第二十話 謌代′蜿九↓縺薙◎螻翫¥縺?鬘倥≧
文字化けは演出です。
――――
魔力は祝福の発露と共に魂へと宿る。
魂とは即ち命。『心臓』と言い換えても良い。
古代文明における神の贄として
生きた『心臓』が重宝されてきたように、
肉体と魔力には切り離せない密接な関係があるのだ。
そして肉体は精神とも深い関わりがある。
精神を病めば皮膚や内臓に影響が出始めるように、
これら二つにも確かな繋がりが存在している。
であるならば――
『――肉体を介し精神と魔力は繋がっているのでは?』
かつて一人の降神術士がその理論を提唱した。
魔法世界の黎明期。まだ横の繋がりが希薄だった時期。
魔女狩りを逃れた多くの者が新たな世界の権力を狙い、
笑顔という仮面の下で呪い合っていた頃の出来事だ。
降神術士は神話に起源を持つ複数の魔術体系を調べ上げ、
その力の源がどれも『信仰心』にあると突き止めた。
より適した表現をするのなら――効率化された感情だ。
神がお赦しになられるのだから、しても良い。
神がお赦しになられないのだから、してはいけない。
幸福も絶望も、全てを神という他者に預ける。
そのようにして彼らは精神を護り心の健康を保つのだ。
『が、実際に神がいるかなどは――どうでもいい。』
大事なのはただ日々を豊かにしてくれる精神の安定。
そして平穏を脅かす『敵』が現れた時、
神罰という名で聖戦に赴けるだけの篤い信仰心だ。
彼らは神のためなら死をも恐れない。
古今東西の人類の歴史が証明するように、
信仰によって効率化された感情は
非力な平民をも悪魔と戦えるだけの戦士に変える。
『凡人ですらそうなのだ。であるのなら――』
――フォントロメア大聖堂――
「――魔法世界における修道士は『聖騎士』だ。」
教会の外に移動した修道士と悪魔の戦闘。
その流れ弾を壁によって防ぎながらユノは呟く。
会話の相手は同じく屋内から観戦する朝霧桃香。
彼女の表情から強い驚愕の念を感じ取ったのだ。
見るからに危険な魔力を放っている赤い女と四足獣。
彼女たちも中々の強者であると見て取れるが、
修道士たちの強さも見劣りしないものでだった。
歪な怪物の予測困難な攻撃を強固な護りの術で防ぎ、
朝霧の序にも迫る身体強化で四足獣の上を飛ぶ。
そして、光輝く鎖を放ち獣の四肢を縛り上げた。
「……すごい。魔力の質も、量も、普通じゃない……!」
「いや、彼女たちの魔力は質も量もいたって平凡だ。
普通じゃないというのなら、出力効率の方だな。」
「出力……効率?」
「君はこれまでの戦いの中で経験したことは無いか?
想いに魔力が共鳴し、実力以上の力を発揮した経験は?」
意味ありげにユノは朝霧の目を見て問う。
対する朝霧はこれまでの戦闘を振り返った。
魔力と精神の共鳴。あるような無いような感覚であった。
「要は、魔力は精神に大きく左右されるという話だ。
そして彼女たちは信仰によってそれを効率化している。
アスリートが試合中に極度の集中状態に入るように、
修道士たちは狙って実力の百パーセントを突破する。」
その言葉を証明するように、
アイリスたちは歪な四足獣を大地に平伏させる。
美しい花畑の中に、鎖によって拘束した。
そして返す刀で赤いドレスの女にも鎖を飛ばす。
鎖は狙いを外すことなく女の腕に巻き付き、
高貴なる光によってその邪気を灼き始めた。
「神秘の鎖だ。悪魔じゃピクリとも動けないでしょ?」
「ヅッ!? がぁああッ、っぅうあ!!」
悪魔の悲鳴が聖堂内に響き渡る。
身を灼く神聖な光が相当効いているのだろう。
苦しみ藻掻く姿は痛々しく思えるほどだった。
そんな戦況を観戦していると、
朝霧たちのもとのナギトナリア大司教が駆け寄る。
彼の後方ではエヴァに誘導されるキアラの姿もあった。
「ノイズ様、ここは我々に任せて貴女は避難を。
朝霧殿。そちらの戦力を借りてもよろしいですか?」
「了解しました。アラン、アリス!」
今はユノや標的と思しきキアラの護衛が優先。
そう判断した朝霧は隊員たちに指示を飛ばす。
二人がエヴァに続き離脱したのを確認すると
朝霧もユノを連れだそうと物陰から立ち上がった。
その時、悪魔が彼女の顔を注視する。
「うざっ――」
淀んだ眼と声で悪魔はポツリと呟いた。
直後、彼女は自身の細い足を真上に蹴り上げる。
その鋭利な一閃で自らの腕を切断したのだ。
身を切ることで鎖の拘束から逃れた悪魔。
アイリスたちが驚き怯んだその一瞬で、
彼女たちの腹にそれぞれ二発の蹴りを入れた。
「がはッ!?」
腹に空く風穴。吹き出す塊の血。
修道士たちは瞬く間に敗北してしまった。
流血の傷を押さえながらアイリスは顔を上げる。
「ぐっ……!? 何で動けてっ……!?」
「私たちが……サイキョーだからかしら?
