第二十三話 パーティーが始まる
――死合会場――
「既に敵に部屋が割れてる! 今すぐに移動だ!」
無線に向かいジャックは言い放つ。
傍らには拘束されたガバルバン。
そしてアリスが朝霧に治癒魔術を施していた。
『了解した!
内側客室なら空きがあるだろうか?
……とにかく時間は無い。
俺らはすぐに移動を開始する。
お前らも現地で一旦合流しよう。』
「了解。……聞いたかお前ら? 移動するぞ!」
ジャックは二人へ目線を送る。
アリスは依然朝霧の治癒に手こずっていた。
「おい? 朝霧のダメージはデカいのか?
外傷は無いようだが?」
「それが……魔力放出の振り戻しで
体力を大きく消耗しています。」
狂気限定顕在≪序≫。
従来は二十五パーセントしか出ない朝霧の魔力を
倍の五十パーセントまで一気に開放する術式。
彼女の肉体は、暴走こそ無かったが、
その過剰な負荷で完全に疲弊しきっていた。
体力回復を行うアリスの手が震える。
「すみません……私がもっと、
もっと治癒魔術に精通していれば……」
「……謝らないで、アリス。おかげで丁度今、
少し楽になった所なんだから。」
朝霧が起き上がる。
その顔には汗が滴り、
万全では無いことが一目で分かる。
荒い呼吸のままジャックの方へと目線を送る。
「行きましょう。猶予は無いでしょ?」
「その通りだ。いくぞ!」
ドアを勢いよく押しのけ、早足で駆け抜けた。
緊迫感に包まれながら三人は
船のさらに内心部へと進んでいった。
人の消えた廊下に、影が浮かび上がる。
「……チッ、この部屋の性質か?
会話が盗めなかった……
やっぱムサいおっさんはダメだな。
俺の足を引っ張りやがる。
黒幕様が紹介をしてくれた
もう一人の暗殺者に期待しよう。」
影は再び地面に消えた。
――――
廊下の中央には男が一人。
黒い帽子に黒いスーツ。
いかにも、な見た目の男だった。
(俺の名前は……いや、
名前は人の心と共に捨てたんだったな……
なのでコードネームを言おう。
俺は≪ブラックマンバ≫。暗殺者だ。)
男は壁にもたれかかり、タバコに火を付ける。
(俺の今回の仕事は『貴族の暗殺』。
封魔局が守るボンボンのお嬢様だ。
唐突に黒幕が多額の賞金をコミュニティで
宣言した時は何事かと思ったが……
どうやらかなりデカいヤマらしい。)
男は火を消し、胸ポケットへと手を伸ばす。
(面白ぇ……俺の暗器も、
早く血を吸わせろってウズウズしてらぁ……)
「――!! 二人とも、あの人暗殺者です!!」
「周りに人はいねぇな? やれ、朝霧!!」
「了解!」
「…………へ?」
男の背後から背の高い女が蹴り掛かる。
思考する暇も無く顔面へと膝蹴りが打ち込まれ、
程なく倒れこんだ。
攻撃のショックは凄まじく、
正しい判断が出来るほどの余裕を奪う。
そして、男は混濁した意識のまま倒れた。
「よし確保! ……おい? 大丈夫か、朝霧?!」
「ッ……はい、すみません。
少しフラついただけです。」
飛び膝蹴り後の着地で朝霧は大きくぐらつく。
やはりまだ本調子では無い。
ジャックが魔力の放出を控えるよう
忠告しながら男の身体を調べ始める。
「当たりだ。ナイフに宝玉に……これは毒か?
でかしたぞ、アリス。」
「ありがとうございます。
それより朝霧さんは大丈夫ですか?」
「正直強敵との戦闘は厳しいだろうな。
次に何かあったら俺が対応しよう。」
申し訳なさそうに謝る朝霧に肩を貸しながら、
アリスは状況の確認を行う。
「けど、今回も運良く一般の方が
周りにいなくて良かったです。
豪華客船といっても、
案外お客さんは少ないものなんでしょうか?」
「今……七時半って所か。
もうすぐディナーパーティーが始まるはずだ。
恐らく客はそこに集中しているのだろう。
会場は確か……この先か?」
ジャックは壁に貼り付けてあった
船内地図へ目をやる。
船内の中心にある広い空間。
拡張魔術では無く、
実際に広大な容積を誇る空間が記載されている。
「どうしますか?
時間短縮を思うなら、
会場を通るのが早いですが……」
「行こう。時間を優先する。」
肩を借りていた朝霧が口を開く。
「……ジャックさん危険では?
敵が紛れているかも……」
「むしろ逆だ。
あの会場が今一番襲われる危険が薄い。」
その言葉で朝霧は、
出撃前のハウンドの発言を思い起こす。
一般人に無差別攻撃をしようとする輩が
いるとすればそれは……
相当『自分の強さに自身のある奴』か
或いは『ただのバカ』だ。
闇社会で生きる暗殺者なら
不要な戦闘はやりたがらない。
仮に会場を襲いVIPの反感を買おう物なら、
この閉鎖された船の中で、
大勢の祝福持ちを敵に回すということだ。
「当然、イカれたバカがいる可能性もある。
だからここは、大至急通り抜けるぞ。」
捕らえた男を隠蔽し、三人は会場へと足を運ぶ。
――パーティー会場――
「「すごっ……」」
絢爛豪華な会場に度肝を抜かれる。
金色を前面に押し出した空間には
千人にも上りそうなほどの人が集まっていた。
だが、まだまだ空間的な余裕があることが
会場を見渡せばすぐに見て取れる。
また会場をグルッと囲むように、
これもまた見事な装飾が施された廊下が
三つ、通っていた。
さながら吹き抜けのような構造の空間。
その広い廊下の上にも席が設けられ、
会場内での開催予定の舞踏会を
観覧できるようになっていた。
「急ぐぞ。ここに用は無い。」
ジャックに急かされ二人はハッとする。
現在は会場の三階にあたる通路。
目的地は一階の向かって反対側の扉だ。
(いつか、こんなパーティーに参加したいね。)
(ですね! 今回はお預けですけど。)
二人でそんな事を呟きながら一階へと降りる。
その様子を三階から見つめる女が一人。
席に着き、ディナーにナイフを入れる。
「お待たせいたしました。こちら百年物の……
あっ、申し訳ございません!」
女に近づいたウェイターがワインをこぼす。
焦る男の方へ一切目もくれず、
女はフォークを口に運ぶ。
「いいのよ? これはただの『不幸』。
だぁーれも悪くないもの?」
一階に降りた瞬間、突如アリスは二人を止める。
「――?! いるのか、アリス! ……アリス?」
無言でジャックの袖を引くアリス。
彼女の手は震え顔は青ざめている。
ガクガク震える口元からは
ありえない、と声を漏らしたように聞こえた。
「アリス? どうしたの? 敵はいるの?」
「…………全員です。」
「え?」
アリスは周りの人の顔を
一人また一人と確認しながら、
必死に言葉を紡ぐ。
「この会場の全員にっ! 厄が視えます!」