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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第七章 鉄風の百鬼戦線

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第十八話 枯れる心

 ――魔界・樹海――


 燦々たる太陽が照りつける緑の海で

 装甲に焦げ痕を残す空中戦艦が停泊していた。

 そのナンバリングは第三番。

 エヴァンスらが搭乗していた艦である。


「的確な襲撃……情報が漏れていますね。」


 外から傷付いた艦の様子を眺めて

 伊達眼鏡のレンズに息を吹きかけながら

 エヴァンスはくたびれた口調で呟いた。


 だがすぐにニヤリと微笑むと

 綺麗に整えた眼鏡を掛け直し

 そのまま背後へと振り返る。


「君たちの助けが無かったら危なかったよ。」


「――いえ、俺たちも逃走中でした。」


 隊長格の言葉に答えたのはアランであった。

 彼の背後にはハウンドら隊員たちや

 三番艦同様樹海に隠れる五番艦の姿もあった。

 彼らは敵の魔の手から逃れる最中で

 偶然合流に成功し互いに難を逃れていたのだ。


「すみません。朝霧たちを置いたまま俺らだけ……」


「既に実行した行動を悔いても仕方が無い。

 それに……状況が状況だったんだろ?」


 そう言うとエヴァンスはアランの背後に顔を向ける。

 すると其処にはお淑やかに太刀を握りしめる、

 和装姿をした女の鬼が立っていた。


「初めまして。『支天衆(カゲロウ)』筆頭のイブキです。」



 ――黒曜大社――


「部下たちには各地に散って

 封魔局との接触、合流を支援させている。」


 桜の樹に縋りながら

 ウラはフィオナに対して現在の状況を伝えた。

 曰くイブキたちの働きによって、

 着々と各戦艦の安全確保が進んでいるらしい。


「一番艦と四番艦の所にもタガマルが合流出来た。

 後は二番艦って奴だけだ……指揮官は誰だ?」


「ドレイク隊長だな。しかし大丈夫なのか?」


 フィオナは訝しむように

 ウラが手にしている呪符を指差した。


 先程から彼はその札を使って

 各地の仲間と通信を取っているようだ。

 つまりフィオナは彼らの会話が全て

 魔王軍に傍受されるのではと警戒していた。


「大丈夫だ。妖狐(タダク)お手製の呪符だ。

 ちゃんと傍受対策をしているさ……多分。」


「本当に大丈夫なんだろうな!?」


「……大丈夫! 心配するな!

 それより今気遣うべきはアッチだろ?」


 話を逸らすように

 ウラは死人櫻花の前で座る朝霧を指差した。


 記憶閲覧の長旅を終えた朝霧は

 妖狐から暖かい毛布とお茶が与えられ、

 まるで要救助者のように丁重に扱われていた。


 だがその姿が様になってしまうほど、

 隻腕で握るコップを見つめたその表情は暗く

 彼女の精神は大きく衰弱していた。


「朝霧さん、気分は良くなりましたか?」


「……うん。()()()()()。」


(嘘だ……厄が全く晴れて無い……)


 顔に覆い被さる不快な靄によって

 もうほとんど表情も読み取れていない中、

 アリスはそれでも彼女に寄り添い続けた。

 そしてフィオナもまた朝霧の事を心配しつつ、

 彼女から聞いた情報の整理を開始する。


「桃香の父が、アビスフィアの創設者、か……」


 彼女の言葉を聞き朝霧の眼はまた陰りを見せる。

 魔王軍の前身にして五年近く続いた大戦争の原因。

 天帝を自称する活動家が率いた革命組織。

 それこそがアビスフィア帝国だ。


 そしてその戦争によって

 多くの者の人生が狂わされたのを朝霧は知っている。

 直接参加し地獄を見た者もいれば

 戦後にその影響を受けてしまった者もいた。


 誰も悲しまない世界を理想とする朝霧にとって

 アビスフィア帝国の印象は最悪に近い。

 そんな中で知らされた事実を前に

 彼女の心が平穏でいられるはずは無かった。


 加えて、ミナに対しての態度も最低だった。


 父がミナに求めていたのは

 彼女の中にあった秘宝『鬼神の血』だけ。

 つまりあの逃避行に拏業側からの真剣な愛は無く

 そして数年後、彼は母と娘を捨てて消える。


(気持ち悪い……そんな男が父親だなんて……!)


 朝霧は生身の右腕で

 肘から先の無い反対の肩を握り絞める。

 まるでその中に流れる血を拒絶するかのように

 瞳孔を開き、青ざめたまま震えていた。


「桃香……」


「お父さん……いや、拏業(あいつ)が天帝だったんだね……」


「いやっ! そこはまだ決まった訳じゃ!」


「無理だよフィオナ。もう確定でしょ。」


 引きつった笑みと共に

 朝霧は親友の思い遣りを振り払った。

 そしてコップの水面を見つめ決意を固める。


(必ず……殺してやる……!)


 そんな彼女の様子に

 フィオナもすっかり閉口してしまい

 右耳を触ながら困り果てたように下を向く。


 だがしばらくの間沈黙が続いた後、

 ふとアリスが何かに気付いた様子で

 おもむろにその顔を上げた。


「あれ……? でもそうなると、

 朝霧さんのお父さんは既に故人なのでは?」


「……え?」


「だって天帝って確か()()()()()んですよね?

