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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第四章 あらゆる秘密は暴かれる

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第二十七話 師範

 ――――


「これは……状況が変わったぞ……!」


 魔方陣が刻まれた床の前で、

 魔道士たちは頬に冷や汗を掻きながら騒ぎ出した。

 機械化された部屋の中、慌てふためき駆けずり回る。


「報告! こちら念波受信班!

 妖刀からのデータ送信、完全にロストしました!」


『ほぉ? 恐らく折られましたね。』


 魔道士の前には巨大なスクリーン。

 その組織の紋章が映し出された画面から、

 老熟した男性の声が大音量で流された。

 魔道士は耳たぶを押さえながら指示を仰ぐ。


「っ……如何いたしましょう? 博士?」


『如何も何も、我々は現場に任せるだけですよ。

 第八席に連絡しオルフェウス君を動かせなさい。』


 了解しました、と声を上げ、

 魔道士は通信機のチャンネルを切り替えようとする。

 が、そんな彼の手を画面越しの声は遮る。


『あーそれと? 私の称号はもう博士では無いので。』


「は?」


『魔王軍執政補佐官、()()()。それが私。

 早く定着させねば、亡き硝成殿が浮かばれないのでな!』


 老人の笑い声がハウリングを巻き起こす。

 魔道士は両耳を抑えながら、

 死ぬ思いでチャンネルを切り替えた。



 ――道場前――


 散らされた火の粉が夜空を舞って地面に落ちる。

 だがそれらが自然と山に燃え移る事は無い。

 周囲の木々をエレノアたちが折ったからだ。


 新たに焚べられる薪を失い、

 炎は道場を徹底的に焼き尽くそうと背を伸ばす。


「っ、火の勢いが……増した!」


 火の粉から顔を守るように腕を回し、

 エレノアたちは燃える道場の前で立ち尽くす。


 やはり周囲にアランの姿は見えない。

 今の今まで冷静さを保っていた彼女だが、

 遂に我慢が出来ず内部への侵入を試みようとする。


「待て、粗暴人類! こんな所に飛び込んだら死ぬぞ!?」


「そんなの分かってる! けど……!」


 アランが心配だ。きっとまだ中にいる。

 そんな焦りに身を焦がしながら、

 止めに入る仲間たちを押し退け道場へ向く。

 その時――


「――本堂一刀流、『()花腐(はなくだ)し』。」


 真っ赤に染まる壁に格子状の閃光が走る。

 直後、その壁は細切れに斬り刻まれた。

 そして巻き上がる炎と共に人影が姿を見せる。


「!! アラン先輩!」


「ほう? アランの朋輩(ほうばい)らか。」


 それは白髪の大男。右手に抜き身の長刀を、

 脇と背に二人の若者を抱えた老剣士であった。


(……誰!? というか、腕に担がれてる人!)


