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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第六章 悠久寒苦のラストベルト

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第二十七話 蝙蝠野郎

 夜が更けるにつれて

 叙任式を終えた夜会は一層活気づく。

 話題は勿論、女帝に降った特異点黒幕についてだ。


 玉座の隣で夜会を見下ろす女帝を気にも留めず、

 官僚たちは同僚となった彼の周囲に集まった。

 そして、ある者は羨望と畏敬の念で、

 又ある者は優越感と失笑を以て黒幕と接する。


 しかし、彼らの(さかな)となっている事に気付いていないのか、

 当の黒幕本人は(たか)る輪の中心でヘラヘラと笑っていた。


『えぇ。最近は我々亡霊達(スペクターズ)も大変でしてねぇ~。

 ()()()()()()()()の庇護を受けたくなったんですよ。』


 胡散臭い口調と共に恥ずかしげも無く世辞を送る。

 しかし彼に興味のある官僚たちはその言葉で

 容易く気分を良くしグイグイと酒を流し込んだ。

 すると、そんな官僚たちを押しのけ

 ビショップと名乗る男が後輩を連れて来る。


「お初にお目に掛かります、黒幕殿。

 コイツは先日称号を獲得したトムという官僚です。」


『ほぉ。連邦の次代を担う有望株、という事ですね?』


 ワイングラスを揺らしながら黒幕は甘言を与える。

 その言葉に若者はすっかり照れて頭を掻くが

 先輩は「シャキっとしろ」と彼の背中を叩いた。


『フッ、良い組織ですね。すぐに馴染めそうだ。』


 物腰柔らかく、黒幕は骸骨頭の下で笑う。

 ――と同時に、右斜め後ろをチラリと見た。

 先程からずっと彼を警戒する、

 茨のように鋭い視線を感じていたからだ。


(黒い服のエルフ……なるほどアレが……)


 視線の主は黒幕を睨みながらグラスを口に運ぶ。

 連邦の誇る三体の『戦略兵器(ルーク)』の一角――


(森人姫……スベトラーナか。)


(気付かれたか……まぁ良い。)


 スベトラーナは黒幕の視線に鼻で笑うと

 グラスの淵に付いた口紅を指先で拭い取り、

 組んでいた長い脚の上下を入れ替え組み直した。


(黒幕。どうせ奴は腹に一物を抱えている。

 現に今この瞬間、奴の部下共の姿が全く見えない。)


 特異点黒幕の脅威は本人の力量というよりも

 闇社会全体にまで及ぶ顔の広さと配下の多さにある。

 特に直属の部下である亡霊達(スペクターズ)

 隊長格をしばらく足止め出来るレベルの精鋭揃い。

 真に警戒するべきは彼らと言っても良いだろう。


(蝙蝠野郎め。思い通りになると思うなよ?)


 スベトラーナはあえて黒幕に敵意を向けた。

 その無言の警告を受け取りながらも、

 黒幕は自身に集まる官僚たちとの談笑を続ける。


「そういえば、今日は他の亡霊達(スペクターズ)はいないので?」


『あぁいや……途中までは一緒だったのですが……』


「ですが?」


『厭世は「詩興が湧いた」とかで川の方に、

 道和は「安酒が俺を呼んでいる」と城下の酒場に、

 ネメシスは雪山を越える体力が無くて撤退しました。』


(……警戒、いるかな?)


 スベトラーナは自身の行動が

 全くの無駄になるのでは無いかと疑念を抱く。

 するとその時、緊張を破るように笑い声が響いた。

 無遠慮な声の主は一人の官僚であった。


「いやっはは! 結構結構!

 どの道特異点が二つも揃えば向う所敵無し!」


『はは。ご期待に添えるかは分かりませんが、私も――』


「――ん~? はて黒幕殿……いや『騎士(ナイト)』よ?

 貴殿は既に我々の配下。その自覚はあるのですか?」


 その官僚は黒幕が言い返せないのを良い事に

 卑しい顔を近づけニヤリと口角を吊り上げた。

 やれ自分はお前より地位の高いビショップだとか、

 やれ自分は女帝のお気に入りであるだとか、

 黒幕にとって興味の無い話を延々と繰り広げる。


(チッ、阿呆め。わざわざ品位を落とすような事を……)


 スベトラーナを始め多くの者が見守る中、

 その官僚は周囲から向く様々な視線にも気付かず、

 手にしたワインを飲み干し盛大に笑った。


「ま、とにかく仲良くしましょうや!

