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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第四章 あらゆる秘密は暴かれる

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外典の拾参

 ――少し前――


 朝霧、フィオナ、アリスの三人は途方に暮れていた。

 七番隊員イザベラに扮したゼノの強襲に合い、

 ナディアの遺体が入った袋を奪われてしまった。

 その後も必死に追撃したが、完全に見失う。


(ワープというシンプルかつ分かりやすい強能力。

 それが闇社会に流れるのは……流石にマズい。)


 珍しく焦りの感情がフィオナの顔にも出ていた。

 逃げに徹したゼノに隙は無く、

 フィオナが得意な糸による追跡も叶わなかったのだ。

 彼女の焦燥が伝搬し空気がどんどん重くなる。

 その時――


「――いた! フィオナ隊長!」


 彼女たちの頭上に封魔局の輸送機が現れた。

 下を覗いているのは本物のイザベラと……


「アラン!?」



 ――聖域上空・機内――


 フィオナは部下から事情を聞く。

 聖域各地に黒幕勢力が出現してから間もなく、

 七番隊員たちは着陸地点で大規模な攻勢に合っていた。

 黒幕傘下の魔法使いによる波状攻撃だ。


 それを打開したのがアランとリーヌスを始めとする

 一部の六番隊員たちによる援軍であった。

 七番隊員たちは彼らと協力し敵の猛攻を凌ぎ切る。


「本堂隊員たちのお陰で首が繋がりました。」


「まぁでも、完全に足止めはされたな。

 自由に動けるようになったのも敵が撤退したからだ。」


「敵が撤退したのは、我々が目標物を奪われたからだな。」


 自嘲気味にそう呟くと、

 フィオナは輸送機の機材を弄り聖域内の地図を開く。


亡霊達(スペクターズ)には都市間を跨ぐ超長距離ワープの手段がある。

 だがゼノは追跡中それを全く使おうとしなかった。」


「た、確かに……何ででしょう?」


「恐らく聖域内の何処かに()()()()手筈だったからだ。」


 仮に超長距離ワープが近場への転移に向かない場合、

 聖域内の何処かに向かうには走った方が早い。

 一度ユグドレイヤから出るのは二度手間でしか無いのだ。


 この可能性は十分にある、とフィオナは頷いた。

 だが仮にそうだとしても一つ問題がある。

 彼女たちには集合地点の当てなど一切ないのだ。


「当てさえあればイザベラが役に立つ。

 だが誰も無いのなら、シラミ潰しに探すしか……」


「あの、フィオナ。一ついいかな?」


 それは『当て』と呼ぶには直感的過ぎる予想だった。

 当時は違和感など覚える余裕も無かった。

 だが連続する疑念と傷心が潜む違和感を浮き彫りにした。

 どうしてあんな場所にいたのだろう、という違和感を。


「場所をイメージしてイザベラの背中に触れろ。

 その場所の、今現在の状況を垣間見る事が出来る。」


「う、うん……」


 朝霧は恐る恐るイザベラの背中に触れた。

 理性では疑いつつ、感情がその否定を強く願う。

 だが、脳内を巡る情景は理性の方を尊重した。


 朝霧の脳裏に浮かび上がった其処は想い出の場所。

 焼けた世界樹の巨大な破片が落ちた森の一角。

 朝霧が来た当時は、夕陽がとても綺麗だった。



 ――集合地点――


 炎上する輸送機から隊員たちが飛び出す。

 各々が各々の敵を見据え、迷い無く駆け出した。

 天と地を交差する七色に輝く光の筋。

 接触と共に美しく爆ぜ、無骨な戦場を鮮やかに彩った。


「聖遺物はゼノが持っている! イザベラ! 奴を狙え!」


 無策に襲い掛かる敵の魔法使いを縛り上げ、

 フィオナは指揮官として戦況を見回す。


 多様な祝福が入り交じる魔法使い同士の戦闘では、

 一分一秒の遅れが致命的な差を生む。

 急襲による混乱の中、彼女は戦力を適切に動かした。


 そんな彼女の真横を高速で、

 見知った一つの影が突き抜ける。


「――!? ま、待て桃香!」


 仲間の制止も聞かず戦場を朝霧桃香が駆け抜ける。

 道中を阻む軟弱な魔法使いたちは全て薙ぎ倒し、

 ただ一直線に敵の総大将の首を目掛けて飛び出した。


(黒幕……! 黒幕……! 黒幕ッ……!)


