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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第一章 負け知らずの敗北者
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第二十五話 死を思え

 ――パーティー会場・一階――


「――ッ!! ――ッ!? ――ッ!!」


 朝霧を抱えたままアリスは周囲を見回していた。

 少しでも近づく者がいれば、

 瞬時にその顔を視てはアリスは睨んだ。

 というより、怯えた。


(分かんないよッ……!

 みんなに()が掛かって、判別出来ない!)


 既にこの会場にいる全ての人間の表情は、

 彼女には視えていなかった。

 アリスは周りに自分が

 どう映っているのかさえも判別出来ず、

 ただ顔を視ては恐怖した。


 靄の一つが語りかける。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい? どこか怪我を――」


「――いやッ!! 来ないで!!」


 思わず差し伸べられた手を振り払ってしまう。

 靄が一層濃くなった。

 話掛けた一人だけでは無い。

 近くにいた複数の靄が同時に濃くなった。


「――! ちがっ……ごめんなさ――」


 ガシャァアン!!


 アリスの近くで食器が割れた。

 飛んできた破片が、

 まるで敵意を持っているかのように襲ってきた。


 自責の念で一杯だったアリスには

 これを避けられるほどの

 精神的余裕など存在しておらず、

 肩から腕に掛けて鋭利な破片が突き刺さる。


「――ッ!? あぁああ――!!!!」


 小さな破片であったが、

 突き刺さったそれらはアリスに血を流させる。

 ポタポタと落ちる赤い液体が朝霧の顔にも滴る。


「お嬢ちゃん!?

 おいウェイター、どういうつもりだ!?

 しっかりしてくれ!」


「も、申し訳ございません!

 すぐに片付けますので……」


「おい向こうで事故だってよ。災難だったな……」


「あらやだ、せっかくの食事が不味くなるわ。」


 会場がより一層騒がしくなる。

 事故に対して反応する者。

 我関せずを貫く者。

 慌ただしく動く会場スタッフと

 それを叱責する者たち。


 しかし、そんな彼らのことが

 等しく靄にしか見えないアリスは

 一人、沈黙していた。


(痛いなぁ……うるさいなぁ……)


 靄の嫌悪感。ズキズキと痛む傷。周りの雑音。


 アリスの体は燃えるように熱く、

 脳はかき乱されるように混濁していた。

 治癒魔術を行うという判断も抜け落ち、

 ただ血の流れる腕を押さえ、

 地面の一点を注視している。


 そんな視界の端に血が流れてきた。


(…………朝霧さん?)


 ふとその血を辿ると、

 そこには同じく破片で傷ついた朝霧がいた。


「そうだ治癒。治癒しなきゃ……

 私にはそれくらいしか……」


 依然自分の怪我の治療を忘れ、

 震える手で朝霧を治療する。

 彼女の顔に飛んだ血を拭き取り、

 その優しい表情に見とれる。


 ――『悲しむ人』を無くしたいの。


(立派だなぁ……

 こんな人を私は勝手に失望していたんだ……)


 ――私も、今からでも!

 この人みたいになれるかな?


「ははっ……何を言ってるんだろ、私。

 無理に決まってんじゃん。」


 朝霧を壁際へと避難させると、

 アリスは一人会場の中央へと歩みを進める。


 途中でいくつかの靄が 心配するような声を

 掛けてきたが今のアリスには、

 判別出来ない。識別出来ない。認識出来ない。

 今の彼女は虚ろであった。


 会場中央の人混みの中へと侵入する。


 腕からポタポタと血を垂らしながら、

 汚れたドレスで会場を進む。

 異様な姿に視線が集まる。

 しかし、彼女も全く考えが無い訳では無かった。


(これでいい。

 恐らく敵の祝福は『周りが不運になる祝福』。

 会場のみんなに靄が掛かったのは

 不幸が起きる、という負の要因によるもの。

 ……なら、こんな私にできるのは……)



 ――パーティー会場・三階――


「囮……ってことかしら?」


 暗殺者カラミナ。通称≪貢がせ屋≫

 祝福『不幸伝搬』により、その気になれば

 彼女が通っただけでその後ろに惨劇を起こせる。

 この祝福の恐ろしい点は周囲には彼女が、

 実害を加えているようには見えないのである。

 即ち、誰も彼女が()()()()()()()()()()()()


(ふーん?

 確か影使いのボウヤが得た情報によれば

 彼女は暗殺者を判別出来るらしいけど……

 どうやら上手く機能していないようね?

 条件は……人の多さ、とかかしら?

 とにかくこの優位を捨てるのは愚策ね。)


 カラミナは三階全体に掛けた祝福を()()()


(何かの要因で彼女は私を特定出来ない。

 となれば、まず彼女は必死に私を探すはず。

 なら、極力私と()()()()の人を用意しなきゃね。

 例えば……

 この会場で不幸になっていない、とかね?)


 アリスが逆転出来る手を潰す。

 防御魔術も最低限に抑える。

 所作を一般人と合わせる。

 暗殺者は周りとの同化を徹底した。


(――とは言いつつ、

 囮になった少女の勇気も称えなきゃ失礼よね?)


 女は笑みを浮かべ

 不幸の呪いをたっぶり込めた()()()

 一階へと落とす。


(不幸伝搬。

 髪の毛一本、事故の元……なんてね?)



 ――パーティー会場・一階――


(――!? どこだ?! 今凄い厄の気配が……)


 髪の毛のただならぬ気配には気付きつつも、

 アリスはその細い糸を発見出来なかった。

 そのため――


 ガンッ!!


