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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第四十二話 悶える罪人

 ――――


 思えば……()にとって幸運な事ばかりだった。


 まず、私の思想を実現する(すべ)があったこと。

 異教徒たちと敵対していたフォントロメア大聖堂。

 敵対していたからこそ、其処には数多(あまた)の情報があった。

 歴史を勉強していく過程で異教徒(どうほう)たちの無念を知った。



 これは使える。その信仰は私が引き継ごう。



 次に幸運だったのは『証』が入手出来たこと。

 邪神崇拝の遺物である召喚魔法を研究する過程で、

 魔術の使えない私でも眷属なら召喚可能だと判明した。

 私は早速生贄となる複数の生命と私自身の血を捧げ、

 愛すべき眷属とそれを従える『信徒の証』を入手した。


 あぁ素敵。邪神様に身も心も捧げる感覚……

 胸の内から湧き出る光悦必至の熱情に、

 毎日身を焦がされてに日常生活にも支障が出ちゃった。


 しかし障壁は思わぬ所で待ち構えていた。

 信じられない事に邪神様を迎える手段が不明だった。

 いくら過去の文献を紐解いても出てこない。

 当時の大司教が情報を焼却したのかとも考えたけど、

 残った文献の量や内容を見るに恐らくその線は薄い。



 だから恐らく、元々()()()()()()のだと思う。



 識らなかった。喚べなかった。だから異教徒(どうほう)は滅んだ。

 妙な納得感と共に、最悪な脱力感が全身を襲った。

 いくら私であっても流石に諦めようかと絶望した。



 しかし、やはり私は幸運だ。



 深い悲しみに暮れる鬱憤な日々を打開するように、

 フォントロメア大聖堂にある一人の男がやってきた。

 男の名は――ガイエス・ファルブルト。盗賊だ。


「っ……封魔局に通報! 戦闘可能な者は前へ!」


「迎撃用アミュレット展開! 目標『強欲の――」


「――権能『悪霊の金貨(マモンズチップ)』。」


 夜の空に雷が鳴り響き、男の影にフラッシュを焚く。

 悪魔とは比較にならないほど恐ろしい生き物の輪郭。

 人型であったはずなのに、私はそう錯覚した。


「戦闘になっちまった……下調べが甘かったかぁ?

 お! そこのシスター。金目の物を教えてくれや?」


 私よりも遥かに強い修道士たちを蹴散らして、

 その化け物は放心する私に命令した。

 当時の私は酷く()()()()()男の指示に従う。

 けどそれは恐怖心では無く、興奮から来るものだった。


「聞き分けがいいじゃねぇか! あばよ!」


「盗賊ガイエス・ファルブルト……」


 パンパンに膨れた袋を抱え闇夜に消え去る背中を眺め、

 私は男の名前を呟いた。そして、彼の正体も――


「――強欲の…………()()()。」


 そうだ、世界を()()()とされる七つの悪罪。

 伝聞でしか知らなかった存在だったが、

 幸運にも私は目の前でその強さを体感出来た。


 世界を滅ぼすとされる七つの力。

 もしかしたら、その中に――

 胸の昂ぶりのままに私は『予言』を調べた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 恐れ戦き伏して拝せよ

 是なる災厄は秩序を滅する

 是なる災害は世界を滅ぼす


 罪の意識が溢れだす

 心が罰を超克す

 供物が悪へと貢がれる


 悪魔より権能は授けられる


 怒れる悪鬼は地獄を現す

 不遜なる王は烏合をも導く

 慳貪(けんどん)なる商人は奇蹟も欲す

 餓えた獣は肉叢(ししむら)を喰らう

 自堕落な囚人は座して眠る

 悶える罪人は神にも縋る

 欲する弱者は決して勝てない


 七つの悪罪(サギト)は滅ぼし尽くす


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 余分と思われる文言を無視し、

 覚醒条件と連なる七つの『権能』に着目した。


 怒れる悪鬼は『憤怒』。不遜なる王は『傲慢』。

 商人が『強欲』。獣が『暴食』。囚人が『怠惰』。

 数から考察し、欲する弱者を『嫉妬』とするならば、

 私が求めるべき進化先は自ずと見えて来た。



『悶える罪人は神にも縋る』



 あった。予言とは良く言った物だ。

 邪神崇拝に熱を出す私は正に『神に縋った悶える罪人』。

 今の私を的確に表していたからこそ、迷いは無かった。


「『色欲』のサギト!」


 サギトへの覚醒条件は三つ。

 対応する罪の意識。天罰に耐える精神。そして魔力。

 前二つには自信があった。私は邪神様に恋している。

 ならあと必要なのは覚醒に捧げる莫大な魔力のみ。


 あぁ……つくづく幸運だ。

 私の呪いは魔力を集めるのにとても適していた。


呪縛(しゅくふく)、解禁。」



 ――闘技場――


 大地を突き破り触手がうねる。

 秩序を破壊するように分厚い岩盤を砕き、

 皮を剥いだような痛々しい赤の柱を突き立てた。


 邪神の眷属。ディマ海峡で遭遇した異形が複数体。

 それらは悪魔に飼われた歪な四足獣を喰らい始める。

 足に触手を絡ませ骨を折り、口らしき穴に獲物を入れる。

 固い物と柔らかい物が砕かれ呑み込まれる不快な音。

 あまりの光景にその場にいる全員の思考が停止した。


「――っ! 総員、後退!!」


 いち早く正気に戻った朝霧が声を荒げる。

 彼女の指示に従い隊員たちが動き始める中、

 朝霧は眷属の上から自身を見下ろす存在に気付く。


「……エヴァさん?」


 最初は顔だけを見て、そう呼んだ。

 しかし朝霧はすぐにシスターの異常に気付く。

 蟲と融合でもしたかのような、異形の下半身だ。

 修道服の下から(ふし)を持つ六本の足が見えていた。


「なん……ですか? その姿は?」


「――キモい、って思いましたか? 貴女も?

