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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第十一話 魔法生物

 ――二十一年前――


 ――事件があった。

 忘れたくても忘れられない最悪の記憶。

 まだ祝福も目覚めていない九歳の誕生日。


 大自然が近い()()の家に一匹の獣が迷い込んだ。

 熊やイノシシなどでは無い。魔獣と呼ばれる獣だ。

 十メートルを有に越す、前足を持った蛇だった。


 忘れたくても……忘れられない。


 その爪が父親の首を刎ね飛ばす瞬間も、

 その牙が弟を宿した母親の腹を貫く光景も、

 何もかも、まるで昨日のことのように覚えている。


 まだ祝福に目覚めていなかった彼女は、

 母親が死の直前に掛けた守護結界の中で

 ただ膝を抱えて見ていることしか出来なかった。

 愛した家族の噴き出した血で濡れるバリアの中で、

 こちらを喰らおうと牙を立てる魔獣を見つめていた。


 ――気付けば最悪の夜は明けていた。


 トラウマを植え付けた魔獣の姿は既に無く、

 代わりに数人の人間が彼女の結界を解除する。

 彼女はその制服に見覚えがあった。

 それは両親の働いていたMCAの制服だった。



 ――現在・ミョンドルド広場――


 其処にあるのは円形に広がる空間。

 まるで此処が世界全体の中心地であるかのように

 道も階段も、そして周囲の建物までもが歪曲している。


 中心にはクラシカルな装飾の白い噴水。

 統一された風景のバランスを決して崩すこと無く、

 それでいて圧倒的な存在感を放ち其処にあった。


「ミョンドルド広場……確かに良い場所だな。」


 美味い空気を鼻から存分に吸い込み、

 そして口から一気に吐き出してユノは呟く。

 彼女にそう言って貰えた事が嬉しかったのか、

 キアラも満面の笑みで先頭を歩き始めた。


 だがここに一人、まだ表情の固い女がいる。朝霧だ。

 護衛役である彼女は接近してくる通行人や

 周囲の建物の窓を一つ一つ警戒し睨んでいた。


(通行人の数はそこまで多くはない……

 これなら地上からの襲撃には備えられそうね。)


 朝霧は注意深く周囲を観察し続ける。

 広場にはまだ四日前だというのに

 既にカーレット祭に向けて準備をする者もいた。

 そんな人々の僅かな動作に常に神経を尖らせる。


 すると、そんな朝霧の表情を見つめながら

 キアラはユノにのみ聞こえる声で呟いた。


(あの……モッキー凄く怖い顔していますよ?)


(確かに、護衛されている私が言えた事じゃないが、

 あまり気を張り過ぎるというのも良くないな。)


(そういえばユノのんは見たことあります?)


(ん? 何を?)


(モッキーの笑顔です。笑っているところ!)


 キアラの質問にユノは少し考え込む。

 出会ってまだ日の浅い関係ではあるが、

 確かに笑っている姿というのは見ていない。

 そう思うと二人は突然興味が湧いてきた。

 朝霧桃香がどんな風に笑うのか、という事に。


(見てみたくないですか?)


(確かに……想像出来ないしな。)