 貴殿がいれば封魔局のネズミもすぐに見つかる!」


『……? 封魔局が来ているのですか?』


「えぇ! それもあの騎士聖と破砕者(ジャガーノート)が!」


『――!?』


「ですが既に騎士聖は陛下に敗北し死亡した!

 流石は我らが女帝! 最早隊長など恐るるに足らず!」


 男は踊るように空のグラスを玉座に向けた。

 グラスの中に女帝を映し、崇拝する。

 対する女帝は官僚に対し何も反応しなかった。

 が――


「それに陛下は騎士聖を相手にしても

 まだ祝福をお見せにならなかったのでしょう?」


 ――男の言葉に一部の者が戦慄した。

 スベトラーナを始めとした一部の高官たちが。

 しかし酔った男の舌は止まらない。


「ハッハッハ! 正に奥の手という事ですね!

 ぜひ一度、開帳した瞬間を見てみたい物ですな!」


 男の中でそれは世辞程度の発言であった。

 だが女帝は瞳孔の開いた恐ろしい目で彼を見つめ、

 躊躇無くゆっくりとその手を上げ始める。


 ――刹那、会場に一発の銃声が轟いた。


 女帝は少し驚き手を止める。

 彼女の視界に映ったのは死にゆく官僚の姿。

 そして女帝より先に動いた部下たちであった。


「……スベトラーナ。」


 其処にいたのは三人の称号持ち。

 男の心臓を銃弾で撃ち抜いたキーラと、

 ナイフで喉笛を斬り裂いたオロバス。

 そして自身の体で死体を隠す森人姫であった。


「見苦しい物をお見せしました。」


 スベトラーナは胸に手を当て頭を下げる。

 そんな彼女に「任せます」とだけ呟くと、

 女帝は機嫌を損ねながらグラスを傾けた。


(……祝福の話は、地雷って事か。)


 黒幕は会場を見回し女帝を分析した。

 だが突然の死者に夜会の空気は冷め切り、

 まるでお通夜のように沈黙してしまう。


 それが更に苛立ちを掻き立てたのか、

 女帝は酒を飲み干すと会場を出ようと動いた。

 がその途中で彼女は別の若い官僚と目があった。


「……見ない顔ですね、貴方。名は?」


「え? わ、私ですか……?」


「そうです。疾く答えなさい。」


「と、トムです……! 先日陛下より……

 直々にポーンの称号を頂きました……!」


「そうでしたか。……ふむ、()()()ですね。」


「……は?」


 女帝は若い官僚の顔をじっくりと観察すると、

 唇から僅かに舌を見せ妖しい笑みを見せる。

 そんなセクシーな姿を前に若い官僚は狼狽し、

 先輩に対して助けを求めるような目を向けた。


 がしかし、彼を贔屓していた男は

 眉間を押さえながら二人から視線を逸らしてしまう。

 やがて女帝が青年の肩に手を当て耳元で呟く。


「私の寝間に来なさい。今すぐ、です……」


「へぁっ!?」


 女帝は青年の手を引き会場から消える。

 そのあまりにも官能的な光景に、

 黒幕はグラスを片手にただただ困惑していた。


『何すかアレ?』


 思わず素の口調で周囲の者に問う黒幕。

 だがしかし、誰もそれに答える事は無かった。


 少し不審に思った黒幕は

 自分にトムを紹介してきた官僚に声を掛ける。

 すると彼は肩を震わせ、悔しそうに泣いていた。


「才能のある子だったのに……クソっ……!」


『え?』


 黒幕が素っ頓狂な声を上げると、

 同時にスベトラーナが声を掛ける。


「ビショップ・グラム。失言は慎め。

 陛下のお眼鏡に適ったのだから名誉な事だ。」


「っ……! はい……」


『どういう事です、森人姫?』


「……陛下は稀に夜伽(よとぎ)の相手をお求めになる。

 が、生きて次の日を迎えられた者は一人もいない。」


『ひぇっ……彼女に殺意はあるんですか?』


「多分。相手をした者は必ず魔術で()()()()()()

