第三十四話 対消滅
――数時間前・革命軍拠点内――
作戦開始の数時間前。
まだ夜明けも訪れていない拠点内では
作戦の最終確認として首脳陣が集められていた。
が――
「やっぱり『死の風』が出てきたらヤバい。」
――砕けた口調でユノは弱音を吐く。
事実、一度死の風が発動されてしまえば
革命軍は逃げ惑う事しか出来なくなる。
「そこで……考えられる対抗策は二つ。
そもそも『発動させない』か『消滅させる』かだ。」
口調をいつもの調子に戻し、
ユノは二つの可能性について語り始めた。
まず『発動させない』という策だが
これには更に二種類の方法が考えられる。
女帝を瞬殺するか敵との混戦に持ち込むかだ。
しかしどちらも現実的では無い。
「瞬殺出来たらそもそも苦労は無いしね。」
「その通りだ朝霧。そして混戦も正直意味が無い。
追い詰めれば、やがて敵もなり振り構わなくなる。」
敗北の危機に直面したとき、
それでも女帝が味方を切り捨てないとは考え難い。
全てを道連れに『死の風』を発動する可能性はある。
そうなれば、結局革命軍は風の攻略を迫られる。
「だからもう、『死の風』は序盤で消してしまおう。」
まるで簡単な事のようにユノは言い放つ。
だが当然、朝霧らは不可能だと抗議した。
「消すと言っても、一体どうやって?」
「難しく考え無くてもいいさ。
魔法兵器といってもあれは結局寒波だ。
対抗出来るだけの高熱をぶつけてやれば良い。」
「高熱? 私の『赫焉』なら多分効きませんよ?」
「だろうな。革命軍にそんな火力の者はいない。
だが政府軍にはいたじゃないか。火を吐く奴。」
朝霧らは互いに顔を見合わせた。
やがてリチャードが「まさか」と声を発する。
「竜人公……クレヴィアジックの事か?」
驚愕しながら問うリチャードに
ユノは「正解だ」と言わんばかりに指を差した。
それに対し朝霧が再び声を上げる。
「ルークの一人の!? そんな彼女は敵でしょ?
まさか……っ! その竜人公が例の内通者!?」
「いや。内通者は別の奴だ。」
「じゃ、じゃあ……一体どうやって
彼女と死の風をぶつけるんですか?」
「簡単だ。死の風を王城に誘導すれば良い。
幸いな事に、カセントラではその好例が生まれた。」
「……! レジスタンス拠点か!?」
「大正解だよ。リチャード君。」
つまるところユノの作戦は、こうだった。
まず精鋭と即席要塞で大軍を相手に善戦し
女帝に死の風による早期決着を促す。
便利な殲滅兵器を出し渋る理由など無いし、
目標の要塞が周辺都市に被害の出にくい
雪原のど真ん中であれば尚更起動の判断は早まる。
そうして呼び寄せた『死の風』を
無人の即席要塞やレジスタンス拠点で誘導し、
そのまま都市北部の山城にぶつけるのだ。
「対処に竜人公が出張れば、良くて相打ち。
少なくともルークの一人に痛手を負わせられる。」
「……そんなに上手く行きますか?」
「勿論これには二点ほど問題がある。
一つは結果によっては城が更地になる点だ。」
城は王国時代から続く象徴の一つ。
可能ならばそのまま奪い返したい所だ。
それに今後の統治も視野に入れるのなら、
専門知識を持つ文官たちを殺すのも惜しい。
「インテリは極力登用するべきだ。
そして何より……イナさんもまだ城内にいる。」
イナの名にリチャードの顔付きが変わる。
彼が戦う一番の理由は彼女に他ならない。
そのためなら王座の重責も苦で無いほどに。
「やる気満々だな。当然彼女の保護に別働隊を組織する。
ぁあそれと……朝霧、君にこれを渡しておきたい。」
そう言うとユノは何らかの装備を朝霧に見せる。
見た目はまるでバレルの欠けた銃のグリップ。
その中には小石程度の固体が入っているようで
振ればカラカラと転がる音が聞こえてきた。
どうやらトリガーを引けば
その固体が外に飛び出す仕組みのようだ。
朝霧は中身が何なのか慎重に確認する。
「え? これって……まさか?」
「小さすぎて、死の風には役に立た無いがな。
だが城内では何が起きるか予測出来ない。」
そう言うとユノは朝霧の肩に手を置いた。
「それを託す、状況に応じて彼を護ってくれないか?」
デガルタンスで私を護衛してくれたように、
とユノは言外の言葉を目線で添えた。
そして朝霧もその意志を汲み取り強く頷く。
「了解! 任せてください!」
――現在・首都北部・城壁の上――
死の風発動から数十分後。
首都を取り囲む城塞の北部で淡緑の閃光が輝く。
直後その中からは四人の男女が現れ、
狂い無く城壁の上へと着地した。
「アリス! 索敵!」
「……厄の反応無し! 予定通り、
内通者が人払いをしてくれたようです!」
「了解! 作戦続行!」
朝霧が叫ぶと同時に、
着地したばかりのリチャードも顔を上げる。
直後彼の視界に飛び込んできたのは
カセントラとは比べ物にならないほど発展した、
幻想的な雪と文明の息吹に満ちる町並みだった。
「此処が……連邦首都『スネグーラチカ』……!」
「リチャード、止まんない! 走って!」
「ッ……! あ、あぁ!」
彼女らは城壁を伝い王城の方へと駆ける。
その途中で朝霧は腕時計に目を向けた。
「恐らく三分後、死の風が来る!
