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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第四章 あらゆる秘密は暴かれる

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第五十話 暴悪の杯

 ――――


 最悪な気分ばかりの人生だった。

 いや……『人』では無いのだから()生では無いのだろう。

 彼女の生涯は気分を害する出来事ばかりであった。


 彼女の出身はいたって普通の魔法都市。

 決して治安が悪かった訳でも無く、特徴も無い平凡な街。

 そんな日常に生まれた異常こそ彼女であった。


 彼女の母親はまだ成人も迎えていない人間。

 ある日突如として姿を消し、身籠った姿で発見された。

 魔法世界であってもそれは異質な現象で、

 人々は彼女の母親をひどく気味悪がり遠退けた。


「神隠し、か。……まだ年端も行かぬ少女が可哀想に。」


「腹の子は亜人か? 忌み子だな。」


「同情は危険だ。誰も関わるなよ?

 どんな化生の類が産まれてくるか分からんからな……」


 やがて母親は死んだ、彼女を産むと同時に。

 本来ならば此処で彼女も死んでいただろう。

 だがそうとはならなかった。


「亜人……? いや、混血か。」


 母親は最期の力で聖域に辿り着いていたのだ。

 禁忌とされる森の奥、枯れた死体の腕の中。

 空腹で泣き叫ぶ少女は聖域の主に拾われた。


 妖精との混血種、コードネーム『メビウス』。

 当初彼女に与えられていた任務は主の補佐。

 幼少期から()に育てられた彼女は忠臣そのもの。

 一切の疑いも躊躇も無く命令に従う人形である。


 そんな彼女は現在、別の重要任務に就いていた。

 脱走したエルフの任務の後継。

 即ち、子供たちの誘拐および管理である。



 ――地下施設――


「森泉さんッ……! 今手当てを……!」


 酷く狼狽した声を上げながら、

 朝霧は負傷した森泉の体を抱える。

 その背後では数本の短刀を握るメビウスが近づく。


「――っ! 後ろ……!」


 逆手に握られた短刀が朝霧の首筋を狙う。

 ――その時、駆けつけたイブキがその刃を払った。

 短刀はヒュルヒュルと音を立てながら宙を舞い、

 やがて鉄製の床に突き刺さった。


「イブキ!?」


「正気に戻ったな隊長殿。ここは任せろ。」


 そう言い切るよりも早く鬼は敵の着地際を襲う。

 洗脳の発動条件は『歌うこと』。

 ならばその隙すら与えなければいいだけだ。


 メビウスの動きはまるで熟練の暗殺者。

 並の戦闘員であれば瞬時に狩られていただろう。

 しかし流石は亜人種きっての戦闘種族、鬼。

 武器の優劣を容易く覆し歌う暇すら与えなかった。


「ッ……いくぞ。」


「森泉さん!? 腕は!?」


「…………右手は死んだが、毒は無い。

 このまま行く、抜く方が危険だ。」


 そう言い放ち森泉は立ち上がろうとする。

 が、朝霧は彼がこれ以上傷つく姿を見たくは無かった。

 森泉を無理矢理抑え、服を破り、軽い止血を行った。


「おい、何をして!?」


「森泉さんはここでナディアちゃんを護っていてください。

 この先にいる子供たちは私一人で救出しますから。」


「ふざけるな、一人じゃ危険――」


「――私! ……私もう、嫌なんです。

 自分のために誰かが傷つき倒れる姿を見るのは……」


 朝霧の脳裏にミストリナの最期の笑顔が映る。

 気にするな、という言葉と共に刻まれた火傷の笑顔。

 皮肉にもその姿は朝霧にとっての呪縛となっていた。

 自責、懺悔、後悔。思い出す度に彼女の心は傷を負う。


「助けてくれたのはありがとうございます。

 けど今度は、いえ今度こそ、私に助けさせてください。」


 ぎこちない笑顔を見せながら、

 朝霧は森泉の手をギュッと握り絞め、離した。


「イブキ! 彼は置いて行くから!」


「承知。援護くらいはしてくれよ探偵殿。」


 朝霧は大剣を片手に駆け出した。

 行かせまいとするメビウスはイブキに妨げられ、

 彼女の進行を止められる者は存在していなかった。


「間違っても死にたいなんて言ってくれるなよ、朝霧。」


 大粒の汗を流しながら森泉はぼやく。

 そんな彼をイブキは、まるで突如背後から

 ナイフでも刺されたかのような目で見つめていた。


(……今、確かに?)



