第二十七話 狂人
「大変そうですね。もう大丈夫です。
俺が朝霧先輩を守りますよ。」
マサヤと名乗った男は、
朝霧を見つめながら言葉を発した。
まだ力の入らない朝霧は、
必死に顔をあげ男を見ていた。
「……先輩、ですって?」
「ええ、朝霧先輩は俺と同じく
黒幕様の力で目覚めた同志。
なら俺の先輩です。」
黒幕の名を連呼する男を睨む。
あまり場数を踏んでいないのか
マサヤはその視線にやや怯んだ様子だったが、
すぐに言葉を帰す。
「俺は貴女を助けに来ました。
今まで辛い事ばかりだったでしょう?
俺と一緒に来ませんか?
俺は将来大物に成ります。
その栄光を共に手に入れましょう!」
一人熱くなる男の発言を、
朝霧は理解出来なかった。
もちろん言葉の意味自体は理解出来きる。
だが、何故この男が朝霧を引き入れられると
考えているのかが理解出来なかった。
「……何を言っているの?
私は、封魔局の朝霧だ。」
力を込め立ち上がろうと試みるが、
激しく震える足はその命令を拒む。
さらに睨み付け明確に敵意をむき出しにした。
マサヤはその様子を意外そうに驚くと、
何故か自信満々の持論を展開した。
「可哀想に……それは朝霧先輩が
洗脳されているんですよ?
俺たちはもっと自由にしていいんです!
束縛され人間としての自由を奪われることほど
不幸なことは無い!」
「……は?」
朝霧は思わず声を漏らす。
(……まるで理解が出来ない。自由はある。
別に軟禁されている訳でも無ければ
監視されている訳でも無い。祝福の事?
暴走の危険があるのだから制限は当然だ。)
「え? なんで理解出来てないんですか?
俺何かおかしな事言ってますか?」
「洗脳って何の事?」
「なるほど重症なんですね!この世界は魔法があるんですよ?人類のだれもが夢見る二次元のような世界!そして俺たちは『特別』なんです、ここは流石に分かりますよね?転移者ってやつです。この異世界に降りたった主人公!なのに貴女はこの世界でも社会の歯車になっている。ちょっとまともな思考回路じゃないですよ?」
朝霧は唖然とした。
言語翻訳魔術は正常に機能しているはずなのに
理解が追いつかない。
警察官時代に何度か会った、
会話が成立しない相手に似た恐怖を覚える。
「……つまり私が封魔局で働くのが変だと?」
「はい! 常識的に考えておかしいです。
だから――」
「――私は向こうの世界で元々警察官だった。
それはどうなの?」
え、と疑問を漏らすとマサヤは言葉に詰まる。
僅かな沈黙の後、男の口が開く。
「……マジで?
あんなクソゲー世界で公務員だったのに、
この世界でも警察とか……」
男の反応に、朝霧の心は静かに燃えていた。
思い出されるのは自らの人生。
幸福とは言えないかもしれない。
過ちもあったかもしれない、だが――
「今ここにいる私は自分の選択の結果。
全て自分の意志で決めたこと。
君がしているのは私の価値観の否定。
私の人生の否定……私は、何も不憫じゃ無い。」
いつの間にか朝霧の体に力が戻る。
腰を上げ、体を持ち上げ立ち上がる。
朝霧が大きいのもあるが、
立ち上がってみれば男は案外小さかった。
たじろぐ男にさらに声を掛ける。
「……ところで、
あの骸骨頭の信奉者ってことは敵よね?
なら――逮捕します!」
朝霧は動揺するマサヤを押し倒す。
首と手を掴みそのまま地面へ叩き付けた。
周囲の人間は驚愕し始めた。
朝霧は手帳を取り出し身分を証明する。
「お騒がせしました、私は封魔局です!
ご安心ください。」
「クソが……」
「はいはい大人しくして?
同郷のよしみで怪我負わせるとかしないから。」
マサヤはぷるぷると震えていた。
朝霧はそれを、
恐怖や悔しさから来るものかと勘違いしていた。
「クソが、クソが、クソがッ!!
どいつもこいつも俺をコケにしやがって!!
俺は『特別』なんだぞ、選ばれたんだぞ!?
