プロローグ 加速する世界
総合評価500P記念として、外伝短編『カワセミの笑う人形劇』を公開しました!
こちらはミストリナが主人公の短編小説です。
――深夜未明・とある峠――
白線の上をエンジン音が通過する。
文明を象徴する都市の明かりは遙か遠く、
夜行性の蟲だけを光源とした闇夜の自然に
無骨なヘッドライトがメスを入れる。
峠を駆けるのは中型の輸送車と
同じデザインが施された四台の四輪装甲車。
輸送車は他車両から離れた前方を進み、
残る四台がその軌跡を追っていた。
やがて後方四台との距離が縮まっていくと、
前を走る車両が突如として変形し始める。
「――撃てッ!」
車体から飛び出したのは大型の機関銃。
車内からの掛け声と共に無数の弾丸を乱射する。
しかし後方車両は防御魔法陣で対抗し、
一台も欠ける事なくびっちりと張り付いた。
「っ……! 速度を上げろッ! 追いつかれるぞ!」
手すりを強く握った女が声を荒げる。
それと同時に装甲車からの攻撃が開始された。
魔導兵器による閃光は輸送車の装甲を容易く焦がし、
暗い車内の様子を幾度となく照らし出す。
車内にいたのは数人の人間たち。
各々が愛用する武器を抱えながら、
中央に安置した遺体を囲んで殺気立つ。
「連合領は!? あとどのくらい!?」
「大体あと八キロって所だ……!
だがカーブが多過ぎてスピードが出せない!」
「っ……しばらくは耐久戦って事ね?」
女は使い慣れた薙刀を握り窓に頬を押し当てる。
ライトで照らされた彼女のジャケットには、
封魔局員を証明する紋章が刻まれていた。
「二番隊の意地、見せるよアンタたち!」
「――! 了解だ、メアリー……!」
輸送車は急カーブと共に
真横に張り付いた装甲車に体当たりを喰らわせた。
硬く馬力のある敵の車両が潰れる事は無かったが、
火花を散らしていたガードレールの方が先に崩壊し、
そのまま装甲車一台を奈落の底へと葬り去る。
「っ……! 乗り込んで来たぞ! メアリー!」
「任せて――『武芸模倣』!」
メアリーは車両に飛び乗った敵を一瞬で蹴散らす。
倒された敵の身体はゴミのように道路を跳ね、
後方の車両一台の下へと潜り横転させる。
「よし二台目! この調子なら――」
「ッ!? 頭下げろッ! メアリーッ!」
仲間の一人が女の頭部を押さえ込む。
あまりにも乱暴に扱われたことで彼女は
苛立ちを覚えながら顔を上げるが、
その時には既に彼は頭部の無い死体となっていた。
「一人……ヤッタ……!」
「――っ!? ぐっ!」
振り返ると其処には、
闇夜の空をジェット機構で飛ぶ数体の怪物がいた。
全身を兵器に改造されたトロールであった。
(『人工怪異』……だっけ?)
「情報、渡サナイ。」
生物兵器たちは上空から輸送車へと攻撃を始めた。
レーザー砲やチェーンソーの喧しい音が、
メアリーたちへと容赦無く襲いかかる、が――
「『千糸万紅』!」
――怪物たちの強襲は赤い糸のカーテンに阻まれる。
上空から飛び降りて来たのは赤い髪をした眼帯の女。
スラリとした細身の体をひねりながら、
拘束した怪物たちを敵車両へとぶつけて炎上させた。
「二番隊! 二キロ先で五番隊が待機している!
此処は我々に任せて一刻も早く『荷物』を本部へ!」
「っ! 了解! 助かりました、七番隊!」
礼もそこそこにメアリーたちは立ち去った。
だが赤毛の女は遠のく輸送車をしばらく見つめると、
自身の傍でバイクに跨がる小柄な女に声を掛けた。
「……アリス。君も二番隊に同行してくれ。」
「? 了解しましたが……大丈夫なんですか?
