第二十二話 革命の支援者
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第八都市ゼント駐屯師団より、
封魔局およびレジスタンス殲滅作戦経過報告。
第三都カセントラから逃れた敵空中戦艦を
同日午後九時頃、ゼント湖近隣の樹林内で発見。
敵艦は機関部の損傷により移動が困難であると推測し
約七時間を掛けた、計九回の夜襲を実行。
敵戦力に約四割の損害を与えた事を確認済みである。
翌、午前四時二十一分。
敵の疲労がピークに達する夜明けと共に、
一個旅団計二〇〇六名を動員した攻勢を開始。
約三十分の戦闘を行った後、我が軍は敗走した。
「……ん?」
以下被害報告――
生存者、二八〇名。死者行方不明者、一七二六名。
投入した戦車および装甲車は全て大破、破棄。
加えて『ナイト』一名と『ポーン』七名の戦死を確認。
本作戦に参加された称号持ちは全滅となった。
「は? ……え? ん?」
また友軍の敗走を受け、約二時間後に
総勢六三〇〇名の追加戦力が派遣されたが、
彼らが現地に到着した際には既に、
敵戦力および敵空中戦艦は消失していた。
現在近隣の兵力も動員し周辺地域を捜索中。
「なる……ほど?」
おもむろに報告メールを閉じると、
男は眼鏡を外し眉間を押さえて歩き回った。
やがて脳を焼くような情報を整理し終えると、
背もたれの長い椅子へ重力に任せ腰を落とす。
「この報告所が技術部まで来たという事は、
動かないはずの敵空中戦艦が一体何処に消えたのか、
技術者目線の助言が欲しいといった所でしょうか?」
男は眼鏡を掛け直し、額を数度叩いて呟いた。
すると彼の大きな独り言に反応し、
白い髪の少女が突如として存在感を示す。
積み上げられた機材に腰掛け、足を揺らしながら。
「要は転移系の技術が使われたという事ですね?
我らが制作者、ビショップ・レーベンス?」
「フンフか……ジャックとフィーアはどうした?」
「新人君なら捕縛したお姫様の護送警護に。
お姉様ならずっと自室に籠もりっぱなしです。」
機材から反動を付け勢いよく飛び降りると、
少女は薄らとした笑みを貼り付けながら
ゆっくりとレーベンスに歩み寄った。
「それで、どうです? 敵の転移先は割り出せそうですか?」
「……さてね。そもそも私はまだ、
敵が転移系の術で移動したと断定していませんよ?」
少々馬鹿にするようにレーベンスはふんぞり返る。
しかしそんな彼の態度に気付いていないのか、
フンフは顔色一つ変える事も無く会話を続けた。
「エンジンの死んだ艦が消えたのに、ですか?」
「えぇ。報告所を見るに……敵艦はかなり大きい。
これを転移させる術式の構築はちょっと大変です。
敵地のど真ん中で使える物となれば尚更ね?」
「では敵はどうやって?」
「そういう無理を通すのが、祝福という名の奇跡です。
有名所で言うのなら……箱庭姫ミストリナの『収縮』。
アレなど今回の状況に適している。まぁ故人ですが。」
「まさか、敵は箱庭姫の聖遺物を持っている?」
「うーん……多分それは無い。聖遺物が出来るかは運次第。
それに仮にあったとしたら捕捉される前に使っている。」
ですから、と言葉を繋げると
レーベンスは椅子を回転させ画面に向う。
そして報告所に添付された戦場の画像を開き、
細部を観察しながら台詞の続きを述べた。
「恐らく援軍が来たのでしょう。
連邦の駐屯兵を一掃可能な戦力と
戦艦を移動出来る便利な祝福を有した援軍が。」
「あぁ……もしかして?」
「えぇ。恐らく例の連中でしょうね。」
――連邦領・第九都市リピア――
灰色の空を複数の軍用機が飛び回る。
今朝から続く騒音に住民たちはうんざりしていたが、
女帝を恐れ、その不満を口にする者はいなかった。
此処は第九都市リピア。
カセントラ以上に廃れた活気の無い錆の都市だ。
そんな都市の中を一人の人影がするりと抜ける。
目深に被ったフードをから覗くのは女性の顔。
頭部に生えた小さなツノを隠し、
彼女らを捜索する連邦兵士の動向を探る。
(足取りは、掴まれていないようだ……)
ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべると、
彼女は路地裏の袋小路に辿り着いた。
三方を壁に囲まれてた空間には一見何も無いが、
壁に取り付けられた意味深なコンセントに
専用の鍵を差し込んだ瞬間、
その場所には怪しげな転移魔法陣が出現する。
女が魔法陣の中に飛び込むと、
瞬時に彼女の視界はぐるりと回転し、
鋼鉄に覆われた地下の秘密基地に転移した。
都市リピアのレジスタンス拠点である。
「あ! イブキさん! お帰りなさい!」
女の帰還を発見し、荷物を抱えたまま
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねていたのは
封魔局員のアリスであった。
「はい、ただいま戻りました。……若は?」
「ウラさんなら朝霧さんたちと一緒に会議室に!
