外典の伍
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『報告……! 各地で謎の武装集団が出現!』
真っ黒な背景に七色の魔力が光り輝く。
木々を折り、人を飛ばし、命を刈り取る魔法の煌めき。
実弾の無骨な閃光と混じり合い、
光はどこまでも美しい華となって満開に咲いていた。
『数は十……二十! っ……まだ増えます!』
揺らぐ柳の葉のように彼らは昏き夜を透き通る。
黄泉の冷気を現世に遷し、新鮮な魂を喰らいて走る。
しかし彼ら死神に非ず、悪魔に非ず。
いつまでも生にしがみつく――黒き亡者の群れである。
『所属判明! コイツら、亡霊達です……!』
鳴り響く無線に面を食らいながら、
朝霧はフィオナと共に移動を開始していた。
隊員たちからの情報を纏めると、
ユグドレイヤに出現した敵は黒幕配下の勢力。
直属の部下である『亡霊達』と傘下の魔法使いだ。
聖域内各地に分散して出現した彼らの総数は不明。
戦況は乱戦に近く、各地で散発的な戦闘が発生している。
「朝霧とフィオナだな? その命貰ったぁ!」
「「――ッ!」」
木陰から突如として飛び出したチンピラ。
だが二人はこれを一瞬で制圧する。
四肢に糸を巻き付け拘束し大剣の峰で殴り飛ばした。
「――! 桃香、こいつ。」
「うん……日本人だ。」
黒幕に連れてこられた異世界人。
フィオナは犯罪者リストと照らし合わせる。
だが返って来たのは『未登録』の文字列だった。
「例の暗号はこいつら末端へのメッセージか。
魔法世界に移住しつつ今まで潜伏していた連中への。」
「この人みたいなのが沢山いるってこと?」
「こんな雑魚だけなら別に良い。
本当に厄介なのは『亡霊達』に選ばれた連中だ。」
フィオナの発言にタイミングを合わせたように、
遠くで激しい爆音と高い火柱が上がった。
黒幕直下の精鋭『亡霊達』。
朝霧自身が彼らと直接戦闘する機会は無かったが、
暗躍する彼らの厄介さは何度も耳にしていた。
聖域内には既に何人もの亡霊が確認されている。
シックス、厭世、ゼノ。そしてまだ見ぬ敵たち。
その全てと同時に戦う必要があった。
「七番隊の大半は周辺都市の封鎖に出張っている。
これだけ侵入されてはあまり意味など無かったがな。」
「じゃあ連れて来れたのは輸送機にいた人だけ?」
「そうだ。無論援軍は呼ぶが、すぐには来られまい。」
つまり、とフィオナは言葉を繋げた。
友の決意を確かめるように彼女の目を見つめながら。
そして朝霧の中に、怒りに似た戦意を感じ取る。
「これは実質――六番隊と亡霊達との決戦だ。」
再度、爆風が星空の下に生まれ森を突き抜けた。
それはまるで開戦の合図。爆光が朝霧の横顔を照らす。
直後、彼女の無線が鳴り響いた。
通話の相手は――遺体安置所のアリスだ。
――遺体安置所――
「亡霊達特別顧問、それがサマエルの正体です。」
味方からの治療を受けつつ、
アリスは壁に凭れながら無線に語り掛ける。
周囲には外に向かい機関銃を連射するハウンド。
そして地面で何かの作業をしているグレンがいた。
遺体安置所での戦闘は他より激しく、
無線越しの朝霧にもその過酷さが伝わるほどだった。
『アリス!? そっちはどうなってるの!?』
「朝霧さん、落ち着いて聞いてください……!
