第二十話 死合会場
――三○三号室――
「……さて、ジャックも戻ってきたな。」
ハウンドは朝霧、アリス、ジャックの三名に
それぞれ視線を向ける。
「今からお前らには敵の捜索をしてもらうが……
その格好じゃマズいか?」
三人は自分の姿に目をやる。
従者と見られるように統一した黒のスーツ。
無線や銃を取り出せるように、
服のボタンを全て開けてある。
貴族の護衛としては大した問題は無い。
が、逆に言えば如何にも護衛の者であると
主張している服装だった。
「その格好の奴だけが三人で、ってのは不自然だ。
貴族と言い張るにはここの客層は金持ち過ぎる。
せめて一目で貴族と分かるやつがいたら
その護衛と思われるんだが。」
そう愚痴るとハウンドは
クローゼットから服を漁る。
仮に居所がバレ、
移動が必要になった時の変装用として
いくつかの服は用意してあった。
しかしジャックがそれに抗議する。
「おいおい、貴族の服装とか動きにくいぞ?
もし戦闘が激化でもして、
服のせいで不利になるってのは……」
「わーってるよ!
だから誰か一人、着ても問題無いやつが着ろ!」
朝霧とジャックは互いに目を合わせる。
「動きにくい服を着ても問題が無い奴。
……つまり非戦闘員?」
「それに、出来れば貴族っぽく見える人か……」
二人は少女に目を向けた。
――――
朝霧、ジャック、アリスの三名は
指示通り『影の術者』を探す。
三人で並び廊下を進む中、
アリスは少し恥ずかしそうに、
それでいて上機嫌であることが
その態度に表れていた。
「アリス、なんだか嬉しそうね?」
「はい!
まさかこんな格好をする日が来るなんて……!」
感銘の声で口元が緩む。
アリスは肩が露出し、白と金色の装飾がなされた
豪華なドレスに身を包んでいた。
足も肌を見せており、ブーツ型のハイヒールが
彼女の背丈を少し伸ばす。
膝下までのスカートは最低限の機動性を、
というハウンドの配慮だった。
「田舎の村出身の私が――っ!
朝霧さん! 私、似合ってますか?」
「うん! すっごく可愛いよ!
お姫様って感じがする!」
「お――お姫っ!」
談笑する女性二人に、ジャックは注意を促す。
「――緩みすぎだ。
あと朝霧、お前はそのお姫様の護衛だ。
会話内容は気をつけろよ?
どこで誰が聞いているか分からないからな……」
「――! すみません!」
二人は意識を任務に戻す。『影の術者』の探索。
今の所アリスの祝福頼りではあるが、
それでも何か違和感は見つけられないかと
朝霧は周囲を警戒する。
(――違和感といえば……)
朝霧は船に乗る前に感じていた
違和感を思い出した。
「ジャックさん、一つ質問してもいいですか?」
「……何だ? 関係ある話なんだろうな?」
「……根本的な話ですが、なんでわざわざ――」
「――!! 二人とも! 前を!!」
アリスが遮る。
彼女に促され前を向くと二人は驚愕した。
そこには巨漢がいた。
距離にして十数歩先に巨漢がいた。
だが、二人が驚愕したのは何も背丈では無い。
――殺気だ。
アリスの『厄視の眼』が無くても分かる
ドス黒い殺気を放っていた。
男は口を開く。
「…………不合格。」
「……は?」
「俺はずっと此処にいた。
こちらから殺気を出すまで気付けないとは……
不合格だ。」
「――!?」
巨漢だった。その場の誰よりも。
前にいれば気付かぬはずは無い。
なによりアリスの『厄視の眼』が見逃さない。
しかし、男が自ら殺気を放つまで、
誰一人その存在に気付けなかった。
ジャックが間合いを見計る。
「朝霧、アリス、気をつけろ……
間違い無く本業の『暗殺者』だ!」
巨漢が再び話し始める。
「なぁ、おい封魔局?
この船に隊長はいるのか?
