第六話 バツ
――数日前・封魔局本部――
「新装備……?」
ユノが魔法連合総本部に現れるよりも少し前。
朝霧を含めた全隊長が集められた。
だがその顔ぶれは隊長たちだけでは無い。
局長とデイクを含めた技術班の面々も揃っていた。
「では説明はデイク殿から。」
「本格的な対特異点勢力との戦いを視野に入れ、
我々には更なる力が必要です。そこで――」
技術班が見せたのは三つの装備品。
針の無い四角い注射器、細長い筒状の機材、
そして全身に巻き付けるタイプのハーネスベルトだ。
デイクはその中からまず注射器を手に取った。
「一つ目の新装備。『対呪詛用強壮剤』。
これは呪い系統の魔術へ対抗するための液剤で、
軽傷であれば傷を塞ぐポーションの効果もあります。」
次に手に取ったのは筒状の機材だった。
「二つ目。『魔導援護誘導アンカー』。
……コレの詳細は後で実演と共に説明しますが、
まぁとにかく火力支援が欲しい時に使うアイテムです。」
そして最後にベルトを掬い上げる。
「三つ目が戦闘支援ベルト『アルマトゥーラ』。
格闘や跳躍、空中での姿勢制御などをサポートする他、
不可視の装甲魔術を付与し生存確率を高めてくれます。」
ひとしきりデイクが説明し終えた所で
それまで黙って聞いていた劉雷が
眉をひそめて疑問を投げかけた。
「んで? その三つは一体、誰用の装備なの?」
「良く聞いてくれたな、劉。
これら三点は誰かの専用装備という訳じゃない。」
その質問を待っていたと言わんばかりに
マクスウェルは意気揚々と答えた。
そして自慢するように言葉を貯めて言い放つ。
「これらは全て――今後の戦闘部隊員たちの標準装備だ。」
局長の言葉で隊長たちは目を見張る。
特に戦争以前の封魔局を知る古参隊長たちが驚いた。
戦争終結から五年。封魔局は長く冬の時代であった。
黒幕の出現により広がる闇社会と次々現れる特異点。
対応するための戦力は日々減少していくばかり。
厄災を撃破したことで人員は少し増えたが、
全盛期には遠く及ばない戦力の増加だった。
しかし今、彼らは量より質の面で強化された。
「武器や兵器についても今後さらに進化させる計画だ。」
「凄いです。これなら――」
――森泉も倒せる。
執念に似た思いを朝霧は一人静かに胸に抱いた。
そんな彼女の尖った目をデイクが無言で見つめる。
困ったような唸るような顔で、じっと。
そんなデイクの感情に気付かずマクスウェルは続けた。
「では次に朝霧! 君の最新装備だ。」
「え? 私のですか?」
「うむ。ではデイク殿。アレを。」
朝霧の前にデイクはネックレスを取り出した。
僅かに緑色の線が入った十字架の、
それ以外には特に装飾の無いアクセサリーだ。
「これは?」
「短距離転移アミュレット……『抜』だ。」
デイクの表情に疑念を抱きながら、
朝霧は渡されたアクセサリーに手を伸ばす。
彼女の指が十字架に触れた瞬間、衝撃が走った。
暴発するように弾ける魔力。
部屋の中を一瞬だけ包み込んだ淡い緑の輝き。
咄嗟に朝霧が振り返ると、
彼女の身体はほんの少し前へと転移していた。
「……っ!」
――直後、全てを悟った朝霧はデイクに飛び掛かる。
彼の胸ぐらを掴んで押し倒し、地面に叩き付けた。
「なっ!? やめろ桃香!」
暴走したと思われたのか、
フィオナやアーサーらが血相を変えて朝霧を引き剥がす。
だがすぐにその凶行が暴走による物では無いと理解した。
「離して……!」
(理性がある!? なら何故?)
「あの子の……ナディアちゃんの遺体を使ったのか!?」
糸や飴による拘束を引き剥がし、
朝霧は再びデイクの胸ぐらを掴み上げた。
ユグドレイヤの詳細を共有していた隊長たちは
怒り狂う彼女の言葉でようやく状況を理解した。
「劉! 朝霧を抑えろ!」
マクスウェルの指示で劉雷が手をかざす。
直後、朝霧の身体から容易く自由が奪われた。
そして溜め息交じりに局長が口を開く。
「デイクに指示をしたのは私だ。
転移の聖遺物……その装備転用を指示したのはな。」
「……あの子は物じゃないですよ。」
「分かっている。しっかり供養もした。
だが聖遺物はいずれ必ず何者かに利用される。」
彼の言葉に朝霧は悔しそうに俯く。
事実、ナディアの遺体は森泉たちに狙われた。
聖遺物となった遺体は遅かれ速かれ誰かの魔法具になる。
「……なら封魔局が使うべきだと?
