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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第七章 鉄風の百鬼戦線

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第三十二話 蝿王の群

 ――魔天の楼閣・最上層――


 赤く輝く妖刀から斬撃を飛ばし、

 鬼の若頭は我道を阻む瓦礫を斬った。

 擦れた鉄板からこぼれ落ちる粉埃を払い除け、

 彼はそのまま逃げた巨獣の背中を追う。


 やがて辿り着いたのは

 中央に超巨大な吹き抜けが通る異様な空間。

 最奥にはシステマチックな黒い玉座と

 それを囲むように壁には区画毎に区切られた

 部屋や足場が並んでいた。


(集会場……? みたいな場所だな……)


 ウラは周囲の状況を確認しながら

 追っていたはずの魔王の姿を探す。

 だが彼が見つけるよりも先に

 魔王の方から奇襲攻撃を仕掛けて来た。


「ッ――!? 更に上か……!」


 巨体による超質量攻撃が

 上空からウラのいる足場へ向けて放たれた。

 その一撃は明らかに敵への直撃を狙っていなかったが、

 落着の余波だけで十分なダメージを与えてきた。


(なんつー威力だよっ……!)


「よぉ鬼の若造。()けてきたのはお前だけか?

 それなら別にわざわざ奇襲する意味は無かったな。」


「はぁ? どういう意味――」


 ――ウラが怒りの感情を向けたその時、

 まるで彼のその殺気を相殺するかのように

 冷たい眼力がウラの神経を刺激した。


 慌てて気配のした方向に目を向けてみると

 其処にはボロ布を纏った剣士が座っていた。

 魔王もその存在に気付くと

 ニヤリと口角を上げ親しげに声を掛ける。


「よぉオルフェウス。お前がやるか?」


「……」


「フン。相変わらず無愛想な奴だ。まぁいい……」


 魔王は腕を大きく後ろに伸ばし、

 膝裏から背中にかけて全身をほぐす。

 ――と同時に骨盤から不快な破砕音を立てる。

 それだけでは無く肩や膝の関節も外し、

 ボキ、ボキボキと全身の骨格を変形させていった。


特質換装(モードシフト)――進撃獣『ヴァルトシュヴァイン』!」


「っ!?」


 突然の肉体変形にウラが驚愕した次の瞬間、

 彼へ向けて亜音速に届く怪獣の突進が放たれた。

 その突撃はまるで光線の如く空間を抉り、

 鬼族特有の運動性能でギリギリ跳躍が間に合った

 ウラの足元スレスレを容赦無く削り抜く。


「避けたか! ならば次だァ!」


 嬉々とした声と共に

 砂塵の中で怪獣のシルエットが再び変容を始めた。

 今度は体内から何かが飛び出すような音を立てながら、


特質換装(モードシフト)――絡千手『シュランゲ』!」


(今度は、触手か!?)


 煙の中から射出されたのは

 六、七本の巨大な触腕であった。

 鱗で覆われたその表面は妖刀でも簡単に裂けず、

 次第に空中で逃げ場の無いウラを追い詰めていく。


(っ……! 速ェし、硬ェし、重てェッ……!

 リーチもあるのにコントロールまで自在かよ!)


「フッ! どうした若造!

 随分情けないツラで滑稽な踊りをするじゃないか!」


「あ゛ぁ!?」


「お前の父アクラも、そうやって無様に舞っていたなァ!」


「ヅッ! 貴様ァッ!!」


「――ホレ、隙ありだ。」


 触腕の先端がパカリと開く。

 内部の見通せないその黒い孔は全て、

 空中で頼りのないウラの方を向いていた。

 そして――


全放射(フルバースト)。」


 ――オレンジ色の光線が空間内を交錯する。

 咄嗟に剣技による防御を図るウラへと集中砲火し

 一切の加減も容赦も無くその身を灼いた。


 光線の照射時間はほんの二、三秒。

 エネルギーを一回分噴き出した程度。

 しかしそれだけで戦闘特化の亜人、

 鬼の若頭は丸焦げにされ地上へと落下した。


(チク……ショウ……!)