 何か陛下の気分を害するような事をしたのだろう。」


(また地雷か……問題はさっきのと同じかどうか。)


 以前使っていた仮の姿宜しく、

 黒幕は顎に手を当て女帝を推理し始めた。

 しかしそれを察知したスベトラーナは

 すぐに夜会終了を宣言し、話題を変える。


「お疲れでしょう? 部屋を用意します。

 今夜は()()()ゆっくりとお休みください。」


『……そうですね、ではお言葉に甘えて――』


 マスクの下で笑いながら黒幕は答えた。

 そして後ろに組んだ腕の時計を弄り、

 何らかの信号を仲間に向けて発信した。


(今夜は休ませて貰うよ……俺はね?)


 こうして幾つもの思惑を含みながら、

 特異点たちの夜会は死者二名で終了した。



 ――――


 時は戻り現在。

 朝霧たちが連邦領に入って二日目の昼下がり。

 彼女のいる拠点から離れ同族との合流を図る

 ウラやアリスたちの部隊はある洞窟の前に辿り着く。


「よし、ジープは隠せ。周囲の警戒も怠るなよ。」


 ウラとタガマルが率先して指示を飛ばし、

 彼らの背後ではイブキと封魔局員が追従していた。

 見張り用にほんの僅かな人員のみを車内に残し、

 残る全員で洞窟の中へと侵入する。

 その道中でアリスがイブキに声を掛けた。


「そういえばイブキさん。今回は最後まで居るんですか?」


「……ん? どういうことです?」


「ほら、ユグドレイヤの時は目的を果たしたら

 すぐに撤退しちゃったじゃないですか?

 だから今回も、その仲間と合流が出来たら……」


「なるほど、その点なら大丈夫です。」


 いつもの丁寧な物腰でイブキは語る。

 すると二人の会話を聞いていたウラが

 彼女の台詞に重ねるように口を開く。


「あの後、俺たちは魔王軍の執拗な追手に襲われた。

 ――が、そんな俺たちをユノ殿が保護してくれた。」


「そういう事です。我々はユノ殿に恩義がある。

 故に最低限それを返すまでは一緒に戦いますよ。」


 そう言い切ると鬼たちは友軍に顔を向けた。

 竜人にも並ぶ戦闘特化の亜人種が今は味方である。

 その事実に高揚しながらアリスたちは頷く。


(彼らに加えて、あと六人も仲間が増えるんだ……!)


 昂ぶる感情のままにアリスは歩を進める。

 すると一団は僅かに水の流れる空間に辿り着いた。


 声を飛ばせば反響が轟くであろう広大な地下世界。

 水の音と仄かに青く輝く空間には思わず感情が

 大きく揺さぶられるほどの幻想的な魅力があった。


「凄い……」


 リーヌスもエレノアも地下空間に惹かれる。

 だがそんな彼らを嗜め、革命軍兵士が急かす。


「止まるな。さっさと鬼たちと合流して――」


「――ほう? 此処には鬼が出るのか?」


 声が響いた。透き通った男の声だ。

 鬼の一族や封魔局員はすぐさま警戒する。


 ――が、この任務中に戦闘が発生すると

 本気で考えていなかった革命軍兵士は

 声の主が目的の鬼かと誤解してしまう。


「おお、アンタが鬼か! 姿を見せてくれ!」


「うむ。姿を見せるのは構わない。が――」


 影は天井からするりと落下し、

 革命軍兵士の目と鼻の先に現れた。

 だが直後、その兵士の胴は真っ二つに裂けた。


「――鬼は鬼でも……拙者は吸血鬼であるが?」


「なっ!? お前は……!」


 誰よりも早く反応したのはエレノアであった。

 何故なら彼女はかつてユグドレイヤで

 その亜人と対峙していたからだ。


 竜人や鬼と並ぶ戦闘特化の亜人種。

 黒幕が信頼する亡霊達(スペクターズ)に所属する吸血鬼。


「厭世ッ……!?」


「――深き闇、鼓膜震わす、岩清水。」


「ん? ……何?」


「俳句だ。此処であと三句は詠むつもりだったが……

 そうさな、流石にそろそろ働くとしようか。」


 流れた血を集め和装の吸血鬼は刀を作る。

 そして鮮血で染められた刃先を敵に向けた。


「連邦とやらのため、貴様らを斬るとしよう。」

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