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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第四十六話 生誕祭

 ――――


 今より百年以上も昔の話。

 邪神を崇拝する異教徒たちが現役で活動し、

 とても正気とは思えない凶行をしていた時代だ。

 異教徒たちは伝承に従い祭壇を発掘し、

 其処に生け贄として毎月心臓を捧げていた。


「や、やめてェ! アナタたち狂ってるわよ!?」


「「生け贄を。我らが神に生け贄を。」」


「私はただの旅人! 信者でも何でも無い!」


「「祭壇に心臓を。心臓には魔力が宿る。」」


「いや、いやあああああ!!」


 魔術で空中に浮かんだ生け贄の体は、

 祭壇の真上で針を刺された風船のように破裂した。

 スプリンクラーの如く溢れる血液と、

 肉体から取り出された心臓が祭壇へと捧げられた。


「では、今月もこれで終了だ。」


 祭壇の前に立つ司祭らしき男は

 通路に並ぶに信徒たちに向けて呟いた。

 生け贄の血で濡れたローブから、

 まるで生気の感じられない冷たい目が光る。


「あの……司祭様?」


「何か?」


「我々はこれを……あと何度続ければ?」


 教団は、一枚岩では無かった。

 スパイとして潜入し殺された者を除けば、

 教団内で邪神を崇拝していない者はいない。

 しかし、手段に対して懐疑的な者は大勢いた。


「私には……祭壇が反応しているように見えない。

 生け贄の血を得ても、変化しているようには……」


「ふぅん? それは残念です――」


 ――血が噴き出した。

 黒い棘に胴を貫かれ信徒は肉塊へと変わる。

 倒れた元同胞の亡骸を司祭は残念そうに嘆いた。


「貴方のように信仰心の足りない者がいるから、

 邪神様は穢土(えど)に姿を見せてくれないのです……」


 司祭の行動を受け、信徒は更に様々な反応を見せた。

 その通り、と頷きこれからも贄を捧げようとする者。

 間違っている、と嘆きつつも恐怖から従う者。

 そして「これではダメだ」と決意を固めてしまった者。


 この一件の後、教団は内部分裂を起こす。


 司祭をすげ替えようと信徒の一部が蜂起し、

 複数の都市を巻き込む血みどろの抗争へ発展した。

 その隙をフォントロメアの聖職者に突かれ、

 瞬く間に邪神教団は衰退、崩壊していった。


「ぐっ……異教徒……どもめ……!」


 司祭は怨念を胸に穴だらけの体を引きずる。

 彼の後ろには人間大の赤い汚れが複数、

 祭壇へと続く長い廊下の上で染み付いていた。


(邪神様を信じ切れなかったか……!

 ついに存在自体を疑う者まで現れた……!)


 風穴から抜け出す自身の血を止める術も無く、

 司教は死へと向う肉体で祭壇の(きざはし)を踏んだ。


「だがッ……()()のだ! 確実に……!」


 真っ赤に濡れた掌を祭壇へと擦りつけた。

 禍々しい彫刻と共に刻まれた文言に

 自身の血液を染みこませ読みやすくする。


「此処にある言葉は事実なのだろう!?

 かつて、私にそう告げた≪魔女≫がいた……!」


 邪神の存在が語られるようになったのは、

 人々が魔法世界へと転移した後の出来事。

 即ち、邪神は魔法世界と共に生まれた存在。

 これが何を意味するのか司祭は感づいていた。


「あれは貴様だろ!? 偉大な三人の魔法使い……

 その最後の一人――ソフィア・グノーシス!!」


 邪神教団は滅んだ。

 熱心な信徒たちを以てしても召喚出来なかった邪神は、

 やがて「創作の存在」として忘れ去られた。



 ――現在・邪神の祭壇――


 崩れ落ちた岩の合間に液体が染みこむ。

 それは血液か、もしくは昆虫由来の体液だ。

 寝心地の悪い瓦礫のベットの上で、

 吹き飛ばされたエヴァは痛む四肢に力を入れた。


「あぁ……くっ……!」


 しかし死にかけの翅蟲は起き上がれない。

 朧気に歪む視界と全身から感じる痛みの熱が、

 お前はもう助からないと雄弁に語っていた。


(負傷箇所は……もう数え切れないや……

 特に深いのは、ぱっくり裂けちゃった横腹かな?)


