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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第六章 悠久寒苦のラストベルト

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第十五話 不滅の金属

 ――――


 カセントラ市街の戦況は大きく変化していた。

 アーサーの活躍により敵の最高戦力である

 竜人公・クレヴィアジックの拘束に成功。

 結果、彼女の部隊は攻勢の手を緩め始める。


「はぁ……っ! 今行く……今行くぞ……!」


 しかしまだ完全に戦闘が終了した訳では無い。

 頭を失ったはずの部隊は未だ機能し続けていた。

 彼らは分隊毎の自己判断で行動を選択したのだ。


 竜人公の近くにいた部隊は彼女の救援に向い、

 それ以外の部隊は反乱分子との交戦を続ける。

 どの部隊も着かず離れずの距離を保ちつつ、

 レジスタンスが撤退し難い戦況を維持し続けていた。


(……撤退しない? 何で?)


「何をしている!? 急げ、ルスキニア!」


 まくし立てるようなリチャードの怒声で、

 アリスは止めていた足を再び動かす。

 二人がいるのは都市中心部から外れた坂道の上。

 リチャードの妹、イナを救いに彼の家を目指す。


「ここの角を曲がった先だ! ……な!?」


 焦るリチャードの目に残酷な光景が飛び込んだ。

 周囲の家よりも二回りは大きな一匹の竜が

 彼の家を破壊しその木材を咀嚼していたのだ。


「何してやがるテメェッ!!」


 リチャードは即座にライフルを放った。

 しかし弾丸は竜の鱗を貫通するには至らず、

 文字通り竜の逆鱗に触れただけだった。

 直後、竜はリチャードに向け大口を空ける。

 その口内には莫大な熱量が集約され始めていた。


(ッ……! やべぇ……!)


「フルチャージ! 『死を想え(メメント・モリ)』!」


 竜が焔を解き放つよりも早く、

 アリスが得意の呪詛返しで先手を打つ。

 都市や拠点で集積してきた厄の塊が、

 彼女の呪厄蒐集器(アンドヴァラナウト)から射出された。


 そして体内から刺されたような異様な衝撃に、

 竜は数秒の間苦しみ悶え、やがて撤退を選択した。

 すると、退散する竜の背を気を止める事も無く、

 リチャードは崩壊した自宅の中へと突入する。


「イナ! イナ、居るか!?」


 室内は見るも無惨な有様だった。

 元々裕福では無い部屋ではあったが、

 綺麗にだけはしているつもりだった。

 そんな部屋が、瓦礫と木片で蹂躙されていた。


(ッ……! これは……もう……!)


 一目見ただけでアリスは絶望する。

 狂ったように木片を退ける青年の背中以外、

 誰かがいるようにはとても思えなかったのだ。


「ルスキニア! 手伝え!」


「……リチャードさん……此処は、もう……!」


 妹は諦めろ、と遠回しに伝えようとする。

 するとそんな彼女の顔を見返し

 リチャードは不思議そうに眉をひそめた。


「は? 何の事を言っている?

 さっさと()()()()()()()を開けるのを手伝え!」


「え?」


 素っ頓狂な声を上げアリスは目を向ける。

 するとリチャードの足元には確かに、

 瓦礫で埋もれた鉄の扉があった。


 慌てて解放の協力をすると

 シェルターの中には怯えるイナがいた。

 イナは兄に気付くと泣きながら飛び出した。


「うわぁあああ、お兄ちゃん……!」


「イナ……! 竜を相手に良く耐えたな!」


「うん……! 万華鏡で錯乱させたの……!

 鏡の数を増やして、逃げる時間を稼いだ!!」


 たくましいな、とアリスは心中で感嘆した。

 よく視ればイナの身体に外傷由来の靄は無く、

 竜を相手に無傷で生き抜いたようだった。


(それで私の眼で拾えなかったのか。)


 アリスは一人静かに納得する。

 だが流石にイナにも恐怖心はあったようで

 今は声も身体も震えわせている。

 そのことに気付いたアリスは優しく声を掛けた。


「もう大丈夫です。私もいるので安心してください。」


「え、誰ェ? ハッ……もしかしてお兄ちゃんの!?」


 両手で口元を押さえイナは赤面した。

 茶化され、慌てて訂正するリチャードに対し、

 アリスは冷めた視線で戯れ合う兄妹を眺めた。


(……うん。問題は無かったですね。)


 ――その時、アリスの無線が音を立てる。

 通信して来たのは激戦を終えたばかりのアーサーだ。

 内容は端的に「拠点が敵に見つかった」だった。


「「え?」」



 ――レジスタンス拠点――


 竜人公の部隊はそれぞれが自己判断で継戦する。

 それを可能としていたのは徹底された下準備だ。

 この作戦が敵のあぶり出しと本拠地の捜索であると、

 末端の兵士にまで正しく理解させていたからだ。


 本質を理解していた分隊長たちは

 自分たちが何をすべきかを的確に判断する。

 女帝の名の下に統制された『軍隊』は、

 竜人公を欠いてもなお機能する事が出来た。


「さぁ、次は我々――『本隊』の番です。」


 優雅に赤いコートを翻し、

 意識の無い総司令官の上で悪魔は告げた。


 彼の命令に従い大穴の穿たれた天井からは

 十数人の武装兵が侵入を開始し、

 瞬く間に拠点内の全エリアに散開した。


 だが一人、その場に残る存在に悪魔は気付く。

 その存在は既に息絶えた兵士の背中を

 まるで狂ったように足で潰し続けていた。


「……貴女もお行きなさい、フィーア。」


 声に気付き女はハッとする。

 それは不死の悪魔フィーアであった。


 デガルタンスにいたときよりも

 少し黒めのドレスに身を包む今の彼女は、

 どこか影のある雰囲気を強く放っていた。


「はぁ……純正な悪魔であるこの私が、

 何故ほぼホムンクルスの貴女の制止役なのです?」


「ごめんなさい……オロバス様……」


「だだの独り言です。それよりフィーア?

