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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第十八話 天国に近い場所

 ――数分後・ディマ海峡――


 赤き光は既に消え、海は元の状態へと戻り始める。

 未だ回転を生み続ける渦潮と波に流され浮く肉片。

 あと少し遅ければ消えていたかもしれない戦闘の痕跡を

 緑色の髪と黒い鳥の翼を持つ女が観察していた。


「…………一撃。これが『赫岩の牙』か。」


 皮を剥いだような赤い肉片の上に乗り、

 鋭く尖った靴でツンツンと叩いて調べた。

 死にたてホヤホヤの肉はピクリと動く。

 が、それ以上の反応は返って来なかった。


「やはり破砕者(ジャガーノート)は危険ね。それに……」


 女は口元に薄らと笑みを浮かべると、

 少し前までこの場所にいた人間の顔を思い浮かべた。

 唯一怪物の呪文から逃れた奇術師の顔を。


「……あの祝福。滅茶苦茶な魔力の流れをしていたわね。」


 肉片を蹴飛ばし女は空へと飛び上がった。

 黒い羽根がヒラリと舞い落ち水面に着水する。

 やがてその羽根は渦の中心へと引き込まれた。

 無念そうな顔を浮かべた海魔の死体と共に。



 ――――


「……っ。」


 夢と現実の狭間のような感覚が女を襲う。

 纏まらない思考。継ぎ接ぎだらけの記憶。

 可笑しな感覚を可笑しいと認識出来ない。


 だが夢が覚める時というのは大体一瞬だ。

 それまでの支離滅裂な脚本を燃やすように、

 夢は暗闇に消え、意識は光の中へと飛び立つ。


「――ッ!? はぁはぁ……っはぁ……!」


 女は起き上がった。

 見慣れた天井の見慣れた寝具の上で。

 下半身を覆う毛布の質感も鼻につくカビ臭さも、

 全てが慣れ親しんだものであると理解する。


「教会? ……え? 私は確か……?」


「あの仔の捜索中に海に落ちた、だろ?

 ドジでうっかり屋さんのエヴァちゃん。」


 エヴァと呼ばれたベッドの女は、

 扉にもたれかかる仲間の存在に気付いた。

 修道服の下から浅黒い肌を見せた吊り目のシスターが、

 エヴァを見つめて紫煙を(くゆ)らせた。


「アイリス……貴女が助けてくれたの?」


「いんや? 助けてくれた方は封魔局の隊長さん。

 さっさと修道服を着な。会ってお礼するよ。」


 アイリスは要件を告げるとすぐに立ち去った。

 廊下の向こうに遠のく足音を聞きながら、

 エヴァは準備された修道服に手を伸ばす。


 此処はデガルタンスが誇る名所の一つ。

 オメグラフ海岸を一望出来る丘の上。

 俗世から隔絶された天国に最も近い場所。

 その名も――



 ――フォントロメア大聖堂――


 荘厳。その場所を表すのに最も適した言葉だ。

 黄金と白亜の壁を照らす暖かな陽光。

 よく計算された明暗の具合が空間の品位を上げる。

 創り出された影の中には蒼く美しいステンドグラス。

 真下の巨大なオルガンの存在感をより一層際立たせる。


「すごい……」


 圧巻な光景に朝霧は言葉を失う。

 彼女はあまり信心深い方とは言えなかったが、

 それでも思わず平伏してしまいそうな威厳が

 大聖堂の中には漂っていた。


「モッキー、オルガンですよ! 弾きましょ!」


「ダメだって……大人しく待たなきゃ。」


 謎の触腕生物との戦闘終了後、

 朝霧たちは一人のシスターを拾った。


 キアラ曰くこの近辺にある教会は一つだけらしく、

 シスターは服こそボロボロであったが、

 目立った外傷は見られなかったので

 朝霧たちはそのまま送り届けることにした。


 教会に着くとすぐにシスターの一人が朝霧らに気付く。

 そして謎の怪物に襲われ呪文を受けた事も知ると、

 お礼にと彼女たちの身体の検査をしてくれた。

 そして先に検査の終った朝霧はキアラと合流し今に至る。


「ユノのんたち大丈夫かなぁ?」


「途中から歩けてもいたし大丈夫でしょ。

 それよりも……この仔()()だよ。」


 朝霧は聖堂内の一角に設けられた場所に向かう。

 厳かな教会の雰囲気には似つかわしく無い緩い看板。

 その内容は『モルペーふれあいコーナー』。

 朝霧はガラスケースの中を静かに覗き込む。

 中では数匹の小動物がじゃれつき合っていた。


「家族が見つかって良かったね。」


「キュ! キュウキュウ!」


 この教会こそが小動物の家だった。

 教会がアニマルセラピーの効果を期待し作成した生物。

 それこそが、どんぐりたち『モルペー』の正体だ。

 ケースの中では同じ姿の小動物たちが入り交じる。


「あ……どの仔がどんぐりかもう分かんないかも。」


「も~名付け親なのに酷いですね~?

