第五十三話 星剣返還
アンブローズ・マーリン。
そう名乗る小動物は短い手足で
リチャードの全身をくまなく治療する。
その手際は正に見事の一言に尽きるもので、
リチャードは既に起き上がれるほど回復した。
「つまり、此処は時の流れも違う異空間で、
アンタはこの場所から魔法世界を監視している、と?」
治療中に得た情報をまとめ整理する。
にわかには信じがたい話ではあったが、
上位の魔法使いたちのスケールを考えれば
そういう存在がいても不思議で無いと納得する。
「うん。大体そんな認識で良いのだ。」
「しかし、まさか創世期の偉人が存命だったとは……
それに……何故俺をこの異空間に喚んだ?」
「いや? 喚んだのは僕じゃ無いのだ!
これからボール遊びでもしようかと思った矢先に
勝手に君が血塗れで上がり込んで来たのだ!」
「は? ならなんで俺はこんな場所に?」
「うーん、僕自身理由は知らないけど、
可能性があるとするならコレだと思うのだ。」
そう言うと小動物は床に転がる杖を拾った。
アーサーから受け継いだ星剣エクスカリバーだ。
小動物は身の丈に合わない杖を持ち上げようとして
すぐに諦め浮遊魔法で見やすい高さに浮かべる。
「この剣は元々僕がこの空間で作った物なのだ。
だから此処に繋がる鍵にもなったのだ。多分。」
「エクスカリバーが……? ……そうか。
土壇場の窮地に俺を導いてくれた訳か……」
空中に浮かぶ杖をぼんやりと眺め
リチャードは感慨深く呟く。
そして同時にまたの無い好機に縋った。
「なぁ教えてくれマーリン!
どうやったら俺はエクスカリバーに選ばれる!?」
「んぁ?」
「俺を信じて戦っている仲間がいる……!
俺は、この星剣を扱えるようになりたいんだ!
教えてくれマーリン! この剣の解放条件を!」
宙に浮かぶ杖を固く握り締め、
リチャードは眉を歪めて必死に叫んだ。
星剣の力が欲しいと強く望んだのだ。
それに対し魔術師はすぐに答えを与える。
「ロック解除したらいいんじゃない?」
「……ん?」
「いやだからぁ、ロック機能を、解除すれば?」
「……え? いや、え?」
「貸して? ほらココなのだ。これをこうして、こう。」
「あ! いや、えぇえ……?」
輝きを取り戻した星剣を前に、
リチャードはただただ絶句した。
「おい嘘だろ……そんな所で躓いていたのか?」
「『俺はこの星剣を扱えるようになりたいんだ』!」
「やめろ! なんかすっげー恥ずかしい……!」
裏声でおちょくる小動物にリチャードは赤面した。
しかし同時にエクスカリバーを前にして
彼は心の中を安堵と高揚感で満たしていた。
(でも良かった! これで俺も少しは戦力に!)
踊る胸の昂ぶりに任せ、
リチャードは星剣へと手を伸ばした。
しかしその星剣を小動物が抱えて隠す。
「……? なんだよ?」
「そっちこそなんなのだ? その手は?」
「は? 何ってエクスカリバーを持っていくだけだが?」
小動物の意図が分からなかった青年は
困惑しながら当然の事のように言葉を発した。
だがその発言によって魔術師は更に強く抵抗する。
「イヤなのだ。エクスカリバーは返してもらうのだ!」
そう言い放つと小動物は脱兎の如く駆け出した。
しばらくその丸々とした桜色の背中を眺め、
リチャードはようやく状況を理解し声を上げる。
「はぁ!? ふざけるな!? 待ちやがれ!」
無限に白色が続く空間で
二人の追いかけっこが開始された。
しかし歩幅の違い過ぎる二者の距離はすぐに縮まり、
リチャードは容易く小動物を捕まえられた。
(軽っ……! というか弱っ!)
リチャードに片手で持ち上げられ、
小さな魔術師の手足がバタバタと風を切った。
本人的にはこれでも必死に抵抗しているのだろうが、
フィジカルの強さは皆無と言えるほどだった。
「本当に偉大な魔法使いか?」
「うぅ……! 管理に魔力を割いていなければ……!」
「てか星剣! 早く返せよソレ!」
「イ〜ヤ〜な〜の〜だ〜!」
「ガキみたいな駄々をこねてんじゃねぇよ!」
苛立つリチャードは魔術師を振り回した。
するとその衝撃が苦痛だったのか、
小動物はポロポロと大粒の涙を流し始める。
「うぅ……アーサーぁ……! こいつ乱暴なのだ!」
「なっ! 悪かった! 乱暴はしないから泣くな!
けどせめて理由を言え! なんで返したくない!?」
小さい子をイジメているような罪悪感で
リチャードの怒りも一旦収まった。
しかし隙を見て逃げられないように手は離さない。
そして半ば吊るされた状態のまま
泣き続ける小さな魔術師の言い分に耳を傾ける。
「ぐす……お前のなんかじゃ無いのだ……!
