第五十五話 今日はとても寒いから
――城内・西側――
日暮れがやってきた。夕空が顔を見せた。
朝日と共に始まった決戦の革命行動は
長い時間を掛けて一歩ずつ終幕へと進む。
そしてそれは城内も同じ。
各地で轟いていた戦いの怒声は
一つ、また一つとその姿を消していった。
移動したか、休息を始めたか、或いは死んだか。
それは現場にいる者にしか分からない。
ただ静かになっているという結果だけが
息を荒立て走るイナの耳に届いていた。
(戦いが、終わりつつある……?)
疲れた頭で今取るべき行動を考察する。
戦争は確かに終結へと向かっているが、
どっちが勝っているのかイナは知らない。
そして彼女の内ポケットには
アリスから貰った無線機が一つ。
ならば何処かに隠れるのが安定行動だ。
(そのためには、まず追手を撒かなきゃ!)
イナは背後から迫る二人の追撃者に意識を向けた。
それはスベトラーナの指示でイナを追う
エルフ族の男性二名であった。
「やっと見つけた……! 上手く逃げやがって!」
「止まれ! 俺は少女でも平気で撃つぞ!」
脅迫にも怯まずイナは駆ける。
その様子に疲れた声で仕方無いと呟くと、
追手の一人が静かに矢を番え
冷静にイナの肩に矢尻を突き刺した。
「ぁ……っ!」
「よし倒れた! 捕縛しろ!」
エルフたちは少女の身体を押さえ付け
瞬く間に縄で口と両手を拘束する。
だが中途半端に紳士的だったのか、
彼らは少女の身体をまさぐってまで
装備を奪う事まではしなかった。
(無線機は無事……! これならまだ……)
逆転の目はある。
少女は決して希望を失わぬようにと
幼くも聡い頭を必死に回し続けた。
しかし次に状況を動かしたのはイナでも、
そしてエルフたちでも無かった。
状況を大きく動かしたのは、
突如荒れるように変化した天候であった。
「……え? 何、あれ?」
――同刻・首都中心部――
黒き魔女が地上に堕ちた。
自ら地表を剥いだ大地に血を染みこませ、
ピクリとも動かないまま倒れている。
そんな彼女の真上にジャックは浮かんでいた。
夕陽を背に空に立つ彼の姿を
ハウンドらが銃口を向けながら見上げた。
彼らが苦しそうに目を細めているのは
逆光のせいかどうかは分からない。
「よぉ……どういうつもりだ、ジャック?
美味しいとこ取りして革命側に鞍替えする気か?」
「いや? 俺は依然お前らの敵だ。」
「っ……なら、どうして女帝を斬った?
今のお前が与している陣営のトップだろ?」
どうにも思考が読めないジャックを不気味がり、
ハウンドは引き金にゆっくりと指を掛けた。
するとその時、ジャックは途端に吹き出し爆笑した。
そしてひとしきり笑った後、彼は静かに答えた。
「俺が組んだのは最初から魔法連邦じゃない。」
「「――っ!?」」
その場の誰もが驚愕した。
だがそれと同時に城の裏手で異変が起きる。
雪起こしの鳴動が轟き渦巻く吹雪が現れたのだ。
するとジャックは猛吹雪の方をしばし眺め、
無線を取り出し何者かに声を送った。
「おい。どうなってる? もう来たのか?」
『うん。彼ってば結構アクティブだから!』
無線の先で若い女の声がする。
そしてその声は衝撃的な事実を口にする。
『お。丁度イナちゃんを捕獲したってさ!』
「「っ……何ぃ!?」」
――――
廊下の上でエルフたちが凍死していた。
きっと最期には何か叫んでいたのだろう。
無念そうに開けた口の中まで氷に変わっていた。
そんな二体の氷像の前でイナは震える。
寒さと恐怖のダブルパンチで
身動きどころか思考する事すら出来なくなっていた。
「はぁぁぁぁ、ふぅぅぅぅ、ひぃぃぃぃ……」
そんな少女の前で一人の老人が吐息を漏らす。
白い煙を吐く口にくすねた酒を運びながら、
シワのよった頬を更に歪めて嗤っていた。
「お嬢さん。暖かいか?」
(何……この人……?)
