第五十四話 二十分の猶予
――数日前――
渇いた風が砂を攫う。
荒野の岩肌にぷつぷつと触れる音だけが、
広大な静寂の中で唯一聞こえていた。
しかし、そんな荒野の中で一箇所、
明らかに異様な景色が広がっていた。
岩の大地にぽっかりと空いた穴である。
「……ん……だ、これ!?」
少し離れた場所から穴を見つめ、男が驚嘆した。
男の正体は封魔局三番隊隊長のドレイク。
そして此処は魔法連合の軍事演習場であった。
「とまぁ、威力は見ての通りです。」
自信に満ちた顔で技術主任のデイクが振り返った。
彼の視線の先にはドレイクの他にも
局長と朝霧を含めた全隊長たちが集結していた。
だが皆ドレイクと同様に驚きの顔を見せている。
「……なぁシルバさん。アンタあれ防げるか?」
「お前はどうなんだアーサー?」
「うーん……かなり覚悟しなきゃ厳しいかも?」
「なら私では無理だ。エヴァンスならもっと無理だ。」
「失礼な。僕も遺言を考えるくらいなら出来ます。」
歴戦の隊長たちですらソレの火力を絶賛した。
フィオナに至っては無言で穴に近づき、
まじまじとその威力を観察するほどだった。
そんな彼らの反応に安堵しデイクは説明を始める。
「威力が認められて幸いです。
この攻撃は貫通力こそありますが範囲は広く無い。
場所さえ選べば一応市街地での使用も可能です。」
「なるほど? 人質でも取られて無い限り、
敵組織の建物なんかは最悪コレで潰せるって訳か?」
指摘に対し「その通り」とデイクは頷いた。
すると今度は観察から戻ったフィオナが
心底満足そうな顔を浮かべながら質問する。
「素晴らしいのは理解した。
だがコレは本当に実戦で使えるものなのか?」
「と……いうと?」
「戦時中にも衛星兵器はあったが、
アレは戦場が軌道上に無ければ着弾しなかった。」
砲塔が宇宙空間にある以上、
其処から球形の天体に向け放てる範囲には限界がある。
戦場の位置によっては真横から攻撃が来たり、
そもそも狙うことすら出来ない可能性があるのだ。
また衛星兵器が一機しかないのなら
例え要請の都度移動出来る仕組みであっても、
攻撃に至るまで無駄な時間が生まれてしまう。
それでは「実戦で使える」とは言えない。
「その点はどうなんだ、技術主任?」
あくまで期待するようにフィオナは睨む。
そしてその期待に応えるように
デイクはにんまりと笑って機材を取り出した。
「ご安心を。そのための『誘導アンカー』です。」
――現在・デガルタンス――
もうじき明ける空の下。
巨大な邪神の肩からエヴァは天を見上げた。
満天の星空に見惚れるように思考を止め、
ただ目と口を開きぼんやりと眺める。
しかし彼女の瞳に映ったのは星空に非ず。
同程度の輝きを放ってこそいたが、
星座よりも整ったその幾何学模様は星では無かった。
「魔法陣……?」
見える物の名前を思わず呟く。
夜空に浮かんでいたのは超巨大な魔法陣であった。
複数の円が規則的に並び、回転し、発光している。
そして僅か数刻の後、魔法陣から光線が放たれた。
魔導援護誘導アンカー。
この機材が持つ役割は『位置情報の送信』と、
攻撃を何処にでも届かせる『転移魔法陣の展開』だ。
アンカー固定後、その上空と兵器の射線上には
二つを繋げる巨大な転移魔法陣が展開される。
これにより例え攻撃目標がどんな場所であっても
同じ「待ち時間」で「真上から」の攻撃が可能となる。
(っ……! 封魔局の新兵器か!?)