「――かはッ!!」


「な!? す、すみません。

 人がいるとは思わず……」


 男の肘が脳天を打ち抜いた。 

 謝罪する男は

 血の着いたアリスの容姿に動揺したじろぐ。

 その背中が再び人を押し、

 最初と同じ、不幸の伝搬が始まった。


(――来る!)


 警戒するアリスだったが、

 彼女に動き始めた被害の津波を

 止める手段など無かった。


 その小柄な体が押される。蹴られる。殴られる。

 フラつく体にぶつかる。刺さる。血が流れる。


 ついには地面に押し倒されてしまった。


 突っ伏すアリスは、天井の異常に気付く。

 豪華で重量感のあるシャンデリアが

 確かに()()()()()

 これから起こる不幸を予感した。


(――!? 逃げ、なきゃ……!!

 立ち上がらなきゃ……!!)


 もはや彼女にこの会場内の

 暗殺者の特定などをする余裕は無かった。


 アリスの眼に全身を取り巻く靄が映る。

 自身の怪我、そして降りかかる不幸による

 どっぷりとした暗く不快な靄だ。


(あぁもう! 嫌なのよ、この靄が!!

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い!!!!)


 何度その眼を潰そうと思ったか。

 何度自殺しようと考えたか。


 アリスにとってこの祝福こそ呪いだった。


(……けど、決めたんだ!

 ()()()と出会って……!!)



 ――九年前――


 アリスは故郷を追い出された。


 あの一件以来、隣人たちのアリスを見る目は

 懐疑的になっていった。


 今回も間違いでは?

 そもそも正確ではないのでは?

 というか……嘘なのでは?


 隣人たちは、「優しかった」。

 街にとって害となったアリスだが、それでも

 その居場所を急に取り上げる事は無かった。


 代わりにゆっくり、ゆっくりと、

 彼女が居づらい環境を与えていった。


(バカだなぁ、私にはそういうの視えるのに……)


 アリスが急遽一人旅に出ると聞いても、

 隣人たちは止めなかった。


(あ、見送りしてくれた人たちの靄が薄まった!

 よかったね! 最期に『厄払い』出来て!)


 アリスはそれ以降、一切故郷との関係を断った。

 なので母の不倫も、両親の離婚も、

 父の自殺も彼女は知らない。


 彼女は自分の死に場所を求めて旅をした。


(最期は綺麗な所で死にたいなー。

 靄の無い、神秘的な場所!)


 秘境と呼ぶのにふさわしい場所を見つける。

 深い森の巨大な穴。

 まるで星の中心へと届きそうな

 その大穴へと滝が流れ込む。


「ここだ! ここにしよう!」


 しかし、その行いを妨害する者が現れた。

 魔獣だ。


 死にたい彼女であったが

 魔獣に喰われるのは自身の信条とは違った。

 必死に森の中を駆け回ったが

 次第に追い詰められていった。


(もう! 最期の最期まで……恨むよ? 神様。)


「――大丈夫かい!? 安心したまえ!

 この封魔局二十一番隊隊長レオンがいる!!」


 赤い髪の男が、

 その長身に匹敵する大剣を振り回す。

 あっという間に魔獣を撃破し、

 決め顔をアリスへと向けた。

 その表情は自信に満ちあふれていた。


(え? 顔が見える。というか、()()()()()()。)


「ふむ!

 自殺名所のこの森に軽装備の少女一人!!

 死ぬのはダメだぁ――!! 生きろ――!!」


 圧倒的な熱量。表裏の無い言葉。

 特殊な境遇のアリスの心にはそれが刺さった。

 森の中から彼の部下たちがぞろぞろと現れる。


「レオン隊長―!

 森を一人で突撃しないでください!

 ウチの部隊まだ練度低いんですから―!

 って、後ろ!! バカデカい魔獣が――!!」


「むっ! まだいたか! さっきの魔獣の親か?

 大剣では斬り落とせないな! 

 であれば……()()()()!」


「あ……あの……」


「少女よ!

 自殺の理由は知らないが良く覚えておけ!

 森羅万象あらゆる物事!

 その全ては結局『使い方』なのだ!

 何か嫌な事があればそれを利用しろ!」


「……!」


 魔獣の攻撃がレオンを襲う。

 レオンは大剣を魔獣へと向けた。


「そうであろう? 赫岩の牙よ!

 ――真体開放『赫焉(かくえん)』!」



 ――――


(――森羅万象、使い方……

 やっぱり私は『嫌なヤツ』だった……)


 ボロボロになりながら立ち上がる。


(あの日以来、

 私は厄視の眼と相性の良い魔術を学ぶ事にした。

 でも普通なら治癒魔術を優先するよね?

 怪我や呪いの出所が視えるんだから。

 なのに私は()()()()()を鍛えてた。)


 三階からカラミナが見下ろす。

 見えるのは満身創痍のアリス。


「トドメよ、潰れなさい。」


 ワインを飲み勝利を確信する。

 されど依然、一般人に徹していた。

 が――


「――今までよくもやってくれたわね!

 これは()()()。厄を見せるこの眼。

 その力を攻撃に! 東洋陰陽術『呪詛返し』。

 その独自改造魔術――『死を思え(メメント・モリ)』!!!!」


 アリスの体中の厄が集約する。

 それだけでは無い。

 周囲の人間、物、空間に漂ったあらゆる厄が

 アリスへと集中した。

 瞬間、全ての厄がカラミナへと跳ね返った。


「ぎゃあああああああ――――!!!!」


 一階から三階へと術が駆け抜ける。

 激しい衝撃が女を襲い、やがて気絶させる。


「はぁはぁ、私だって封魔局だ……舐めるなよ!」


 アリスは疲れ果て、その場へと倒れこんだ。


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