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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第六章 悠久寒苦のラストベルト

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第四十四話 森人姫

 ――――


 或る時、胸の内には後悔があった。


 もっと上手くやれたはずだと何度も叫ぶ。

 もっとマシな未来があったはずだと焦り続ける。

 どうして出来なかったのだと、今の自分を過去が呪う。


 或る時、頭の中には浅慮があった。


 その程度の事なら大事には至らないと甘えた。

 例え損をしてもすぐに取り返せると誤解していた。

 失ってからでは遅いと、教訓だけあっても意味が無い。


 或る時、心の奥には過信があった。


 自分なら現状を変えていけると信仰していた。

 希望に満ちた若き芽なら未来は明るいと盲信していた。

 語るも恥ずべき事ながら、私は私を贔屓していた。


 ――やがて全てが『決定』し、私は従属に甘んじる。



 ――城内・西回廊外部――


 狂ったような笑みを放つフンフから逃れるため、

 オロバスに投げ飛ばされたイナは空にいた。

 衝撃吸収マットの代わりに巻かれた赤い外套に

 少女は必死にしがみつき恐怖で怯えていた。


 オロバスの安否が気になってもいたが、

 やはり今は自分の事で頭はいっぱい。

 着地の不安から少女は涙目で震える。


(無理死ぬ無理ィッ! 西回廊って誰がいたっけ!?

 いやもうこの際誰でも良いから助けてぇぇぇッ!)


 突風で声すら出せなかったイナは

 代わりに心の中で全力で叫ぶ。

 すると彼女のSOSに気付いたのか、

 背の高い地上の植木から何者かが飛び出した。


「ふぇ?」


 イナの身体をフワリと浮遊感が包み込む。

 だがそれと同時に細長い腕で

 抱き留められた感触も全身に伝わってきた。


 やがてその人物は自身の長い脚を

 まるでコンパスのように回転させながら

 イナに衝撃が掛からぬように着地した。


「大丈夫か君!?」


 慌てて声を掛けた人物の顔は逆光で見えなかったが、

 イナはその人物が持つ特徴的な長い耳に気付く。

 それは森の歩哨たる亜人種が有する最大の特徴だ。


「エルフ……?」


「正解だ。私はスベトラーナ。『戦術兵器(ルーク)』だ。」


 少女を安心させるためか

 スベトラーナはとても柔らかく微笑んだ。

 だがイナにとっては恐怖でしか無い。


(敵じゃん!? 何で助けてくれたの!?)


「この布はビショップ・オロバスの外套だな?

 事情は知らないが彼は君を護ろうとした訳か。」


(――! そうかこの人まだ……!

 オロバスさんの裏切りを知らないんだ!)


 状況を理解したイナは、

 自分の身体が緊張で震えているのを良いことに、

 怯えた少女という(てい)で布を使い顔を隠す。


 自分が脱走した捕虜だと気付かれぬように、

 無力で幼い己に出来る最大限のを手を打った。

 そしてどうやらその効果は絶大だったようだ。


「怯えているな。安心してくれ、すぐに避難させよう。」


(わぁ良い人……人? とにかくちょっと心が痛い!)


「今なら城の裏手が安全か? 誰か動ける者はいるか!」


 スベトラーナは背後に控える部下に声を飛ばす。

 そしてイナもまた状況をより詳しく把握するために

 彼女の腕の中から現場の様子を観察した。

 その時、少女は思いがけないものを目撃する。


「っ……!?」


「あぁすまない。嫌な物を見せてしまったか。

 あれは今城を襲っている敵の一人だが……

 心配はいらない――もう倒したから。」


 見せぬようにと視界を遮る指の隙間から、

 少女はエルフらに狩られた血塗れの女性を見た。

 渇いた真っ赤なシミをレンガ壁に押し当てて、

 ぐったりと脱力した小柄な封魔局員の姿であった。


(お兄ちゃんと一緒にいた人だ! 味方だ……!)


 イナは敵に囲まれた女性の所属を察する。

 一応五体満足のようだが身体はとても損傷しており、

 生きているのかどうかさえ少女には判別出来ない。

 ただ一つ、少女の中にあった感情は――


(助けなきゃっ……!)


 ――幼子故の純粋な使命感であった。


 やがてスベトラーナの召集に応じ

 数人のエルフたちが駆け寄って来た。

 彼らの顔には若干の疲労感が垣間見える。


「む、動けるのはたったこれだけか。」


「えぇ……敵の攻撃は回避が難しく、

 それでいて魔力も底なしだったので……」


「馬鹿者。あれはカウンター系の術だ。

 貴様らの生半可な攻撃を魔力に転用していた。」


 もう敵はいないと思っているからか、

 スベトラーナたちは呑気に会話を続けていた。

 イナは赤い外套を目深に被りながら、

 静かに一つでも多くの情報をかき集めようとした。


 しかしその時、彼女を包む外套が変容を始める。

 まるで魔法が解け本来の姿に戻るかのように、

 それまで柔らかかった布は緩やかに、

 元の金属特有の硬さを取り戻しつつあった。


(これって、もしかして……オロバスさんが……!)


 外套の変容はオロバスの死を伝えていた。

 そしてそれは恐らくスベトラーナにも伝わるはず。

 彼女がオロバスに付いて問い質して来たら、

 最悪イナの正体がバレてしまうかもしれない。


(どんな理由でバレるか分からない……!

 きっかけを与えるのはダメ。その前に何とか……!)