 薄れ征く意識の中で、

 ウラの瞳は重く閉じようとしていた。


(俺は……俺は――)



 ――――


 記憶の中の親父はいつも大きく見えた。

 勇猛果敢で質実剛健。


 誰もが思わずその後を追いたくなるほど、

 親父の背中は常に偉大な物だった。

 ――()はそんな親父の事が好きだった。


「いいかウラ。俺をよく見て育て。」


 大きな背中で語りつつも

 親父はちゃんと俺の事を見ていてくれた。

 どんな小さな成果でも褒めてくれたし、

 俺が何かする度に興味を示してくれていた。


()()()、俺の大事な息子だからな。」


 それが『後悔』から来る物だと俺は知っていた。

 これから腹を割って話そうとしていた矢先に、

 罪人と駆け落ちしてしまった歳の離れた俺の姉。

 居なくなってしまった娘への後悔だった。


 一度失敗してしまったから、

 だからこそ親父は俺を立派な跡取りにすべく

 誰よりも俺の事を意識してくれていた。


 正直な話、俺はそれで構わなかった。


 どんな形であれ俺に期待してくれるのが嬉しかった。

 例えそれが代役や当て馬であろうとも、

 鬼の族長アクラの嫡男として振る舞えるのが

 他の何物にも代え難いほど俺の誇りだった。

 なのに――


「伝令……! 

 ヴァル・ガーナベックが『暴食』に覚醒!

 帝国の残党で魔王軍なる組織を再編しました!」


 ――時代がそれを許してくれなかった。

 天帝の死亡、帝国の衰退、そして戦争の終結。

 あまりにも激動の数ヶ月で世界は変わった。


「族長! 魔王軍の大軍勢が移動を開始……!

 我ら鬼の一族に、従属を要求しています!」


 帝国時代、鬼の一族もアビスフィア側にいた。

 だが例え戦争終盤となり召集命令を出されても

 親父は希望者以外の参戦を決して行わず

 一族全体の被害を最小限に抑える事に尽力した。


 しかしどうやらそれが裏目に出たらしい。

 天帝の後継とも呼べる魔王ヴァル・ガーナベックは

 そんな親父の態度を非難し完全な従属を迫る。


「全く……風情の無い輩よ……」


 母と共に戦支度を調えながら

 親父は気怠げに溜め息を漏らしていた。


 いや、父だけでは無い。

 族長と共に戦地へと赴く古株の鬼たちは皆、

 どこか虚ろな目をしているように見えた。


 そんな事では良く無いと

 俺は気の知れた仲間と共に参戦を望む。

 しかし戦時中とは対称的に、

 そんな血気盛んな若者たちを親父は止めた。


「鬼の寿命は百と二十。

 一人前と認められるのは三十に達してからだ。

 この戦いは、一人前の鬼以外、参加を禁ずる!」


 当時の俺は「数え」でようやく三十だった。


「族長様。ならば私は参加可能ですよね?」


「……あぁ……いや、お前は例外だイブキ!

 もし我々が帰って来なかった場合、

 お前が『支天衆(カゲロウ)』の筆頭としてウラを支えろ!」


 イブキはすんなり納得して引き下がる。

 けれど俺は、未熟者扱いがどうしても悔しかった。

 そんな俺の頭を優しく叩き親父たちは戦地へ赴く。

 地平線に消えるその背中は、()()()()()()()()()


 今にして思えば、きっと親父は全て分かっていた。


 アビスフィア天帝の残党とはいえ、

 魔王軍が決して敗残兵の集まりでは無い事を。

 そして暴食のサギトへと覚醒した魔王と戦えば、

 自分が死んでしまうという結末さえも。


 だから親父は未来ある若者を残した。

 自分の息子と『その周り』を置いて行った。

 仁に溢れた、族長に相応しい行動だと理解出来る。


 でもやっぱり、俺は――



 ――――


「――あの日一緒に()()()()()()……」


「は?」


 思わず口を突いて出た言葉に

 人型へと戻った魔王は眉を歪めて困惑する。

 だがすぐにウラにまだ意識があると思い至り、

 今度こそ息の根を止めようと歩きだした。


 しかし地鳴りのようなその鳴動を気にも留めず、

 ウラは取りこぼした妖刀に手を伸ばす。


「あの日、俺も皆と一緒に逝きたかった……!

 名誉のために戦って、散ってしまいたかった!」


 けれども、アクラはそれを許してくれなかった。


「残ったのは重た過ぎる責任と暗すぎる未来……!

