第六十一話 機知と度胸
――防衛制御室――
管制棟のような機材が並び、
世界樹の内部構造を映したモニターが光る一室。
その床には敵の構成員が力無く倒れていた。
「部下は全滅ですか……だらしがない。」
そして中央にある円形の台座には、
全身機械の神父が威風堂々と存在していた。
鋭く上がった口角にギロリと見開いた眼。
あらゆる物を朽ち果てさせる拳を鳴らし、
彼を取り囲む隊員の顔を一人一人見回す。
「磁石女に……鉄産み男もいますね。」
既に何度も顔を合わせた敵たち。
シェーグレンは顔馴染みに再会したような
柔らかい笑みを浮かべていた。
それが逆に隊員たちを戦慄させる。
こちらから放つ殺気など意にも介さず、
緩やかに微笑む神父がただただ不気味だ。
戦うために来たというのに、
一歩前に足を踏み出す決心がつかない。
待ちくたびれたのだろう。
シェーグレンの方が先に静寂を断ち切った。
「来ないのですか? なら私から――」
「――!? 退避ィ!」
爆発のような轟音と共に、
シェーグレンの重たい体が加速した。
これまでの戦いより更に一段速い。
しかし、その凶手をリーヌスの祝福が弾く。
「ほう? 他にも面倒なのがいましたか?」
「一度会ってるぞ、ば、バカ野郎!」
「それは失敬。ほとんど印象に無かったので!」
言い終わるとほぼ同時に、
シェーグレンは空中でその身を捻る。
四肢に取り付けられた加速器を噴かし、
リーヌスの顔面へ回し蹴りを打ち込んだ。
彼自身はこの攻撃の緩急について行けない。
が、彼の水鏡之徒は自動で防御を取った。
敵とリーヌスの間に割って入り、
迫り来る足を掴んでシェーグレンの動きを止めた。
「リーヌス! そのまま抑えてろっ!」
この状況を好機と捉えアランは斬り掛かる。
魔力を込めた一刀で敵の胴に刃を立てた。
しかし斬撃は神父の掌で容易く受け止められる。
「っ……!?」
「剣など時代遅れですね。」
「何だ――とォッ!?」
刹那、鳴り響く発砲音。
アランの腹に小さな弾丸が打ち込まれた。
煙を上げていたのは神父の拳頭であった。
「とっくに銃の時代ですよ?」
ぐっ、と声を上げアランは倒れ込む。
彼の刀がカランと落ちる音が鳴り響いた。
直後、激昂したエレノアを始め
周囲の隊員たちが神父に一斉に飛び掛かる。
リーヌスも敵を逃さぬようにと騎士の拘束を強めた。
――が、足りない。
シェーグレンは片足を掴まれたまま飛翔する。
鎧甲冑を身に纏う騎士すら容易に持ち上げ、
竜巻のように隊員たちを吹き飛ばした。
そして、己ごと騎士を床に叩き付ける。
金属通しの激しい衝突音。
鉄骨が落下したかのような轟音が通り過ぎ、
制御室には再び静寂が訪れた。
立っているのはたった二人。
余裕の笑みを浮かべ起き上がるシェーグレンと、
体を震わし恐怖しているリーヌスだけだった。
――頂きの玉座――
「勝負あり、で御座いますかな?」
映し出された戦闘に関心しながら、
サマエルは世界中の悪意に向けてそう呟いた。
悪魔の背後では心底満足そうな顔のウォーヴァ。
部下の完勝を喜び、静かに頬杖をついていた。
「≪異端者≫……シェーグレン神父。
かつて例の邪神を崇拝していた宗派の一員ですか。
信仰対象が変わったのはむしろ健全ですかな?」
「ふ、どうかな? 私を崇拝しようがしまいが、
奴の異常なまでの改造趣味は変わらないさ。」
「ほう? もしや聖域にある多くの機材は?」
「ほとんど彼の私物だよ。
研究者を集めたのも施設の機械化も彼の趣味だ。」
なるほどなるほど、と頷きながら、
サマエルは再び画面の方へと顔を向ける。
凶悪な祝福と強靱な肉体、そして技能。
間違い無く彼は隊長格に匹敵する実力者だ。
チラリとブローカーの反応に目を向けてみても、
やはり制御室での戦闘は終結したという印象だ。
今あの場にいるメンバーでは神父には勝てない。
「……左様でしょうか?」
「ん? 何か言ったか、サマエル?」
「いえいえ。何でも御座いません。
悪魔とは独り言の多い種族で御座います故。」
ケタケタと笑って誤魔化すが、
悪魔の内心は神父の勝利を望んではいなかった。
勿論、封魔局の完全勝利もそれはそれで困る。
彼が望んでいるのは『特定の人物』の活躍だ。
(意地を見せて欲しいんですよねぇ……彼には。)
映像の中で、機械神父が動き出す。
――――
熱くもないのに汗が出る。
だらだら、だらだらと垂れては止まらない。
人の形をした機構の駆動音がゆっくりと近付く。
思わずリーヌスは尻もちをついてしまった。
少し視線を外せば倒れた仲間たち。
完全な液状の血が真っ赤な水溜りを作り、
未熟な彼に絶望という単語を想起させる。
(っ……! またこれか……!
