第六話 封魔局員ジャック
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マランザードが視認できる砂漠の中の岩の丘。
ある女は其処で双眼鏡を握り締めて街を眺める。
上空には異色の雨雲。都市の中には逃げ惑う市民たち。
そして慌てながらも封鎖線を維持する封魔局員たち。
女は街の中に居るはずの仲間を探し双眼鏡を振り回す。
その時、女の携帯が鳴った。
またそれと同時に彼女は
今の気持ちを代弁するかのような
深いため息を吐く。
「――何よ?」
『え、怖。何ツンケンしてんのさ?』
「別にぃ? アンタに言われた通り、
ちゃんとマランザードに来たわよリーダー?」
『急に任務入れられたの、そんなに嫌だった?』
「うっさい! で、何?
因みに状況はさっき送った写真の通り。
マランザードはもう混乱状態。
例の新人君も、もう死んでるかもね?」
『らしくねぇ冗談だな。めっちゃ不機嫌じゃん。
そんな心境の中悪いがお仕事追加だ。』
女が電話越しに相手を睨む。
歯を食いしばり、ギチギチと音を鳴らすが
その甲斐無く相手は問答無用で続けた。
『写真を見る限り、雨は完全武装された
封鎖線の奴らにほとんど影響していない。
これじゃベーゼの逃走には役立たないだろう。』
「はぁ……じゃあ無意味だったって事?」
『いや。多分あの爺さんが欲したのは「次の展開」だ。
期待しているのは封鎖線を壊してくれる乱入者。
部下の危機に思わず助けに行こうとする、そんな物好きだ。』
「……なるほど?
つまり黒幕を呼びたかったって事ね。」
納得したといった声色で、
女は双眼鏡を再び覗き込む。
そして改めて何かを確認しながら
彼女は冷笑しながら抱いた感想を述べる。
「亡霊達が仲間思いとでも思ってるのかしら?」
『ん? 俺は部下大好きだよ? 有能で使えるから。
今回の新人君もまだ見込みはある。なので――』
「――私が封鎖線ぶち壊せばいい、でしょ?」
黒幕は指示を出そうと言葉を溜めていたが、
その時には既に彼女は行動を開始し、
背後に停車していたバイクに向かっていた。
『任せたぜ。シックス。』
――マランザード圏内――
悲鳴が街中に響いている。
各地で避難所という名の軒を求めて
肌を溶かした人々が走り回る。
そんな街の中を朝霧もまた走る。
彼女の表面を包むのは防水の魔術。
魔法世界では広く伝わっている民間魔術だ。
年間の雨量が少ないここマランザードですら、
ある程度の人間がその術式を編む事が出来た。
(この術があれば雨は気にしなくても良さそうね。
なら私は、全力でベーゼの拿捕を優先する!)
毒に泥濘む土を蹴飛ばし朝霧が砂漠の都市を駆る。
そんな彼女の視界にはふと、二人の封魔局員が
彼女に気付き駆け寄って来るのが見えた。
よく目を凝らしてみると、その一方はアランだった。
「アランさん! あれ、ハウンドさんは?」
「おっさんなら封鎖線の援軍に向かった。
俺はこちらのジャック隊員と一緒に
ベーゼの捜索を始めようとしていた所だ。」
「――! 私も今ベーゼを探しています!」
「ミストリナ隊長からの指示だな? 聞かせろ。」
やや高圧的にジャックが語り掛け、
三人は互いの持つ情報を共有し始めた。
まずジャックらが持ち寄った情報。
主に市民の避難状況だ。
「アリスたちが頑張ったおかげで
避難の方はほとんど完了している!
防水の魔術や設備も十分行き届いたはずだ!」
「新人どもの動きは良かったと報告しておこう。
とかく、これでもうあの雨は脅威じゃない。」
「……ベーゼは何がしたかったのでしょうか?」
朝霧は率直に疑問を投げた。
それに対してジャックは数秒考え、
そして自分なりの答えを示す。
「……ベーゼの目標が逃走なのは違いない。
ならこれは、そのための時間稼ぎじゃないか?」
「ならっ、準備が整う前に見つけなきゃ!」
「朝霧の言う通りです! すぐに動かなきゃ!」
二人は街中へと駆け出そうと身を翻す。
が、そんな彼女たち背中に
同行する先輩隊員は淡々と声を掛けた。
「それは良いがお前ら、当てはあるのか?」
「「んっ! んんんん……」」
「新人どもは猪突猛進だったと報告しておこう。
時間は惜しいが都市全土は流石に見て回れない。」
最もな指摘に朝霧たちは閉口した。
三人が今考えるべきなのはベーゼの居場所。
ジャックとアランはすぐに脳内で推理を始める。
それに釣られて朝霧も考え込むが、
彼女は魔法世界に来てまだ一ヶ月の若輩者。
短い経験からヒントを探るしか無かった。
そうして脳裏に浮かんできたのは――
(森泉さん。)
――皮肉屋探偵の顔だった。
彼は一瞬でボガートの所在を言い当てた。
あれは祝福の性能から逆算した推理だった。
そして今回は――
(あれ? 同じじゃない?)