奴らは狙っていた! 奴らの目的は……!」
――刹那、爆煙が壁を突き飛ばす。
寄りかかっていた隊員たちを吹き飛ばし、
黒煙が薄暗い遺体安置所の中に雪崩れ込む。
直後響き渡るのはバイクのエンジン音。
一切の恐れも無く、それは室内に飛び込んだ。
甲高いブレーキの音と白いライトが暗闇を斬る。
乗っていたのは一人の女性。
赤と黒を印象づける服装。スカートに黒タイツ。
そして体つきから女性と推測出来る。
隊員たちの中で唯一、ハウンドがその正体に気付く。
「――シックスだ! お前ら伏せろッ!」
急な光に目を眩ませた黒い人型の的へ向け、
横殴りに降る弾丸の雨を撃ち込んだ。
赤い飛沫と黄色い跳弾の光。
アリスたちは物陰に隠れてやり過ごす。
が、すぐさま足元に黒い塊が投げ込まれた。
「ッ!? 手榴だ――」
――大気が揺れる。爆音が轟く。
その衝撃を全身で浴びながら、
女は一人、快楽に浸る。
(あぁ、肉が痛む。骨が軋む。
良かった……私はまだ生きている。)
直後、またもバイクの音が鳴り響いた。
しかしそれはシックスのバイクでは無い。
爆煙の中から飛び出したのはグレンのバイクであった。
青い袋を抱えたハウンドを乗せて、
遺体安置所の外へ向かって一気に加速した。
「チッ! 祝福『停止の――」
「――『死を想え』!」
「ヅヅッ!?」
急激な痛みに胸を押さえ、
シックスはバイクから倒れ込んだ。
そんな彼女の前にアリスは身を乗り出す。
ボロボロの上着を脱ぎ捨てて、
細く小さな少女の腕が黒く無骨な銃を握った。
「貴女を、先には行かせない。」
――封魔局拠点――
ハウンドの祝福が分厚いを吹き飛ばし、
グレンのバイクが戦場の真上を飛行した。
敵も味方も入り乱れた大混戦。
多くの者が飛行バイクに視線を向ける。
「あ? なんだありゃ?」
『――総員、あのバイクを撃ち落としなさ~い。』
「! 承知しました、マクベスさん!」
無線から響いた男性の声に反応し、
黒幕傘下の魔法使いたちは空に向け攻撃を放った。
対する局員たちもグレンを護る魔術を行使する。
飛び交う無数の魔法が連なり重なり爆ぜ合った。
弾幕を掻い潜りグレンは必死に回避を続ける。
何とか直撃こそ免れてはいるが、
戦場の遠くへ脱出する事は叶わなかった。
『道和。貴方もお行きなさ~い。』
無線の声が一人の亡霊の名を呼んだ。
指令に反応し巨漢の男が顔を上げる。
中華系の顔立ちをした、頬に傷のある男だった。
「んあ? なんだ、アレ落とすのか?」
『我々の目標を運んでいま~す。』
「そうかい! そりゃあ――大事だなッ!」
愛用の長棒を振り回し道和は大地を蹴飛ばした。
その跳躍はたった一回でバイクの高さに達し、
なおも止まること無くグレンらの真上にまで至った。
あまりに人間離れした急襲に、彼らは反応出来ない。
「まぁなんだ? 死んでくれやぁ!」
――その時、蒼電を纏った一本の鉄柱が飛来した。
「『トールハンマー』!」
雷電が巨大な輪となり拡散する。
グレンたちを護ったのはエレノアだった。
そのまま敵を吹き飛ばそうと空中で蹴りを放つ。
が――
「なかなか……活きの良いのがいるじゃないのぉ!」
「ッ!?」
道和は迫る彼女の足を掴み、
殴られた衝撃をそのまま速度に変えて回転した。
そして自分諸共、少し遠くの林の中へと墜落させる。
「エレノア!?」
「――ッ! 避けろ、グレン!!」
亡霊からの追撃は激しく、止めどない。
一瞬でも気を抜けば魂を持って行くと言わんばかりに、
闇夜を貫く紫色の凶弾がグレンの肩を撃ち抜いた。
ドライバーの負傷により制御を失う飛行バイク。
やがてハウンドも袋も投げ出し墜落した。
そんな彼らの前に一人の男が歩み寄る。
未来的なバイザーで目元を隠した金髪の男性だ。
男は傷つくグレンを見てニヤリとほくそ笑むと、
少々大きめの青い袋に手を伸ばす。
が、その手は何もない場所でピタリと止まる。
そして――赤い噴水をぶちまけた。
「…………あんたか。」
溢れ出る自分の血に興味も示さず、
男は黙々と止血し木々の隙間に視線を向けた。
そこには、赤い髪に橙色の瞳をした女がいた。
「『亡霊達』の……ドレッドノートだな?」
「≪紅魔の百合≫……フィオナ隊長ね?」
巡るめく戦場はまさに乱戦。
両陣営、集いし戦士は共に精鋭揃い。
誰がいつ死んでもおかしくない戦場で、
封魔局と亡霊達との全面戦争が始まった。




