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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第五十話 黒い扉

 ――――


 突如目の前に黒い扉が現れたとして、

 その先の景色が全く見当もつかない状況だとする。

 この場合、果たして何人の人間が扉を開け、

 その先の景色を見ようとするだろうか。


 知的探究心から開ける者はいるだろう。

 それ以外にもう選択肢が無いという状況なら、

 仕方無く、という理由で開ける者もいるだろう。


 しかし多くの者は、扉に触ろうとすらしない。

 人間は利益よりも損失を考える生き物だからだ。


 扉の先に怪物が待っていたらどうしよう。

 狂った異次元に飛ばされたらどうしよう。

 今の日常が崩れてしまったらどうしよう。


 一度でも思考の中にネガティブな空想が混じれば、

 脳が勝手に「より最悪な未来」を想像し体を止める。

 結局のところ人は――未知が怖いのだ。



 ――テネブラエ・廊下――


 クチャリ、クチャリと咀嚼音が響く。

 ローウィンの腕を喰らい世界の異物は喉を鳴らした。


 邪神ユーク、第二形態。


 口と目のような部位が発現し、新たに『捕食』を覚えた。

 また、ローウィンの片腕を食い尽くすと

 その小さな背中から無数の腕が一斉に出現した。


(っ……! この化け物……私の魔力を吸収した!?)


 ローウィンは変化から邪神の能力を考察した。

 捕食とそれに伴う成長。腕を食い腕が生えた。

 しかし数も太さも、完全には一致していない。

 その事から導き出される詳細はたった一つ。


「『模倣』だ! こいつは私の腕を食べ、学習した!

 そして……自身の肉体でその特徴を再現させたのだ!」


 ローウィンは共闘者たちに向けて情報を叫ぶ。

 すると彼の声に反応してしまったのか、

 ユークは無数の腕で大地を蹴飛ばし再び口を開いた。


 そんな邪神の体をグレンが殴り飛ばす。

 異色の血を吐き出させ、壁に向けて吹き飛ばした。

 しかし邪神は激突より早く腕をクッションにし、

 初撃の拳以外の全てのダメージを分散させる。


(っ……! こいつ、強いぞ……!!)


「みゃあ、みゃ?」


「……は?」


「みゃあ、みゃ? どゅあれ? みゃあみゃ?」


 ぬちゃり、ぬちゃりと口を動かし、

 不気味な高い声で邪神は周囲を見回した。

 そして、エヴァの姿を目に止める。


「みゃあみゃ!」


 輝々として邪神は壁を蹴飛ばした。

 その直線上にエヴァがいる事を悟ったアキレスは、

 アイリスと共に邪神の進行を阻もうと立ち塞かる。


 がしかし、ユークは体を回転させ無数の腕を振り回し、

 アキレスたちの体をいとも容易く吹き飛ばす。

 そして、エヴァの胸中へと飛び込んだ。


「みゃあみゃ!」


「……! ユーク、様!」


「みゃー!」


 邪神は彼女を母と認識していた。

 そして非常に動物的な甘え方で彼女に寄り添う。

 信徒と邪神。色欲と憂懼。母と仔。

 切り離せない二つの存在が再び接触する。


「さぁ、この世界に救済を!」


 エヴァの呼び掛けにユークは呼応し幼く吠えた。


(っ……少しだけ、仲違いを期待していた!)


 アキレスの甘い思考を現実が裏切る。

 依然敵は、邪神とサギトの二人組。

 彼女たちは四人に向けて攻撃を再開する。



 ――瓦礫の中――


 魔術で生んだ光源がチラチラと揺れる。

 戦闘の振動が瓦礫を伝わり地中の空洞にも届いた。

 岩から落ちる粉が結界に弾かれる様を見つめながら、

 朝霧は自身の持つ栄養剤をユノの口に流し込む。


「ユノさん。水も飲んでください……」


 一度に大量の魔力を消費した所に、

 禍々しい邪神の魔力が重なった事で衰弱したユノは、

 額に大量の汗を流しながら項垂れていた。


 そんな彼女の姿を、

 キアラは少し離れた岩に座りながら見つめていた。


(私がやればいい……私の祝福で脱出を……!)


 彼女の祝福『大傑作(アルスマグナ)』の効果は、事象の交換。

 一見万能な力だが、この能力には当然欠点もあった。

 それは交換の規模を設定出来ないというものである。


 例えば「落下した」や「発火した」のように

 具体的な事象でも、その規模までは決められない。

 トランプが燃える程度の僅かな「発火」でも、

 フィーアの全身を焼く「業火」へと変わる。


 規模が設定出来ない以上、()()の恐れがあった。


 故に彼女は『未知』を過剰に嫌っていた。

 どうなるか結果が見えない事態に陥った時、

 例え自分の能力で解決可能な場面であっても、

 体が緊張し、硬直し、失敗を重ねてきた。

 それが今日まで彼女を無才たらしめた由縁である。


(っ、成功すればいいだけ……そう、それだけ!

 ……もし成功しなかったら? 失敗したらどうなるの?)


 どうしても失敗出来ないという考えが

 ちょっと想像しただけの悪い未来を増幅させ、

 過去に経験した現実と絡め、最悪を想起させた。


 やがて呼吸は病的なまでに加速し

 過剰に取り込んだ空気が胸を苦しめる。

 こんな姿を見られたくないと必死に抑えるが、

 それが(かえ)って逆効果となっていた。


(止まって……! 私は……また……!)