 彼女の接近を拒むように、

 黒幕もまた凄まじい魔術を連発し迎撃する。

 生命のような青い炎。深き水の塊。渦巻く風の刃。

 その流れ弾だけで数人の隊員が命を落とした。


 だが朝霧桃香は止まらない。

 青い焔を掻い潜り、怒れる狂鬼は猛進を続ける。


「黒幕ッ!!」


 月夜に跳び、黒幕へと大剣を振り下ろす。

 超重量の一撃は空を切り地面を割った。

 ヒラリと躱した髑髏頭を朝霧は得意の連撃で追う。


 大剣すらも足場にした三次元的な攻撃。

 速く、鋭く、それでいて一発一発がとても重い。

 初見では決して避けられないはずの連撃。

 だが黒幕はそれら全てを巧みに回避し続ける。


 そんな彼の動きを観察し、

 フィオナの中ではある仮説が現実味を帯びた。


(やはりそうだ。黒幕は()()()()()……!)


 朝霧に加勢するために、

 彼女もまた敵集団の頭上を飛び越え走り出す。


 そんなフィオナに黒いローブの影が迫った。

 病的なまでに白い肌と髪をした男、ネメシスだ。

 肌つやとは反比例する人間離れした動きで接近し、

 杖の仕込んだ刀を引き抜き煌めかせる。


(剣士ッ! まずい相性が……!)


 フィオナが咄嗟に放った糸をネメシスは断ち斬った。

 その時、彼の目の前に青い半月の光が迫る。

 其れは空を引き裂く鋭い斬撃。

 ネメシスは何とか受け切り後方へと飛び退いた。

 着地する彼の前に六番隊一の剣豪が立ち塞がる。


「『亡霊達(スペクターズ)』副長、ネメシスだな?」


「本堂アラン……!」


「行ってください。コイツは俺が。」


「すまない、任せた!」


 闇夜に散る鋭い火花を背に受けながら、

 フィオナは朝霧の元へと駆け抜けた。


(あの回避……間違い無く黒幕は持っている……!)


 視界の先で朝霧と黒幕が戦闘を続ける。

 やはり攻撃は全く当たらず大剣は虚空を斬っている。


 フィオナ自身も捌ききれないほどの連撃。

 それを全て回避しようとするのなら、

 攻撃の来る位置を知っていなければ不可能だ。


(――『未来視』! 奴は数秒先の未来を視ている!

 例の能力が本来の祝福だとすれば……恐らく聖遺物。)


 フィオナは朝霧に加勢し黒幕を襲う。

 大剣、蹴り、拳、糸、光の弾丸。

 避けねばならない攻撃の数が一気に増えたが、

 それでも黒幕を討ち取る事は出来なかった。


 左手に持つ杖を振るうたび、

 即死レベルの業火や風刃が朝霧たちを拒む。


(身体能力はこっちが上……なのに!)


(攻めきれない! 二人がかりで崩せない!)


