……!)
「掴まれ! 根暗人類!」
「シアナ、グレン! っ……!」
飛び込んで来た飛行バイクに飛び乗り、
リーヌスはその場から離脱した。
そして残されたロジェの方へ神像は倒れ始める。
「おい、おいおいおい! 待て待て待て……!」
まるでそれは神の裁き。
死者を酷使した執政補佐官へ、天罰が下る。
「嫌だ! 嫌だぁあああああああ!!」
――群がる亡者の群れと共に死霊使いは潰された。
直後、彼の術で動いていた全ての敵が消滅する。
魔王執政補佐官第七席ロジェ――圧死。
上限無き魔界の軍勢に、死という終わりが設定された。
――――
飛行バイクの上から、
リーヌスたち三名は地上の様子を伺う。
最盛時は二百万以上の戦力を誇っていた魔王軍も、
ロジェの死と『賢者の石』の起動によって
現在はその総数を約三分の一にまで減らしていた。
「おー! 道がかなり空いた! お手柄だな根暗人類!」
「いや……依然僕たちが劣勢な事に変わりは無いです……」
「ちったぁ嬉しそうにしやがれ!
誰がどう見ても、大金星だったぜ、リーヌス!」
「! ありがとう、ございます……」
歓喜するグレンとシアナに釣られ、
リーヌスは照れ臭そうに慣れない笑みを浮かべていた。
がその時――
「!? 不良人類っ! 後ろッ……!」
――太い真紅の光線が三人の乗るバイクを襲撃した。
「っ……! 新手か……! どこからだ!」
バイクを傾けギリギリで光線を躱し、
グレンたちは追撃者を探した。
しかし逆算で導いた発射地点には誰の姿も無く、
それどころか今度は全く別の角度から再び光線が迫った。
「はぁ!? どんな移動手段使ってやがる……!」
「これじゃあ良い的だ! 一旦路地に入れ!」
正体不明の攻撃から逃れるべく、
三人を乗せたバイクは建物の隙間へと滑り込む。
彼らは其処でそれぞれ地上に降り立つと、
再び攻撃に捕まらないよう足を止める事無く走り続けた。
「ひとまず射線は切れたか?」
「いえ。決してまだ安心出来る状況じゃ無いです。
このまま建物の合間を縫って安全圏へ――」
そう呟くリーヌスの真横で何かが光った。
彼が一瞬意識を向けたその先で目撃したのは、
鏡のようにこちらを写す建物のガラス。
そしてその鏡面の中にいた、魔女の姿であった。
「――ッ!?」
刹那、黒い塊が鏡面より飛び出した。
真横からリーヌスの身体を捉え、
建物の壁をぶち破って突進してきたのだ。
リーヌスは咄嗟に白亜の騎士でガードするが、
もうほとんど魔力の無い状態で喚ぶ騎士は貧弱。
黒塊の突進によるダメージの全てを流す事は出来ず、
致命傷こそ避けられたが、彼の意識は落とされた。
「ハァイ、まずは一人。」
「リーヌス!? っ……誰だテメェ!?」
鏡から現れた魔女は真紅の鎌を構える。
彼女の全身を覆っていたのは
どこか十二単を連想させるような赤と黒の鎧。
鎌を扱う右腕のみ開けた魔神外装であった。
「――魔王執政補佐官、第六席アン。
そう名乗れば流石に伝わるかしら、坊やたち?」
直後、リーヌスを突き飛ばした鉄塊が動く。
それはまるで蜷局を巻く蛇のような姿となり、
背後からグレンとシアナを強襲した。
やがて彼らは路地裏から吹き飛ばされ、
再び都市部の開けた場所へと押し戻される。
「不良人類! 根暗人類は!?」
「回収した……! けど戦闘続行は不可能そうだ!」
「っ……! 二対一、私たちでやるか……?」
「残念だけど、二対一じゃないわ。」
シアナの発言を否定し、アンは両手を大きく広げた。
すると彼女の周囲にあった建物のガラスが
突如として一斉に光り出す。
やがてその輝く鏡面からは無数の亜人たちが出現した。
「二対……沢山ってところね?」
(亜人種! けど何か様子が変だぞ……?)
