表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第四章 あらゆる秘密は暴かれる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

286/666

外典の壱

 憎悪は源。怒りは力。

 人を最も早く殺すのに必要不可欠な要素。

 それこそが理性では抑えきれない殺意の衝動だ。


 殺すつもりなんて無かった。

 気が付いたらそこに倒れていた。

 まさか死ぬなんて思っていなかった。


 人を殺すのに強力な武器などいらない。

 殺し屋の暗器などいらない。凶器すらも必要無い。

 後の事を考えなければ場所も時間も関係無い。

 持てる力の全てを以て、首を絞めれば人は死ぬ。


 どんな非力な者も殺人鬼に変えてしまう力。

 それこそが怒りという名の魔力である。


「アァアァァァァァァアァアッッッ!!!!」


 祭りの熱気を冷たい叫びが吹き飛ばす。

 暗夜の黒と混じり合い、悪寒となって背筋を走った。


 落雷のような爆音の連鎖と共に、

 紫黒色の魔力が木々の向こう側から早鐘を鳴らす。

 暴走状態の朝霧と似た気配を放つその雷電に、

 事態を察知した封魔局員たちが集い始めた。


『朝霧隊長……! 緊急事態です! があぁ!』


『謎の弓使いと交戦中! 至急応援を……!!』


 騒然とする祭り会場を駆け抜け、

 朝霧とアリスも現場へと直行する。

 肌を貫き肉を穿つような魔力を押しのけ、

 二人は林の中へと侵入した。


 現場に入れば、そこは既に戦場だった。

 数人の倒れた隊員と密集陣形を取る生存者たち。

 その中には先着したアランの姿もあった。


「アラン君! これは一体!?」


「――ッ!? アリス、伏せろォッ!!」


 声に反応し朝霧がアリスの頭を下げる。

 直後、彼女らの頭があった位置を風が突き抜けた。

 まるで小さなミサイルでも通過したかのように、

 鈍い風切り音と激しい衝撃波が空間を揺らす。


 驚き目を見張る朝霧の頭上の枝葉で何かが動く。

 刹那、アランはその何かに向けて斬撃を飛ばした。

 夜に輝く白い刃は太い樹の枝を容易く斬り落とす。

 それと同時に、黒い影も地上へと着地した。


「――っ!? ……リサちゃん?」


 アリスはポツリと呟いた。

 目の前の事象に脳が理解を拒みながら、

 それでも間違い無いと確信し思わず口が動いた。


 影は声に反応しない。

 やがて白く美しい月明かりが彼女を照らす。

 影の消えたその姿はやはり可憐なリサの物だった。

 がしかし、明らかに雰囲気が変わっていた。


 冷たい魔力に侵され肌は薄紫に、そして服は黒く染まる。

 涙のような筋が伸びる眼は白と黒の境界を失い、

 蝋燭の火のような微かな赤い瞳が灯るのみだった。


「ダークエルフ……!」


 悲痛な表情でアリスはその生き物の名を告げる。

 墜ちた森の歩哨――『ダークエルフ』。

 エルフ族の切り札であり踏んではならない地雷。

 怒りによって覚醒し、全能力が格段に跳ね上がる。

 代償は、理性の放棄と燃料として磨り減る命だ。


「そんな……! じゃあリサさんは!?」


 言葉を遮るようにダークエルフは飛び掛かる。

 地面に突き刺さる手刀。朝霧らの回避が間に合った。

 思いがけない近接攻撃に思わず距離を離す。

 ――直後、片手を地中に埋めた逆立ち姿勢のまま、

 ダークエルフは婀娜(あだ)な両足を広げ矢を番えた。


「「な!?」」


 朝霧たちの驚愕が重なると同時に、

 天空に向け黒く禍々しい気配を纏う矢は放たれた。

 発射直後は三本しかなかったはずの矢は、

 星空とぶつかり無数の豪雨へと進化する。


 振り注ぐ殺意。慟哭と憤慨の雨。

 隊員たちは己の身を守ることで精一杯だった。

 ただ一人、朝霧桃香を除いては。


「――『遠き理想への渇望(エイブラハム)』ッ!!」


 義手に大剣を転移させ、

 自分とアリスの頭上に迫る矢を一刀の下に振り払う。

 風圧で粉々に砕け散る矢の破片たち。

 それらが地面に着くより早く朝霧は大地を蹴飛ばした。

 大剣の峰を向けダークエルフの腹を狙う。


 が、彼女は地面から樹の根を引き抜き、

 太く巨大な鞭として活用した。

 大蛇のように暴れる根が朝霧の腹を強く叩く。

 衝撃が致命的になるより早く、朝霧は後方へ飛び退いた。


「朝霧さん……!」


「っ……強っ! ……アリス、協力して。」


「もちろん……! 何をすれば!?」


 朝霧はアリスに自分の考えと作戦を伝える。

 その間、アランらが命がけで時間を稼ぐ。

 木々の合間を飛び回る弓兵を追い、

 闇夜に紛れて放たれる殺意を弾いて防ぐ。


「いける?」


「やってみます……!」


 決意したアリス。その背中を叩き送り出す。

 そして自らはアランたちに指示を飛ばした。


 林という戦場は敵にとって圧倒的に有利。

 夜に紛れた素早い三次元の動きは追撃が難しく、

 暗闇から矢を射られ続ければすぐに全滅してしまう。


 そこでまず奪うべきはこの『地の利』だ。

 朝霧が前衛となりダークエルフの攻撃を引きつけ、

 その間にアランたちが足場となる樹を伐採する。


(敵の足は奪った!