何でも各組織の目的や方針を確認するだとかで!」
「なるほど。確かに首脳陣にとって最優先ですよね……」
イブキは呟くと同時に拠点内に顔を向けた。
視線の先に広がる空間は巨大な格納庫。
その大部分を占拠する空中戦艦の修理に
封魔局員やレジスタンスの技師が奔走している。
だがその中にイブキは、別組織の制服を見た。
まるで雪のような或いは、鶴のような白い服の一団を。
――同拠点内・会議室――
「――まず、俺たち鬼の目的は仲間との合流だ。」
会議室を見回しウラが人間たちに語り掛けた。
主な出席者はリチャードやレジスタンスの幹部、
映像越しに出席している各拠点の基地長たちだ。
また、封魔局からは朝霧の他に
ハウンドとメアリーも出席し会議を見守っていた。
そんな彼らの視線を受けながらウラは続ける。
「仲間を率いている奴の名は、ホシグマ。
諸事情により連合領に行く事になった俺の代わりに、
同族六名を率いて連邦領内に姿を隠している。」
(諸事情ってのは……妖刀の話かな?)
朝霧はこれまでの彼らの行動と照らし合わせ、
ウラの話を脳内で正しく整理していた。
何やら魔王軍と敵対している彼らにとって、
同じく魔王と対立している女帝の領地は
身を隠すにはうってつけの土地だったようだ。
「だが俺たちも別に女帝と仲が良い訳じゃ無い。
合流には相応のリスクが伴う事も十分理解していた。
そんな俺たちに声を掛けてきた怪しい連中がいた。」
ウラは視線を会議室の奥へと向けた。
上座となる位置に堂々と座っていた女に対して。
やがて朝霧もその女性に目を向け、僅かに微笑んだ。
「それが貴女たち神秘保全協会ですか、ユノさん?」
「そういう事だ朝霧。思いの外、素早い再会だったな。」
鬼を引き連れ、窮地の封魔局を救い、
更には空中戦艦を祝福で移動させた外からの援軍。
それこそが『封印』の力を持つユノ・ノイズであった。
「ノイズ氏こそ、我らレジスタンスの支援者だ。
彼女の助力により、我々は今日まで継戦出来たのだ!」
基地長たちは力強く言い放った。
そんな彼らの熱気に反比例するように
冷めた溜め息を漏らしながらハウンドが口を開く。
「ただの環境保護団体と思ってはいませんでしたが……
まさか裏で特異点相手に喧嘩を売っていたとは……」
「フッ、まぁ少々派手にやりすぎて、
邪神騒動の以前から既に目を付けられていたがな。」
「ですが何故そんな危険な行為を?」
「なぁに、言ってしまえばこれも神秘保全の一環さ。
まぁ全てを語るには少し昔話をする必要があるがな。」
「今教えてください。ユノさん。」
朝霧は真剣な眼差しを友人に向けた。
そんな彼女の顔を愛でるように眺めると、
ユノは姿勢を正し、再び口を動かす。
「勿論だとも。実は君にも少し関係しているしな。」
「え?」
「まぁそれを話す前に一つだけ確認だが……
フィロア君というのは今この場にいるのかな?」
突然の指名に困惑するリチャードだったが、
そんな彼の存在を確認だけすると、
ユノはたった一言「宜しい」と呟き視線を戻した。
「今から話すのは――かつて滅んだ王国の秘密だ。」