 やってくれたな、と既に滅んだ悪魔の顔を浮かべる。

 遠くでは、長い通路を進む三人組の姿も見えた。

 蟲特有の鋭い感覚器が大音量で警報を鳴らし続ける。


(朝霧様にユノ・ノイズに……キアラちゃん……

 確かに意識すべき優先順位を間違えてたなぁ……)


 頭に浮かんで来るのは戦闘面での反省のみ。

 悶える罪人はまだ野望を諦めてはいなかった。

 体を支えるに足らない腕で何度も起き上がろうとし、

 その度に流れた血で滑り体勢を崩した。


「シスター・エヴァ。勝敗は決しました。

 これ以上の抵抗は無意味です。大人しく――」


「――投降したら、赦してくれますか?

 今まで通りの生活を、私は送れますか?」


「……は?」


 あまりの愚問に朝霧の思考が一瞬止まる。

 そんな彼女の表情を祭壇から眺め、

 エヴァは血の滴る顔に笑みを貼り付けた。


「無理でしょ? 思想を明かした時点で、

 私はもう『正常な者』としては扱われない。

 異端は孤独を強いられ、夢は二度と叶わない!」


 尽きぬ戦意を感じ取り、朝霧は大剣を構えた。

 だが、そんな彼女にも気付かないほど、

 今のエヴァは危険な興奮状態になっていた。


「朝霧様、朝霧様、朝霧様ァ!

 この世界はどうでした!? 綺麗でしたか?

 悪人共がのさばっていませんでしたかぁ!?」


「……。」


「モッキー! 耳を貸す必要は無いですよ!」


「キアラちゃんはどうですか!? 

 地下闘技場に捕まってたのなら見たでしょ!?

 虐げられた人々を! 苦しみ藻掻く拳闘士たちを!」


「ぅ……それは……!」


「此処は正しく世界の縮図!

 僅かな権力者と最低な環境の弱者たち!

 そして何も考えず身を委ねる大勢の愚民たち!」


 裂けた腹から血が噴き出す。

 しかし狂える罪人は翅を広げ舞い上がった。


「狂っている……! 腐っている……! 

 この世界はどうしようもないほど終わっている!

 だからッ! 私が救う! 私が均す!

 孤独の痛みを知る私が一度――この世界を破壊する!」


「それを止めるのが、封魔局(わたしたち)の仕事なの――」


 演説に熱がこもったエヴァは、

 淡緑の閃光と共に転移した朝霧への反応が遅れる。

 空中での蹴りが炸裂し異形の蝶は再び祭壇に墜ちた。


「っ! 理解……してくれないのですか、朝霧様!?」


「理解はした。私も社会を変えたいと思ってたから。」


「なら何故……!?」


「でも共感はしていない。だってアナタが描く未来で、

 ――私の大切な人たちが笑っている姿が想像出来ない。」


 朝霧の理想は、この世界から哀しむ人を無くすこと。

 だがその理想のために仲間を捨てる事など出来ない。


 秩序側である封魔局の仲間たち、

 そして今までに出会って来た多くの人々、

 それら全てが笑顔でいなければ意味が無い。


「だからエヴァ。貴女の思想は受け入れられない――」


 空中で大剣を構え、落下の速度を乗せて突き立てた。

 だが、エヴァの殺害を目的とはしていない。

 狙いは顔の真横に突き刺し彼女の戦意を削ぐことだった。


(此処で殺したら、それが私の『回答』になる!)