俺の祝福は……最強なんだ!!」
その感情は怒りだった。
瞬間、黒い煙がマサヤを覆う。
その勢いに思わず怯む。
が、決して拘束は緩めなかった。
「大人しくして!!」
なおも激しい噴射で
黒い煙に覆われた二人にジャックが駆けつけた。
「――朝霧! 後ろだ!!」
声に反応し、後方から迫る脅威に気付く。
影の狩人だ。何度も戦ったそれらが二体。
朝霧目がけて剣を振り下ろしていた。
「くっ! あぁあ――!!」
ギリギリで回避が間に合った。
代償に、マサヤの体は自由になる。
すぐさま飛び出し男は逃亡。
追撃を阻むように影が朝霧とジャックを囲んだ。
「悪ぃ、寝てた。どういう状況だ?!」
「会場の件はアリスに聞いてください。
さっきの男は影の術者です。」
ジャックが返事をしようとした瞬間、
影は一斉に襲いかかった。
「ジャックさん! しゃがんでください!!」
朝霧は大剣を取り出すと、
ブゥンッと大きな風切り音と共に迫り来る
二体の影を即座に一刀両断のもと切り伏せる。
やがて影は形を失い、跡形も無く消えていった。
「良くやった!
朝霧、お前は影の術者を追跡しろ!
会場の処理は俺が対応する。」
「――! 了解!」
朝霧はマサヤの逃げた通路へと、
人間離れした加速で走り出した。
(なんだか体が凄く軽い! 行ける!
逃がさない、影の術者!!)
――売店前――
「なはははは! ハイ俺の勝ち――!」
アランとハウンドの両名が地面に伏せる。
マナとその前で守る私兵に向かい、
暗殺者メルメイルは一歩一歩近づいていた。
アランは思いっきり力を入れ全身を震わせる。
だが――
(う、動けねぇ!! 何をされた!?
体の動きが極端に鈍い、遅い!)
「なはは! これで兄貴に褒めて貰える!
やったやったワーイワイ!」
まだマナは無傷であったが勝ちを確信し
メルメイルは無邪気にはしゃいでいた。
「おっといけない。
喜ぶのは仕事を終えた後、だったな。
では……ん? なんだこれ?」
メルメイルは床に落ちていた何かに気付く。
警戒し、触らずに観察してみるとそれは……
「コイン? 落とし物か?」
魔法世界における通貨だった。
警戒が薄れヒョイと拾い上げた。
――刹那、硬貨は爆音と衝撃波をまき散らす。
硬貨を持った男の指が血を吹き出す。
メキメキとあらぬ方向へと曲がる。
空気の揺れがメルメイルの体を押し倒す。
「あがあぁ!! がぁあ――あぁあああ!!??」
「――何が?! ハッ! 動ける!?」
悶絶するメルメイルは
無意識にアランたちに掛けた術を解いてしまう。
状況が理解出来ていなかったアランの後ろで、
ハウンドがゆっくりと起き上がった。
「俺の祝福、『空気弾』だ。」
祝福、『空気弾』。
物に衝撃波を出す爆弾を埋め込むことが可能。
貯める魔力によって威力が変動する。
空気弾は同時に複数作成が可能。
「アラン! マナお嬢様を連れていけ!
こいつは俺が引き受ける!」
了解と叫び、アランがマナの手を引く。
メルメイルは変形した自らの手を見て
大粒の涙を流していた。
「痛ぇ、痛ぇよ!! あんまりだよ!
おいおい右手じゃねぇか!? 利き手だぜ?
スプーンを持つ方だぜ!? ひでぇよぉお!!」
(問題はコイツの祝福……
さっきは一体何をされた?)
「でもよ……ひぐっ! ……兄貴は言ってたんだ。
やべぇ時ほど根性見せろって。」
泣きながらも、変形した指を睨む。
「泣いても嘆いても、助けを乞いても、
結局自分を動かせるのは自分だけだって……
言ってたんだよぉぉお!!!!」
メルメイルは自らの指を思いっきり引っ張った。
ボキボキボキィ!!
不快な音と共に、
無理矢理ねじ込みまっすぐに戻す。
大粒の涙はその勢いを増したが、
その口元には上がった口角が張り付いていた。
「なはははははははは!!!! 治った治った!」
「……イカレてやがる。」
瞬間、男はアランたちへと手をかざす。
それに反応しとハウンドは爆弾硬貨を投げた。
半ば自爆覚悟の距離で、すぐさま起爆する。
しかし――
「遅延。」
手から放たれた光の膜が、
硬貨を突き抜けアランたちを襲う。
確かに起爆したはずの硬貨からは衝撃波は出ず、
アランたちも不自然な体勢で動きを止めた。
「お前ら! ……なるほど? そういう祝福か。」
ハウンドは、
イカレた笑顔を向ける男を睨み付けた。
――海上――
海の上を何かが進んでいる。
「はぁ! はぁ!」
サイズは人間大。しかし速度は船より速い。
「はぁ! はぁ!」
海の上を進んでいる。
ソイツは海の上を進んでいる。
「海面走りはやっぱキツい!! はぁ、はぁ。
あとっ! ランニング途中の
果てしなくゴールが見えない時間!
あれが一番キツい!」
海を走りその生物は船を目指す。
「だが俺が目指すのは常に一番! 勝利のみ!
……ペース上げるか! もっと強欲に!!」