――直後、天が俄かに白く染まった。
(これは……間に合わな――)
白き砲撃が邪神の肉体に直撃した。
巨大なエネルギー同士が衝突し、
着弾点の周囲には途轍もない突風が吹き荒ぶ。
――――
しばらくして人影が起き上がった。
ぼんやりとする頭部を抑えながら現状把握に努める。
すると人影に気付き一人の女が駆け寄った。
「ユノのん……!」
「キアラ……か? 良かった、脱出出来たんだな……」
人影、もといユノは此処が外だと認識すると
安堵の表情を浮かべ「ふぅ」と吐息を溢した。
しかし、まだ朦朧とする脳を労り目を閉じたのも束の間、
彼女の五感は一際恐ろしい魔力の存在を察知する。
「ッ……!? 何だこの魔力は……!?」
「えぇと、邪神が第三形態?ってのになって……
それでえーとっ……ビームが飛んで来て……えと?」
要領を得ない説明でユノは余計に混乱する。
そんな彼女の態度に気が付くと
キアラは「見た方が早い」と彼女の手を引いた。
導かれる道中で見えたのは負傷者の群れ。
六番隊と一番隊、そして周辺都市も含めた支部局員が
慌ただしく蠢き路上の仮拠点を出入りする。
市民はいない。動ける者は自ら包帯を巻き、
雑な止血が済むと物資運搬の重労働に混ざって行く。
そんな隊員たちの様子を眺めていると、
遂に渦巻く魔力の中心が望める位置に辿り着いた。
其処で彼女が見たのはとても現実とは思えぬ光景。
覆い被さるように展開されたバリアの中で、
崩落した大地の中心に鎮座する怪獣の亡骸だった。
「……!? あれは……何だ?」
「降臨した邪神ユーク、その成長した姿です。」
「あれは……生きているのか?」
「――今は死んでいます。ユノ・ノイズ氏。」
彼女の後ろから質問に答えたのは、
腕を包帯で固定した一番隊のレティシアであった。
そして彼女の口からこれまでの出来事を聞かされる。
「結論から申し上げますと、
我々は現在、約二十分間の停戦期間にあります。」
天門のレーザー攻撃により邪神は死亡した。
無論、不死身なので滅ぼすまでには至らなかったが、
邪神は活動を停止し肉体の再生に時間を費やし始める。
人間大の大きさであるフィーアとは違い
邪神の巨躯では再生するまで時間が掛かるのだ。
当然、一番隊員たちはすぐさま追撃を狙う。
しかし邪神によって光線から護られたエヴァが
咄嗟にサギトの魔力を編み込んだ結界を展開。
劉雷ですら手が出せない完全防御を発揮する。
「結果戦況は硬直。邪神が再生する二十分後まで、
両者手が出せない状態となってしまいました。」
なるほど、と呟きユノは邪神の方へ振り返る。
確かによく見れば瞬く間に神の肉体は
再生しようと脈打っているのがよく見える。
「今から二十分後というと……丁度夜明けぐらいか?」
「はい。故に我々は二十分後――
夜明けと共に対邪神の『最終作戦』を敢行します。」
物々しい言葉にユノ以上にキアラが息を飲んだ。
そんな彼女に微笑しながら、
ユノは大方の状況を把握し脳内で整理する。
「そういえば朝霧は?」
「モッキーなら無事ですよ!
さっき作戦会議してるのを見ましたから!」
友人の安全を確認するとユノは再び安堵した。
同僚でもないのにそこまで彼女を想う姿を
レティシアはしばらく静かに見つめ、開口した。
「それで、ここからが隊長からの伝言です。」
「ん?」
「ユノ・ノイズ並びにキアラ・ディマルティーノ。
お二人の祝福を――切り札として使わせてください。」
――バリア内部――
鼓動する巨大な肉塊を優しく撫で
エヴァは邪神の復活を祈り続ける。
彼女たちを囲んでいるのは巨大な結界。
半透明の防壁があらゆる障害から仔を護る。
するとその時、彼女の背後で足音が響く。
恐らくわざと鳴らし存在感を出しているのだろう。
コツ、コツという落ち着いた一人分の足音は
やがて結界の淵でピタリと止んだ。
「……これはこれは、凄まじい生き物ですね?」
声でその正体を悟り、エヴァは邪神から離れた。
そして明確な敵意の眼を向けながら、
現れたその人物にゆっくりと接近する。
悶える罪人は結界を挟んで彼と対面した。
「こんばんは。ナギトナリア大司教……」