「あぁいや、答えなくて良い。
今はビジネスパートナーの依頼で動いている。」
そういうと厳寒老は手を伸ばす。
たちまちイナの全身はピキピキと凍り付き、
分厚い結晶の中へ封じ込まれてしまった。
「捕らえたぞ、王家の血!」
雪の怪異は喉の奥を鳴らし高笑いをした。
――城内・広場――
猛吹雪が一気に城を飲み込み始める。
乱入者の領域が各地の戦闘を侵食し始め、
入り乱れた戦士たちの動きを一斉に止めさせた。
それは此処『城内広場戦線』も同じ。
フェネクスを宿すフィーアと対峙していた
ツヴァイとウラたち鬼の一族でさえも、
突如発生した吹雪を前に身を屈めていた。
「若! ツヴァイ殿! 下がってください!」
「でもフィーアが……!」
「不死鳥は雪じゃ死なねぇよ! 死なねぇよな?」
ウラが思わず疑問に思う。
それほど今のフィーアは苦しんでいたのだ。
寒さなのか赫岩武装の弊害なのか、
ともかく広場で頭を抑えてうずくまっていた。
するとその時、若い女の声が響いた。
「うん大丈夫。フィーアお姉様は強いからね!」
声に反応し見上げてみると、
荒れ狂う天候の下、城門の上に少女はいた。
ぷらぷらと脚を揺らし白い長髪を弄りながら
その少女はフィーアたちを見下ろし嗤っていた。
「フンフ……!」
「また会えたねツヴァイお姉様! けどゴメンね~?
せっかちなお爺さんが五分前行動ってうるさくて!」
困ったような笑顔を魅せながら
彼女はパチンと指を鳴らす。
直後雷鳴が轟き紫色の落雷が襲い掛かった。
雷に打たれた者は次々と倒れだし、
やがてツヴァイまでもその標的になる。
そうして倒れた二人の姉を見下ろして
フンフは不気味な笑顔と共に無線を構えた。
「はーい、こっちも終わり! 早くしてよね?
集合場所は城内最上階――玉座の間だよ!」
――――
「悪いなハウンド。急かされた。」
ジャックは無線を仕舞うと
双剣を鳴らし只ならぬ殺気を解き放った。
彼と親しかった六番隊員たちはその気迫に怯むが、
メアリーら二番隊員は迎え撃つ準備を始める。
「ハウンド隊員、これ以上の会話は無意味だ。」
「っ……メアリー隊員……」
「悪いが私らは彼と友達じゃ無い。
それどころか仇の一人だと思ってるんでね!」
薙刀を振り回し、裏切り者へと刃先を向けた。
その目には女帝に対して向けていた物と同じ、
憎悪の念が宿っていた。
「ツヴァイとアンタの捕虜交換!
私らはそのためにわざわざ此処まで来たんだよ!」
(……?)
「なのに交渉は嘘っぱち! 隊長も殺された!
原因になったアンタにはしっかり償って貰うよ!」
(……!)
「総員戦闘体勢! 標的、ジャック・ハーレー!」
メアリーは意気込み仲間に檄を飛ばす。
それに対してジャックも殺人者の目を魅せた。
やがて両者が刃を交えようとした、その時――
(なるほど……そういう事でしたか……)
――ジャックの真下で黒い魔力が解き放たれた。
その渦巻く禍々しいエネルギーの中心では
自らの腕を喰う事で回復した女帝が立っていた。
「なっ……! こいつまだ……!」
動揺したジャックは距離を置く。
しかし女帝は血塗れの顔を彼に向け続ける。
既に魔力切れ寸前の満身創痍であるはずなのに、
ジャックは本能的な恐怖を覚えて退散した。
「フッ……情けない男ですね……」
「じょ、女帝っ……!」
リチャードはすぐに彼女へ銃口を向けた。
すると魔女は青年の顔をしばらく見つめると
やがて僅かに首を傾け、笑みを溢した。
「――暖かくするんだよ?」
「え?」
直後女帝は消えるように黒い閃光を放つ。
そしてロケットが打ち上げられたかのような
衝撃を地上に遺しながら空へと飛びだした。
(今日はとても寒いから、此処は冷えてしまうから。)
時刻は夕暮れ、天候は吹雪。
落陽の光が暗雲をより黒く染め上げていた。
氷のような女帝は、黒い国盗りの魔女は、
フローレンス・ラストベルトという女性は
雪と夕陽に彩られた大空を駆ける。
目指すは一箇所。城内最上階――
(――玉座の間へ、急がなくては……!)