「――キアラ!」


 混濁する意識の沼から朝霧がキアラを引き上げる。

 彼女の汗だくの背中を何度もさすっては、

 呼吸を整えさせようと優しく言葉を投げかけた。


「緊張しちゃった? 落ち着いて、ゆっくり息を吐いて。」


「っ……はぁっ! ご、ごめんなさいっ……!

 私、失敗するかもって思ったらどうしても……!」


 今度は言葉が止めどなく溢れかえった。

 まくし立てるように心情を吐露し、

 自身が抱えた心の弱さを朝霧に打ち明ける。


「だから、その……もう期待は……」


「――そんなこと言わないで。

 ユノさんに聞かれたらもう推薦して貰えないかもよ?」


 デガルタンスの祭事、カーレット祭。

 元々はそれに出たいがために

 キアラはユノたちと行動を共にしていた。


 忘れていた、という訳では無いが、

 朝霧に指摘されてキアラはハッとさせられる。


 何も言えず俯いてしまうキアラを余所に、

 朝霧は壊れた無線機を分解し配線を弄り、

 位置情報だけでも届けようと修理を始めた。


「これで誰かが気付いてくれれば脱出出来る。

 大丈夫だから、キアラは何も心配はしないで。」


「モッキー……」


「それより、もう『自分はダメ』なんて口走らないでね?

 それを言っちゃうと、本当に全部終わっちゃうから。」


 そう言うと朝霧は無線機内の配線を接触させ、

 バチッ、バチッと小さな火花を散らし始めた。

 位置情報が届くと信じ、何度も、何度も。

 仄かな光が灯る度に朝霧の横顔が浮かび上がる。


「モッキーはどうして前に進み続けられるの?

 立ち止まりそうな時とか、モッキーは無いの?」


「病まないのってこと? まぁこの仕事ならボチボチ?

 今がどんな精神状態なのかも、実はよく分かんないし。」


 笑顔の無い、虚ろな目で火花を見つめる。

 出会ってからずっと朝霧の顔に笑みは無い。

 苦笑いも愛想笑いも、キアラは見れていない。

 しかし立ち止まる瞬間もまた、見たことが無い。


「まぁでも、そういう最悪な気分の時は……

 私は『原点』を思い出すようにしてるかな?

 頑張るぞって最初に思えた……気楽な頃の気持ちを。」


 原点。初心とも言い換えられる、己が中の原動力。

 自分にとっては何だっただろうかとキアラは模索した。


 ユノたちの旅の案内人を務めること?

 カーレット祭に出場し芸を披露すること?

 自身の手品を、多くの人に認めてもらうこと?


 違う。それらは手段に過ぎない。

 彼女の原動力はもっと他愛の無い子供のような欲求。


「――笑顔が……見たい。」


 呟く彼女の言葉が聞き取れず朝霧は聞き返す。

 するとそんな朝霧からキアラは無線機を取り上げた。

 修理のためにカバーの『開いた』無線機を。


「モッキー! 脱出ショーの始まりです!」


 言葉の意味を瞬時に察し、

 朝霧はユノを護るように抱きかかえた。

 その時、キアラは天上に向けて無線機を掲げる。


「――『瓦礫』は『開く』ッ!」


 叫びも束の間、岩の天井に亀裂が走った。

 それは祝福の暴発と呼んでも差し支え無い現象。

 キアラの想定を遥かに超えて瓦礫は吹き飛んだ。


 が、それと同時にユノのバリアが消滅する。

 途端にキアラたちに向けて崩落を再開する岩の束。

 その影の中にキアラの体が重なった。


(っ……! やっぱり、失敗……!!)


「――大丈夫。『道』は見えた!!」


 誰かの腕がキアラの体を引き寄せる。

 その腕が朝霧の物であると認識したと同時に、

 地中から瓦礫の先に向けて、淡緑の閃光が煌めいた。


「モッキー……! 私……!」


「見事な脱出ショーだったよ! マジシャン!」


「……! うん!」


 先の見えない黒い扉。キアラはそれを開いた。



 ―――― 


「くちゃくちゃ……みゃあみゃ〜、みゃあみゃ〜!」


 人は未知に恐怖を覚える生き物。

 詳細不明の化け物と相対すれば自然と足が竦む。

 それが邪神ともなれば、尚更だ。


「ふふ。ちゃんと噛んで食べるのよ?」


「みゃ〜!」


(っ……クソっ。完全に……負けた……!)


 地に伏すアキレスは無言で拳を握り締めた。

 今邪神が食しているのが誰かも判別出来ないほど、

 その視界は朦朧とし意識も混濁していた。


「さ。次は……彼を食べましょうか?」


「みゃあ!」


 足音が近付くのが分かる。

 振動が脳に直接響いてくるのが分かる。

 拳闘士は自らの死を悟り、ゆっくりと目を閉じた。

 が、その時、彼は足音とは別の振動も察知した。


「――っ!?」


 瞬間、大地に亀裂が走ったかと思えば

 足場が崩れ落ち強制的にエヴァたちを飛び退かせる。

 そしてその暗闇の中から、淡緑の閃光が輝いた。


「!? ……なるほど理解した!」


 光から現れた人影は、瞬時に敵を見据え蹴りを放つ。

 鋭く重たい蹴りはエヴァの防御を一撃で崩す。


「また会ったわね。シスター・エヴァ!」


「朝霧、様……っ!」


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