 ――――


 幾つもの光の線が闇を斬る。

 決して見上げてはいけない禁忌の森。

 その危険地帯を封魔局員たちは進んでいた。


 先頭を征くはハウンド、アリス、そしてリサ。

 その後ろにアランやエレノアたち精鋭が続く。

 お世辞にも速いとは言えないが、

 真夜中の森で出せる最高速で彼らは先を急いでいた。


「聖遺物の生成方法ぉ? んなモンまだ研究中じゃ?」


「はい。説はいくつかあれど、未解明。

 故に聖遺物を作るという行為は普及していません。」


「偶発的に出来るのを祈るしか無い物だからな。

 ……だが、奴らはソレを作っていると?」


 リサは小さく頷いた。

 曰く『宝樹主義者(アルセイデス)』は聖遺物を商品にしている。

 商品は闇社会へと流され、

 そこで得た資金でまた聖遺物の研究、生産を繰り返す。


 即ち、絶対不可侵領域『ユグドレイヤ』とは

 闇社会のための聖遺物生産工場であったのだ。


「集落やほとんどの大人は偽装工作(カモフラージュ)

 素材となる子供を産んでくれればそれでいいんです。」


「エグいな……兵器工場、いや、兵器農場って訳か……」


「けどリサちゃん。何で素材は子供たちなの?」


 聖遺物誕生の仮説の中には、

 幾千の年月を生きた魔法使いに宿るという物がある。

 祝福が肉体に染み着くという観点で最も有力な説だ。

 だが組織はあえて子供たちを素材に選んでいる。


 それはアリスにとっては純粋な疑問点だった。

 しかし、リサの顔は突然曇り出した。

 そして何かを思い出したかのように震えだす。


「祝福は魂に宿る物、聖遺物は祝福が定着した物。

 ……子供であればその魂はまだ何にも染まっていない。」


 同時刻、朝霧は洗脳された子供たちを追い通路を進む。

 やがて辿り着いたのは何やら異様な気配のする部屋。

 ミキサーのような駆動音が鳴り響く施設であった。


「そして……宝樹主義者(アルセイデス)は発見してしまった。

 聖遺物の生産成功率を飛躍的に高める方法を……!」


 朝霧はソレを見て気分を著しく害した。

 催す吐き気に口を抑え、不快な光景に目を逸らす。

 夢だと思いたい脳を喧しい切断音が叩き起した。


「肉体の崩壊……まだ何にも定着していない魂は、

 崩れ行く肉体から逃れ、新たな入れ物を探し始める……」


 子供たちはお行儀良く列を成していた。

 手すりも無い無機質な階段に一段ずつ並び、

 パックリと開く(あな)の中に次々と身を投げる。


 孔の底には巨大な刃。血塗れのミキサー。

 頭から落ちる子供はやがてその機材のシミとなる。


 炸裂した子供一人分の血肉は更に下へと流れ、

 凝縮され、やがて一個の固形物へと変換された。

 十人程度が『変換』された辺りだろうか。

 突如として刃と列の流れは停止し、音声が流れた。


『結果。聖遺物成功率、九パーセント。

 おめでとうございます。今回は()()()でございます。』


「子供たちを使う理由は一つ。

 入れ物に変換しやすいから……たったそれだけです……!」


 ようやく朝霧は立ち上がる。

 そして血が流れるほど強く大剣を握り締めた。


「許さないッ……!」


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