第二十四話 不幸
――船上デッキ――
男が二人、
深いため息をつきながら会話をしている。
「はぁー。これからどうするよ?
お嬢様を置いて逃げちまって……」
「どうするも……クビは確定だろう。
さっさと次の仕事探すしかねぇよ。」
マランザード領の私兵にして、マナの取り巻き。
最初の影の襲撃時に逃げた男たちだ。
「はぁーあ!
おだてりゃ金の貰える楽な仕事だったのにな!」
「おい! 誰かに聞かれでもしたら……。」
「知るかよ。もう関係ねぇんだ。
あのクソガキの顔を立てる必要はねぇよ。」
「確かに……そうだな!
ったくうるせぇガキだったぜ。
マナお嬢様はよぉ!」
開き直り、皮肉を吐く男たち。
何も事情を知らない者が見ても、
恐らく嫌悪するであろう悪態をつく。
そんな彼らに声を掛ける男が一人。
「あ? 誰だてめぇ?」
「……今の話を『詳しく聞かせろ』。」
「――!! ……俺らはマランザード領主の衛兵。
そこのお嬢様、マナの護衛任務を受けていた。」
「……部屋は三○二号室。
衛兵は俺らが任務を放棄したから今は一人だけ。
封魔局は五人だ。」
謎の男はさらに質問をする。
「なぜ放棄した? 『答えろ』。」
「襲撃を受けた……恐怖から逃亡。今に至る。」
しばし考え込み、男は最後の指示を下す。
「そうか。
主人の陰口しかする事が無くなったのであれば
終わりだな。ならば……『死ね』。」
瞬間、二人は体中から血を吹き出した。
ぐらつく体を男はトンと押し、
そのまま大海原へと突き落とす。
(部屋は割れた……が、
襲撃後なら変えている可能性もあるか?)
誰もいなくなったその場で男は通話する。
「聞こえるか、メルメイル。
目標の居所は三○二号室。俺が向かう。
目標の確認が出来次第呼ぶから、
お前は待機していろ。」
『了解です!
何処で待機してましょうか?』
「そうだな。
何処へでも直ぐに駆けつけられるよう、
船の中心……内側客室にいろ。」
――パーティー会場・一階――
恐怖からかアリスは完全に
立ち止まってしまっていた。
ずっと、ずっと通りゆく人々の顔を見ては、
そこに映る靄を嫌悪している。
「この場の全員だと!?
まさかこの会場の全員が……」
「い、いえ!
見えるのは悪意や敵意では無いです。
もっと単純な……危険を表す靄で……」
アリスにしか視覚できない会場内の異常。
対応に困ったジャックは
とにかく先を目指そうと提案した。
周囲に常に警戒し三人は進む。
先ほどまでは機能していた
アリスというレーダーが失われ、
途端に緊迫感がましていた。
接近する者全てに警戒心を抱くように、
会場の隅をそそくさと進む。
丁度中間に差し掛かった頃、
一人の男が急接近した。
「いらっしゃいませ。
当艦のシェフが用意いたしました
燻製チーズでございます。
ワインのお供にいかがでしょうか?」
「…………急いでいる。」
「左様でございましたか。
良き船旅をお楽しみください。」
ただのウェイターだ。
すぐに諦め立ち退こうとする彼に、
ジャックたちは警戒心を緩めた。
その時――
「キャアアァ――!!!!」
会場内で悲鳴が上がる。
ドレス姿の女性が倒れ込んだのだ。
しかし、ただ倒れ込んだ訳では無い。
周りを巻き込み倒れる人の津波を起こす。
ワイン瓶は割れ、食器類や調度品が宙を舞う。
その内の一つがウェイターの男を直撃した。
その拍子に男はジャックの元へと倒れ込む。
「おいおい……大丈夫か?」
「も、申し訳ございません! すぐに片付け――」
足下に零れたワインで
ジャックとウェイターは大きく体勢を崩した。
押されるように地面に倒れたジャックに
ウェイターがのしかかる。
……誤って自身の祝福を発動させながら。
「――づっ!? ぐあぁあ――!!」
電流がジャックを襲う。
ワインで濡れていた事も災いしてか、
電気は良く通った。
朝霧は咄嗟に電気を放つ男を引き剥がす。
「ッ!! 貴方何をしているの!!!?」
「も、も、も、申し訳ございません!!
この電気は私の祝福で……
間違えて発動してしまい。」
怯えながら焦る男に迫っていると、
会場中で悲鳴がこだまする。
朝霧がそちらへ目を送った時には
会場内はちょっとしたパニックとなっていた。
人々が何も無いところで転ぶ。
普通ならあり得ない場面で祝福が誤爆する。
零れたワイン。吹き飛ぶ食器。
床に落ちたシーツが二次被害を引き起こす。
「朝霧さん! これは……一体何が?」
状況が理解出来ずにいたアリスが駆け寄る。
その時、彼女目がけて誰かの祝福が飛来する。
「――!! アリス、危ない!!」
アリスを庇い朝霧が盾となった。
背中に攻撃を受けつつ、意識を保つ。
(痛ッ! けど即死する系じゃ無くて良かった!)
咄嗟に放出した魔力が壁となり
ダメージは抑えられた。
しかし、安堵する彼女の背後から
食器類と無数の魔法が襲ってきた。
(これはッ!? 避けられない!!)
アリスを庇うように抱きしめながら、
無数の追撃が朝霧を攻撃する。
屈強な朝霧には致命傷とはならない。
が、防御のために魔力を使いすぎていた。
(ダメ……意識が……)
狂気限定顕在の反動。
朝霧はそのまま気絶してしまった。
「朝霧さん? ……朝霧さん!?」
アリスはすぐさま朝霧を安全な所まで引きずる。
会場は連鎖的に、そして奇跡的に起こった
事故に騒然としていた。
(――な訳無い! これは敵の『祝福』だ!
探さなきゃ、暗殺者を!!)
朝霧たちの周囲のみで起きた一連の災難に、
会場の多くの人が集まっていた。
もしこの中に暗殺者がいても、
今のアリスにはそれを判別できる眼は無かった。
そして、頼れる仲間は
二人とも既に倒れてしまっている。
(……この群衆の中から? 私一人で……?)
――パーティー会場・三階――
「あらあら。事故が起きるなんて『不幸』ね?」
――マランザード領主邸――
「旦那様。封魔局一番隊隊長、
劉雷様が面会を求めています。」
「……船で襲撃があったようだ。
彼らは守り切ってくれるだろうか?」
「お気になさらずとも、ミストリナ様の部隊です!
必ずやマナ様を――」
「――守って欲しいのは……マナでは無い。」
「…………そう、でございましたね。」
机の上の紅茶をすすり、
領主アシュラフは窓を見る。
既に夜の帳は落ち、
真っ白な月がこちらを見つめる。
「劉雷殿だったな。すぐに向かおう。
お前たちは配置に付け。」
「承知いたしました。」
一人となったアシュラフは
机の上にあった『手紙』を拾い上げた。
「船では特異点≪黒幕≫の手配した暗殺者たち。
そしてこちらでは、特異点≪強欲魔盗賊≫
……思い通りにはさせんぞ。悪党共が――」