 秩序からはみ出た人間は殺してしまえ。

 そんな事では何も変わらないと理解していた。

 狙いは上手く行き、朝霧はエヴァの両手を抑え込んだ。


「これで最後だ! いい加減、投降を――」


 しかし、あくまで結果論ではあるのだが、

 殺さないという彼女の選択は『最悪手』となった。


「「――え?」」


 朝霧とエヴァが声を揃えた。

 彼女たちのいた祭壇が突然、青色の光を帯びたのだ。

 光が発生した原因は、朝霧が突き立てた大剣の傷跡。

 深く突き立てられた刃が祭壇の中の物を呼び起こした。


「な!? これは……!?」


 吹き上がるのは魂のようなプリズム体。

 怨念のような禍々しい青色のエネルギーが、

 祭壇から放出され朝霧の体を弾き飛ばした。


「っ……! 危ないモッキー!!」


「ごめんキアラ、助かった!」


「! 不味い二人共……! この空間が崩れるぞ!」


 エネルギーは振動を呼び起こし地下を揺らす。

 揺れは闘技場を伝わりデガルタンス全土に轟いた。

 そして祭壇のある空間は耐えきれず崩壊を始める。

 降り注ぐ巨大な瓦礫が冒涜的な石像群を破壊し、

 青い炎に照らされた廊下を砕いて水に沈めていった。


(っ……! エヴァは!?)


 崩落する世界の奥に向けて朝霧は目を細める。

 すると其処には溢れたエネルギーを纏い、

 邪神の祭壇に向けて祈りを捧げる修道女の姿があった。


「これは……怨念? この祭壇で死した者の?」


 瓦礫が降り注ぐ危険な状態だというのに、

 エヴァは自身に帯びたエネルギーを分析出来るほど

 ひどく落ち着き、そしてひどく鎮まっていた。


「そう……主は私を選んだのね……」


 朝霧を吹き飛ばし、エヴァに纏わるエネルギー。

 これを彼女は天の意志であると納得した。


「ふふ! 本当に……私は運が良い……

 神は私を愛している。ならその愛に応えなければ――」


 何度も体感した幸運を噛み締めながら、

 エヴァは腹部に蓄えた莫大な魔力を解放した。

 祭壇からのエネルギーと合わせ、これで足りる。


「――救済のため、私はこの身に邪神を孕みます。」


 悶える罪人は祈りを捧げた。


『願いを承諾。審査を開始します。』


 世界は罪人の声に答える。

 タスク・ワン、申請。受理。承認。

 タスク・ツー、申請。達成。承認。

 タスク・スリー、申請。適合。承認。

 次々と人間という枠組みが撤回されていった。


『全条件承認。サギトへの覚醒を行いますか?』


「はい。」


 躊躇い無く、淀み無く、聖母のような笑顔で答える。

 直後、彼女の体は激しい痛みに襲われた。

 傷だらけの体では耐えきれるはずの無い鋭い痛み。

 しかし彼女の微笑みは崩れることは無かった。


 やがて肉体が作り変えられる感覚がした。

 祝福の封印に伴って、彼女の足は人のソレに戻る。

 その光景を朝霧は直前まで見つめていた。


「ユノのん! モッキー! 早く逃げようよ!」


「――っ! すみません! 脱出を優先します!」


 朝霧は正気に戻ると、

 慌てるキアラとしゃがんでいたユノを抱きかかえた。

 そして瓦礫の合間を抜けるようにワープを連発する。

 淡緑の閃光と共に空間から脱出する三人組。

 そんな彼女たちの姿を――素足の女が見つめていた。


「もぅ……最後まで見ててくださいよ。朝霧様ぁ〜!」


『祝福徴収。権能付与。権能名――色魔の(アスモデウス)揺籃(・ノヴァ)。』


「へぇ~! ふふ! やっぱりそういう?」


 自身に付与された能力を確認すると、

 女はペタペタと裸足で瓦礫の中を進む。

 そして崩れ行く天に向けて満面の笑みを魅せた。


「さぁ始めましょうか! ()()()の生誕祭!!」


 今此処に――

 怠惰、強欲、暴食に次ぐ第四のサギトが覚醒した。

 彼女の名はエヴァ。『色欲のサギト』である。


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