『――「司祭の深海神殿(クトゥルー・ルルイエ)」。』


 呪文と共に黒幕の足元から大量の水が溢れ出す。

 全てが魔術で作られているはずなのに、

 本物と遜色の無い洪水となって朝霧たちを跳ね退けた。


 地面に伏す朝霧とフィオナ。

 彼女たちの周りを青い炎で囲みながら黒幕が前に立つ。

 その時、彼は不吉な未来を察知し振り向いた。


 視線の先にはアリスやイザベラを始め、

 複数の封魔局員と戦闘を繰り広げるゼノ。

 そんな彼の背後に、一人の青年の影が迫る。


『ッ……! 後ろだ、ゼノッ!』


「え?」


 黒幕が叫ぶと同時にゼノの胴を巨大な刃が貫く。

 突き刺さったのは白亜に輝く騎士の西洋剣。

 息を殺し、好機を伺ったリーヌスの奇襲であった。


「『水鏡之徒(フェルネゲンガー)』ァアア!」


 雄叫びと共にリーヌスはゼノの体を斬り裂いた。

 地面に落下する遺体袋。アリスが飛び込み確保する。

 目標を奪還されたことに黒幕は酷く動揺した。

 ――刹那、夜でも輝く白い糸が黒幕の杖を弾く。


「気を逸らしたな? 黒幕ッ!」


「ッ……!」


 杖を失うと同時に消える周囲の炎。

 すぐさま黒幕はフィオナから距離を取った。

 が、それと同時に彼は視界に映る異常に気付く。

 フィオナの横にいたはずの、朝霧の姿が無いのだ。


「――黒幕ッ!!」


 声に反応し顔を上げる。

 どこまでも美しい夜空を背に一匹の鬼が跳んでいた。

 直感が聖遺物よりも速く未来を予見する。


「行けぇえ! 朝霧さん!」


「決めろ。朝霧!」


「討ち取れッ! 桃香!」


 仲間の声と共に朝霧は大剣を振り下ろした――


「……っ!」


 ――がしかし、彼女の攻撃は寸前で止められた。

 咄嗟に防御の態勢を取った黒幕の腕の前で、

 ピタリと止まり、やがてプルプルと震え出す。


『?』


 封魔局員はもちろん、

 黒幕自身も何が起きたのか分からず困惑していた。

 すると血が出るまで唇を噛みしめながら

 朝霧が震えた声で言葉を発する。


「その()()……どうしたんですか?」


 反射的に取った防御の姿勢。

 両腕で頭部を護るその構えの中で、

 黒幕の右腕はだらしなく脱力していた。


「森泉さん……なんですね? 本当にっ……!」


 心の何処かでまだ否定していた。

 告白した思い出の場所が敵の集合地点でも、

 杖が取り上げられた瞬間、

 魔術が使えなくなったかのように炎が消えても、

 その理由を敢えて考えないように努めていた。


 だがこればかりはもう否定出来ない。

 朝霧はゆっくりと手を伸ばし黒幕の袖を引く。

 見覚えのある包帯の位置に見覚えのある男の腕。

 もうこれ以上真実から目を背けられなかった。


「どうして……子供たちを殺したんですか?」


 潤んだ瞳を必死に尖らせ朝霧は問う。

 すると黒幕は髑髏の顎先をカチッと鳴らし、

 いつもの機械音では無い自分の声で返答した。


「あの子たちは……いずれ兵器になる運命だった。」


 ウォーヴァが集めた聖遺物候補の子供たち。

 彼らの祝福はどれも強く便利な物ばかり。

 体内に『骸の種』という爆弾こそあったが、

 宝樹主義者(アルセイデス)はそれを制御し管理する術を持っていた。


 制御出来るのであれば、怪物は兵器となり得る。

 強力な傭兵にも凶悪な聖遺物にも変えられる。

 どんな結末であれ、彼らの利用価値は高すぎるのだ。


 だが『亡霊達(スペクターズ)』には子供を養う余裕は無い。

 今すぐ聖遺物を作る装置も、種を制御する技術も無い。


「強力な兵器をみすみす敵には渡せない。だから殺した。」


「ナディアちゃんの遺体を狙ったのも……同じですか?」


「そうだ。封魔局が勝手に強くなるのは困る。」


 再び顎を撫で黒幕は機械音の声に戻る。

 そして朝霧の両肩に手を乗せ、

 彼女の瞳をまっすぐ見つめ冷たく呟いた。


『あの子たちを殺したのは俺という悪人の損得勘定(エゴ)だ。

 お前が惚れた森泉彰なんて男は最初からいない。諦めろ――』


 ――痛みが腹を刺す。黒幕は朝霧を蹴飛ばしたのだ。

 殺意に満ちた鋭い蹴りで朝霧の体は地面を転がる。

 そんな親友の傷つく姿にフィオナは激昂した。


「ふざけるな、ふざけるなよ……森泉ッ!」


 無数の糸を飛ばし黒幕に飛び掛かる。

 完全に堪忍袋の緒が切れていたのだろう。

 いつもの冷静な彼女はそこにはいなかった。


「お前……どのツラ下げて桃香の隣にいた!?

 どのツラ下げて彼女の横で笑っていたッ!?」


『……』


「ツラァ見せろ! 隠してないでツラ見せろ!

