第四十三話 シェムハザ
――城内・中央四階――
まだ日は高く、革命を望む者たちの進撃は続く。
特にリチャードら本隊の勢いは凄まじく、
生命の泉で強化された戦士たちは
まるで一つの巨大な剣の如く
防衛に回る政府軍兵士を薙ぎ払っていた。
「くそっ……! なんだこいつら……!?
ゾンビかってくらい起き上がってきやがる!」
「回復補助と魔力補助があるんだ!
半端な攻撃は無駄だ! 即死技持ちは居ないか!?」
「うわあぁああ! 薙刀女が来たぞぉぉ!」
がなる雑兵の群れを吹き飛ばし、
燃える闘志を抱くメアリーが躍り出る。
彼女の『武芸模倣』の祝福はこの戦争で
かなり多くのストックを獲得していた。
単純な近接戦でなら隊長格に肉薄するほどに。
故にもう並の兵士たちには
革命軍本隊は止められなかった。
数人の『ナイト』や『ポーン』が出張るが、
怒れる戦士たちの猛攻を前に散る。
「城内なら兵力差も気にならないな。
よし……! このまま玉座の間まで進むぞ!」
撃破したナイトの上に足を乗せながら、
メアリーはリチャードに向けて声を飛ばす。
しかし対するリチャードは
何やら後方ばかりに意識が向いているようだった。
「……妹さんが心配か?」
メアリーはすぐに青年の心配事を言い当てる。
彼の妹であるイナは朝霧の援護をすると
すぐに戦線からの離脱を図る。
そしてその護衛役には
偶然本隊と合流したある人物を抜擢していた。
その人物とは――
「悪魔オロバス。確かに不安になるのも分かるけど、
今は奴を信用して先を急ぐべきじゃないかしら?」
「あ……あぁ、そうだな。」
仲間の声で正気に戻ったように、
リチャードは脳内の語化出来ない感覚を
一旦仕舞うと戦闘の方に意識を戻した。
そして一直線に女帝のいる最上階を目指す。
――城内・中央一階――
リチャードからイナを託されたオロバスは
彼女を引き連れ安全な場所を探した。
女帝の足止めで悪魔は消耗していたが、
それでもただの敵兵相手に遅れは取らない。
「『錫鳴』ッ!」
腕に巻いた赤い外套の鳴動が空気を揺らし
周囲の硝子と共に邪魔者の心身を打ち砕く。
鬼の血を引く朝霧ですら命の危機を感じた一撃は
人間の兵士などでは全く太刀打ち出来ない。
「お怪我はありませんか? イナ様?」
怪我の事など全く感じさせず、
オロバスは左手に抱えたイナの心配をした。
彼女は悪魔の腕の中で丸まりながら、
若干引きつった笑みで「大丈夫」と答えた。
「宜しい。ではこのまま正門方面に進みます。
そこでもし革命軍の方と合流出来れば――」
「――私を預けて貴方は戦場に戻るんですね?」
「ふふ! その理解力の高さにも慣れてきましたよ。」
悪魔らしからぬ柔らかな笑みと口調を漏らすと
オロバスは門を抜け正門前の広場に着く。
しかしそこでは既に激しい戦闘が発生していた。
「椿井お姉さん? それに鬼の人も!」
「どうやら、フェネクスと交戦中のようですね……」
咄嗟にイナと共に草陰に隠れると、
オロバスは目の前で発生していた激戦を観察した。
どうやら広場にいた連邦兵士は既に敗走したようで、
現在はツヴァイと鬼の一族五名、
そして数人の革命軍がフィーア一人を囲んで叩く。
(――いや。その表現は些か不適切のようだ。)
オロバスはジッと目を細めた。
圧倒的に有利なはずの革命軍勢力の表情から、
どうにも雲行きの怪しい気配を察知したからだ。
「押されているのは……革命軍ですね?」
オロバスの発言を肯定するように
妖艶なドレスを纏うフィーアが空を駆ける。
デガルタンスにいた頃の赤いドレスとは違い
より黒色の目立つその衣装を広げると、
彼女は黒炎を撒き散らし高らかに笑っていた。
「キャッハハハハ! 死ね……死んじゃえよザコどもッ!」
(私と同じ『赫岩』装備ですか?
しかし……どうやら精神汚染に勝てていないようだ。)
ツヴァイの呼びかけにも耳を貸さず、
己の身体諸共革命軍へと突貫していった。
大地を抉るほどの突撃は周囲の環境を一変させ、
吹き荒れる衝撃波で姉も鬼たちも吹き飛ばす。
当然その反動でフィーアの肉も削れるが、
不死の悪魔たるフェネクスの力を宿す彼女は
僅かな涙目と狂った笑い声と共に再生していった。
「……っ! オロバスさん……!」
「言いたい事は分かります。加勢しろ、ですね?