こんなギリギリの戦い……ミラトスだけで十分だって!)
恐怖や嫌気こそあったが、
彼の目は決して死んでいる訳では無かった。
あの時、遥か彼方へ至ろうと決めたのだ。
そのためにはいちいち立ち止まってはいられない。
(けど……どうする!? 今の僕の手札は何だ!?)
仲間たちは倒れている。援護は望めない。
自身の祝福も倒されているが、まだ動かせる。
あと一回攻撃を叩き込むことは出来るであろう。
しかしそれでは足りない。
シェーグレンの防御力を突破し一撃で仕留めねば、
決着よりも先にリーヌスの魔力が尽きてしまう。
「おや? なんですか、その目は?」
「え……?」
「生きようと足掻く者の目だ。まだ諦めていない。」
「っ……!?」
リーヌスの生気に勘付き神父は殺気を強める。
そして触れれば即死の掌を彼にかざす。
ゆっくりと近付く腕がリーヌスの顔に影を落とした。
(改めて……弱いな僕! 運動じゃ全然役に立たないや!)
自嘲気味にリーヌスは腹の中で吐き捨てる。
それは――ある意味一つの『諦め』でもあった。
(運動じゃ役に立たない……だったらッ!!)
圧倒的に身体能力の劣る者が、
強者の蔓延る死地にて活路を見出す。
即ちジャイアント・キリング。それ必要なのは――
(――機知と度胸! 僕の戦場は其処しかない!!)
迫る凶手に添えるようにリーヌスは腕を突き出した。
直後、迫るシェーグレンの腕から大量の血が溢れ出す。
「ぐっ!? ぐぉぉお!!!? な、何が!?」
悶え苦しみながら神父は己の掌を見た。
そして噴水のように噴き出す血飛沫の中に、
突き刺さっている小さな鉄の破片を発見する。
「ッ、これは……?」
「僕、気付いちゃったんだ。アンタの弱点。」
「!?」
「全身鋼鉄の機械人間っていうけどさ?
祝福の発動条件である『掌』だけは生身だろ?」
「ッ……! だが祝福が先に朽ち果てさせるはずだ!」
なのにどうして!?とシェーグレンは怒鳴る。
対するリーヌスは自分の手に握られた、
先端が朽ち果て折れた刀を見つめ鼻で笑う。
「それは……使った武器が業物だっただけだ。」
(あれは!? アランが落とした刀か!?)
納得と共に湧き出る苛立ち。
当人にとっても久しぶりの『痛み』という感覚。
神父の顔にはもう余裕は消え去っていた。
(刀はもう無い! 今度こそ殺す!)
リーヌスに向けて再び迫る魔の手。
今度はそれを白亜の騎士に防がせる。
突入時にエレノアが使った鉄板を拾い上げ、
シェーグレンの能力からその身を再び守り切った。
鉄の盾は真っ二つに引き裂かれ地面に転がる。
と同時に、リーヌスの魔力も完全に切れてしまった。
「よく防いだ! が、もう貴様に自衛の術は無い!」
「いいや! 十分に時間は稼いだ……!
これだけ時間があれば――僕の仲間は立ち上がる!」
「!?」
シェーグレンは背後に二つの気配を察知する。
鋼鉄の刃をその腕から生み出す男と、
蒼色の電流が迸る鉄槌を構えた女であった。
二つの影が、機械神父の背中で交差する。
「「――合技『界雷』!!」」
雷轟が閉ざされた部屋の中で鳴り響いた。
蒼い稲妻が空気中を走り、機材を狂わす。
やがて周囲からは黒い煙が立ち込めた。
そして――
「――ぬぉおぉおおおおおああああ!!!?」
シェーグレンの体は吹き飛びモニターを突き破る。
直後、決壊するように溢れ出る爆風と豪炎。
黒の森で遭遇してより三度目の対決。
封魔局員たちは初めて大打撃を与える事に成功した。
「……運動は任せましたよ。」
魔力切れのリーヌスはゆっくりと倒れ込む。
そんな彼に二人の精鋭は背中で頷いた。
「「あぁ、任せろ。」」