 私の親友を傷つけたクソ野郎の顔をッ!」


 冷静を取り戻した黒幕に攻撃は当たらない。

 それどころか彼は地面に落ちた杖を蹴り上げ、

 再び魔術でフィオナの体を吹き飛ばした。


 背中から地面に叩き付けられるフィオナ。

 当たり所が悪く、酷く苦しみ立ち上がれない。

 そして黒幕は遺体袋を持つアリスを狙う。


「アリス……! 逃げろ……!!」


「お前の相手は俺なんだろ? アラン。」


 加勢に向かいたいアランをネメシスが阻む。

 卓越したアランの剣術に遅れることは無く、

 それどころか更に上の技術で封じ込めた。


「本堂一刀流。やはり評判通り時代遅れだ……」


「あぁ!?」


「所詮『型』とは多数弱者の平均値を上げるための物。

 真の天才は自分に最も適した型を自分で編み出す。」


 その言葉を実演するかのように

 見たことも無い太刀筋がアランに襲いかかった。

 捌ききれず尻餅をつくアラン。

 丁度それと同時に黒幕の魔術でアリスも倒れた。


「アリス先輩……! アラン先輩……!」


 次々とやられていく先輩たち。

 リーヌスは酷く怯えて震えながらも、

 落下した遺体袋へ近づく黒幕の背中を狙った。

 がしかし、彼の腕を何者かが止める。

 振り向くとそこには上半身だけで動くゼノがいた。


「ほあぁ!?」


「結構痛かったぜ……これは『借りイチ』だなぁ。」


 動ける封魔局員はもうほとんどいない。

 残った隊員たちも雑兵たちが止めている。

 もう誰も彼の歩みを止められない。


(終わったな。)


 この最終決戦は黒幕たちの勝利だろう。

 横目で戦況を確認しながら、

 彼はゆっくりと遺体袋の前にまで歩み寄った。


 ――刹那、朝霧が飛び込み遺体袋を掻っ攫う。


 袋を大事そうに抱きかかえ、

 黒く淀んだ瞳で黒幕の顔を睨み付けた。

 すぐに敵意を持って杖を向ける黒幕。

 そんな彼に朝霧は呟くように言葉を発した。


「……良かったです、貴方が悪人だと知れて。

 悪人だと知れたから……私はもう、躊躇わないで済む。」


 言葉の意味を察し、黒幕は黙った。

 そして再び杖に即死級の魔力を込めた。

 ――瞬間、彼はまた新たな未来を視認する。


『――ッ!』


 咄嗟に黒幕は空を見上げた。

 直後鳴り響くのは無数のヘリの音。

 一機や二機では無い。十数機の機体が空に現れる。

 轟々と響く音に、地に伏すフィオナは鼻で笑った。


「……やっと来たか。」


 無数のライトが戦場を照らす。

 機体に貼り付けられているのは封魔局のシンボル。

 各機に描かれているのは一、三、四の三つの数字。

 亡霊の一人が空を指差しその意味を叫んだ。


「四番隊エヴァンス……三番隊ドレイク……!?

 それだけじゃねぇ……! 一番隊の劉雷もいるぞ!?」


 封魔局からの大援軍が戦場に到着した。

 ヘリから飛び降りる三人の隊長。

 彼らに続き大勢の封魔局員も地上へ向かった。


(制空権は取られ新たな隊長が三人っ……!

 二人くらいなら殺せるが……被害の方が大きいな。)


 撤退を決意し黒幕は合図の印を打ち上げた。

 それに反応しネメシスは次元の狭間へと消え、

 ゼノは肉体を黒い煙に変え消滅させた。


 そして黒幕自身も胸元から銀色の鍵を取り出し

 次元に亀裂を走らせ異空間へと進んで行く。


「森泉彰ッ!! 私はもう、絶対に折れない……!」


 遠のく彼に背に向けて朝霧は必死に叫んだ。

 黒幕が立ち止まる事は無かったが、

 それでも必死に叫び続けた。


「例えどんな困難が、何度襲ってこようとも……!

 お前を倒すまで……! 私は絶対に倒れないッ!!」


 宣誓は虚空へ失せる亀裂と共に消えた。

 絶対不可侵聖域『ユグドレイヤ』。

 其処で起きた前代未聞の戦闘は終結した。


 護り抜いた少女の遺体を抱きしめて、

 女は一人、星空の下で泣き続けた。

 夜はまだ深く、朝日はまだまだ遠かった。


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