いるなら呼んで来い。
それまで待ってやる。
――『死合』だ。『死合』をするぞ。」
「……どうして封魔局員って分かったか、
聞いたら答えるか?」
ジャックは質問を投げかけるが、
もとより返答など期待していない。
いわば彼らは奇襲された状態。
殺されていなかったのは相手の気まぐれだ。
ジャックは少しでも時間と情報を稼ぎ、
三人の冷静さを取り戻そうとしていた。
「なに、簡単な事よ……俺はずっと見ていた。
そこの男と腕を銃に変える男との戦闘。
そこの女と影との戦闘。
それを――すぐ側で、ずっとな。」
「「――!?」」
朝霧とジャックは戦慄する。
そして一番恐怖していたのは、アリスだ。
ジャックの戦闘。朝霧の戦闘。
どちらにも彼女はいた。
その上で、男の存在に気付かなかったのだ。
――男はおもむろに胸元から何かを取り出す
「――! ……ルームキー?」
「さっきここで拾った。
部屋番号は……丁度この部屋のようだ。
スイートルーム、金持ちの部屋だろうな。」
男がそばの扉を指指す。
三人は男の言葉に理解が追いつかずにいた。
扉のロックを解除し、男は言い放つ。
「隊長を呼べ。俺はそれまで……
この部屋の人間を殺して肩慣らしをする。」
「「「――!!!?」」」
男が扉を開け、中へと侵入する。
「ッ! させるか!」
全開の扉がゆっくりと閉まりつつある。
扉を目がけジャックと朝霧は飛び出した。
その時――
「――!! 二人とも、後ろにっ! 影です!!」
「――な!?」
朝霧たちの背後に、
先ほど戦闘した狩人姿の影が飛び掛かった。
朝霧は完全に背後を取られ回避が出来ない。
「クソッ! やらせねぇよ!!」
ジャックが空中で体をひねる。
回し蹴りを影の顔面にたたき込んだ。
壁にぶつかり影は倒れ込む。
「ジャックさん!」
「朝霧!! お前はヤツを追え!!
コイツは俺が相手をする!」
「ッ!! 了解!!」
朝霧は部屋の中へと潜り込む。すると――
バタァン!!
隠れていたもう一体の影が、
扉を勢いよく閉じた。
(――!! 部屋は全室オートロック。
外から開けるのは一苦労だ……
まさかコイツら、朝霧を閉じ込めたのか!?)
二体の影がケタケタと嗤う。
(明らかに共闘しているな……
まぁ、やることは変わんねぇよな!)
懐より武器を取り出す。
両手のそれらを顔の前で構える。
それは、真っ黒な二丁拳銃だった。
銃身に刻まれた刻印が光る。
「アリス――仕事は、『完璧』にこなすぞ。」
「は、はい!」
――とある部屋――
「フン、二丁拳銃ね?
それで俺の影の相手が出来るのかな?
それに……それにあの朝霧って女。
あの怖そうな男相手に一人で勝てるのかな?」
――――
朝霧は部屋に入ると同時に、落下していた。
「え!? 何!? 何で!? 何処ここ!?」
地面と思われる場所にぶつかる。
直前でその存在に気づけたため
ギリギリ受け身が間に合う。
「イタタ……ここは一体?」
周囲を確認する。
まるで空のように青い空間に
宇宙のように暗い床だけが存在している。
――それ以外の障害物は一切見えない。
「……まずは俺の『嘘』を一つ詫びよう。
ここはたまたま鍵を拾った貴族の部屋じゃない。
ちゃんとチケット取って手に入れた、
――『俺の部屋』だ。」
男の声が聞こえる。
どこまでも続くかのように思える
部屋の奥に彼はいた。
「……何のために?」
「言っただろう『死合』だ。
俺は金にも暗殺にも興味は無いんだ。
黒幕が多額の賞金を掛けたのだから、
相応の相手と戦えると期待していた。」
ため息と共に男の肩が少し下がる。
「……だが、お前らの会話や行動から
隊長が不在なのは理解かっていた。
なら今この場で一番強そうな朝霧桃香。
お前で妥協するしかないだろう?」
背筋に緊張が走る。恐る恐る問いただす。
「まさか……部屋の位置も?」
「あぁ、俺は知っている。
それを話すのを条件に、
影を操るあのガキにも協力してもらった。
――だが今はそんなことどうでも良い!!」
男はバンダナを巻き今まで以上の殺気を放つ。
釣られて朝霧も隠蔽していた大剣を取り出した。
「この空間は『死合会場』!
運や地形が介入しないように俺が改造した!
俺の名はガバルバン! 朝霧桃香!
いざ尋常に――!! 勝負!!」