 焦ったイナは倒れた女性の方を向く。

 すると丁度、その虚ろな瞳と目が合った。

 何かを訴えるような彼女の淀んだ緑眼と。


「――!」


「とにかく事態は急を要するな。

 私は前線に行く。お前たちはこの子の避難と……

 念のためそいつにトドメを刺しておけ。」


 スベトラーナが部下に指示を飛ばすと

 エルフたちは速やかに行動に出た。


 一部が女封魔局員の下顎に冷たい刃を添え、

 残る一部が上司からイナを受け取ろうと近づく。

 だが丁度その時、森人姫は布の変化に感づいた。


「ん? 待て、これは……」


 ――この時、スベトラーナが

 オロバスの死をどう解釈したかは分からない。

 しかし鬼気迫る形相で少女を見たこの一瞬だけは、

 彼女の意識の中に、既に負かした敵は居なかった。


「『死を想え(メメント・モリ)』。」


 数分前に何度も聞いた呪文が聞こえた。

 その直後、ほぼ死体に見えた女性の身体から

 身の毛がよだつほどの黒い魔力が放出された。


 そのエネルギーは周囲のエルフたちを襲撃し、

 やがて再び女局員の体内へと収束を始めた。

 それはまるで魔力を取り込んでいるようだった。


(回復……してるんだ!)


 イナは集めた情報と目の前の状況から事態を察する。

 そして次に自分が何をすべきかに思考を移した。


(この人はさっき私を見た! 何かを頼むような目で!

 ……でも一人で敵を倒せるのに、一体何を?)


 答えを出せなかったイナだったが、

 その疑念はすぐに氷解していく。

 女性の奇襲を受けても尚、

 スベトラーナだけは立ち上がって来たからだ。


(そうか! 欲しいのは『回復までの時間』……!

 でも相手はルーク……今の私に出来るのは……)


 銀髪の少女は聡くも幼い頭を回す。

 そして先程から必死に掴んでいた

 今にも金属に戻ろうとする外套に気がついた。


「――!」


「チッ、こいつまだ……!?」


 スベトラーナは大地を勢い良く蹴飛ばした。

 速度を出すため身を低くかがめて、

 魔力を取り込む女の方へと一直線に駆ける。


 がしかし、その道をイナが遮った。


 年端もいかぬ少女の手には外套が握られている。

 みるみる金属へと変容していく中で、

 まるで刃のような形に整えられた赤い外套を。


「ぅ、うわあああああッ!」


「ッ!?」


 少女は目を瞑ったまま刃を下から上に振り上げた。

 非力で殺傷力の低い一撃だったが、

 それは勢いの付いていた森人姫の片目を潰す。


 スベトラーナの顔には直線の切り傷が刻まれ、

 潰れた右目からは大量の血が噴き出していた。


「ぐッ……ぁぁあ!?」


「っ……! あ、ご、ごめん、なさい……!」


 イナは思わず謝罪をしたが、

 斬られた敵からすればそんな物は関係ない。

 スベトラーナは右手で血を抑えながら、

 左手の親指、小指、人差し指の三本を立てる。


 どうやら何らかの術の発動条件のようだ。

 イナは自身に向けられた殺気を実感した。

 だがそれより早く復活した女性が動く。


「下がってて、イナちゃん。」


 イナの背後から踊り出て、

 女はスベトラーナの腹に跳び蹴りを喰らわす。

 自重を乗せた攻撃と血による摩擦の軽減により

 スベトラーナは勢い良く飛ばされていった。


 対する女性はイナの真横で顔の血を拭うと、

 光の戻った緑の目を少女に向けた。


「……ご協力感謝します!

 私は封魔局六番隊、アリス・ルスキニアです。」


「あ……朝霧お姉さんの……友達?」


 怯えながらイナが問うと同時に、

 視界の端ではスベトラーナが再起する。

 それに気付いたアリスは再び覚悟を決めた。


「私の無線機を渡します。これを持って逃げて!」


 少女はコクコクと頷きながら、

 両手で大事そうに無線機を抱えて走り出した。


 そんな彼女を見送ったアリスは、

 再びスベトラーナと対峙するために振り返る。

 しかしその時、彼女の肘に森人姫の蹴りが入る。


「――っぅ!?」


 気付いた時には既に

 アリスの身体は西回廊の中へと吹き飛ばされていた。

 それでも尚アリスはすぐに立ち上がり迎撃態勢を整え、

 対するスベトラーナも回廊内にゆっくりと侵入する。


「っ……、随分と、怒ってますね?」


 腕の痛みを悟られぬように

 アリスは小馬鹿にするような笑みと共に煽る。

 だがスベトラーナは反応する事無く、

 外にいる部下たちにイナを追うよう指示を飛ばした。

 そして溜め息を一つ溢すと、ようやく口を開く。


「私は二つの失敗をした。まず敵味方を誤認した事だ。

 これは捕虜の詳細確認を怠った私のミスだ。

 また私はミスをした……取り返せるか分からない。」


 呟くように語りながらスベトラーナは指を鳴らす。

 直後二人のいる回廊がぐるんと動き始め、

 全体的に一回りも二回りも大きく広がり出した。


(拡張魔術……! しかもこの規模……!)


「もう一つの失敗は君を過小評価した事だ。

 これは『最悪』だ。恥ずべき非礼を詫びよう。」


 スベトラーナは語りながら前髪を押し上げる。

 隊長格の上位陣に匹敵すると謳われる『ルーク』。

 その一角である森人姫がアリスを敵と認めた。


「そして最大限の敬意を以て――私の本気で君を殺す!」


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