それより早くイナちゃんと合流を済ませるよ!
ツヴァイ! 細かい道案内は任せたから!」
「あ、あぁ……でも敵に見つかるかも?」
「その点は心配ない! その内通者って奴が
人払いも脱獄の手引きも全部済ませてあるって!」
(有能……しかもそこそこ地位がある?)
ツヴァイは駆けながらも、
内通者の正体を気にし始めていた。
――同時刻・玉座の間――
「死の風が……誘導されている?」
報告を受け女帝が眉をひそめる。
彼女は明らかに苛立っていたが、
報告者はあくまで冷静に語り続ける。
「あと三分足らずで山の裏手に来ます。
陛下。どうか被害が出るまえに風の停止を。」
「分かりました。貴方の言う通りにしましょう。」
女帝はゆっくりと男の目を見て名を呼んだ。
「ビショップ・レーベンス。」
科学者は深々と頭を垂れる。
そして女帝はすぐに死の風を停止させようと
虚空に半透明の文字盤を展開した。
――がその瞬間、彼女は胸を押さえ苦しみだす。
「っ!? くッ……!」
「え?」
「何故、ですか……ビショップ……?」
女帝はレーベンスの方を睨んだ。
胸の痛みに苦しみながらも、
鋭い眼光で困惑する科学者の方を凝視する。
「陛下?」
「何故……裏切ったのですか!?」
「な!? なんの事ですか陛下!? 私は何も!」
「黙りなさい、レーベンス……貴方じゃない!」
レーベンスは「え?」と声を漏らし
そして恐る恐る女帝の視線の先へ振り返る。
すると其処には彼女を見据えて佇む、
赤いコートの紳士がいた。
「答えなさい! ビショップ・オロバス……!」
「今、死の風を止められては困るからです。」
ユノが指摘した作戦の問題点。
その一つが女帝の持つ『死の風』の操作権である。
風も兵器である以上オンオフの切り替え機能が
備わっていると考えるのが自然だ。
女帝にその権限がある限り死の風の利用は困難だ。
故にユノは彼女の足止めを内通者に任せる。
倒す必要も戦う必要も無い。
ただ三分間だけ操作できない状態にすればいい。
「三分間ほどお付き合いください。我が君。」
「ッ……! レーベンス!
クレヴィアジックに連絡しなさい……!」
「は、はい……! すぐに救援を!」
「いいえ死の風です! 急ぎなさい!
