第五十七話 ダッセェ名前
――市街地・邪神付近――
最終作戦の概要は大きく二段階に分けられる。
第一段階の目標は『邪神の分析および弱体化』だ。
「邪神を穴から出させるな! 留めるぞ!」
車両群による攪乱はアキレスの祝福による
魔力奪取とそれを配布するのための時間稼ぎ、
そして既に崩落したテネブラエ跡地から
邪神を出さないように押し留めるのが役割だ。
都市に空いた巨大な穴の中心で佇む邪神を
数十台の装甲車が三百六十度を囲み牽制し続ける。
無論、邪神にはそんな人間の小細工など
容易く吹き飛ばせる広範囲攻撃もあるが、
今の邪神にはそれを撃つ気配が全く無かった。
(予想通り……再生にかなり力を使ったな?)
車両の中からアランは邪神を観察した。
死からの蘇生と巨大過ぎる肉体の回復、
そして宿り木による魔力奪取によって
邪神は魔力と体力をかなり消耗していたのだ。
エヴァの指示で行動こそ取っているが、
街ごと氷塊で吹き飛ばすなどの大技を
気軽に放てるような状態では無い。
「……とはいえそれも時間の問題ッ!
チャンスは今しかねぇぞ! どうだアリス!?」
アランは車内の仲間に怒鳴った。
そして彼女もまた険しい表情で叫ぶ。
「――視えました……っ! フィーアの厄です!」
アリスの眼は邪神の体内に不死鳥の気配を視た。
まるで今にも押しつぶされそうなか細い光が、
SOSのサインの如く点滅しているようだった。
すぐさまアリスは報告を劉雷に飛ばす。
直後、拠点の方から数本の飛行機雲が飛び立った。
「こちら劉雷、了解した。これより作戦第一段階。
――『不死鳥フィーアの切除』を開始する!」
邪神弱体化の総仕上げ、不死の解除。
地上の装甲車たちと入れ替わるように
空挺部隊が再び邪神の方へと差し迫る。
だがその高度は先程よりもずっと高く、
巨大な邪神も見上げるほどの高さであった。
「もうすぐ邪神の攻撃も再開される!
総員っ! 奴の意識を地上から逸らすぞ!」
劉雷の合図で空挺部隊は散開した。
彼らの多くは足止め係兼、陽動。
例え邪神がいつ攻撃を放ったとしても
それが都市に向かないようにするための囮だ。
その多くの囮に向けて遂に邪神も迎撃を開始した。
まるで一個の人工要塞のように、
巨躯の至る所から火炎や氷塊の弾幕を張る。
「位置情報確認……っ、目標は胸部かよ。」
「救世神仙……!」
「心配すんなツヴァイ。俺が道を作ってやる!」
色取り取りの弾幕に劉雷は真正面から向う。
新たに手にした黄金の槍に念動力を纏わせ放ち、
彼に迫る障害物を悉く穿って霧散させた。
黄金の直線が青雲に幾何学模様を刻み込み、
破裂する氷塊と火炎が鮮やかな色を塗った。
その光景はアランやツヴァイを始め
多くの者が思わず見惚れてしまうほどだった。
「何してる!? 早く行け!」
「――! あ、ああ!」
急かされ我に返ったツヴァイは
翼を広げ真っ直ぐ邪神の胸元へ飛び込む。
その迷いのない背中を劉雷は見つめる。
(邪神に効く攻撃は徐々に減っていく……
今効く主な攻撃といえば……斬撃や刺突だ!)
ツヴァイは胸元から注射器と取り出すと
躊躇なく自身の首筋に撃ち込んだ。
それはアキレスが確保した邪神の魔力。
かつてないほどの力が凶刃の悪魔の身に宿る。
「我が一刀は殺戮の具現――魔剣『ダインスレイヴ』!」
青黒い十字の斬撃が邪神の胸元を斬り付けた。
その刃の煌めきは世界を一瞬だけ暗く染め上げ、
邪神の強固な肉体から大量の血液を噴き出させる。
(感じる……! フィーアの気配……!)
ツヴァイは大地を掘削するように更に肉を削る。
アリスの情報に間違いは無かったらしく、
確かにその先から妹の気配を感じ取る事が出来た。
しかし、ユーク第三形態の能力は『適応』。
ツヴァイは数メートル先という所まで達するが、
徐々に斬撃の効きが悪くなっていった。
(っ……! あと少しなのに……!)
邪神の体内でツヴァイは目を細めた。
最早声を出す余裕すらない。
そして彼女を取り込もうとするかのように、
邪神は彼女のいる傷口に氷を生成し始める。
(この……ままじゃ……!)
「――穿て、『盤古』!」
突如彼女を取り囲む氷が砕け散った。
ツヴァイの翼を掠め黄金の槍が突き抜ける。
やがて槍は前方の肉壁に風穴を開け、
その奥で残存していた赤い女を露出させる。
「フィーア!」
姉の声に意識のない女は反応しない。
血管のような赤い管に絡め取られた彼女は
四肢が溶解と再生の最中でせめぎ合い、
半生半死の状態で放置されていた。
(邪神でも不死鳥は消化しきれなかった!)