……オラ! いつまで寝てんだ、駄犬!」
鎖を蹴り崩し悪魔は歪な四足獣を解放した。
――刹那、彼女の背後から強い殺気が迫る。
朝霧だ。大剣を携えた鬼が悪魔の首を狙った。
咄嗟に人体には不可能な動きで回避する女。
だがその行動を読んでいたのか、
朝霧は空振った大剣を地面に突き刺し、
その上に逆立ちして長い両脚を開いた。
突如見せられた曲芸のような動きに
悪魔の脳はコンマ何秒かだけ思考を止める。
再び思考が戻った時には既に、
彼女の頬に向けて重たい回し蹴りは放たれていた。
「ごっ、ふぁッ!?」
(いけるっ……! このまま押し切る!)
「っ……舐めるなよぉ!」
悪魔は吹き飛びながらも空中で体勢を整える。
花弁を舞い散らせ、土壌を抉りながら停止した。
その着地の隙を狙うのは二つの影。
真正面から迫る朝霧と再起してきたアイリスだ。
鎖と大剣が絶え間無く交差し悪魔を狙う。
避ける、避ける、片腕が飛ぶ、避ける、足が削れる。
一手ずつ着実に悪魔の肉を削ぎ落とした。
あと数手。勝利への道筋が見えた。だが――
「――爆ぜろッ! 駄犬!」
「「ッ!?」」
朝霧たちの真横で四足獣が前足を上げた。
直後、元々歪だったその造形が不気味に肥大化する。
そして悪魔の女をも巻き込んで爆発した。
轟く大音量。きっとデガルタンス中に響いただろう。
衝撃波が瓦礫を押し飛ばし聖堂を半壊させる。
パラパラと粉塵が舞い散る屋内では
吹き飛ばされたユノがゆっくりと顔を上げた。
美しかった花畑は大きく荒れに荒れ、
爆心地にはたった一つの肉塊があるのみだった。
「き、キャハハハハハハ!!」
肉塊は口を形成し歪んだ高笑いを上げた。
周囲に飛び散った血や肉が塊に集約する。
やがてそれは元の赤いドレスの女へと変わる。
「そ……そんな、バカな。」
女はユノに気付くとニヤリと笑う。
もう身体だけでは無く服までもが再生し、
五体満足の状態で退廃的なランウェイを歩き始めた。
すると二人の間に一人の影が割って入る。
ボロボロの祭服。ナギトナリア大司教だ。
ユノを庇うように手をかざし、
迫る悪魔の女に鷹のような目で睨みを効かせる。
「ぷっ! 呼吸が荒れてんぞ? 無理すんなジジイ!」
「悪魔だから、で片付けられる生命力じゃありませんね。」
「フン。ザコ人間どもには分かんねぇだろうよ!」
「しかし死から復活する悪魔と言えば心当たりがある。」
「――!」
ピクリ、と悪魔の歩みが一瞬止まった。
まだその名を呼ばれてはいないのに、
既に言い当てられた気分になり不快になったのだ。
赤いドレスの女はさっさと二人を殺そうと手を伸ばす。
だが、女は足元に新たな違和感を覚えた。
彼女が警戒しながら視線を落とすと、
そこには数匹のハムスターのような小動物がいた。
彼らは一斉に悪魔の腕は指先に噛みつく。
「「キュ! キュウ!!」」
「いッ、っぅッ!?」
「も、モルペーたちが、我々を護って……!?」
小さく素早い動きで悪魔を翻弄するモルペーたち。
その内の一匹が彼女の頬に鋭い爪痕を刻んだ。
すると突然、悪魔の雰囲気が変わる。
「ッ……! この私の顔に……傷?」
「――! 皆、早く逃げて……!」
「私の顔にッ……! 傷をつけたァアッ!!」