朝霧は目線を空へと移す。
頭上の雨雲は今にも落ちてきそうなほど低い。
だが低いと言っても当然それは遙か上空の存在。
この雨雲を街全体に展開しようと思うのならば――
「高台! この街で一番高い所ですよ!」
「なるほど? 確かに雨を降らせるなら
高い位置から発生させるだろうが……
流石にもう移動してないか?」
「だから急ぎましょう!
まだそこまで離れてはいないはずです!」
「……ジャックさん、朝霧を信じましょう。
どのみち他に手がかりは無いんだ。」
「了解した。行くぞ。」
朝霧たちは目的地を決めて走り出す。
行き先はマランザード一の高所『星見展望台』。
星空と夜景が売りの観光スポットである。
やがて急行する三人の目に件の展望台が見え始めた。
露出した岩肌には螺旋状の階段が巻かれている。
ジャックは視力強化でその階段を確認した。
「居た! 階段だ! 既に麓にかなり近い……!」
ジャックが指を指す方向には
確かに怪しい三人の集団が見えた。
その先頭にいる老人は間違い無く
ドクター・ベーゼその人である。
しかし、まだまだ距離は遠い。
「私が先行します!」
「待てっ! 一人で突っ走るなッ――」
ジャックの静止も聞かずに朝霧は魔力を込め、
人間離れした猛スピードで地表を駆け抜けた。
突き放されたアランも速度を上げるが、
身体強化特化の朝霧には追いつけるはずも無い。
彼女との距離は見る見る内に離されていく。
がその時、アランの耳元を声が掠める――
「遅い! 飛ぶぞ!」
アランは一瞬、
自身の体が浮遊する感覚を覚える。
直後、強い衝撃が全身を伝わった。
グンッとかかる重圧が体に馴染んできた頃、
ようやくアランは自身の状況を理解する。
「そ、空を飛行している!?」
封魔局員ジャック。『飛行』の祝福。
自身の体を浮遊させ高速移動する事が可能。
またジャックは身体強化の魔術を使い
大人一人なら速度を落とさずに飛行出来る。
故に彼の体格はアランとあまり変わらないが、
そんなアランを抱えた状態で更に加速した。
そうしてすぐさま朝霧に追い着くと、
二人に気付いた朝霧に不敵な笑みを魅せる。
「ジャックさん!? え、速っ!」
「フン。先に行ってるぞ?」
たちまち朝霧を追い抜き
ジャックは展望台へと急接近する。
当然、ベーゼらも敵の存在に気付いた。
「ベーゼ様! 封魔局員が飛んで来ます!」
「飛んで来ますじゃねぇ! コージ、打ち落とせ!」
コージと呼ばれた男は石を拾い上げ、
そして迫る封魔局員らに狙いを定めた。
対するジャックもまたその姿を視認し、
腕に抱えたアランに声を掛ける。
「アラン! 投げ飛ばすぞ!!」
「……は?」
驚愕の感情すら追い着かない。
速度もそのままにジャックは空中で回転し、
その勢いも加算してアランを投げ飛ばす。
当然アランは情けない悲鳴と共に宙を舞うが、
コージは冷静に狙うべき標的を見定めて
飛行の出来るジャックに小石を投げ付けた。
ジャックは弾道を予測し回避に移る。
が、片手サイズだったはずの石は突然巨大化し
人など簡単に押しつぶせるほどの巨岩に化けた。
(ッ――『巨大化』の祝福か!)
回避不能の大岩がジャックに迫る。
そしてその遙か下には、既に朝霧がいた。
「させるかッ!」
朝霧が跳躍一回で彼らの高度に達すると
たちまちジャックと岩の間に入り
迫る巨岩に怯む事無く大剣を振るう。
全身から腕、そして大剣へと魔力を流し、
朝霧の重く鋭い一撃が岩肌を殴る。
直後その巨岩には亀裂が走り、
小気味良い音を立てて粉々に砕かれた。
そして砕かれた岩の隙間からは、
朝霧を見つけて睨み付けるベーゼも見えた。
「ッ――!」
朝霧が落雷の如く着地する。
場所は展望台の麓。即ちベーゼの眼前。
彼女はユラリと顔を上げる。
「やあやあ嬢ちゃん。また会ったな?」
動揺が隠せないでいる部下二人とは対極的に、
ベーゼは出会った時のような笑顔を見せる。
そんな彼に対して朝霧は今度こそ臆せず睨み返した。
「ドクター・ベーゼ。あなたを逮捕します――」