 エレノアは老人の腕を凝視する。

 彼女が見紛うことは無い。

 やはりそれは敬愛する先輩であった。


「アラン先輩……!」


「煙を吸いすぎている。一先ず空気の綺麗な所へ。」


 そう言うと老人はエレノアにアランを託す。

 すると他の隊員たちも彼女らの元に駆け寄った。

 その内の一人が老人の顔を見てハッとする。


「あなたは……! まさか、本堂道場の!?」


「左様。私は本堂一刀流師範、本堂秋霖(しゅうりん)である。」


「え!? この人が!?」


 アランを担ぐエレノアは驚きのあまり振り返る。

 それはシアナも同様だったらしく、

 目を丸くしながら老人を直視していた。


「そうか、二人は喧嘩してて会って無かったか。」


「「うっ……すみません……」」


「ただ、我々も、その……話すのは初めてだ。」


 顔を知る隊員は言葉を選び秋霖の顔を伺う。

 それも当然の事であろう。

 つい数時間前まで抜け殻のような老人だったのだから。


 秋霖もそれを悟ったのだろう。

 ハリスを降ろし隊員たちに自ら語り掛けた。


「長く呆けていたようだ。が、もう正気だ。」


「その間の記憶は?」


「ぼんやりだが、あるよ。酷い無様を晒したものだ……」


 秋霖は目を逸らし溜め息を零す。

 何を思っているのか、しばらくの沈黙が続く。

 だが大した繋がりの無い隊員たちに掛ける言葉は無い。

 バツの悪そうな彼らに気付き老人は話題を変えた。


「竹林から飛んで来た鉄柱。あれは君の武器か?」


「はい……! そういえばまだ中に……!」


「分かった。では私が取りに行こう。」


「……は!?」


 さも当然の事かのように、

 秋霖は刀一本を携えて燃える道場へ歩み出す。

 当然周りの封魔局員たちは彼を止めるが、

 老人は無邪気な笑みを見せそれらを押し退けた。


 彼が家屋の前に立った瞬間、

 まるで見計らったかのように火柱が吹き出した。

 エレノアたちは焦って身を挺する、が――


「火か。こっちは雨だ。」


 ――(つるぎ)の一振り。

 青白い閃光が雨飛沫のように弾け飛ぶ。

 瞬間、秋霖に迫っていた業火は掻き消された。


「はぁ!? 刀で……炎を消した?」


「では探してくる。」


「は……はい。」


 肝を抜かれた隊員たちの視線を背に、

 本堂一刀流の達人は炎の中へと侵入した。


 中は最早悲惨な状態。

 足場は重心を乗せるたびにギジリと歪み、

 火の粉と木片が常に空中から落下する。


 だがそれら全てを秋霖は剣で弾く。

 捜し物の片手間で部屋を掃除するように。


(あぁ……名器も掛け軸も全部……いやいや、今は。)


 やがて秋霖はトールハンマーを発見する。

 熱された鉄柱は光熱の危険物へと化していた。


(持てないな。………………カッ飛ばすか。)


 内心でそう決断すると、

 秋霖は刀を鞘に収めバットのように握りしめる。

 そして、ゴルフの要領で鉄塊を打ち上げた。


「ふんっぬ!!」


 超重量の鉄柱は壁を粉砕し外へ飛び出す。

 そして炎天の外から帰宅した人のように、

 老人は服で風を送りながら夜風を浴びに出る。


「ふぅ、流石に暑すぎて疲れたな……」


((化け物だ。この爺さん……))


 畏怖の念を若者たちは同時に抱いた。



 ――――


 数刻の後、ハリスは深い混濁から目を覚ます。

 炎上の眩い光に目を刺され眉間にシワが寄る。

 不快感に苛立ちながらゆっくりと瞼を開けた。


「起きたか、バカ弟子め。」


 耳に飛び込む懐かしい声。

 ハリスは心底仰天しガバッとその身を起こす。

 急激に痛む全身に顔を歪ませながら、

 ゆっくりと、そして恐る恐る声の方へと目を向けた。


「し……師範……?」


「幽霊では無いぞ。そしてお主も死んではおらん。」


「っ……!」


 それ以上目を合わせていられなかったのだろう。

 ハリスは居心地が悪そうに目を逸らす。

 そんな彼の目の前に秋霖は短い刀身を摘み、

 折れた妖刀を見せつけた。


「柄は触るなよ? まだこの妖刀は死んでおらん。

 全く面倒な物に手を出したものだな、お前は。」


「……アラン兄は?」


「少し離れた所で寝ている。まだ起きてはいない。」


「そう……良かった……」


 その言葉を最後に会話は途切れた。

 話したく無いという意思を全面に押し出し、

 ハリスはひたすらに秋霖から顔を逸らす。

 すると老人は溜め息を溢しながら勝手に喋りだす。


「そんなに私が嫌いになったか?」


「……」


「やはり、お前に負担を掛け過ぎた事で……」


「別に、アンタを嫌う理由はそれだけじゃない。」


 その言葉を受け秋霖は意外そうに目を見開く。

 そしてハリスは突きつけるように言い放った。


「僕はアラン兄が好きだ。尊敬している。

 けど彼は、親であるアンタの面子ばかり気にしてた!」


 アランは戦争前も戦争後も、

 自分の思いを押し殺して道場の事ばかり考えていた。

 道場を継ぐこと、名声を取り戻すこと。

 彼の人生はずっと本堂道場という檻に囚われていた。


「ずっと洗脳してきたんだろ? アラン兄を!

