第七十四話 火樹銀花
――地上――
人々は天を見上げる。
どこまでも広がる青空の中に顕現した神を拝む。
それは鋼と交わる銀色の世界樹。
根にこびり付いた泥を払い落としながら、
機械でも動物でも植物でも無い生命は上昇を続けた。
だがしばらくして上昇は止まる。
定位置を見つけたように空中でピタリと停止し、
地上の人々をじっくりと観察した。
直後、土と影とで最早真っ黒に染まって見える根を、
地上の住民たち目掛けて突出させた。
人々はすぐにそれを『攻撃』と判断した。
込められた敵意と殺意を感じ取り、
人体に張り巡らされた血管のように伸びる根から
何としても逃れようと住民たちは駆け回った。
だが、まるで目でも付いているのかのように
根は逃げ惑う獲物をどこまでも追尾する。
足が絡まり一人の住民が転んだ。
泥まみれの獲物に黒鉄の根は容赦無く襲い掛かる。
住民が涙に濡れた目を閉じた、その時――
「『夕立』ッ!」
鋼の根にも負けない巨大な刃が横切った。
住民は涙を拭い後方を振り返る。
するとそこには武装した戦士たちが並んでいた。
「ふ、封魔局……!!」
「此処は危険です! 後は我々に任せてください!」
アランが叫び終わるより早く、
彼の背後からハウンドとウェンディが飛び出した。
迫る死の鞭にも全く怯むこと無く立ち向かい、
住民たちを守るように根を破壊して回る。
「野郎ども! 交戦開始だッ!」
「がおー! いくぞお前ら? 『先陣の誉』ッ!」
ハウンドらに続き強化された隊員たちは砲撃を放つ。
魔力を貯めて放つバズーカの連射。
地上から出来得る限りの火力を世界樹へとぶつけた。
爆煙と業火を上げ瓦礫を落とす巨大な樹。
しかし破損箇所を眺めハウンドは舌打ちを鳴らす。
「ダメだ……再生してやがる!」
「にゃあ!? 末端を叩いても効果は薄いか!」
「だがゼロじゃない! おいアラン!
お前の専用装備はあとどのくらい残ってやがる!?」
「さっき魔力不足の奴らに殆ど配って……ラスいちです!」
「なら援護のために使え!
世界樹の破壊は……ウチの隊長に任せよう。」
そう呟くとハウンドは真上を見上げた。
遥か上空を優雅に飛び回る有翼の獅子の群れを。
――上空――
「――ドォォオオオッッ!!」
多足の獅子が雄叫びを上げた。
見据える敵は眼と鼻の先。
刺々しい鋼色に変わった世界樹の異形だ。
背に乗せた人間たちと共に、
倒すべき巨悪へと勇敢に立ち向かう。
「ッ! 回避を! 攻撃が来ます!!」
アリスが叫んだ直後、
彼女の発言を肯定するように枝葉が動く。
例えるのならそれは何百本もの七支刀。
枝分かれした無数の刃が獣たちを襲う。
鋭い斬撃は回避も困難。
アリスの声に反応し損ねた獅子は切断された。
同族の死に激昂しシャルベーシャはまた咆える。
だが接近を試みる度、鋭利な枝がそれを拒んだ。
「っ……総員散開ッ!」
迫り来る枝刃は厄介そのもの。
鋭く、固く、素早く、それでいて変幻自在。
魔獣の編隊は不利な空中戦を強いられていた。
加えて、根と同様に枝も瞬く間に再生してしまう。
「埒が明かない……!」
朝霧は苦虫を噛み潰したように歯を食いしばる。
時間を掛けても世界樹の魔力が切れるかは分からない。
ならば体力を浪費させられる封魔局側が不利だ。
この状況を打破するために必要な物は一つ、火力だ。
そして今、この領域内で最も高い火力を持つのは、
恐らく赫岩の牙を持つ朝霧桃香だろう。
彼女の『赫焉』ならば世界樹の破壊も十分に望める。
だがそれには問題点がいくつかあった。
一つは魔力残量。
度重なる心労と継戦により朝霧は限界ギリギリ。
そもそも『赫焉』を放てるかは疑問だ。
そしてもう一つが『狙う場所』だ。
例え最大火力を撃つことが出来たとしても、
破壊するのが末端部分では何の意味も無い。
即ち、危険な枝刃をどうにか回避し、
幹を直接狙える位置にまで接近する必要があるのだ。
「くっ……! どうにか近付かなきゃ……!」
「――なら私を使って、お姉さん。」
朝霧の肩に小さな手が乗った。
驚き振り向くとそこには荒い呼吸のナディアがいた。