 でもご安心を。そういうのもう気にしませんので。」


 胸元の布を破り、修道女は滑らかな素肌を露出させた。

 次の瞬間、そこから大量の蟲たちが湧き出る。

 それは先日朝霧たちを急襲した刺客の体内にいた、

 人間を傀儡にしてしまう謎の蟲であった。


「!? エヴァさん……まさかアナタが!?」


「ふふ! そう! そうですよ朝霧さん!」


 自身の両肘を抱きかかえ、

 顔を紅潮させながらエヴァは嬌声を上げる。


「ここ数日、本っ当に大変だったぁー!

 可愛い眷属が封魔局やMCAのせいで海に逃げちゃうし、

 それを探そうと港に行ったら私も襲われちゃったし!」


(! 海に落ちていたのはそういうこと!?)


「しかもその後、健気にも主人の回復を優先しようと

 私を口の中に隠してくれたあの仔が、殺された……

 食べられていると勘違いした()()()()()()()()にね?」


 エヴァは目線だけを朝霧に向け直す。

 対する彼女は状況を理解すると、

 目の前にいる倒すべき存在に大剣を向けた。


「目的は何? 私への復讐? それとも――」


「――アハっ! アッハハハハハハハ!!!!

 復讐だなんてそんな訳ないじゃないですかー!

 むしろ私ってば! 朝霧様に惚れてしまったんですよ!」


 予期せぬ発言に朝霧は素っ頓狂な声を上げた。

 とその時、彼女の体から湧き出た蟲たちが一斉に動く。

 拳闘士、隊員、係員、そして観客の区別も無く、

 彼らの口を目指して恐ろしほどの速度で飛来してきた。


「!? 総員、迎げ――」


「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


 間に合わない。反応出来たのは一部の精鋭のみ。

 既に拘束され対応出来なかった係員や観客を中心に、

 多くの者の体内にエヴァが生み出した蟲が侵入する。


 阿鼻叫喚の地獄絵図。絶叫が地下空間に反響する。

 その叫びをまるで讃美歌であるかのように聴くと、

 エヴァは唇を指で撫で、光悦した表情で告げた。


呪縛(しゅくふく)『アークゼフィルス』――遊んでおいで子供達。」


 蟲の親玉が許可を出すと、

 異物を仕込まれた人間たちは一斉に仰け反った。

 理性が吹き飛び、四肢がぎこちなく痙攣している。

 そして耐え抜いた者たちへ向けて攻撃を開始した。


「っ!? こいつら、一斉に向かって来るぞ!」


「銃は待て! 仲間だぞ!?」


「や、やめろ……! 蟲を入れるな……! がぁぁ!?」


 如何せん、この場は元から乱戦状態であった。

 あまりにも多くの人間が集結し固まっていた。

 故にエヴァの能力が最大限効果を発揮してしまう。


「っ! シスター・エヴァ! 今すぐ止めなさい!!」


 親玉の首を獲ろうと朝霧は飛び込む。

 しかし彼女の接近を地下から謎の攻撃が止めた。

 それは青白く光る飛ぶ斬撃。朝霧は目を疑う。


「まさかっ……アラン!?」


 彼だけでは無い。

 驚愕し空中で停止した朝霧を不可視の攻撃が襲う。

 心臓を直接殴るような鋭い痛み。アリスの攻撃だ。

 吐血し倒れる朝霧。彼女の前に彼らは現れた。


「そん……な……! 二人とも……」


「ふふ! お二人にも協力をお願いしました!」


 エヴァは満面の笑みを朝霧へと向けた。

 そんな彼女たちのやり取りを、

 少し離れた場所で仰向けとなったツヴァイも見ていた。


(何がどうなっている……? っ……とにかく!

 早くドライたちを見つけてこの場所から逃げなきゃ……)


 動かない体に力を入れ、必死に出来る事を模索する。

 するとそんな彼女に気付いたのか否か、

 エヴァは徐ろに何かを取り出し朝霧に見せつけた。


「そうそう! 私の目的でしたよね?」


(!? あれは、ドライ!?)


 エヴァが取り出したのはボロ布のような三女ドライ。

 自慢の翼も欠け、傷だらけの体で微かに息をしていた。

 ――刹那、ドライの心臓が背中から貫かれる。

 彼女を貫通したのは異形化した下半身の先端であった。


「……ッ!?」


 蜂が針を刺すように悪魔を貫くエヴァ。

 すると彼女の下半身はドライの心臓を呑み込んだ。

 体内へと吸収される悪魔の血肉。

 頬を赤めるエヴァは天を見上げ満足げに吐息を漏らした。


「私の目的は邪神降臨のため色欲のサギトに覚醒する事。

 そのためにこれまで多くの魔力を蓄えて来ました。」


 異形の腹を愛でて罪人は微笑む。

 聖母のような優しい笑顔が逆に不気味さを生む。

 そしてエヴァはゆっくりと朝霧に顔を向けた。


「朝霧桃香様。一目見て惚れ込んでしまいました。

 常人を凌駕する魔力量と人を助ける素晴らしい精神。

 貴女のような強くて美しい方こそ、相応しいと……」


「は? ……え、それって……まさか?」


 愛の告白をするように、罪人は狂った願いを告げる。


「はい! ()()()()()、私に吸収されてください!」


 

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