第二十四話 奪われた秘宝
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最初に人を斬ったのは『仕事で』であった。
剣術指南のアルバイトだけでは道場の維持も困難となり、
ただ金が欲しいが為に始めた処刑人としての仕事。
それは彼にとって正に天職と呼べるものだった。
僅かな勤務時間で多額の収入が得られる。
師範の介護で時間の取れない彼にとって、
これほどありがたい仕事は無かった。
また、この仕事は競合する同業者も少なかった。
悪人とはいえ人を殺す仕事。
最初こそ「自分はいけます」と意気込む者も多いが、
次第にその手を染める血の幻覚に怯え始める。
その幻覚はハリスも見ていた。
しかしどうしてだろうか?
その時、彼の口元は緩んでいた。
「ハリス殿は素晴らしい。心に一切ブレが無い。」
「大がかりな処刑設備も必要ないし、コスパもいい!」
「ハリス殿。汝を公儀処刑人に任命する。」
暗く重たかった空が晴れるような気分だった。
きっとそれほどまでに、苦しかったのだろう。
道場で過ごす日々が。独り老人を介護する生活が。
人を斬る瞬間だけは忘れられた。素が出せた。
(あぁこんなに気持ち良かったんだぁ!)
楽しい。楽しい。楽しい。楽しい。
楽しい、楽しい、楽しい、楽しい!
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい!!
(あは、あはは! 楽しいなぁ人を斬るのって!!)
依頼の電話が鳴るのが待ち遠しい。
仕事着へ袖を通すのが幸せだ。
次が欲しい。早く次の罪人が欲しい。
(監獄領域には何故か多くの罪人を生かしていると聞く。
取っておく意味なんて無いだろ? なら頂戴よ!)
斬りたい。とにかく人を斬り続けたい。
そんな思いは日増しに強くなる。
大好物のデザートをねだるようにハリスは求め続けた。
そんなある日、彼は出会う。
それは偶然の邂逅。いつもの仕事の帰り道。
少し気分を変えようと近道をした結果。
彼は出会ってしまう。本物の人斬りに――
「――見タ、ナ?」
――現在・道場――
業火が建物に引火する。思い出が黒く焼け焦げる。
鬼が放った火の鳥は瞬く間に全体へと広がった。
崩れ落ちる天井。露出する梁。頬を大粒の汗が伝う。
「何してくれてんだ、テメェ!!!?」
アランは酷く取り乱し鬼に怒鳴りつける。
消火しようかと足を踏み出すが、
最早それも間に合わないと悟り唇を噛んだ。
ふと周囲に目を向けると、師範が見えた。
こんな騒ぎにも気付いていないのか、
尚も神像の前で正座をしたまま動かない。
「っ……! こんな時まで! おい、手伝えハリス!」
師範の腕を掴みアランは弟弟子に手助けを求める。
しかしハリスは一瞬だけ目線を向けると、
すぐに逸らし放火した鬼の方へと歩み寄った。
「ハリス……! お前今、何をしている?」
いくつもの意味、いくつもの感情を乗せ、
アランはハリスの横顔を睨み付ける。
炎の光を受け暗い影を落とすその顔は、
まるで悪霊に取り憑かれているようだった。
「知らないのか? ソイツの正体を?」
アランの問いに答えたのはメズだった。
立っているのもやっとな足で、
遅れを取るまいと意地だけで立っていた。
「正体……だと?」
「そいつは……魔王軍に属する人斬りだ!」
「なっ!?」
鬼から発せられた予想外の言葉に目を見張る。
アランの顔に流れる汗が果たして灼熱によるものか、
はたまた動揺による物かは分からない。
そんなアランに気を使うことも無く、
メズは肩を大きく揺らしながら言葉を吐き続けた。
「魔王軍と鬼の一族はもう何年も敵対している。
決定的になったのは……その秘宝を奪われてからだ。」
「……黙れよ。」
「鬼の秘宝、妖刀『暁星』……!
俺たちはずっと逃げ続け、探し続けた……!」
「黙れって。」
「今ソイツの手にあるって事は……お前が魔王軍の――」
――瞬間、言葉は途切れ血が飛んだ。
炎の中でもくすむ事の無い紅の閃光が煌めいた。
キラリと冴える刀身が、鬼の首を刎ね血を啜る。
やがてメズだったものは膝から崩れて停止した。
「ふん、黙れって言ってるのに。」
「っ……! ハリス……今の話は……?」
震えた声でアランは訪ねた。
恐れのような気持ちが籠もっていたのだろう。
本当の弟のように思っていた相手が、
敵である魔王軍に属し人斬りを行っている。
そんな情報を信じたくは無い。
しかし、それを嘲笑うように、
ハリスはいつもと変わらぬ笑顔で答えを返した。
「うん! 事実だよ?」
「っ……!」
炎は完全に道場を飲み込み破壊の限りを尽くしていた。
いつの間にか外は暗く、火を鮮明に輝かせる。
酸素の薄くなっていく空間。心底居心地が悪い。
「僕出会ったんだ! 本当の人斬りに!
彼が人を斬り殺す様に、僕は見惚れちゃったんだ!」
ハリスは当時の事を思い出しうっとりする。
それは芸術の域に達する鮮やかな手際。
一目見て、彼は『本来の人斬り』に惚れ込んだ。
「その場で頼み込んだ、弟子にしてくれって!
そしたら『第八席』って人? ……が急に割り込んでね?
この妖刀を貸してやるから人を斬ってみろって!」
(第八席……! 魔王軍幹部と本来の人斬り……!?)
「だから僕は認められるために人を斬ったんだ!」
臆面も無く、悪怯れる事も無くハリスは宣言した。
頭が痛くなるのを必死に堪え、
アランは最後に一つ、質問を投げ掛けた。
「何人……斬った……?」
「民間人六人! 鬼の女が闇社会の人間を四人で、
師匠は連合関係者を四人だから、数なら僕が一番だね!」
「…………そうか。」
その言葉を聞き諦観に似た溜め息を漏らす。
瞬間、周りの焔を消す勢いの風圧と共に、
二人の剣士は剣を交えた。
「酷いなー、アラン兄! いきなり斬りかかるなんて!」
「黙れ、魔王軍。」
最早兄弟子として掛ける言葉は何も無い。
現在進行形で失われる名声を回復するために、
道を踏み外した愚かな殺人犯を斬るために、
今宵男は、燃ゆる思い出の中で剣を振るう。
「六番隊、本堂アラン! 俺がお前に引導を渡してやる!」
燃えて落下してきた木片が
兄弟の哀しき決闘の火蓋を切って落した。