「な、ナディアちゃん!? どうやってここに!?」
「とーぜんワープで。今一番欲しいでしょ?」
「――!」
――地上――
「な!? ナディアが上に!?」
襲い来る根を斬り飛ばしながら、
アランは振り向きリサを怒鳴った。
怒鳴られたリサは顔を歪めながら矢を放つ。
「ごめんなさい。目を離した隙に……!」
「ッ……!!」
――――
地上に残る者の焦りも気に留めず、
ナディアは朝霧に一個の飴玉を手渡した。
アランの装備『ティドワル・ティドグリド』だ。
「剣士のお兄さんから貰ったの。あげる。」
「――! ありがとう、ナディアちゃん。」
朝霧は飴玉をワイルドに噛み砕く。
瞬間、全身に魔力が満ちゆく感触が流れた。
今までの疲労が抜け落ちる満足感があった。
「お陰で、勝てそう――!」
少女を背に結び大空へと飛び出した。
――瞬間、無数の枝刃が彼女たちに襲い掛かる。
だが今の朝霧には、恐怖心は全く無かった。
迫る凶刃に大剣を押し当て火花を散らす。
鳴り響くは耳障りな金属同士の接触音。
弾き飛ばした反発を利用し更に近くへ接近を図る。
空を彩るは淡緑の閃光。
まだ日も高い中で炸裂した無数の花火。
無機質な枝の合間を掻い潜り深く深くへと切り込んだ。
「っ……、ぅぅっ!」
「大丈夫? ナディアちゃん?」
「平気……。――っ!? お姉さん、アレ!」
業を煮やしたように世界樹は兵隊を呼び出した。
内部から湧いて出て来たのは何匹もの異形の群れ。
屍肉の実から生まれる化け物と『骸』だった。
「まだあんなに……!」
「――『トールハンマー』ァッッ!!」
蒼い稲妻と共に鉄柱が突き抜ける。
磁力によって操作された鉄槌は空中を縦横無尽に駆け、
蜘蛛の子を散らすように異形の群れを吹き飛ばす。
加えて、地上からの援護射撃が届く。
隊員たちが持ちうる全ての対空火力が火を吹いた。
無機質な銀色の上を七色の光が彩り照らす。
全てが、朝霧桃香の道を切り拓いていた。
淡緑の閃光が再び爆ぜる。
仲間たちの応援を受けた砲手は枝に着地した。
妨害する怪物たち。迫る触手は叩き斬る。
斬り伏せ、大剣を投げ飛ばし、義手で手元に寄せる。
極力魔力を節約し、遂に幹の間近に迫った。
――直後、世界樹は再び振動し始めた。
急接近する朝霧をウォーヴァが恐れたのか、
再び遥か上空へと上昇を開始したのだ。
「っ……!? 悪あがきを……!!」
身体に伸し掛かる重力。
急上昇の負荷は重く意識が飛びそうになった。
その場に留まる事も叶わず、朝霧は足を滑らせる。
「ナディアちゃん! ワープを!」
「…………っ。」
「ナディアちゃん!? ……マズいっ!」
滑落する朝霧とナディア。
遂に根の位置にまで落下してしまう。
此処まで来て落ちてなるものかと、
泥に塗れた鋼鉄の根を必死に掴みぶら下がる。
(もうここで撃つか? いや、狙いが定まらない!
せめてしっかりとした足場が無いと……!)
悔しそうに朝霧は歯を食いしばる。
そんな彼女を嘲笑うように世界樹は空を征く。
異様な姿を周囲の都市にも見せつけながら、
勝ち誇って高笑いをするかのように枝葉を広げる。
その時――
「全く……樹は大地にある物だろ?」
――爆音が轟いた。地響きが轟いた。
それは世界樹に捨てられた大地からの反撃。
流動する巨大な土の塔が世界樹の根と結び付く。
それは地盤諸共ひっくり返す大魔法。
五番隊隊長ブライム・シルバの祝福だった。
更に数本の土の塔が世界樹に撃ち込まれる。
まるで猛獣の自由を奪う鎖のように、
逃走を図るウォーヴァをその空間に押し留めた。
「あとは任せた。新人隊長――」
「――任せてください。シルバさん。」
突如作成された土の土台に足を乗せる。
踏み込む足場は体を固定するのに適していた。
此処は世界樹の根本。幹の真下。
狙うべき標的はもう手の届く場所にいた。
「真体、開放――」
其れは悪意の樹を焼き払う怒りの焔。
異形と変わり果てた怪人を消し飛ばす一筋の光。
青く明るい空をも一瞬赤黒く染め上げる竜の息吹。
赫き力が、悪しき命に終焉を告げる。
「――『赫焉』。」




