第二十八話 燃焼呪符
――船内・操舵室――
豪華客船によるのらりくらりの海上旅行。
そんな認識で仕事に臨んでいた船長は、
激しく動転していた。
船長だけでは無く、
その場の船員誰もが慌ただしく動き回っている。
「パーティー会場で怪我人が複数出る事件が……」
「会場内には何者かの祝福が蔓延しており……」
「封魔局と名乗る女性が現れ……」
「魔法連合も闇社会の連中もまだ戦争気分か!?
終戦宣言からもう五年だぞ!?」
部屋を何人もの人間が出入りし、
その度悪い知らせを船長に伝える。
「……とにかく、今はゲストの安全が優先だ!
突発の事故という事にして、部屋に籠もらせろ!
船内警備員も総動員だ!」
怒号を発する船長の前に、
船員がある人物を引き連れて来た。
「失礼します!
封魔局員のジャック殿をお連れしました!」
「――! 封魔局の方ですか!
一体どういう状況なのですか!」
ジャックは自らの出来事、そして目的を話す。
極秘の護衛任務であったが、
この状況ではやむを得まい。
ジャックの服の汚れから、
この話が事実だと船長は認識した。
「分かりました。
ではそのマナお嬢様の安全を確保しましょう。
船内警備員も人員を割き、部屋も用意します。
ただ……」
「ただ?」
「こちらはあくまで専守防衛を貫きます。
率先して暗殺者を探すことはいたしません。」
「理解しました。
こちらとしても戦闘発生は本意ではありません。
警備を固めるだけでも、
十分な効果が発揮出来るでしょう。」
両者が同意し警備体制の確認を行おうとした。
そのとき、悪い知らせがまた入る。
「報告! 第二売店前にて騒動が勃発!
魔法も使用した戦闘に発展しています。」
(――戦闘!?
第二売店は確か内側客室……ハウンドたちか!)
――売店前――
空中の硬貨が爆発した。
空気を揺らし衝撃を放つが、
暗殺者メルメイルには届いていない。
ニヤニヤ笑うその目の焦点はハウンドにも、
暗殺対象のマナたちにも当たっていなかった。
「遅延……俺の起爆のタイミングも、
ズラされるってのは厄介だな。」
ハウンドの言葉に反応も無く、
独特な笑い声のみを漏らすように発していた。
何か行動を起こす訳でも無く、
その場でただユラユラと体を揺らし続ける。
(落ち着け……敵の得手不得手を見定めろ。)
祝福は『遅延』。
これを食らえば一見、
動きが停止しているように見えるが、
先ほどの硬貨は僅かな時間差で爆発した。
(逆に、アランたちは今も動けていない。
この二つの差は……まぁ速度だろうな。
人体の速度と、爆破の速度のな。
だからホントにただの遅延なんだ。)
腰元に忍ばせた拳銃に手を伸ばす。
ハウンドの祝福『空気弾』は、
物体に込めることで初めて爆弾として成立する。
起爆方法は三種類。起爆式、接触式、時限式。
それぞれ、威力は込める時間により変化する。
そのため爆弾にする物体に制限は無い。
つまり、銃弾も爆弾に出来る。
(火力はコッチが圧倒的。
けど騒ぎは起こしたく……ってもう遅ぇか。
なら、しゃあねぇわな!)
銃を抜く。慣れた動き。流れる一連の動作。
それらを乱したのはメルメイルの動きだった。
「――なッ!?」
まるで地を動きまわる不快な虫。
屈み駆け出し、左右に揺れる。
壁を弾き、床を弾き、天井を弾く。
広い廊下を文字通り縦横無尽に飛び回る。
(身体強化の一種か?
これは……照準が定まらねぇ!!)
