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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第五章 The Melancholic Patchwork

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第一話 連なる暗躍

 ――とある都市――


 ユグドレイヤの激闘から数週間後。

 中央都市にて朝霧たちが麻薬密売人たちと

 激しい追撃戦を繰り広げているその裏で、

 闇社会の大物たちは相も変わらず暗躍を続けていた。


「……」


 廃ビルの一層。コンクリートが剥き出しの空間。

 あまりにも殺風景な薄暗い部屋の中心には

 机を挟んだ一組の椅子がポツンと置かれていた。

 椅子の片方には既に一人の男が座っており、

 トントン、トントンと机を叩いて誰かを待つ。


「……!」


 足音に気付き、男は目を開く。

 白目の部分が黒く染まり瞳が真っ赤に変色した目を。


 月明かりに照らされた薄い金色の前髪をイジりながら

 わざとらしい足音の接近を待ち続ける。

 やがて足音はピタリと止まり、

 代わりに物陰から不気味な竜の頭蓋骨が姿を見せた。


「どうも黒幕。……いや? 森泉彰の方がいいかい?」


『今まで通り黒幕で頼む。()()()オリエント。』


 ネクタイを締め直し黒幕は席についた。

 闇社会を牽引する大物同士の邂逅。

 封魔局がリークしていれば大騒動になっていただろう。

 だが今この場にいるのは二人だけ。

 悪人たちは僅か一メートル弱の机を挟み静かに対峙した。


「さて。そろそろお互い警戒心は解こうか?」


『……』


「安心しなよ。くだらないトラップは無いさ。

 むしろビビってるのは俺の方だぜ? だって――」


 ガラスも何も無い壁から強い風が吹き込んだ。

 冷静な二人の衣服を揺らし緊迫感を強める。

 ひとしきり風が吹き荒れると、

 オリエントは黒幕を睨みつけて言葉を発する。


「――散々魔王軍(おれたち)の邪魔をした探偵の前にいるんだから。」


 ミラトスでの第九席(ボガート)。アンブロシウスでの第四席(硝成)

 そして人斬り事件に関連する一連の抗争。

 魔法世界唯一の探偵は過去数度に渡り魔王軍と対峙した。


 明らかな敵対行為。警戒されるのも無理は無い。


 机の下、手の甲の裏で黒幕は袖口から杖を取り出す。

 静かな臨戦態勢。不気味なマスクが殺気を隠した。

 そんな彼の心中に気付いているのかいないのか、

 オリエントは淡々と話を続ける。


「何か弁明はあるかい? 森泉彰。」


『敵を欺くにはまず味方から。

 全ては封魔局、ひいては魔法連合の信用を得るためだ。』


「まぁ……そう言うだろうね。」


 けどそれじぁあダメだ、とオリエントは言葉を繋げた。

 いくら欺くためとはいえ魔王軍は幹部二人を失った。

 それはあまりにも大きすぎる代償だ、と()()()()()


(そろそろ……本音が来るかな?)


「相応の対価は支払って貰う必要があるんじゃないかな?」


(ビンゴ。)


 闇社会のブローカーである黒幕は

 当然魔王軍にも大量の商品を売りつけている。

 武器、兵器、人。最も重要な取引相手と言っても良い。


 即ち、魔王軍の目的は仲間の仇討ちなどでは無い。

 これを機に取引を優位に進めようとしているだけなのだ。


「まぁ我々も悪魔じゃない。ここは一つ――」


『――いや? 別に取引中止でもいいぜ?』


 話を断絶させ、黒幕はふてぶてしく言い放った。

 逆上される展開も考慮に入れて杖に指を添えながら。

 対するオリエントはまだ平静を保っていた。


「フッ、黒幕ともあろう人が短気過ぎじゃないか?」


『こっちは()()とも取引している。

 別に……お前らだけが特別な客ってわけじゃ無い。』


 実際には全く動いていないのに、

 机の上に足を乗せて話をされているような錯覚が

 オリエントの脳裏に過ぎり神経を逆なでした。


 内心で煮えたぎる苛立ちを悟らせまいと、

 第二席は表情を一切変えずに振る舞った。

 そして強硬な姿勢を見せる黒幕に対抗するように、

 ギロリと目元のみを細めて威圧した。


「戦争になるぞ? 勝てるつもりか?」


『それはまぁ、無理だろうな。

 全力の魔王軍相手に勝てる組織はこの世に存在しない。』


「! それが分かっているのなら――」


『――だが、当然そっちも無傷じゃ済まない。』


 各特異点勢力と魔法連合に属する封魔局。

 魔法世界の勢力は拮抗していた。

 封魔局が奇跡的に二つの特異点を撃破したが、

 本来は何処か一つでも倒すだけでも大きな傷となる。


『双方弱った所を女帝か魔法連合に叩かれて終わりだ。』


(っ……面倒くせぇポジションに収まりやがって……!)


