第十話 蟶梧悍縺?謌代′?舌↓險励&繧後◆
――同都市内――
視線の先でビルが崩れる。
洒落にならない土煙を発生させながら、
都市そのものが悲鳴を上げて崩れていった。
その苛烈さは狩りに息巻く住民たちですらも
立ち所に戦意喪失し逃走を選択させるほどだった。
だが逃げ惑う群衆の中には、
その波に逆らうように進む一人の男がいた。
空の酒瓶を片手に身体を引き摺るように進む、
小汚い中年の男であった。
(強ェな……もしかしてあいつら隊長だったのか?
……若過ぎる。人材不足は遂に解決しなかったか?)
久しぶりの「考える」という作業に頭痛を覚え、
男はほとんど手癖となっていた飲酒の動作をする。
だが何度啜っても空は空。男は少し笑って瓶を捨てた。
(確か最初は三人組だったよな? ……負傷した?
もしまだ生きているのなら……多分この辺か……)
直感と経験を駆使して男は目的の人物を捜す。
鈍っていると自負していた分
物陰に隠された女を見つけた衝撃は大きかった。
アリス・ルスキニア。
男は彼女の持ち物からその名を獲得すると
治癒魔術を掛けながら彼女の逃走ルートを模索した。
(既に騒ぎはデカい。第三席まで出現したら詰みだな。)
大空に展開された巨大バリアは未だ健在。
いくら都市開発に関わった身とはいえ
末端の彼には発生装置の場所など聞かされない。
バリアの破壊以外の脱出方法が必要だ。
酒漬けの日々で縮んだ脳ミソと
真っ赤に充血した目を必死に動かして、
男は懸命に打開案を探す。
だがソレを最初に知覚したのは彼の耳だった。
「水音……? ――!? あれは……!」
思わず声の飛び出た口を塞ぎ、
男は音のする方向へと目を向ける。
其処はとびきり濃い影に包まれた路地。
彼はその真ん中に浮かぶ水の塊を発見した。
(なんで此処に!? いや、確かあそこは……)
男はゴクリと息を飲みアリスを担ぐ。
(賭けてみるか……)
不安と期待を胸に男は一歩を踏み出した。
――――
男の行動とほぼ時を同じくして、
フィオナも地上へと降り立っていた。
爆心地とも呼べる戦場は舗装された道路が剥げ
薄茶色の土が所々に見え隠れしている。
そんな文明滅亡のような世界の中心で、
フィオナは気絶していた朝霧を抱き上げた。
「っ……フィオナ?」
「良かった、ちゃんと生きてた……
記憶はあるか? 何が起きたか把握しているか?」
「……ある。ごめん、迷惑を掛けた……」
「気にするな。正直ちょっと楽しかった。」
ほぼ本音の親友の発言を慰めと捉え、
朝霧は申し分けなさそうな表情で脱力した。
そしてフィオナも一呼吸置くと
空を囲う結界を見上げて眉間にシワを寄せた。
(戦艦はまだか? 流石に遅すぎやしないか?)
フィオナたちの状況は仲間にも伝わっているはずだ。
そしてすぐに行動に移ったのであれば
もう到着していてもおかしくない時間のはずだ。
フィオナは色々な可能性を考え汗を流す。
だがちょうどその時、彼女の耳に
空中戦艦特有のエンジン音が届いてきた。
かなり安堵した様子でフィオナは吐息を漏らす。
そして自分の周囲を巨大な影が覆ったので、
無警戒にその方向へと顔を上げた、しかし――
「――え?」
其処に浮かんでいたのは、魔王軍の艦隊であった。
結界の更に上を通過する計四隻の空中戦艦。
刺々しい黒い造形の艦が地上に向けて砲門を揺らす。
「残念ながら既に君たちの進軍計画は筒抜けだ。」
「ッ……! 貴様、ルシュディーだな?」
「初めまして、紅魔の百合。」
瓦礫の上を跳躍し第八席ルシュディーと
その直属の部下たちがフィオナの前に現れる。
よく見れば後方にはジャックの姿もあった。
気付けば周囲には再び敵の大軍。
しかも今まで何処かに温存していたのか
狩りに参加した雑兵たちよりも
更に数段装備や改造の質が良い兵士であった。
「……ウチの連中はどうなった?」
「フン、この状況で部下の心配ですか。
それに『ウチの連中』って……何番艦の事ですか?」
敵の言葉にフィオナは驚愕し、青ざめた。
今の発言は封魔局も艦隊で侵攻中だと
知っていなければ出て来ない発言だったからだ。
どうやら本当に情報は抜かれたらしい。
そして何処から漏れたかも容易く想像出来る。
十中八九、洗脳された朝霧からだろう。
「今頃各地では、封魔局狩りが開始した事でしょう。」
――上空・三番艦――
エヴァンスらの乗り込む三番艦は
空路で敵の待ち伏せを受けていた。
封魔局側は一隻しかいないのに、
進行方向には敵の戦艦三隻が並ぶ。
「逃げ切れますかね……これ?」
――湖上・一、四番艦―
湖の上にも魔王軍の艦隊が出現した。
先に合流していた劉雷、シルバの部隊は
戦艦の魔術迷彩に全てを託して沈黙する。
「余所は……無事なんだろうな?」
――樹海・三番艦――
煙と爆炎が深い緑の中から立ち昇る。
自然を抉る焦げた轍の先には
ドレイクたちが籠城する戦艦が墜落していた。
その周囲には既に敵の大軍が迫り、
空と地上の二方面から雨の如き猛攻を行っていた。
(これは本気で……不味いぞ……!)