今回の私は七番隊のサポート要員のはずでは?」
「大丈夫。この合同作戦の指揮権は私にある。」
それに、と言葉を続けフィオナは一瞬沈黙する。
彼女の脳内では最悪の結果が想定されていた。
「……万全を期したい。期待してるよ≪墓啼鳥≫。」
「了解です! お任せください!」
嬉々としてアリスはバイクを走らせる。
それと同時に業火の中から怪物たちも起き上がった。
まるでゾンビのようなその姿を冷静に眺めながら、
フィオナはいつの間にか集結していた部下を率いて
トロールたちへと一斉に飛び掛かった。
――――
そんな戦闘の様子を遠くの山中から男が観察する。
補給用の食料を喰らいながら、
双眼鏡で峠の至る所に目を光らせていた。
やがて男は単独で走る輸送車に目線を戻すと、
食料から無線機に持ち替え口を開く。
「ゴーギャン。そっちに向かいました。」
『……了。』
――――
夜道を走る輸送車の前に生体反応が現れる。
メアリーたちはそれがすぐに敵であると理解した。
しかし其処はカーブを抜けた直線の一本道。
回避不能と判断し突っ切る決断を下した。
「……愚か。」
瞬間、その生物は道路の上を走り出す。
正面から迫る輸送車に一切臆する事無く、
逆に吹き飛ばす勢いで真っ向から挑んでいった。
あわや正面衝突するかと思われたその時、
謎の生物は地面を蹴飛ばし輸送車の硝子を突き破る。
そしてそのまま運転手の首を蹴り飛ばすと、
何事も無かったかのように顔を上げた。
(――!? こいつ……!)
その生物は人間だった。
が、彼の容姿は既に人間のそれでは無い。
彼の肌は褐色を通り越して焼け焦げた木のようだった。
そしてボサボサに乱れた灰色の髪の下からは、
とても人間とは思えない真っ赤な瞳が輝いていた。
(この特徴……まさか、あのゴーギャン……!?)
「目標は、これか。」
「チッ! 敵は一人だ! ブチのめすぞ!」
「待って……! そいつは――」
静止の声が届くよりも速く、
赤い瞳が暗がりの中をスルリと抜けた。
そして男に側を通過された隊員たちの体には
まるで切り傷のような青い刻印が刻まれる。
彼らがその刻印に困惑していたその時、
青い光が突如として鮮明な輝きを放って爆発した。
直後暗い車内に彼らの肉片が飛び散った。
「っ……! この祝福……貴様やはり……!」
メアリーは怯えながらも敵を睨み付けた。
しかしゴーギャンは彼女の視線など意にも介さず、
ベッドの上に安置された遺体に刻印を刻み爆散させる。
「……遂行。」
返り血で顔を汚しながら、
とても人とは思えない男は淡々と告げる。
やがて彼の関心がメアリーの処理へと向いたその時、
彼女たちの耳にバイクのエンジン音が聞こえてきた。
メアリーは音の種類から味方だと判断すると、
車内の機材とゴーギャンの立ち位置に目線を送り、
一か八かの大勝負へと乗り出した。
「これが最期かもね……! 『武芸模倣』ッ!」
今まで蓄積した全てを出し切り、
女隊員は敵の隙を突いて機材から何かを取り出す。
それはメモリーカードのような小さな記憶装置だった。
(――!? 既にデータ化していたか!)
ゴーギャンは状況を理解し手を伸ばす。
彼女の動きを止めようとその両足に刻印を刻み、
体の半分から下を一瞬で粉々に粉砕してしまった。
「情報は渡さん。」
「ぐぁっ……! っ! 二番隊員を……舐めるなぁ!!」
「――!?」
女は小さくなった体をよじり窓の外へと手を伸ばす。
そして彼女の登場に驚くアリスへ向けて、
持てる最期の力を振り絞り声を発した。
「これを本部にぃッ! 無駄にしないでぇッ!」
「っ――!? 了解……!」
アリスは記憶装置を受け取ると
そのまま安全圏を目指しバイクを加速させた。
彼女の背後では全身に青い光の走ったメアリーが
満足そうな表情のまま爆発四散していくが、
その声はもう届いてはいなかった。
――――
しばらくして女の肉片を足蹴に男は車から顔を出す。
彼は降りると同時に車両を爆発させると、
燃え盛る業火を背景に突如として笑い始めた。
『任務を失敗したにしてはゴキゲンですね、ゴーギャン?
あれですか? 「もう笑うしかねぇ」って奴ですか?』
「第八席か。フッ……そうかもな。
これで一気に世界は戦争へと加速していく!」
強欲、厄災、女帝。
特異点と呼ばれる魔法使いも既に半数を切った。
互いを牽制し合う怪物たちの枷は弱まった。
今の魔法世界は群雄割拠の混沌時代。
世界は新たな王の君臨を望んでいる。
名乗りを上げたのは表と闇の二大勢力。
「封魔局と魔王軍。遂に雌雄を決する刻が来た!
さぁ備えろ! ここから先は誰が死ぬか分からない!」
『仰せの通りに。≪魔王代理≫ゴーギャン。』
悪の名は『暴食』。狙うは世界の所有権。
魔法世界は――混沌に向けて加速していく。