これは唯一残った、アーサーの『形見』なのだ……!」
わんわんと泣きながら、
小動物は大事そうに星剣を全身で抱えていた。
数少ない友人の形見を手放したく無かったのだ。
「アーサーは……口は悪いけど良い奴だったのだ……
本当なら僕も何かしたい。でも介入は出来ない。
だから僕には……泣き寝入りしか、出来ないのだ……!」
「なら俺が仇を討つ! だから俺に剣を託してくれ!」
「――僕から、また奪う気なの?」
落雷のような衝撃が空間の奥で轟いた。
突風が瞬く間にリチャードらの元へと届き、
魔術師の感情を精神へと直に押し当てる。
今までの雰囲気とは違う眼光に青年はたじろいだ。
「っ……! けど、俺は彼から剣を受け継いで……!」
「受け継いだ? 解除方法も聞かされていないのに?」
「いやそれは……あの時は余裕が無かったから……!」
言い訳のような口調で言葉が漏れた。
瞬間、幾千年を生きる魔術師は
その来歴に見合う声でリチャードを見上げた。
「……なら君は、星剣を貰っただけ。
それは本当に『受け継いだ』と言える?
アーサーの意志の、何か一つでも理解した?」
「っ……、それは……」
高名な魔術師の言葉が心臓を締め付ける。
やがて青年の中で女帝の質問も混ざって再生された。
どんな国にしていきたいか? どうしたいか?
己という存在がどんどん吹雪の中で迷走していく。
そして答えが返ってこない事に魔術師は落胆した。
「もういいのだ……現実世界には返してやる。
その後野垂れ死のうが、もう僕には関係な――」
「――いや……それじゃダメだ……!」
リチャードは魔術師の手から
星剣を強奪しようと試みる。
「な……!? 離すのだ! しつこいのだ!」
「ダメだ……! 無駄死には出来ない……!
生かされたんだ! あの日、あの都市から……!」
リチャードの脳裏には
都市カセントラから離脱する際に目撃した
アーサーの顔が浮かんでいた。
彼は外部の人間であり、
リチャードが王家の血筋という事を知らない。
つまり彼は革命のために命を捨てたのでは無い。
「騎士聖は……アーサーは……!
俺だから生かしてくれた訳じゃなかった……!」
「当たり前なのだ! そういう奴なのだ!
だからこの星剣もお前なんかに託した訳じゃ……!」
「あぁそうだ。きっと違う――
ならアーサーの死は無駄だったのか、マーリン?」
動揺の色が小動物の目に映った。
「このまま俺が死ねば、きっと無駄になる……!
あの死に意味を与えられるのは、
彼に生かされた、無価値なこの俺だけなんだよ!」
魔術師は目を見開き、そして逸らした。
「なら……無駄になる可能性が高いのだ……」
唇を噛みしめ言いたく無い言葉を口にする。
しかしその発言に無価値な青年は激怒した。
「――はぁ!? まだ分からないだろうがッ!」
「ぁ?」
「俺はまだ死んでいないんだろ!? ならまだだろ!
無駄かどうかなんて、死ぬまで分かんねぇよッ!」
「っ……!?」
それはかつて魔術師が騎士聖に言った言葉だった。
数百年、虚無空間で孤独だった魔術師にとって、
久方ぶりに出来た物覚えの良い弟子。
その弟子に告げた師としての教えが
偶然にもリチャードの口から告げられた。
「それは……ずるいのだ……」
小動物、否、マーリンは呟いた。
そして星剣をその小さい両手で握り締める。
「……マーリン?」
「エクスカリバーは返せ……」
「っ! お前まだ……!」
「その代わりに! 中の隕鉄をくれてやるのだ。」
――首都スネグーラチカ――
瓦礫の山が積み重なり、
その隙間隙間に多くの生物が倒れていた。
殻の内部から破裂した化け蟹の死骸や、
首を断ち切られた巨大亀の骨が転がり、
更にその上空では金色の結界が
まるで砂のようにパラパラと散っていた。
「ぐっ……く、ユノさん……!」
瓦礫に縋りながらアランは目を開ける。
彼の視線の先には、彼と同様に
瓦礫にもたれ掛かるユノと、
戟を携え其処に向かう女帝の姿があった。
「ようやく切り札も終わりましたか……
長かった……私の時間を奪った罪は大きい。」
(っ……魔女め……!)
最早声を発する余裕も無い。
そんな彼女を介錯するかのように、
女帝はゆっくりと戟を掲げた。
――その時、一発の銃声が鳴り響いた。
発砲地点は女帝の真横の瓦礫の中。
煙に混じって放たれた弾丸が、
女帝の握る黒い戟を弾き飛ばす。
「何者ですか?」
かつてないほどの警戒心を向け女帝が問う。
すると煙の中からは一人の青年が現れた。
その手に白亜の銃剣を携えた銀髪の青年が。
――――
「剣よりもお前、銃剣の方が合ってるだろ?」
――――
星剣は隕石に混じった鉄を魔法で打った代物。
つまりエクスカリバーの本質は隕鉄であり、
仕込み杖はその外装でしか無い。
そこでマーリンは内部の隕鉄を取り出し、
リチャードのために新たな武器を作成した。
それこそがこの銃剣。
白く美しい銃の先に星の刃が光る一品。
マーリンお手製――星銃剣『レオンハート』である。
「待たせたな、フローレンス・ラストベルト。」
「いい顔になりましたね、リチャード。
その様子、何か答えを得られたのですか?」
「いや、悪いがそっちはまだだ。」
怪訝そうな顔をする女帝に対し、
銀髪の青年はニヤリと笑う。
どんな国にしたいかのビジョンはまだ無い。
しかしそれでも彼が止まる事は許されない。
例えどれほど遅れても答えを得るまで止まれない。
過去を無駄にしないため、青年は銃を手に取る。
「答えは、戦いの中で見つけてみるさ。」
そう言うと青年は自作の紫煙を燻らせた。




