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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第四章 あらゆる秘密は暴かれる

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第二十六話 心放つ

 ――九年前――


 戦争前は道場にも活気があった。

 世界に不穏な気配こそ漂ってはいたが、

 それでも道場には門下生たちの声があった。


「ったく……んな寂しそうな顔すんなよな、アラン。」


 マックはそう言うと長い欠伸をする。

 人一倍大きな手で弟弟子の頭をくしゃっと撫でると、

 朗らかな笑みを最期に背を向けた。


「そうよアラン。ハリスたちの面倒を見てあげてね?」


 モネはそう言うと荷物を背負う。

 細く白い腕にスルッと黒い長手袋をはめ、

 美しく微笑む口元に思わず目を奪われた。


「それでは師範。行ってきます。」


 コルウスはそう言うと師範に頭を下げた。

 自分の刀の状態を確認しながら毅然と振る舞う姿。

 いつでも冷静な彼を憧れの眼差しで見つめた。


「行ってらっしゃい! みんな! 必ず――」


 アランは必死に手を振り叫ぶ。

 それは心のそこからの応援と、願い。

 そこに続く言葉を予見し師範は怒鳴って遮った。


「――たわけ! 戦士に()()を言ってはならん!

 彼らはこれから戦地へ赴き武功を立てるのだぞ!?」


「……! すみません師範!」


「正しい言葉は理解しておろうな?」


「はい! すぅぅぅ……! ――()()()()!」


 アランに続き彼の腕にしがみつくハリスも声を上げた。

 それと呼応するように他の残った門下生たちも叫びだす。


 次々響く「ご武運を」という若い声を背に、

 兄弟子たちは笑顔でその場を立ち去った。

 師範も満足げに胸を張り弟弟子たちも笑っている。


 これで良かったのだとアランは己を納得させた。

 しかしこの時、心の奥底では、

 去りゆく兄弟子たちの背に別の言葉を投げたかった。

 武功なんていらない。ただ、ただ一言――


 ――「帰ってきてね」と叫びたかった。



 ――六年前――


 兄弟子たちは帰ってきた。物言わぬ死体となって。

 それが人の形を保っていればまだマシだ。

 惨たらしい肉塊や異形の怪異に変えられた者もいた。


「マック……! モネ……?」


 行方不明者も多くいた。だがそれも生存は絶望的。

 死体すら残らない攻撃に晒されたという事だから。

 判別不能な死体に混じっているかもしれない。

 そんな痕跡一つ残せず消滅したかもしれない。


「コルウスは……? 奴ならまだ何処かで生きて……!」


「回収出来た遺体はそれで全てです。では私はこれで。」


「ま、待ってくれ! 待ってください……!

 彼らは……弟子たちはちゃんと役に立ちましたか!?」


 縋るように師範は問い掛けた。

 それはせめてもの救いを願っての問い。

 落とし所をつけるために聞いた愚問だった。


 しかし言葉による解答は何も無い。

 死体を届けた男はただ無言で眉をひそめるだけだった。


 そんな解答を全く予見していなかったのだろう。

 師範はしばらくの間戸惑い、ようやく悟る。

 その瞬間、彼の心が割れる音をアランは聞いた。



 ――四年前――


「じゃあ行ってくるよ、ハリス。」


 今にも降り出しそうな曇天の下、

 パンパンに膨らむ荷物を背負いアランは呟く。

 そんな彼の背をハリスは寂しそうに見つめていた。


「守護大学……封魔局員になるんだね?」


「あぁ、本堂一刀流の名声は俺が取り戻すよ。」


 戦争後、最早道場に活気は無い。

 堕ちた名声は残った門下生たちの気力まで削ぎ、

 一人また一人と山から降りて行った。


 それを止めるような活力が師範にあれば良かったが、

 今ではそれすらもう欠片も残ってはいない。

 気づけば、門下生はもうハリスしか残っていなかった。


「だからお前は、師範の側にいてやってくれ。」


「……寂しくなるなぁ。アラン兄まで行っちゃったら。」


 寝たきりの老人の顔を思い浮かべながら、

 ハリスは悲しそうな顔で訴える。

 だがその気持ちをアランが汲むことは無かった。


「何だよ、俺の武功を祈ってくれないのか?」


「……! そうだった……ね。うん! ご武運を!」


 おう!と屈託の無い笑顔を見せアランは旅立った。

 遥か遠くへと彼の背が消える間際まで、

 ハリスは精一杯に手を振った。

 やがて完全に見えなくなると、彼は静かに呟いた。


「ズルいよアラン兄。

 今回は……『帰ってきてね』って……言わせてよ……」



 ――現在――


 暴風雨が吹き荒れる。

 家屋を破壊する勢いで『敵』を討とうと鉄がうねる。

 しかしその鋼が護ろうとするものも確かにあった。


 師範だ。

 彼に迫る業火や落下する灼熱の木片を打ち払う。

 過保護なまでに、鉄の壁が彼を護っていた。


「っ……ジジイを護りながら戦えるの?