 道場をこれからも存続させるために縛り付けたんだ!」


 ハリスの声を木の陰でエレノアも聞く。

 嫌悪と怒気を孕んだ声は心を傷ませる。

 すると、秋霖はまたも溜め息を漏らした。


「アランは……実の息子じゃない。養子だ。」


「……え?」


「この山で拾った捨て子だ。赤子の時にな。

 当時の私は妻子を亡くしたばかりで失意の底だった。」


 秋霖は己の過去を語る。

 彼の本来の息子は剣の天才であった。

 将来は道場を継ぐと誰もが思い、秋霖も教育を施す。


 しかし道場の看板を背負う修行は当然苛烈。

 そして息子は確かに天才ではあったが、

 別に剣が好きという訳では無く、むしろ嫌いだった。


 やがて息子は、苦を感じ命を絶った。


 後を追うように妻も死ぬ。多くの怨み言と共に。

 妻子を失った秋霖は何に対しても気力が沸かず、

 道場も次第に廃業させ余生を過ごすつもりでいた。


 そこで拾ったのがアランである。


 この時の秋霖はアランを養子にはせず、

 未来のある引き取り手が現れるのを待っていた。

 そんなある日、彼の過去を知りアランは宣言する。


 ――なら僕が道場を継ぐよ! 息子になって!


 止めておけと諭した。何故だと問うた。

 息子を死なせてしまったトラウマから、

 道場は畳もうと考えていると説明した。


 ――だって秋霖さんって!

 剣を手入れしている時が一番楽しそうなんだもん!


 それは残った唯一の趣味だった。

 身に染み付いただけのただの習慣だった。


 しかしなるほど、息子の死後も続けていたのだから、

 自分にとって相当好きだったのだろうと秋霖は悟る。

 ただ一言「分かった」と呟くとアランは笑顔で返した。


 ――よろしくお願いします! 父さん!


「…………っ!?」


 ハリスは顔を歪ませ、たじろいだ。

 秋霖の顔から嘘では無いと悟ってしまうと、

 怒りのやり場を失い彼の感情は混濁する。


「その日から、アランは本当の息子のような存在になった。

 だが何も! そんな存在はアランだけでは無い……!!」


 ハリスの真正面で秋霖は正座した。

 剣士として慣れた動きで座り込む。

 そして――


「――お前たち門下生は皆、大事な私の子だ!!

 だからこそ、苦しい思いをさせ申し訳無い!」


「な!? 師範……!?」


「この通りだ!!」


 秋霖は地面に頭を押し付けた。

 濡れた落ち葉で額を汚し、

 ハリスに向けてひたすらに謝罪する。


「そんな……ちがっ、僕がそもそも悪人で……!」


 思い起こすは人斬りを心から楽しんでいた自分の姿。

 ハリスの脳内は最早ぐちゃぐちゃの暴風雨。

 今心を刺す感情の名状も間に合わない中、

 ゆっくりとその手を震わせながら伸ばした。

 その時――


「――!? 伏せろ、ハリス!!」


 秋霖は剣を手に取りハリスを庇う。

 鞘に収められたままで飛来してきた何かを弾き、

 その射線を辿って森の暗がりに睨みを聞かせた。

 異常に反応し、エレノアも臨戦態勢を整える。


「秋霖さん!!」


「構えよ、メルニック殿。……増援だ。」


 秋霖の警戒心は最大限に跳ね上げられた。

 その暗がりの中から現れたのは、

 三人の新たな鬼たちであった。


「俺は鬼の総大将、ウラ。

 部下が二人ほど来ているはずだが……知らねぇか?」


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