 二人は顔を合わせて頷いた。

 そしてゆっくりと、朝霧の方に顔を向ける。


「え……? 何です?」


 朝霧からすれば、

 何やら秘密の会話をしていた二人が、

 突然自分に狙いを付けたという状況。

 思わず両手を胸の前に上げ身構える。


「「ニッ!」」


 そして――不敵に笑う二人に連れ去られた。

 前から腕を引き、後ろから背中を押して、

 キアラたちは朝霧を周辺の店に放り込んだ。



 ――――


 作戦その一。洋服店でのお買い物。

 オシャレな洋服やあえてダサい服を購入して

 コーディネートし、朝霧の笑顔を引き出す。


「いや、装備は外せないんで着替えませんよ?」


「…………失敗! 次!」


 作戦その二。飲食店でのお食事。

 デガルタンスの芸術には『美食』も含まれる。

 その絶品によって、朝霧の頬を落とさせる。


「いや、さっきカフェで食べたばかりですよ?」


「…………確かに! 次!」


 作戦その三。アクティビティ。

 広場の一角には極小規模のレジャー施設もあった。

 遊具の数は少ないが、朝霧でも愉しめるだろう。


「『機材トラブルにつき閉館中』……らしいです。」


「あぁもう! 次、次ぃ!」


 中々上手くいかないことに憤慨しながら

 専属ガイドは次の店を必死に探した。

 そんな彼女の背中を不思議そうに見つめながら、

 朝霧は隣に歩み寄ったユノに問う。


「あれは何がしたいんです?」


「君の笑うところがみたいらしい。そして私も見たい。」


「あー……笑顔。笑顔……ですか。」


 そういえばここ最近全く笑っていなかったな、と

 朝霧は今になってようやく自覚した。

 そして思い出す対厄災戦からユグドレイヤまでの出来事。

 朝霧はそっと自分の二の腕を握りしめた。


「あまり笑わないタイプかい? 君は?」


「…………はい。今はもうそうかもしれませんね。」


「まぁそれもその人の個性なのだから仕方ないが、

 どうやら彼女はそれでは許してくれないらしい。」


 そう言うとユノは微笑と共に前方を指差した。

 どうやら大道芸人としてのプライドに火を点けたらしい。

 周辺で祭りに備える同業者たちを捕まえて、

 キアラは再び朝霧たちの前に現れた。


「作戦その四! やはりここは芸を披露しましょう!」


 彼女の背後には数人の大道芸人たち。

 持ち物や服装から察するに、

 恐らく彼らの正体はサーカス団のような物だろう。

 背後の檻には多様で珍妙な獣たちが寝転んでいた。


「――!」


 朝霧の背後でユノは何かに反応した。

 が、そんな彼女に気付かずキアラは話を続ける。


「さぁ! 皆さん! リハだと思って芸の披露を!」


「いや、やらないぞ? 報酬は無いんだろ?」


「はぁ!? 客の笑顔が一番の報酬でしょ!?」


「ふざけるな。それに今は本番に向けての調整中だ。」


 そう言うと劇団長らしき人物がキアラの頭を押す。

 思わず「ぐっ」と声を漏らす彼女に構わず、

 団員たちはすぐに作業に戻ろうと走り出した。

 が――


「へぇー魔法生物の劇か。少し興味があるな。」


 ――彼らの脚をユノの声が止めた。

 サングラスを掛けた彼女の正体に気付いたかは不明だが、

 団長は首を傾げながらユノの元に歩み寄る。


「まぁ本番でオレンジを投げられても困る。

 劇はやれねえが、興味があるなら少し見ていくか?」


 団長の提案にキアラが答えるよりも早くユノが応じた。

 そして朝霧たちを後ろに侍らせ、

 魔法生物たちの檻の前をゆっくりと歩き始める。


「このワニは神の使いとされる『ペトスコス』。

 こっちのヒツジのような仔は中国の『獬豸(かいち)』だな。」


「へぇー。詳しいなアンタ。」


「ふふ。まぁ当然だ。そして……」


 ユノはピタリ、と立ち止まった。

 そこは他の生物の物よりも更に大きな暗い檻の前。

 中からは獣のうめき声のみが聞こえている。


「そしてコイツの名が『バシュム』。

 メソポタミア神話における母神の仔とされる大蛇だ。」


 朝霧とキアラは解説を聞きながら檻を覗きこむ。

 影でよく見えないが、なるほど確かに蛇がいた。

 こんな大きな蛇がいるのかと純粋に驚く二人だったが、

 やがて尋常では無い顔を見せるユノに気付く。


(ノイズさん?)


「劇団長。この蛇は一体何処で?」


「ん? 同業者が譲ってくれたんだ。

 調教用の笛や鞭なんかも含めてすげぇ安値でな。」


「……なるほど。無知なだけだったか。」


 彼女の言葉に疑問符を浮かべる劇団長。

 だが朝霧は何かに気付き封魔局の端末を取り出した。

 膨大なデータが閲覧出来る隊員専用の端末を。


(バシュム……バシュム……確かそれって……!)


 莫大なデータを漁り朝霧はようやく辿り着く。

 そこは多くの名前が載ったリストのページ。

 魔法連合が定めた『第一級危険魔獣』のリストだ。


「神話級中型魔獣『バシュム』。

 コイツを捕獲および飼育は完全なる違法だ。」


 己の過去を思い出しながら、

 ユノははっきりとそう言い放った。

 その時――団員の一人が逃げるように走り出す。


「!? 待ちなさい……!」


 団員の後を追う朝霧。

 しかし団員は胸元から機械を取り出しボタンを押した。

 ――直後、バシュムを含む全ての檻が音を鳴らす。


「っ!? ノイズさん! キアラ!!」


 朝霧の叫び声を掻き消すように、

 魔獣バシュムが檻を弾き飛ばし現れた。


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