第二十五話 天地、夏冬、雪と墨
――数時間後・とある雪原――
視界を埋め尽くすのは大自然が織りなす銀世界。
無骨な文明の気配など全く無く、
群れからはぐれたような一本樹が雄大に聳えていた。
惜しむらくは天候のみ。
陽光と青空に照らされていたら、
さぞかし心打つ絶景となっていただろう。
そんな思いを胸に秘め、三台のジープが雪原を走る。
レジスタンス改め革命軍の別働隊であった。
中にいるのは鬼の三人組と革命軍兵士数名、
そしてアリス、エレノア、リーヌスの三名だった。
「っぅ~……僕たちも休みたかったなぁ~」
「ぼやかないの、リーヌス。
先の連戦で先輩たち含め皆疲弊してるんだから。」
眼鏡を押し上げ目元を押さえながら、
エレノアは主席らしく同期を冷静に叱責した。
その直後、対面に座るアリスが嬉々として便乗する。
「そうだよリーヌス! 籠もってないで外に出よう!」
「てゆーかむしろ……先輩はもっと休んでください!」
「え~? 心配ないけどな~? そんなに働いてないよ?」
大きなジェスチャーと共にアリスは首を傾げる。
そんな彼女の態度に若干イラッとしつつも、
エレノアはあくまで順序立てて意見を述べた。
「MCAと合流してから何してました?」
「荷物運びのお手伝い。」
「昨晩から今朝までの戦闘では何を?」
「見張り役。四時間程度の。」
「……それより前は何をしていましたか?」
「えーと? 雪山踏破してレジスタンスと合流して?
すぐに戦闘が発生してそこからは基本走ってたかな?」
「「今すぐ休め!」」
エレノアとリチャードが声を揃えて怒鳴る。
その振動で車体が少し揺れてしまったのだろう。
別車両のウラから「何事か」と通信が入った。
「アリス先輩が働き過ぎなんです!」
『あー……とはいえもう連れて来ちまったしな……
今回は戦闘も無いだろうし、まぁ問題は無いだろ。』
「ですよねぇ! 流石、鬼を束ねる若大将!
それに合間でちゃんと睡眠は取ってますよ!」
『だってよ。因みにどのくらい寝られた?』
「なんと合計三十分も!」
『着くまで大人しく寝てろッ!』
まったく、とぼやきながらウラは通信を終えた。
その間もジープは目的地を目指し雪原を進む。
まるで文明の気配を感じない銀世界を、真っ直ぐと。
――同時刻・革命軍拠点――
「ウラたちにはこの地に潜伏している鬼の仲間、
ホシグマたち六人の回収に向わせてあります。」
MCA幹部のローウィンが
義手で資料を掴みながらユノたちに告げる。
今後の方針を決める会議が終了し早数時間。
空中戦艦の修理や戦力を集結させる時間も考慮し、
女帝勢力への反撃は明日の朝と決定された。
それまでの間、多くの者は休息を取る。
しかしそんな中でもユノを始めとした
革命軍勢力の司令部だけは頭を動かし続けていた。
魔法連邦および女帝と戦い、勝利するために。
「うむ。鬼六人はかなり優秀な戦力となる。
これに各拠点の反乱勢力も合わせれば――」
「――約五千名。かなり集まりますね!」
資料の一部を手に取って、
朝霧もユノたちの会話に参加する。
普段は百人程度の隊員しか指揮しない彼女にとって
五千という数字はとても多い物に思えた。
――が、そんな彼女の喜びをツヴァイが静かに否定する。
「いや、それじゃ全く足りない。
連邦政府総軍の人数は約十五万人もいる。」
「十五……!? そんなにいるの!?」
朝霧は思わず目を見張る。
十五万対五千。戦力差は三十倍。話にならない。
だがユノは静かに意見を述べた。
「それは補給部隊や地方の駐屯師団を含めた総数だろ?