シアナは武器を構えつつも
アンに呼び出された亜人たちを気に掛ける。
彼らの顔はどこか絶望したように暗く、
そしてその首や手には無骨な拘束具が見えた。
「捕虜……か?」
「あら賢いのね、ラミアちゃん。そう、正解。
この仔たちは改造前の待機捕虜。
戦力減っちゃったしね。急遽呼んで来たって訳。」
愚痴るように説明するとアンは次なる術を使う。
魔鏡によって味方の総数を嵩増しさせる魔法だ。
しかし二倍に増やしていた今までのソレとは違い、
今回の増加量は三倍、四倍と際限無く増えていった。
「「……っ!?」」
「ロジェを倒して逆転、なんて思ってた?
残ね~ん! 私が健在な限り魔王軍は滅びない。」
(チィ……! なら此処で――)
「――あと私、ロジェほど馬鹿じゃないから。」
そう言い残しアンは手鏡を取り出した。
直後鏡と彼女の身体が眩い閃光に包まれ、
やがて一秒も経たぬ間にその姿が消失する。
(しまった……! あの女……!)
戦場に残されていたのは
大量の亜人種に囲まれたシアナたちのみだった。
(逃げやがった!)
――都市上空――
高く伸びるビルのガラスが妖しく輝く。
そしてその鏡面からは
黒い大蛇の背に立つアンが飛び出してきた。
(やられちゃダメなんだから、私が戦うとか無い無い。)
大蛇は足場の無い空を駆け、
主人であるアンを地上の戦火から遠ざける。
この万能な大蛇こそ魔神外装『クロヒメ』の能力。
接近戦の弱いアン本体を護るための鎧だった。
(ずっと鏡の世界にいると鏡像が消えちゃうしね。
しばらくは上から敵が死ぬ様でも眺めてようかしら。)
まるで休日の予定でも決めるかのように、
アンは空飛ぶ大蛇の上でほくそ笑む。
だがその時、彼女の耳に無粋な音が届いた。
それはガシャンガシャンという金属同士の衝突音。
そして空気を一気に汚すようなエンジン音であった。
当然アンはグレンの飛行バイクの追跡を想像し、
彼らと亜人たちがいる後方へと意識を向けた。
しかし今回の駆動音はグレンの出すソレでは無い。
バイクが来ていたのはアンの意識外となった前方から。
ビルの壁を駆け抜け空へと飛び出して来たのは、
二輪車に化けたゼノとそれを運転するエレノアだった。
「悪いけど、足場に使わせて貰うわよ!」
エレノアは自身とゼノに対極の磁力を付与し、
その斥力でアンの方へと自身の体を撃ち上げる。
「第六席アン! 処理します!」
「――いつの間に!? っ……小娘が!」
「『磁極烙印』ッ!」
空中で効果範囲内に入った敵の体に
エレノアは見事磁力の付与に成功した。
そしてアンと鉄槌との間に生まれた引力を利用し
彼女は己の持つ最大最高火力を初手とする。
「――『トールハンマー』ァッッ!!!!」
蒼電を纏う鉄槌の重撃が第六席へと放たれた。
が、しかし彼女の渾身の一撃は
アンを守る黒い大蛇によって阻まれてしまう。
(何コイツ……!? 硬っ!)
悪い予感を察知したエレノアは
咄嗟に鉄槌に宿る極の向きを転換させる。
それによりアンの体は強い斥力で吹き飛ばされ、
ビルの窓を貫通し、そのままオフィスへと叩き込まれた。
(よし……! 何とかダメージを与えられた……!
あのままパワー比べをしてたら、危なかったかも……)
早まった心拍に動揺しながらも、
エレノアはアンを追ってオフィスの中へと侵入する。
すると彼女は暗い室内で屈むアンの姿を目撃した。
「っ……!? 大人しくしなさい……!」
「アナタの祝福。その歳で中々の練度ね?
もしかして首席卒業生のエリート子猫ちゃん?」
(何を言ってるの、コイツ……?)
「私ね。アナタみたいな小娘が大っ嫌いなの。」
「――っ!」
エレノアは尋常では無い雰囲気を悟り構えた。
しかしその瞬間、一歩踏み出した足が何かを壊す。
パキンと音を立てて砕けたのは、
足元に散らばるガラス片の一つであった。
その表面はどれも、エレノアの顔を反射していた。
「『鏡面世界からの熱光線』!」
刹那、エレノアの足元を真紅の光が照らし出す。
そして光はすぐに莫大な魔力と共に鏡面から飛び出し、
真下から突き上げるような光線としてエレノアを襲った。
(これ……ヤバっ……!)
赤い光がエレノアの陰を消失させ、
彼女の立っていた場所諸共、ビルは半壊する。
「私、戦っても強いから。」