物として扱うことに変わりはないじゃないですか。」
「何も知らぬ者が使えばな。だが君なら違う。」
アクセサリーを拾い上げ、
マクスウェルは朝霧の目の前に立った。
「君は今こうして怒ることの出来る人間だ。
君なら物として扱わない。だから君に託すのだ!」
朝霧の手に十字架を握らせ、
マクスウェルは言い聞かせるように呟いた。
これで魔法世界に蔓延る悪を地獄の底まで追い詰めろ。
そう言われた気がして、朝霧の目は少し淀んだ。
――――
淡緑の閃光が芸術の都市の上空で炸裂する。
かと思えば、全く同じ光が遠くの地上で爆発した。
球形に広がる光の中から鬼の封魔局員は出現する。
ユグドレイヤで何度も体験した感覚。
それは既に、驚くほど身体に馴染んでいた。
元々三次元的な戦闘術を得意としている事もあり、
顕現から着地までの一連の動きに無駄が無い。
「チッ……」
有用だと感じてしまうことに苛立ちながら、
朝霧は建物の上から覗いていた不審人物を探す。
すると路地裏へと消えるローブが目に映った。
「赫岩……はやめておこう。」
民間人への被害を考慮しつつ、
朝霧は地面を蹴飛ばし港街の日陰へと飛び込んだ。
空中に鋭い線を残す赤と黒の稲妻。
左右の狭い壁を交互に蹴り速度を上げる。
朝霧の接近に気付きローブの人物は動きを変えた。
花瓶、洗濯物、旗、看板。
目に入る物全てを活用し朝霧の妨害を図った。
(動きが良い……逃げ慣れている?)
此処は恐らく相手のホームだ。
そう確信し朝霧は愚直な追跡を諦める。
空中で急停止し、逃げるローブを見送った。
――無論、追跡そのものを諦めた訳では無い。
「『抜』――」
再度、淡く輝く緑の花火が空中に打ち上げられた。
朝霧は屋根の上に着地すると、
その勢いのまま躊躇無く真っ直ぐに駆け出した。
(私はこの街の事を何も知らない。
路地裏は相手の結界内にいるような物……!)
ならばルートを予測するしかない。
片手に取り出した端末に地図を表示しながら、
屋根から屋根へと瞬く間に駆け抜ける。
常人では届かない距離でも朝霧には関係無い。
(ローブ姿のまま大通りには出るのは目立つ。
民間人に紛れるためにも、隠れて着替えたいはず。)
地図と現場を見合わせながら朝霧は思考を巡らせた。
最後に見た逃走の方角。経路選択の癖。
そしてローブを脱ぎ捨てるのに一番適した場所は――
(――ゴミ箱の近く!)
朝霧は地図からゴミ捨て場の位置を確認する。
すぐに民間人へと紛れるためには、
大通りのすぐ近くがベストであろう。
「ここだ。」
赤い稲妻が加速した。
――路地裏・ゴミ捨て場――
「ぅ……」
ゴミ箱の真横で一人の人影が吐息を漏らす。
背中からは大通りから差し込める光と人の声。
その片手には黒いローブが握られていた。
「ん……っぅ……」
吐息の音は女性の声質。
ローブを握り絞める手もまた女性のソレだった。
やがて彼女は何かを決意したかのような、
キリッとした表情を浮かべて頷いた。
そして手にしたローブをゴミ箱の中へと放り投げた。
満足げにその場を立ち去ろうとした、その時――
彼女の頭上で修羅のような気迫が目を光らせる。
「見つけた。現行犯ッ!」
其処にいたのは人型の怪物。
壁に張り付き、赤黒いオーラを纏う鬼だった。
暗闇の中に現れたソレに女は思わず声を発する。
「うぅぅうぎゃああああああああああ!!」
だらしない絶叫と共に女は転倒する。
そしてそのまま大通りの方へと転がった。
「……え?」
あまりに拍子抜けな姿に鬼も思わず声を上げた。
路地裏から出て彼女の元に歩み寄ると、
ローブを捨てた少女は泣き叫びながらうずくまる。
「ぅうううう! お願い、食べないでえぇええ!」
「食べないって……」
「……って、うへぇ!? 封魔局!?
いや、あのこれは違くて! ……ごめんなさい!」
ようやく目の前の人物が何者か悟ると
女は土下座するように縮こまり謝罪を繰り返した。
人の多い大通りで、驚くほど大きな声で。
「何だ?」「封魔局?」「あれ朝霧桃香じゃね?」
(ここだと騒ぎが大きくなるか……)
今は護衛任務中。余計な混乱は避けたい。
朝霧は仕方無く逃走者を支部まで連行することにした。
そのために弱々しく震える女の身体を起こす。
「とりあえず支部まで連行します。」
「ぇえ!? そこまで!?」
「状況が状況なのでね。……貴方、名前と職業は?」
「キアラ……キアラ・ディマルティーノ。」
「キアラね。それで職業は?」
「…………ゃん。」
モゴモゴと聞き取れない声量でキアラは話す。
朝霧が少し強く「何て?」と聞き返すと、
恥ずかしそうに顔を赤らめながら彼女は呟いた。
「奇術師……です。はい。」