「なははは!! すっトロいぜ、おっさん!!」
メルメイルは祝福を乱射した。
当たれば致命的な攻撃が無数に飛び掛かる。
対して、ハウンドは自分の財布をばらまいた。
無数の攻撃は宙を舞う硬貨に吸収されていった。
「なは? 案外賢いな!」
「うる、せぇよ!!」
今度は空間の中央へ向け銃弾を放つ。
「なは! させねぇ、遅延!!」
――ハウンドは発砲と同時に既に起爆していた。
衝撃波が大気を大きく揺らす。
船内が少し揺れるのが感覚で分かった。
廊下を覆う衝撃波を回避出来ず、
メルメイルは自身の体が吹き飛ばされるほどの
ダメージを受けた。
「――!! 動ける! ハウンドさん!」
「アラン、復活したな! 急いで逃げろ!!」
「……させねぇ。させねぇよ!!」
直撃では無かったため男はすぐに起き上がる。
ハウンドは容赦なく二発目の弾丸を放った。
(よし、起爆!)
「燃焼呪符――『魔攻凌駕』。」
弾丸が再び衝撃波を放った。
しかし、その火力と拮抗する。
いや、凌駕する攻撃が押し返す。
(マズい! 後ろにはマナが――クソッ!!)
ハウンドの空気弾を真正面から弾き返し、
ハウンドを襲った。
「ぐぁッ!? がああぁあああ!!!!」
「なはは! 見たか馬鹿野郎!
魔術効果を保存した紙切れ。
その名も『燃焼呪符』!」
男の手元には、
メラメラと燃える札とライターがあった。
ボロボロの体で伏せたハウンドが見上げる。
(うっぐ……
魔攻凌駕は高難易度の攻撃魔術だったか?
それを無詠唱で……)
違法魔法道具――燃焼呪符。
闇社会で流通しているこの札は
あらゆる魔術を保存することが出来る。
保存した魔術は札を焼くことで発動でき、
その際に使用者の魔力は必要としない。
元々は便利商品として世に出回ったが、
誰でも簡単に危険な魔術を使用出来てしまう、
という理由で早々に制作、所持、利用の
全てが違法となった。
「ハウンドさん!!」
「走れ!! コイツの狙いはマナさんだ!」
やや躊躇いながらもアランは駆け出す。
その逃亡を妨害するように再び、
祝福を狙うメルメイルにハウンドは飛び掛かる。
が――
「なはは、引っかかった! 狙いはてめぇだよ!」
「しまっ!?」
ハウンドは真正面から遅延を食らってしまう。
驚愕の顔のまま動きはほとんど停止した。
(クソ……しくじった。)
焦ったアランの声が聞こえる。
不快な笑い声も聞こえる。
(あ――この考えるしか出来ない時間がキツい。
手も足も出ねぇ。)
「なはは! 弱くて俺の敵じゃ無いが……
殺せる時には必ず殺せって兄貴に言われてたな。
この指の恨みも込めて、
思いっきり吹き飛ばしてやろう!!」
(好き勝手言いやがって、
こっちはアタマ動かすしか出来ねぇ……
……そうか……)
アランが叫ぶ。
その目の前で暗殺者は悠長に
呪符の束から魔術を選んでいた。
恐らくその行動すらも誘っているのだろうが、
アランは今にも斬り掛かろうという剣幕だった。
対して、ハウンドの脳はえらく落ち着いていた。
(そうだ。思考は出来るんだよな。
最初の爆弾が接触式だったから、
コレが出来ることに気付かなかった。)
ハウンドは防御のために先ほど
ばらまいた硬貨に思念を飛ばす。
(あった…………じゃあ、起爆!)
地面に落ちた硬貨の複数が爆破する。
「な!? おいおい、なんつ―火力だ。
けど、俺には届いてねぇぞ?」
(わーってるよ!
けど、廊下にとっちゃいささか、
過剰な威力じゃねぇか?)
地面に亀裂が走る。
メキメキと音を立て大きく軋む。
「こ、これは!?」
(てめぇの攻撃も崩壊の原因の一つだろ?
諦めて一緒に落ちようや!)
瞬間、床は抜け落ち二人は下へと落下した。