 ふざけんな……何度逃げ出したいと思ったかッ……!」


 しかしウラは歩みを止めなかった。

 何故か。その理由は至極単純――


「――でもよぉ! 託されたんなら()()()()()()だろ!?

 やらなきゃ終わんねェんだ……終われねェんだッ!!」


 刃を手に取り、鬼の若頭は再起した。

 その瞬間一族の宝具たる妖刀『暁星』が

 ウラに答えるように魔力を貸す。


「「っ!?」」


 その現象にウラも魔王も同時に驚愕した。

 だが実際に妖刀を手にしていた差か、

 ウラの方が僅かに早く思考を戦闘に戻す。


 妖刀『暁星』、その効果は多きく分けて二つ。


 一つはミナの時のように

 鬼神の血を受け継ぐ者を覚醒させる鍵の効果。

 そしてもう一つは過去の使用者の技を

 今の使用者へと受け継がせる相伝の効果だ。


(今この一瞬……この一瞬だけでいい!)


 ウラは今の自分に与えられたのが

 どちらの力だったのかを正確に理解していた。

 そして諸々を思考する事で停止していた魔王に向けて、

 一直線に駆け出し納刀した刀に手を添える。


「――力を貸してくれ! 親父ィッ!」


 ウラの視界には父の幻影が映っていた。

 大きく、そして逞しい在りし日の背中が。

 ウラはその幻影をなぞるように身体を動かす。

 たゆまぬ努力によって肉や骨となった感覚が

 呼び起こされる血の本能によって研ぎ澄まされていた。


 そして次の瞬間、世界は暗転する。


 照明の光は刃の煌めきを前に駆逐され、

 逢魔時を思わせる赤黒い紋様に侵食された。

 そして妖刀は黒い軌跡を虚空に刻みながら、

 触腕の防御ごと落雷の如き轟音と共に敵を斬る。


「――『絶壊』ィッ!」


 空間ごと抉り抜くような斬撃が、

 破壊神の天罰が如き鳴動が、

 回避に遅れ防御に回った怪物の胸を穿つ。


 鬼の一族が受け継いで来た絶技を前に防御は無効。

 例えそれが暴食のサギトであっても、

 崩壊する肉体の運命を変える事は叶わなかった。


「ぐぁあっ!? はぁ……!」


 邪気を吐き出すように巨大な口から魔力を溢し

 魔王ヴァル・ガーナベックは膝を突く。

 やがて沈黙した仇敵を前にウラは勝利を確信した。


 彼の呼吸は当然荒く、肩が上下によく揺れる。

 だがそれでもまだ倒すべき敵がいると理解するウラは

 次の標的へ向けて抜き身の妖刀を其方へ向けた。


「お前もだ……オルフェウス……!」


 鬼の若大将はボロ布を纏う剣客を睨んだ。

 しかし対するオルフェウスは彼を無視して

 倒された魔王の方ばかりを凝視していた。


 そしてしばらくすると

 ようやくウラの方へと顔を向けて

 彼に背後を向くよう指で支持する。


「あ? 何をして――」


「――いやぁ~、驚いたなぁ……!

 まさかお前如きに命一つ消費しちまうなんてな!」


「……は?」


「ストックは……お、丁度百じゃねぇか!

 悪かったなぁ()()。もうお前の事は舐めない。」


 絶望の色に染まった鬼の前で

 魔王は再び肉体の変容を開始した。


 暴食の権能は『蝿王(ベルゼバブ・)の群(クラスター)』。

 取り込んだ生命の特徴を再現可能で

 そのカスタマイズは自由自在。


 そして誰よりも長くこの権能に触れてきた魔王は既に、

 元一般人の強欲(ガイエス)や覚醒して間も無い色欲(エヴァ)よりも

 サギトについて深く熟知し、高い練度を有していた。


特質換装(モードシフト)――終末蟲『フリーゲ』。」


 人型の巨体に不気味なハエの翼を生やし

 ヴァル・ガーナベックは正に魔王の如き姿に変わる。

 体毛で出来た幕はまるでマントのようで

 相応の威圧感と不快な羽音が敵対者を威嚇した。


「では改めて――『全放射(フルバースト)』。」


 カッと光った閃光が、

 摩天楼の外壁を貫き魔界の彼方に消えた。


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