 知ってるよ! 『暴風雨』が諸刃の剣だって事は!」


(何て事は無い……! 反動はデカいが、制御は効く……!)


 溢れ出す巨大な鉄の塊が、

 アランに近付こうとするハリスを全力で拒む。

 それは最早剣豪同士の戦闘とは掛け離れていた。


(チッ、流石の妖刀でもこの手の戦闘データは少ないか。)


 鉄の暴風雨を剛の剣で受け止めながら、

 火花を散らし敬愛する兄に迫ろうと足掻く。

 だがやはり半狂乱の鉄がそれを拒む。

 上着が破れ、血が吹き出し、炎の熱で乾いて消える。


 喉が乾いた。体も疲れた。腕が重い。

 赤く染め上げられた部屋も強者の兄も要因だが、

 何より妖刀を扱うという負担がその気力を削ぎ落とす。

 しかし、人斬りハリスにはそれすら楽しかった。


「はは……あはは! やっぱり強いや、アラン兄は!」


「俺は道場の名声の為に鍛錬を続けてきたからな。

 逆に信念を捨てたお前は弱くなった、身も心もッ!」


「――ッ! そんな言葉を聞きたいんじゃ無いッ!!」


 ギリッと食いしばるハリス。

 アランも最後と言わんばかりの全力を込める。

 火はもうすぐ家屋全体を大炎上さえ、

 生きるために必要な酸素を喰らい尽くそうとしていた。

 最早一刻の猶予なし。これで終わりにするしか無い。


「応えろ……妖刀ッ!! 僕の人生を解き放てッ!!」


「『鉄器創造』……!! 俺の全てを今、放てッ!!」


 アランは全ての鉄を還元し生み出した渾身の鉄剣で、

 ハリスは己が全ての魔力を吸収さえた真紅の妖刀で、

 魔力を重ね、声を重ね、思い出を重ねて、撃ち放つ。


「「本堂一刀流奥義――『村雨』ッ!!」」


 二つの斬撃が、空中で重なった。

 ぶつかり合う全力の魔力は燃える赤の空間に、

 青白い閃光の輪を三度、四度と鳴り響かせる。

 だが僅かに、ハリスの斬撃の方が大きく鋭かった。


(ふん、やっぱり僕の方が…………え?)


 ふと映ったその光景にハリスは目を疑う。

 それがいたのはアランの真後ろ。

 無言で鎮座するだけだったはずの老爺が、

 斬撃の光を見つめ、二人の子を見つめ、笑っていた。


「よく聞け、ハリスッ!!」


「っ……アラン兄?」


「俺は、嬉しかった。ずっと帰って来なかった俺を……!

 お前が昔と同じように兄貴と慕ってくれたのが!」


「――!?」


 アランの斬撃がハリスの斬撃にヒビを入れる。

 食い込むように、踏み込むように裂いていく。


「お前の気持ちが、どこで歪んだのかは知らねぇ……!

 けどそれには……俺にも落ち度があったんだろう……!」


(ちがっ……そんなっ、アラン兄は……!)


「その問題は、困難は! 俺も一緒に背負うから!

 だから今は――お前の狂いを増幅させるソレを斬る!」


 ハリスの斬撃は砕け散った。

 そして、アランの斬撃が人斬り目掛けて飛翔する。

 思わずハリスは目を瞑る。

 が、斬撃が直撃したのは彼とは別の物であった。


「砕けろ――妖刀ォッ!!」


 アランの斬撃は、

 ハリスが握る真紅の刀身を圧し折った。


「なん……で、アラン兄? 何で僕を……?」


「……引導を渡すとか言ってはみたが、やっぱ無理だ。

 自分の弟を斬れるほど、俺の心は鋼じゃねぇよ。」


 乾いた、それでいて泣き出しそうな笑みを漏らすと、

 気力の尽きたハリスはその場に倒れ込む。

 周囲は尚も大火災。この場に残れば焼けて死ぬ。

 ハリスを連れ出そうと足を出すが、

 やはりアランも既に満身創痍の限界であった。


(……ったく、こんな……ザマで……)


 倒れる音を炎上音が掻き消した。

 気を失った二人を荼毘(だび)に付すように、

 燃える道場は完全に崩壊し始める。


「両者、天晴であった――」


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