苦渋の決断ですが、あの子に風を消させなさい!」
――――
「オロバスが内通者ぁ!?」
走りながら思わずツヴァイは驚きの声を上げる。
そしてそれを他の三人に窘められた。
「うっ、ごめん……けど何でアイツが!?」
「さぁ? 私も聞いた時凄い驚いたよ。
でもまぁ……確かに彼が味方なら頼もしい。」
カセントラで戦った朝霧には
オロバスの強さにある程度の敬意があった。
彼であれば上手く女帝を抑えてくれるだろうと
確信にも似た信頼が芽生えていた。
「確かに、アイツならどうにか三分稼げそう。
……後は私たちがイナと合流出来れば!」
作戦は全て上手く行く。
ツヴァイを始め誰もがそう確信していた。
そしてそれは朝霧も同じであった。
(合流地点はすぐ其処。敵の気配も無い。
あとは竜人公と死の風の対決結果次第で……)
カラン、と小石が転がる音が聞こえた。
それと同時に朝霧はピタリと足を止める。
まるで何かに呼ばれたかのように、
彼女はその場に立ち止まり振り返った。
「……? 朝霧さん?」
直後、冷気が道の向こうから吹き荒ぶ。
冷たい突風はいよいよ死の風が来たのだと
全ての者に同時に理解させた。
「朝霧! 時間が無い……! 早くしろ!」
「ごめん。皆、先に行ってて。」
「はぁ!? お前こんな時に何を言って!?」
リチャードとツヴァイは慌て出す。
しかしそんな彼らとは対称的に
アリスは真剣な朝霧の目と
彼女に纏うどんよりとした厄を見つめた。
「了解です。朝霧さん。こっちは任せてください」
「ごめん、ありがとうアリス!」
言い切るより早く、朝霧は別の道へと進んだ。
そしてそんな彼女の背中を見送り事も無く、
アリスもまたイナの元に向い走り出す。
「なぁおい!? アイツは何処に!?」
「さぁ? 知りません。」
「はぁ!? どういうつもり――」
「――けどきっと、大切な事なんです。」
――――
時は来た。首都スネグーラチカの人々は空を見上げる。
途端に変わった悪天候と迫る死の大寒波に指を差して。
やがてその空の中に一人の竜人が飛び出した。
来る冷気に負けないようにと、
その身を焦がさんばかりの焔を纏って。
『……』
そんな光景を城内の一室から男が見守る。
風に近い危険なベランダに身を置いて、
小さな大砲のような銃を握り気取っていた。
『あれが、死の風か……』
革命軍の、特にユノの脳内では
此処の決着で戦力差が大きく埋まる想定だ。
流石の竜人公でも死の風を相手にすれば
無傷での生還は出来ないだろう。
その予想の元で作戦は実行されていた。
ならば仮に、此処を竜人公が無傷で突破したら?
その場合作戦は大きく乱れる。
竜人公は戦略兵器と形容されるルークの一角。
それが健在かどうかは士気にも関わる。
だがユノはそんな心配などしてはいなかった。
何故ならそんな事が現実に起きるとは
微塵も信じていなかったからだ。
『術式の核は……あそこだな?』
男は不快な機械音声で呟くと
ベランダの手すりに足を絡ませ身体を固定し、
小さな大砲のような銃を風に向けて構えた。
やがてその射程内に死の風が侵入する。
『持って来といて正解だったな。』
ポツリと呟き、男は引き金を引いた。
撃ち出されたのは弾丸にしては少し大きな石の塊。
見る者が見ればそれが隕石だとすぐに分かるだろう。
数ヶ月前に魔法世界に飛来した隕石。
強欲のサギトがその魂を以て砕き、
己が崩壊の祝福を宿した聖遺物。
その名も――
『「神秘崩壊」!』
「『神秘崩壊』!」
――二つの声が重なった。
不快な機械音声と若い女性の声とが。
刹那男の放った隕石は、
割って入った小石とぶつかり、爆ぜ合い、
禍々しい黒い衝撃波を放って対消滅した。
『……』
結果を見据え男は溜め息を吐く。
それと同時に長いベランダの先から
女がゆっくりと歩み始めた。
「私、思ったんです……もしかして、
彼なら同じ物を持っているんじゃないかって。」
声を発しながら女は
空になった銃のグリップのような容器を捨てる。
転がり落ちる空箱の音がよく響いていた。
「そしたら大正解! あっはは! 可笑しくなっちゃう!」
『……よく、分かったな。俺が此処にいるって。』
「相手が『勝った』って油断した時、
そこで成果を上げてくるのが貴方でしたから。」
呟く女の頭上で爆炎が広がった。
業火球が大寒波とぶつかりあった。
やがて冷たい風は消滅し、重傷の竜人が落下する。
だが二人にはもうそんな事などどうでも良い。
消え去った寒波の後に残る僅かな陽光の中で
二人は同時に互いの真正面に向い合う。
『いい天気だな……こんな気分の良い日に
俺みたいな奴に会うとは、つくづく運の無い奴だ。』
「そんな事無いですよ。あの日からずっと……
この瞬間が来るのを待ち望んでいたんですから。」
女は義手に大剣を転移させる。
男は袖の中から杖を取り出した。
そしてまるで決闘を始めるかのように、
二人は胸の前に武器を構える。
『少しお喋りが過ぎたか、≪破砕者≫。
悪いが仲間から次に会ったら必ず殺せと言われている。』
「全然構いませんよ、≪黒幕≫。
私もずっと嘘つきを殺したいと思っていましたから。」
一拍の呼吸の後、二人の殺意が斬り結ぶ。
女帝の居城にて破砕者は黒幕との戦闘を開始した。
今回で総話数400話を達成いたしました!
6章はここから更に佳境に入りますので、今後とも応援よろしくお願いします!