 貴女まさか、まだ本調子では無いのですか?」


 フィーアは無言で腕を掴み、目線を逸らす。

 彼女の表情からは今にも泣き出しそうな、

 情けない弱々しさが容易に感じ取れた。


 そんな彼女の様子に気付くと、

 オロバスと呼ばれた悪魔は再び溜め息を吐く。


(まだ前線は張れませんか……

 全く、そんな子を寄越さないでください……)


 心中で台詞を言い終え、悪魔はまたも息を漏らす。

 だがその溜め息の連発がフィーアを責め立てた。

 迷惑を掛けているという自覚が強迫観念を生み、

 不完全な状態の彼女の身体を前へと突き動かす。


 ――がその時、

 フラつく彼女の身体をオロバスが突き飛ばした。


 芯が抜けたように冷たい床に倒れたフィーアは

 何も悪くないはずなのに酷く怯えて

 謝罪の言葉を何度も何度も繰り返し始めた。

 するとそんな彼女にオロバスは怒鳴りつける。


「よく見なさい! 敵襲ですよ!?」


「え……?」


 恐る恐る顔を上げるとそこには、

 巨大なコヨーテに下半身を噛まれたオロバスと、

 その真下で印を結ぶ黒人男性の姿があった。

 封魔局が誇る精鋭、二番隊員のケイルだ。


「チッ……! 二体纏めて殺れたと思ったが……!」


「精霊使い?」


「そういう事です、フィーア! 戦闘ですよ!」


 獣の口の中からオロバスは指示を飛ばす。

 フィーアもすぐに戦おうと構えるが、

 その動きを牽制するように精霊の腕が襲う。


「っ、ぁあッ……!」


(女の方は問題無いな。先にコートの方(こいつ)を片付ける!)


 ケイルは印に力を込め、

 精霊にオロバスを食いちぎるよう命令した。

 がしかし、仲間が役立たない事を悟った段階で、

 赤コートの悪魔は自分で打開する策を考えていた。


「――『赫錫(かくしゃく)外套(がいとう)』。」


 悪魔が呟いた直後、精霊の口が突如として膨張した。

 まるで嘔吐物を必死に堪えるように頬を膨らませ、

 上下の唇の間から真っ赤な血を垂らし始める。

 異常に気付いたケイルが吐き出すように指示するが、

 それよりも早く精霊の頭部は爆発四散した。


「な!?」


 精霊の血肉が部屋中にまき散らされる。

 辺り一面に落下する肉片と血液。

 ケイルはその隙間にいる悪魔の姿を捉えた。


「……(スズ)という金属はご存じですか?

 錆びず、割れず、朽ちる事の無い不滅の金属です。」


 血塗れの世界に立つ悪魔のシルエットは異形のソレ。

 まるで茨を身に纏った刺々しい赤い蕾のようだ。

 だが何も、オロバス本人が怪物に成ったのでは無い。

 変化があったのは彼の羽織っていた赤いコートだ。


「これはそれを私の『錫操作』で外套にした品。

 あぁ失礼。申し遅れましたが、私の名はオロバス。

 親愛なる女帝陛下に仕えるしがない悪魔の一人です。」


 既に勝利を確信しているのか、

 オロバスはニヤけ顔でケイルを見つめた。


「さて、こちらは手札を開示しましたよ?

 今度は貴方の手札を教えてくださいよ?

 精霊を殺され、後は何が残っています?」


「っ……煽ってくれる……!」


 ケイルは軍用ナイフを取り出し敵に立ち向かった。


(錫はかなり柔らかい金属だったはず!)


 魔力を込めた軍用ナイフなら容易く貫ける。

 そう確信していたケイルは刃を振るう。

 がしかしオロバスは錫のコートを再び操作し、

 巨大な刃に変えケイルのナイフを弾いた。


 弾かれたナイフの刃は折れ、

 勢いそのままに肩を裂かれたケイルは

 更に変容した錫の腕に首を捕まれてしまう。


「があぁ!?」


「残念。実はこの地方特産の『ある鉱石』で、

 私の操る錫は格段に硬度を上げているのです。」


「っ……あぁそうかよ! まんまと、だな……!」


 絞殺対策のため咄嗟に腕を挟む事には成功したが、

 変形可能な金属ならばその努力も無意味に等しい。

 悪魔は確実に息の根を止めようと力を込めた。

 その時――


「ぬぅ!?」


 ――気配を感じ身構える。

 だがそれ早く悪魔を()()()()が襲った。

 そのまま宙を飛び、オロバスは壁に激突する。


「ゲホッ! ……すまない、助かった!」


 解放されたケイルは喉を撫でつつ援軍の顔を見る。

 そして安堵の表情の浮かべ後ろに下がる。


「後は任せてもいいんですよね、朝霧さん?」


 援軍は悪魔に向けて大剣を向ける。


「勿論です。お任せください!」



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