――――
敵の発言から各地の状況を想像し、
フィオナは自然と息を飲んでいた。
だが敵は勿論待ってはくれない。
ルシュディーの号令と共に
地上の全戦力がフィオナ一人に襲い掛かる。
(考える暇も無いか……!)
戦力差は一人対数千。
荒波のように押し寄せる敵軍団に
フィオナは再び大鎌を構えて対峙した。
目の前の敵に鎌を振るう。
暴発気味に吹き出た魔力で薙ぎ払う。
赤い血と黒いオイルを撒き散らせ、
間合いの敵を物言わぬ骸へと変えた。
しかし僅か数秒の攻防でフィオナは悟った。
このままでは朝霧を守り切る事は勿論、
自分一人が生き延びる事すらも困難であると。
「ちっ……!」
フィオナは愛用の黒手袋をはめた右手の甲で
自身の左頬に滴る汗を殴るように拭った。
直後、彼女は視線をルシュディー単体に向ける。
「……不甲斐ない。」
溜め息混じりにそう呟いたかと思った瞬間、
フィオナは崩れる地面を蹴飛ばし
ルシュディーに向けて一直線に突撃し始めた。
大鎌の力で増幅されたその速度は
朝霧の全速力にも届きそうであった。
つまり、雑兵の目では追えない。
「ッ……! ルシュディー!」
ほぼ唯一反応出来たのは
悪魔アンドレアルフスに身体を使われている
ジャック・ハーレーのみだった。
(せめて厄介な祝福持ちだけでも、ってか!?)
ジャックは咄嗟にルシュディーを庇い、
彼とフィオナを結ぶ直線上に割り込んだ。
――がその時、突如フィオナは鎌を投擲する。
「はぁ!? ふざっ――!」
投げ込まれた鎌はジャックの顔面直撃コース。
彼は慌ててその鎌を双剣で弾くが
予想外の攻撃に乗った衝撃の全てを流す事は出来ず、
あっという間に直線上から除外された。
「いや上出来だジャック! これで敵は丸腰!」
焦りながらもルシュディーは迎撃態勢に入った。
だがその瞬間、彼の目が一筋の糸を捉える。
鎌の末端からフィオナの手元、
そして瓦礫の中へと伸びる魔力の糸を。
「丸腰? そんな訳無いだろ――」
直後、フィオナは手元の糸を巧みに操り、
一方の端に結ばれた鎌を自分の元へ、
そしてもう一端の瓦礫を空中へと投げ飛ばした。
その動きはまるで、ビッグサイズの鎖鎌。
(コイツ……瓦礫を分銅代わりに……!)
弾かれた遠心力と糸による補助を駆使し、
巨大な岩石がルシュディーを真横から殴り付ける。
攻撃は彼の防御魔術を上からかち割り、
粉々に砕ける瓦礫と共に地面に叩き付けた。
その大きな隙を逃す訳は無い。
フィオナは更に鎌の出力を上げ、
戦慄するルシュディーに向けて刃を掲げた。
「第八席ッ――」
――がその時、彼女の足元がぷくっと膨れた。
「え……?」
直後に発生したのは巨大な空気の爆発と
穿たれた大穴から無数の足を動かし這い出る
巨大ムカデのような化け物であった。
「何だ……これは……!?」
うねるその化け物の外骨格は
甲虫のソレというよりむしろ機械に近く、
身体中の節から白い蒸気を発していた。
するとそんな化け物を見上げて、
ルシュディーは狼狽した声で彼の名を呼ぶ。
「ダバルナルマン!? 君も来たんですか……」
(『君』だと? 人なのかコレ!?)
「紹介しましょう……彼は知性無き執政補佐官。
魔界の番人……第三席ダバルナルマンです!」
「なっ……!?」
驚く彼女の前でムカデのような生物が蠢く。
やがて外骨格の中から三メートル近い
超大柄の人型の怪人が姿を現した。
赤く輝く単眼を百八十度ギョロリと動かし、
全身を覆う刃を鳴らして獣のように咆吼する。
(洗脳の第八席に……怪人の第三席……!)
絶望が諦める判断を後押ししてくれる。
彼女の後方では動けない朝霧に
大量の魔王軍兵士たちも迫っていた。
そして上空には巨大戦艦――詰みだ。
(もう……仕方無いよね……?)
フィオナは装備を外そうと手を伸ばす。
――がその時、更なる異変が起きた。
まるで土砂崩れのような勢いで、
都市全体が巨大な白煙に呑み込まれる。
「……『ホワイト・アウト』。」