『で、どうする? 俺たちの取引は?』


 機械音声がオリエントを煽る。

 自らが滅ぶことすら厭わないかのような黒幕の態度。

 思想が読めず、オリエントは不気味がった。

 そして本来の計画における最低ラインを提示する。


「……向こう一年、商品の値段を二割安くしろ。

 それと品質の良い武器も回せ。詳細はまた後で送る。」


『毎度あり。今後とも仲良くしよう。』


 杖を袖に仕舞い、黒幕は提案を二つ返事で承諾した。

 黒幕側もどこかで譲歩しなければ

 オリエントも退くに退けないと理解していたからだ。

 全てを見透かさられているかのような快諾に

 オリエントの不快感は頂点に達していた。


(馬鹿にしやがって……!)


 席を離れる黒幕の背中に向かって心中で唾を吐く。

 それでも決して顔は崩さず、最後まで平静に。

 すると黒幕はふと立ち止まりオリエントに声を掛けた。


『……一応もう一つだけ弁明するなら、

 硝成たちに直接トドメを刺したのは封魔局の女だ。』


「朝霧桃香、ですか。貴方も一泡吹かされたようで。」


 またすぐにでも報復を?とオリエントは問う。

 別に世間話程度の質問だったのだが、

 思いの外黒幕は真剣に考え込んでから返答した。


『いや。当分は会わないだろうさ。というのも……』


「というのも?」


『……何でも無い。話すほどのことじゃ無かった。』


「は? ふざけるなよ?」


『情報も立派な商品なんで。この先を聞きたいのなら――』


「――チッ! 分かったよ! 話は終わりだ、帰れ!」


 頭を掻きむしりながらオリエントは手を振った。

 やっと感情を表に出した彼を嘲笑しながら

 黒幕は夜の暗がりに向けて静かに歩み出した。

 口走り掛けた情報をその胸に抱きながら。


(わざわざ言う必要は無いよな、――()()()()()は。)


 夜風を浴び、月に向かって顔を上げる。

 遥か空の向こう。遠くの地に想いを馳せながら。



 ――都市デガルタンス――


 夜の港は恐ろしいほど静か。

 何隻もの帆船が列を成し静寂を満喫しながら眠っている。

 だが町並みの方へと目を向ければそこにあるのは喧騒。

 人々が一日の努力を労い樽ジョッキ一杯の酒を浴びた。


 灯りは路上を眩く照らし、人々の暮らしを支えている。

 平和と呼ぶのに相応しい情景が其処にはあった。


「――目標を発見。追跡を開始します。」


 だが光の側には闇が控える。

 路上が明るく照らされているのならば、

 影は屋根の上を暗く染め上げていた。


「刻印――『俊足』、『思考加速』、『夜天の目』!」


 真っ黒に染まる屋根の上で人影が走り出す。

 合間合間の隙間を飛び越えて、

 地上の一般人たちが気付かぬ速度で駆け抜ける。


 人影の視線の先には影に溶け込む黒いローブ。

 同じく屋根の上を飛び越える不審人物の背中があった。


「――!」


 追跡者の存在に気付きローブの人物は速度を上げる。

 だが追手の足は想像以上に速く、

 撒くどころかむしろどんどん距離を縮められていた。


「っ――!」


(――! 迎撃が来る!)


 動きを察知し追跡者は刀を抜いた。

 キラリと暗闇に輝く刀身の閃光。

 直後、ローブの人物から無数の光弾が放たれた。


 不思議な軌道で追跡者に迫る魔力の塊たち。

 だが追跡者は空中で身をよじり、

 回避不能な攻撃のみを的確に斬り裂いて対処した。


「!? っ……!」


 慌てて離れるローブの人物。

 追跡者は「狩れる」と確信し更に距離を詰めた。


 目算十五メートル。迎撃は効かない。

 目算十メートル。更に速度を上げる。

 目算五メートル。間合いには少し遠い。

 そして残り一メートル。遂に捉えた――


「ッ!?」


 ――その時、追跡者は異常に気付く。

 彼の足元に広がる建物と建物の間の開けた空間。

 そこにはこの世ならざる造形の怪異がいた。


 皮を剥いだような赤い体に牙を持つ大きな口。

 そして獲物の周囲を取り囲む無数の触手。

 追跡者は自分が罠に掛かったのだと察知した。


「ッ! こっのぉぉッ……!」


 足場も無い空中で刃を必死に振るう。

 だがしかしすぐに触手に腹を貫かれた。

 口から吹き出す大量の血液。追跡者は死を悟る。


「ぐふッ……! ちっ……くしょぅ……!」


 追跡者だったはずの非捕食者の体は、

 ゆっくりと怪異の口の中へと引き込まれた。


「すみま……せん。……劉雷、隊長……!」


 バクン、とその封魔局員は呑み込まれる。

 肉を裂き骨を砕く怪異の咀嚼音を

 ローブの人物は真横でただ静かに眺めていた。


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