 けどこれは同時に遮蔽物の放棄も意味する……!)


 ダークエルフの矢から護ってくれる盾が消える。

 突如としてガラリと様相を変えた戦場。

 憎悪に汚れた彼女の目が、一人の女を捉える。

 いつの間にか背後に接近していたアリスであった。


(だからチャンスは一回、虚を突いた一瞬……!)


 朝霧が見守る中、アリスは躊躇無く飛び出した。

 接触し、矢を放つという選択肢を捨てさせる。

 そのままダークエルフの体にしがみつき声を放った。


「リサちゃん! 戻って来て!!」


 友の声に、ダークエルフは反応した。

 全く揺らぐことの無い殺意に塗れた拳を以て。


「アァアァァァァァァアァアッッッ!!!!」


 憎悪と怒り。抑えきれない衝動のままに拳が飛ぶ。

 紫黒色の魔力が詰まった攻撃が背中を叩き付けた。

 作戦失敗か、とアランたちは慌て出す。

 が、彼らの突出を朝霧が止めた。


「いや、大丈夫。ちゃんと作戦通りだから。」


 ――刹那、朝霧の発言を証明するように

 敵にしがみつくアリスの体が禍々しい魔力に包まれた。

 あらゆる負の要素を凝縮したような、靄の塊に。


 ダークエルフにしがみついたのは弓と、

 致命傷になりえる近接攻撃を封殺するため。

 小突かれる程度なら問題は無い。

 むしろそれは彼女の唯一の必殺技の、弾となる。


「フルチャージ。出力全開ッ! 『死を想え(メメント・モリ)』ッ!」


 黒きエネルギーが渦巻き、集い、乱れて爆ぜた。

 爆心地にダークエルフ一人を残し、

 術者のアリスですらも吹き飛ばす爆風が生まれる。

 朝霧はアリスを庇うように駆け寄り、

 作戦の結果を固唾を飲んで見守った。


(暴走なら気絶で解除出来るはず……どうだ?)


 巻き上がる土煙。濃い煙幕が結果を隠す。

 紫黒色の禍々しい魔力は感じない。

 やったか、とアリスは内心期待した。

 その時――


「――ッ!!」


 彼女を狙い放たれた二本の矢を朝霧が防ぐ。

 カランと音を立てて落下する黒い矢尻。

 蘇る怒りの雷電にアリスは悲痛な表情を見せた。


「シュゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」


(失敗……! ……というか、気絶したまま動いてる!?)


 朝霧の作戦は決して悪くは無かった。

 暴走した者の対処として気絶させるは正解だ。

 だがしかし、ダークエルフの場合は違う。


 言わば彼女たちは、既に気絶している状態だ。


 声は届かず、怒り以外の感情は無い。

 例え四肢をもがれようが暴れ続け、

 命が尽きるまで殺戮の限りを尽くす。

 それがダークエルフという生き物だった。


「ッ……! リサちゃん!」


 友の叫びに、番える殺意が答える。

 今までで一番の憎悪がそこには籠もっていた。

 朝霧ですら覚悟を決める紫黒の矢が、

 細く美しい指先をゆっくりと離れた――


 ――その時、連続する轟音が緊迫を破った。

 聖なる森には似つかわしく無い鋼の雷音。

 十数発からなるガトリング砲の発砲音だった。


 しばらくの放心の後、朝霧はハッと上空を見上げた。

 そこには機銃から煙を上げた一機のプロペラ輸送機。

 ライトでダークエルフを照らすその機体には、

 封魔局のエンブレムが輝いていた。


「あれって……?」


「ッ! リサちゃんッ!!」


 声を裏返らせアリスは飛び出す。

 彼女の進む先には血塗れのリサが横たわっていた。

 アリスは親友の体を抱え上げ、

 呼吸を荒げながら傷口に服を押し当てる。


 だが止まらない。

 布を限りなく赤へと染めるだけだった。


「…………アリス、ちゃん?」


「――っ、リサちゃん! 今助けるから!」


 リサは朧気な視界と鈍い首を動かし周囲を見回す。

 欠落した記憶。現場の状況。一族の知識。

 リサは自分がどうなっていたのかを静かに悟った。


「そっか。ごめんね……? 迷惑、かけて……」


「っ! 黙ってて! 傷口が開くからッ!」


「アリスちゃん……怪我は、無い?」


 掠れた声が不安げに問うた。

 死期を悟ったその表情にアリスの瞳は曇る。

 背中の痛みを隠しながら震える口をゆっくり動かす。


「私は大丈夫……! だからぁっ!」


 リサちゃんも生きて。

 そう叫ぶよりも早くリサは「そっか」と呟いた。

 そして、血塗れの手でアリスの頬を撫でる。


「――生きててくれて、ありがとう。」


 それはアリスに貰った言葉のお返し。

 リサが一番嬉しかった贈り物のオマージュだった。


 やがてエルフの腕は大地に墜ちた。

 赤い道が布かれた頬の上を、幾つもの涙が通過する。

 背中の痛みは隠せたが、こればかりは隠せなかった。



 ――――


「……お前たちは所定の位置に着陸しろ。」


 状況を俯瞰していた機体から

 聞き覚えのある女性の声が響いた。


 彼女一人を地上に降ろすと、

 指示通り機体は何処かへと飛んで行く。

 朝霧たちは降り立ったその女性に驚愕した。

 連絡では明日来るはずの人物だったからだ。


「フィオナ!?」


「間に合った、と喜んでいい状況では無さそうだな。

 何が起きたか詳しく聞かせてくれ、桃香。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