ツヴァイはすぐに管を切除しフィーアを救う。
そして無線から微かに聞こえた指示に従い
黄金の槍に手を掛け一気に体内から脱出した。
「ォォ!? ォオオオォオオオオオオ!!!!」
体内からの痛みは克服出来ていなかったらしく、
邪神の絶叫が都市全体に大きく響き渡る。
そして胸元の大きな傷口から、
莫大な量の血と共にツヴァイたちが脱出した。
「……っ、成功だ! 救世神仙! 不死は取った!」
「了解っ!」
すぐに劉雷は大きく飛び上がり青雲へと迫った。
それと同時に空挺部隊は高度を邪神よりも下げる。
何らかの動きを察知するエヴァだったが、
劉雷が具体的に何をする気かまでは判別出来ない。
「っ……! いや、もう何をしようと関係ない!
熱や爆破に加え、刃物への耐性も獲得している……!」
後は自身の身さえ護ればそれで十分、と判断し
エヴァは己の周囲にのみ簡易の結界を張った。
不死鳥を切除されユークが蘇生出来るかは不明だが、
そもそも殺害される事自体あり得ないと断じたのだ。
「フッ。舐めて貰っちゃ困るなぁ?」
エヴァの行動を上空から観察し、劉雷は笑った。
そして手の中で一粒、小さな氷の結晶を生み出す。
宙に回転するその結晶に劉雷は想いを馳せた。
――――
「「新技を考察して欲しい?」」
牢の中で友人たちの声が重なる。
思い起こしていたのは過ぎ去った一時。
困惑するアキレスとアルバの前で
まだ生身の劉雷は氷の粒を見せつつ懇願した。
「氷を固められるようになったんだけど、
今の能力じゃ武器に出来るほどじゃなくて……」
「それで私たちに相談をね~。アキレス良い案ある?」
「目潰し。」
「いいねそれ。なら技名どうしようか?」
「いやいや……ちょっと待て! ショボくね?
てか技名とかどうでも良いだろ、アルバ!」
「技名大事でしょ!? なんなら私が付けてあげよっか?」
「絶対止めろ。お前のは凝った割にダセェんだよ……」
アルバは「なにおー!?」と喚き散らす
喧しいアルバを黙らせるために
劉雷は氷の粒を彼女の背中に差し込んだ。
だが素っ頓狂な声を上げ彼女は余計に騒いだ。
「掻き回すなー! 気持ち悪いー!」
「新技出来たな。おめでとうレイ。」
「茶化すなアキレス。もっと攻撃力が欲しいんだ。」
ようやくアルバは背中から粒を取り出す。
そして彼女はしばらくの間それを眺めたかと思えば、
すぐに攻撃力のある活用方法を見い出し二人に伝えた。
「どう? 良くない? 技名何にしよっか?」
「待て待て待て! 地下じゃ使えねぇだろ、ソレ?」
「あ、ほんとだ! 無理じゃん!」
暗い地下なのに、寂しい牢の中なのに、
心底楽しそうに彼女は笑っていた。
そしてその笑顔のまま語る。
「じゃあさ、外に出たら使いなよ?」
「は?」
「もちろん! 私が出た後でね~!」
――――
劉雷は氷の粒を上空へと飛ばす。
そして空に漂う青雲の中に結晶を突っ込んだ。
(原理は静電気……俺の飛ばした氷の粒が
元々雲の中にある粒と擦れ合い帯電する……)
念動力で周囲の雲を寄せ集め、
自身が操る氷塊をその中で駆け巡らせる。
やがて白き雲は黒く染まり、雷の気配を漂わせた。
「これは……まさか……!」
「電撃攻撃は――まだ効くよな?」
劉雷の『雷』は稲妻を表す漢字。
そしてこの技は静電気を活用した大自然の一撃。
彼が同音異義語を教えてしまったばかりに、
当時のアルバは嬉々としてこの名前を劉雷に贈った。
「――『静竜雷』ッ!!」
稲妻が竜の姿を型取り大地の邪神に降り注ぐ。
それは正に神話に語り継がれるべき光景。
大怪獣の全身を天からの雷が穿った。
やがて邪神は膝を突き沈黙する。
途端に降り注いだ雨が劉雷の顔を濡らしていた。
「ホント……ダッセェ名前……!」
――――
『フィーア切除完了! 邪神も沈黙!』
伝令が瞬く間に全局員へと知らされた。
無線機を通り抜けた情報が意味するものは
最終作戦の第一段階『完遂』という結果である。
邪神は未だ沈黙中。恐らく死亡した。
考え得る限り最高の結果に隊員たちは昂ぶっていた。
「第一段階終了! 第二段階へ移行します!」
「残るはサギトのみ!」
「修道士部隊! 邪神の屍に鎖を撃ち込みます!」
ここぞとばかりに全戦力が突撃する。
標的は既に色欲のサギトたるエヴァ一人。
ドライバーがエンジンを蒸し、
朝霧たちを乗せた装甲車も邪神へと接近した。
「やりましたね、朝霧隊長! 後は楽勝です!」
運転席から届く歓喜の声。
それに釣られて浮足立つような朝霧では無かったが、
彼女もまた「ようやく終わる」という気持ちでいた。
「最終局面です。気を引き締めて行きましょう!」
彼女の言葉にキアラは全力で頷いた。
がしかし、ユノは少し不安な表情を浮かべていた。
「ユノのん? どうしたの?」
「……二人共、一つ提案があるのだが。」
ユノは二人の顔を寄せ何かを呟く。
車両の窓には屋根伝いにサギトへ迫る隊員の姿も映った。
その時――全てを無に帰す音が鳴った。
「『■■■・■■■・■■■■■■!!』」
明日2/2は休載します。次の更新は明後日2/3です。