しかし出来ません。まずは貴女の安全確保が優先です。」
イナは王家の血を引く者。
彼女が再び捕縛されれば邪竜復活の鍵にされる。
そうなれば今の優勢も簡単に覆るだろう。
それを理解していたイナは大人しく閉口する。
だが同時に彼女はある出来事を連想した。
それは昨日の事。
囚われたイナは女帝の部屋に呼ばれ、
其処で彼女にある『言葉』を与えられていた。
「……オロバスさん。一つ聞いていいですか?」
「出来れば手短に。」
イナは質問の内容を吟味する。
昨日の女帝が取った行動を思い出しながら。
「女帝は正体は……一体何なの?」
「……昨日は、何処まで聞かされましたか?」
「何も……ただ彼女の部屋で、抱きしめられた。」
オロバスは視線を逸らし黙り込んだ。
だがイナは今しか無いとばかりに追求を続ける。
「その後女帝は、震えた声で何かを言ってた。
よく聞き取れ無かったけど、あれは多分――」
女帝の言葉をイナは小声で呟こうとした。
だがその時、彼女の背後に影が迫る。
「――何々? それ私にも教えてよ?」
「「っ!?」」
オロバスは咄嗟にイナを抱き寄せると
錫で出来た赫岩の外套を操り
聞き耳を立てていた人物を追い払った。
そしてすぐさまオロバスは駆け出す。
フィーアのいる南方面は危険と判断し
西回廊へと続く道を選択した。
だがすぐに上空に襲撃者が姿を見せる。
「フンフ……!? いや、シェムハザですか……!」
追って来たのは悪魔の五女フンフだ。
白い長髪と黒い翼を広げ、
上空から逃走するオロバスを追撃する。
「ほら逃げないでよー、オロバスさーん?」
腕の間に一瞬で莫大な魔力を溜めると
フンフはそれを躊躇無くオロバスに放つ。
オロバスは瞬時に外套を振り攻撃を弾くが、
衝撃で腕に走った痛みを自覚し顔をしかめた。
そして迎撃や討伐を即座に諦めると、
更に強くイナを抱き寄せその耳元でささやく。
「イナ様。確か質問は『女帝の正体』でしたね?」
「え!? いやいやいや、今じゃなくても……!」
動揺したイナはオロバスの顔を見上げた。
だが悪魔の表情で彼女はすぐに『理解』する。
オロバスがこの後何をするつもりなのかを。
「流石の理解力です。イナ様。」
悪魔はニコリと微笑むと
イナの耳元に口を寄せ言葉を送る。
やがてその悪魔の囁きに少女の表情が変わった。
「え、そんなのって……」
「くれぐれも内密に、ね?」
悪魔は再び優しい笑顔を見せると
外套の一部をイナに巻き付ける。
そして彼女を担ぎ投擲の構えをした。
「ん!? ちょっとオロバスさん!?」
「上手く着地してみせてくださいね!
こう……ほら、理解力で軌道とかを計算して!」
「無茶振り! ちょ、ちょ、ホントに無理ィッ!」
少女が叫ぶ中でオロバスはイナを投げ飛ばす。
方角はリチャードらが侵入した城の西部。
来た道である長い回廊の方であった。
「お元気で、イナ・フィロア様。」
オロバスが呟くと同時に
彼の背後にフンフが降り立った。
そしてニヤけ顔のまま無警戒に接近する。
「オロバスさーん? 何てことしてくれるのー?」
「悪魔……いや堕天使シェムハザ。
能力は扇動。サポート特化の非戦闘員でしたよね?」
声色を数段低くしオロバスは語った。
突き刺すような悪魔の威圧に
常人ならば肝を冷やすのだろうが、
こと堕天使相手には効果が無い。
「ふふ! そう思っているのなら何故逃げるの?
戦えるオロバスさんが、戦えないこの私から?」
「……五姉妹の中で貴女だけずっと不気味でした。
まるで、何かとんでもない裏の顔があるみたいに。」
探りを入れるように悪魔は堕天使に問う。
だが白髪の少女は答える気配も無く微笑んだ。
屈託のない彼女の笑顔が今は一番恐ろしい。
「ふふ、おしゃべりはこのくらいにしましょ?
どうせお互い、秘め事を話す気は無いんだし?」
如何にも女の子らしさを表現するかのように、
堕天使は口元に指を添え嘲笑的な笑みを魅せた。
がしかし――
「奇遇ですね。私もそう思っていた。」
――先手を打ったのはオロバスの方であった。
「ッ!?」
フンフは背後から迫る殺気に反応した。
咄嗟に回避行動に出るが僅かに遅く、
直前まで口元に伸ばされていた彼女の手を
水流カッターのように念体の金属が斬り飛ばす。
(外套の錫!? 一部を切り離して隠していたか!)
「貴様が何者だろうと葬ってしまえば関係無い!」
オロバスは残る錫を自身の腕に集約させる。
イナに渡した分威力は弱まっているが、
それでも堕天使を狩るのに十分だと判断した。
「轟け――『錫鳴』ィッ!」
一切の迷いも無く悪魔は堕天使の首を狙う。
だが彼女は冷静に取れた腕を付け直すと
狂気的な笑顔と何層にも重なる魔力で迎え撃つ。
「――『יום כיפור』。」
衝撃波がオロバスの肉を攫い天上へと返す。
攻撃が直撃した胸元から頭部に掛けて
悪魔の肉体は消滅し、やがて足から崩れ落ちた。
「チッ、下級悪魔風情が。私に傷を付けるとは……」
接合した腕の方にばかり意識を向けながら、
フンフは回復のために戦場から離脱する。
そして残ったオロバスの死体は塵となって消えた。