頬を切ったモルペーを掴むと、
女は鋭い爪を食い込ませ真上に掲げた。
地面に飛び散る血。苦しむ小さな声。
地に伏すユノはその先の結末を察知した。
「や、やめろォ!」
「死ねよ、畜生。」
「――ギュッッ!!」
パァアン、と風船が割れるような破裂音が響く。
周囲にまき散らされた飛沫血痕。
仲間のモルペーたちはその光景に混乱していた。
「「キュ……? キュウキュウ!?」」
「うるせぇな。すぐに全員会わせてやるよ。」
やめろ、と叫び身を乗り出すユノとそれを抑える大司教。
だが悪魔は既に殺意の対象をモルペーたちに変えていた。
蠢く小動物の群れに目を向けて、鋭利な爪を振り下ろす。
刹那、彼女の頭上で淡緑の閃光が煌めいた。
転移の十字架。『抜』の輝き。
現れたのは鎖で繋がれた修道士たち。そして――
「――朝霧!」
「見えてました……! よくもモルペーをッ!」
赤い魔力が牙に帯電する。
輝きが日中の空間を夜のように黒く染め上げ、
消すべき敵に殺意を向けた。
「しまッ……この距離じゃ……!」
「消し飛べ――『草薙』ィッ!」
頭上から抉れた地面に向けて、
丘を叩き割るかのような衝撃が放たれた。
大地は悲鳴を上げ、流れる大気が岩を浮かす。
悪魔の半身が砲撃を受けたように抉り取られた。
――――
「くっ…………あぁ……!」
露出した岩肌に乾いた血と共に女は張り付く。
既に常人では直視出来ないほどの損傷だったが、
悪魔には恨めしい表情を見せる余力が残っていた。
「っ、これでまだ生きてるの……?
まぁでも丁度いい。生け捕りにして吐かせよう。」
「ご、ごめんなさい……」
女は突然、大粒の涙を流し始めた。
ボロボロと溢れ出す滴と吹き出す血が混ざる。
負傷も相まってその泣き顔はかなり崩れていた。
「今更謝ったって遅いでしょ?
例えどんな理由があったとしてもアナタの罪は――」
「――ごめんなさい。お姉ちゃん……!」
言葉と、周囲に現れた魔力に反応し朝霧は飛び退いた。
直後彼女がいた場所にはレンガ造りの罠が出現する。
水中から魚が羽虫を喰らうが如く、
赤いドレスの女をレンガの壁が覆い尽くした。
朝霧は気配に気付き空を見上げる。
するとそこには黒い翼を持つ緑髪の女が飛んでいた。
「っ……!? 新手か……!」
『ドライ姉! ドライ姉だね!? 任務は!?』
レンガ壁の中から悪魔の声が響く。
喜ぶ妹の声に緑髪の女は優しい口調で答えた。
「えぇ、フィーア。こっちの目標は達成よ。」
(目標? …………まさか!?)
嫌な予感が背筋を凍らせた。
朝霧はすぐに無線を取り出し仲間に呼びかける。
キアラと共に離脱したアランたちに向けてだ。
がしかし、彼らからの返事は無かった。
「撤退するわ。それでいいでしょ?」
『うん!』
「――ッ! 逃がすか!」
大剣を振るい朝霧はレンガ壁を粉々に砕く。
が、そこには既に悪魔の姿は無かった。
そして朝霧が再び空を見上げると、
まるで夢だったかのように緑髪の女も消えていた。
「っ……!」
身を翻し聖堂内に駆け出した。
仲間たちが消えた扉の先へ進み
聖堂内の部屋という部屋を全て調べる。
「アラン……アリス……!」
だがしかし、何処にも仲間たちの姿は無かった。
「キアラァッ!!」