 ………………この仔……いやコッチでしょ!」


「キュ!」


「ハズレみたいね。指大丈夫?」


「噛まれ慣れました。何か印でも付けときましょ!」


 そう言うとキアラは、

 自身の赤いハンカチを千切りどんぐりの前足に結ぶ。

 当人たちは気に入ったようだが朝霧は困惑していた。


「ちょ……いいの? そんな勝手に……」


「そういえば『モルペー』って名前の由来は何なんでしょ?」


「さぁ? モルモットのもじりとか――」


「――ギリシャ神話の神『モルペウス』です。」


 朝霧の問いに一人の老人が答えた。

 毛は真っ白に染まっているが、鷹のような目を持つ男。

 この大聖堂のトップ。ナギトナリア大司教である。

 彼の後ろには検査を終えたユノの姿もあった。


「お疲れ様ですユノさん。……アランたちは?」


「まだ検査中だ。何、心配は要らないさ。

 そうだろ? ナギトナリア大司教?」


「ええ。眷属は死滅し呪いは概ね消失しています。」


 そう言うとナギトナリア大司教は三人に感謝の意を伝えた。

 行方不明となっていた愛玩動物モルペーの保護。

 そして海魔に呑み込まれていたシスター・エヴァの救出。

 大恩が出来たと彼は深々と頭を下げた。


(みな)が無事に帰って来られたのは奇跡で御座います。」


「礼なら朝霧隊長と封魔局に。

 それよりも二つほど質問をしてもよろしいですかな?」


「なんなりと。」


「このモルペー。魔術で作ったらしいが、

 ちゃんと魔法連合の機関に申請は出したのか?」


「そのはずですが? 作成したのは先々代です。

 その時に提出したはずですが、ありませんでしたか?」


「いや失礼。私の不勉強だろう。では次の質問だが――」


 ――ユノが言葉を続けようとしたその時、

 バタンと扉が大きな音を立てて開いた。

 思わず音に釣られて振り向くとそこには、

 タバコを咥えた褐色のシスターと

 朝霧たちが助けた色白のシスターが立っていた。


「エヴァ……もっと静かに開けなさい。」


「ご……ごめんなさい。大司教様……!」


「それにアイリス。人前でタバコは控えてください。」


「うーす大司教。サーセン。」


 対象的な返事をする二人。

 そんな彼女たちに手を焼きながら

 大司教は溜め息交じりに言葉を続ける。


「シスターのエヴァとアイリスです。

 エヴァ。そこの朝霧隊長が君を救ってくれた方だ。」


「――! 朝霧さん、ですね! ありがとう御座います!」


 エヴァは真っ直ぐ朝霧のもとへと駆け寄った。

 ――がその時、彼女は何も無い床で躓いた。

 無様な声と共に朝霧目掛けて転ぶエヴァ。

 咄嗟に朝霧が抱き留めることでようやく止まる。


「わ、わ、わ! ご、ごめんなさい!」


「こっちは大丈夫。それより怪我は無い?」


「は……はい、私も……大丈夫……」


 エヴァはゆっくりと朝霧の顔を見上げた。

 高めの身長と凜々しい顔付き。

 そして優しくもたくましい腕の力。

 どういう訳か、エヴァの顔は熱を帯びていた。


「――ッ!」


「? どうしたの?」


「え、エヴァです。よろしくお願いします。」



 ――同時刻・教会裏――


 陽光を遮る木々の影に、

 真っ赤なドレスを着た女が現れる。

 その背後で唸り声を上げる獣を撫でて

 美しい花畑の向こうに見える教会を望む。


「みっけ。キャハハ!」


 ありとあらゆる美しい物を侮蔑するように

 歪んだ笑みを浮かべながら女は騒ぐ。

 そして待ちきれないとばかりに無線に叫んだ。


「こちらフィーア。もう……殺しちゃうね!」


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