 つまり朝霧さんが復讐するべき相手はもう――」


「――ヅッ!!」


 アリスの話を遮るように

 朝霧は彼女の肩に掴み掛かり血走った眼を向ける。

 あまりにも殺気立ったその尋常で無い様子に

 フィオナだけでなくその場にいたウラやタダクも

 咄嗟に臨戦態勢を取っていた。


「落ちつけ、桃香……!」


 しかし彼女たちの制止の声も耳には入らず、

 朝霧の腕はアリスを掴んで離さなかった。

 やがてアリスの眼からは涙が浮かび上がる。


「朝霧さん……! 痛っ……!」


「――!? あ、いや……ごめん、アリス……」


 自分でもおかしくなっている事に気付き、

 朝霧はよろめきながら腰を落とす。

 そして彼女から解放されたアリスもまた、

 自分の正しくも言うべきでは無かった発言で

 朝霧の靄が更に濃くなった事に心を痛めていた。


(顔が……もう全く見えない……)


 最悪な空気に誰もが口を閉ざす。

 するとその責任を感じてしまったのか

 朝霧が顔を覆いながら再び声を上げる。


「フィオナ……天帝はいつ誰に暗殺されたの?」


「不明だ。六年前では、という考察しかない。」


 フィオナは慎重に言葉を選びながらも

 はっきりと告げるように答えた。


「そんなことある?」


「当時ならそこまで珍しい事じゃ無い。

 なにせ六年前と言えばあの……」


「? あの?」


「……いや、何でも無い。」


 そう言うとフィオナは、

 朝霧から目線を逸らし顎に手を当てる。


(『アルカディウムの悲劇』については、黙っておこう。)


 恐らく今の朝霧は錯綜する情報と

 乱れた気持ちの整理が全く出来ていない。

 ここに新たな情報を与えるのは愚策と理由をつけて

 フィオナはあえてその口を閉じる選択をした。


「……とにかく、天帝はもう居ないんだね?」


「あぁ、その認識でいてくれ。」


「そっか。ならもう――」


 疲れ果てた声を吐き捨て

 朝霧は壊れたような笑顔で告げる。


「私の一番の目標、無くなっちゃった……!」


 元々この世界で過ごす事を決めた朝霧にとって、

 その善悪はともかくとして、

 父への復讐心は戦い続ける上での

 最も効率の良いエンジンとなっていた。


 しかしそれが無くなったことで

 今の彼女に残ったのは心を突き刺す罪悪感と

 体内を巡る血への嫌悪感だけであった。


「ねぇウラさん。この血が覚醒するのは一人だけ?」

「そうだ。そいつが子を作らない限り次は無い。」


「じゃあ今は、私以外覚醒出来ないんだ?」

「だな。だから鬼の里は魔王軍に滅ぼされた。」


「お爺ちゃ……アクラさんも、もういないの?」

「魔王に最後まで抵抗して……戦死したよ。」


 そっか、と朝霧は寂しく呟いた。

 彼女の目には既に生気が無く、

 機械的に一番問いたい質問を出力する。


()()()()()、貴方の継承権は復活する?」


 継承権を持つ者としての認識か、

 或いは継承の瞬間を見た者としての直感か、

 とにかく朝霧には「可能」という確信があった。

 そして不安そうにアリスたちが見守る中で

 ウラは緊張しながら答えを返す。


「する、らしい……事実かは知らない。」


 少し詰まりながらもウラは答えた。

 するとその瞬間――


「良かった、なら安心ですね!」



 ――朝霧は即座にコップを叩き割り

 破片で自らの首を引き裂こうとした。



「「待て待て待て待てっ……!」」


 慌ててその場の全員が声を荒げる。

 首筋に伸びる腕をフィオナの糸が止め

 そして身体にはアリスが飛びつき押さえ込んだ。


 だがもう既に朝霧は

 自死を選択肢の一つとして数えていた。


 目標の消失。精神の許容オーバー。

 そこに死んでも良い理由まで加わってしまったのなら、

 もうその選択肢が輝いて見えて仕方が無い。


(まさかここまで精神が不安定になっていたとは……!)


 抵抗する朝霧のパワーは強力で

 義手が無い事が逆に功を奏している状況だった。

 やがて朝霧の抵抗は下火となっていくと

 少し安堵した様子でタダクが溜め息を漏らす。


「ウラ様。貴方のせいですよ?」


「死んで欲しいなんて言ってねぇよ!?

 ……いや、スマン。配慮に欠けた……!」


「吾は破片を片しますから、姫君を任せましたよ?」


 冷たい流し目と共にそう告げると

 タダクは破片を毛布に丸めて本殿の方に消えた。

 対するウラも後頭部を掻きむしりながら、

 慎重に言葉を選ぼうと頭を捻った。


(どうしたモンかなぁ……?)


 ――だがその時、彼の持つ呪符が音を発する。

 通信の相手は彼の部下ホシグマ。

 かなり焦った様子で緊急通信を掛けてきた。


「どうしたホシグマ? 出来れば今は……」


『一大事だ若! 二番艦が魔王軍に捕まった……!』


「「……え?」」


『三番隊隊長ドレイクとその他大勢!

 丸ごと魔王軍の捕虜として連行されてしまった!』


「「なに――ッ!?」」


 通信を聞きその場の誰もが血相を変えた。

 特にフィオナはかなり動揺した表情を隠せていない。

 しかし彼女たちが対応に出るよりも速く、

 ここ黒曜大社でも異変が発生した。


「――!? 伏せろ!」


 気配を察知したウラが三人を庇う。

 その直後、本殿の壁や柱を突き破って

 彼女たちの元へと何かが吹き飛ばされてきた。


 粉塵が晴れていき顔を覗かせてみると

 それは肩や腹を木片で貫かれた、

 血塗れの妖狐タダクであった。


「お逃げ……ください……!」


 朝霧はどうにか心を奮起させ

 彼女が飛ばされてきた方向へと目を向ける。

 すると其処には金髪に浅黒い肌の美男子が立っていた。


「ルシュディーさん……!」


「居た居たぁ……! 逃がすかよバァーカ!」


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