首都に奇襲すれば実際戦う人数は四万くらいになる。」
「四万……まぁたしかにそのくらいなら……
いやいやいや! それでも戦力差八倍じゃないですか!」
一瞬納得してしまいそうだった心を朝霧は律した。
作戦を無謀だと非難したかった訳では無かったが、
もう少し良い案は無い物かと表情で訴え掛ける。
だが元々連邦側だったツヴァイは
まるで同僚の自慢をするように追い打ちを掛けた。
「しかも、ただの八倍じゃ無い。
ナイトやポーンの中でも特に精鋭が揃っているはずだ。」
「確かにな……称号持ちは無視出来ない……
ルークまで揃ってしまうといよいよ厳しいだろう。」
「ビショップにも油断出来ない輩はいる。
私たち姉妹の制作者なんかも一応ビショップだし。」
高速で会話を進めて行くユノとツヴァイに、
朝霧は完全に置いていかれ沈黙してしまった。
そんな彼女に気付きツヴァイが語り掛ける。
「どうしたの? 何か気になる事でも?」
「うんまぁ……そこそこ前から気になってた事が……」
「何?」
「その『ビショップ』とか『ルーク』とかって何?」
今の朝霧が持つ情報からでは
ぼんやりとした概念しか掴めていなかった。
それを察しツヴァイがどうにか説明しようとするが、
彼女よりも早くユノが図を書いて教えてくれた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・『戦術兵器』
連邦政府の最高戦力
隊長格最上位と並ぶ実力者揃い
・『僧正』
政治専門の文官
頭脳担当なので戦闘面の能力はバラバラ
・『騎士』
軍事専門の武官
ピンキリだが隊長格に迫る実力者もいる
・『特別兵士』
役職持ちの一般兵
少し強い精鋭程度だが稀に厄介な祝福持ちがいる
※上から順に政府内での地位は高い
ビショップとナイトに関してはほぼ同格
若干使える設備等の関係でビショップが高い
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「言ってしまえば女帝に認められた精鋭だな。」
「なるほど……戦闘が始まったら、
特に気を付けるべき強敵という事ですね?
因みにこの人たちって何人くらいいるんです?」
「ルーク三名。ビショップ二十八名。
ナイトが三十六名で……ポーンが百二十名だったか?」
「うっ……」
ユノはすらすらと数字を述べた。
平然と突きつけられた戦力差に流石の朝霧も狼狽え、
思わず小突かれたような声を漏らした。
「真正面からぶつかっても勝てませんね……」
「だから全戦力で一気に女帝を狙う。
彼女さえ倒してしまえば我々の勝利だ。」
正攻法では勝てるはずも無く、
時間を掛けた所で好転はしないだろう。
ならば持てる力の全てを以て敵の大将を討つ。
確かに、戦略として間違ってはいないのだろう。
「けど結局その後、十五万の敵に囲まれるだけ。
仮に女帝を倒しても復讐に燃える彼らの相手は……」
至極真っ当な不安をツヴァイは口に出す。
が、途中で周囲からの視線に気付き口を閉じた。
朝霧やユノはもう気にしていないようだが、
他の革命軍幹部とはやはりまだ溝があったようだ。
彼らは否定意見ばかり出すツヴァイに対し、
冷ややかな視線を送っていた。
そんな視線を肌で感じ
つまらなそうにツヴァイが口を尖らす。
するとそれに気付いていたのかいないのか、
悪巧みでもするかのような顔でユノが微笑む。
「そこは問題無い。そのための王位継承権所有者だ。」
「え?」
「十五万の兵は何も全員が忠誠心で従っている訳じゃない。
兵も民も――納得出来るのなら頭は誰でも良いんだよ。」
「……? そんな物……なのか?」
「フッ……覚えておくといい、ホムンクルス。
人というのは養ってくれる奴に従う生き物だ。」
まるで教育するようにユノは語った。
対するツヴァイは妙な納得感に包まれつつも、
僅かに残ったモヤモヤが払拭出来ずに戸惑う。
しかしその気を晴らすよりも先に、
ある別の事が気になりその顔を上げた。
「ん? そういえば朝霧。私の正体を話したんだ。」
「正体?」
「私たち姉妹がホムンクルスって話。」
「……いや? 誰にも言ってないけど?」
「え?」
数秒の沈黙が流れた後、
二人は勢い良くユノの方に振り返った。
「ユノさん……何で知っていたんですか?」
「思えば連邦軍についても詳しすぎる。
称号持ちの細かな人数なんて普通分からないぞ?」
レジスタンスが集められる情報にも限度はある。
ずっと連邦領の外にいたMCAなら
尚更得られる情報など限られてくるだろう。
しかしユノは細かい情報を持っていた。
「まさか……連邦政府の中に……?」
「おっと、そこから先は秘密だ。」
突き立てた指をユノは自身の鼻先に当てる。
イタズラを心底楽しむかのような笑顔と共に、
信頼に足る仲間にも秘め事を隠した――
「――会長ッ! 例の内通者から情報が……!」
「ぶふっ!?」
その秘め事をMCA幹部のマスティフが暴露した。
思わず吹き出してしまったユノの横で
朝霧とツヴァイが「やっぱり」と声を重ねる。
そんな室内の光景を見回し
キョトンとするマスティフに対して、
頭を抱えながらローウィンが歩み寄った。
「奴の事は『ハヤウマ』と呼ぶ決まりでしょうが……
それで? 一体何をそんなに慌てているのですか?」
「あ、あぁ……それが……!」
マスティフはゴクリと息を飲むと、
カラカラに渇いた口からある人物の名を吐き出す。
その名前に、思わず朝霧は反応してしまった。
「昨晩、あの特異点≪黒幕≫が――!」
(……え?)
「――女帝の配下に降ったらしい……!」
「「はぁ!?」」




