第十五話 過猶不及
神の奇跡は時に気まぐれ。
その祝福は体系化が困難な程に多様性を極める。
だがそれでも共通している要素もあった。
一人に対して一つだけという条件と、
本来は魂に宿るというその在り方である。
――だが稀に、祝福は宿主である魂から乖離する。
その条件は未だ不確定だが、いくつかの仮説もある。
千に迫る年月を生きた魔法使いの肉体に宿るだとか、
死の間際に莫大な魔力を受けた物品に宿るだとか。
どれもあくまで仮説の領域。だったらいいなの夢物語。
魔法使いにとっても眉唾物の伝説、それが『聖遺物』。
しかし知見と権力のある者たちは知っていた。
間違いなく聖遺物は存在していると。
特殊能力を持つ魔法道具。世界を動かす重要機構。
その中の一部にも故人の聖遺物が紛れていると。
そして半年前。砂漠の街にて新たな聖遺物が発見された。
強欲の権能を返還した負け知らずの敗北者が、
毒に冒されたその身を犠牲にして放った最期の煌めき。
その祝福が――天より飛来した流星の残滓に宿った。
「――呼び起こせティタノマキア!
是に宿るは万物刈り取る時空の鎌!
触れれば最後! 全ての魔法を無に還す――」
無法者の男が投げた小石がグレンのバイクの接触する。
直後それは、紫色の雷撃となって起爆した。
宙に広がる球形の爆発。その雷にグレンたちは撃たれた。
「聖遺物――『神秘崩壊』。」
(ッ……!? 痛……くは無い?)
それはガイエスの能力が宿った隕石の破片。
マランザードと周辺の砂漠に散らばった聖遺物。
多くの人々は砂漠の中の宝石を血眼で探した。
都市の発展も治安の悪化も、
全てこの新たな特産品によって左右されていた。
それほどまでに、この聖遺物は凶悪だった。
何故ならそれは魔法による戦闘を根本から覆す代物。
ガイエスの能力は――全ての魔法の無効化なのだから。
(な!? バイクの動力が……死んだ!?)
グレンは体感時間を加速させ、
自分たちが置かれた状況を正確に理解した。
大地から遠く離れた大空で彼らは翼を失ったのだ。
アリスは未だ状況が理解出来ていないようだ。
人斬りらしき女はいつの間にか気絶している。
恐らく動けるのはグレンのみ。しかし――
(マズい……! どうする、どうする、どうする!?)
――未熟な彼は焦りから完全に取り乱していた。
彼の目は、耳は、五感の全ては正確に状況を収集する。
しかし彼の脳が集めた情報を捌き切れない。
(そうだ、二人の落下速度を落とせば……!
いや、遅くなんてしたら敵の銃弾を避けられない……!)
いくつもの可能性を考え破棄する。
思いついた矢先にコンマ数秒後の自分が否定する。
見れば敵は既に亀裂から銃口を向けていた。
いくら引き延ばそうとも時間は有限。
経験の浅いグレンに選択の時が迫られる。
(っ……! アレを使うか? けど訓練じゃ一度も……!)
グレンの頭は雑念に囚われた。
浮かび上がる雑多の中、彼の脳裏に声が響く。
それは数ヶ月前の事であった。
――三ヶ月前・屋外訓練場――
「なるほど、つまりお前はアホだな。」
晴天の下、汗だくのグレンに罵倒が届く。
その言葉に苛立ち顔を上げると、
そこにはアーサーとデイクの二人がいた。
推薦枠であったグレンは
他の同期たちより早く訓練を始めていた。
それもデイクによる専用装備を携えての、だ。
「お前の専用装備はそのバイク。
魔導飛行二輪車『オルタナドライブ』だ。」
アーサーは四つん這いになり休む彼の前を進み、
バイクに手を当て内部の様子を魔力で探る。
正にデイクの傑作と言っても過言では無い一品。
アーサーはその出来栄えに舌を巻く。
「正直、全隊員の中でも一番上等な武器だ。
だがグレン。それをお前はまだ完全に扱えていない。」
「わーってますよ! だからこうして訓練を!」
「何度やっても結果は同じだ。お前がアホだからな。」
ムッとした表情でグレンは更に苛立つ。
元々暴走族。気性が穏やかな方では無い。
とにかく不満で眉間にシワも寄る。
そして苛立った脳が言葉の意味を探り加速した。
(俺がアホだ? 何か意味が? それとも単純に嫌味を?
いや俺はこの人に推薦され……まさかイビリのため!?)
思考はどんどんあらぬ方向へと曲がる。
その変化を読み取ったのだろう。
アーサーは呆れたように深い溜め息を零す。
「ほら、またそれだ。」
「?」
「お前。ゴチャゴチャ考え過ぎなんだよ。」
あらゆる分野において『思考』は重要だ。
しかしそれで足が止まってしまっては意味が無い。
一分一秒が命に関わる封魔局員なら尚更だ。
「お前は祝福で思考を加速出来る。だからこそ!
余計な情報も人一倍脳に貯め込んでパンクする。」
「――!」
「アンブロシウスで一回学んだんだろ?
それに戦闘に入った朝霧の判断の速さも見たんだろ?
ならいい加減気付け。悩む時間が一番無駄なんだ。」
――――
「……そうだった。」
グレンはニヤリと笑い両手を伸ばす。
アリスと人斬りらしき女の背を触れ祝福を発動した。
直後、二人の落下は目で分かるほど減速する。
(速度操作? このガキの祝福はそれか!)
亀裂の中から男は銃口をアリスの背に向けた。
が、すぐにその判断を修正する。
何故なら動力の消えたバイクに向かい、
グレンが必死に手を伸ばしていたからだ。
「――! アイツ何をする気だ?」
(間に合うか……? いや違う、間に合わせろ!!
出来るかどうかじゃ無く、すぐやるんだよ!!)
必死に手を伸ばす。届くかどうかは分からない。
それでもとにかく手を伸ばし続けた。
あと少し遅ければ不可能であっただろう。
ギリギリ、その指先が彼の専用装備と触れ合った――
――いいかグレン?
これはベーゼさんの生み出した魔術……いや技術だ。
(対象固定、機能固定により詠唱破棄……!!)
――彼がこの分野を大きく発展させた事により、
今の魔法世界が存在していると言っても過言では無い。
(魔力同調成功! 肉体融合適正! 機械術式臨界!)
――あの人はよく言ってたよ……
これこそが『現代の魔術』である、とな。
「最上位機械魔術――『機械生命融合式』!!」
瞬間、飛行バイクは大蛇の如くウネリだした。
まるで荒波のようにグレンの体を包み込み、
その肉体を強固な魔導装甲にて覆い尽くす。
それはかつて、世紀の大戦犯がこの地で行った大魔術。
そして魔王軍幹部が彼の故郷で使った奥の手。
機械の鎧を携えた、鋼鉄の戦士が大空に立っていた。
『魔導機兵――「カルラ」!!』
「っ! 虚仮威しがぁ!!」
空の裂け目より放たれた数発の弾丸。
それらは狂いなくグレンの体に直撃する。
しかし今の彼は鋼の戦士。効きはしない。
逆に亀裂へ向かいジェットを噴射し、
男の顔面を鋼鉄の拳で撃ち抜いた。
(イっッ!! 動力も蘇ってやがる……!
融合でリセットされた? いや聖遺物の時間制限か?)
男はすぐさま亀裂を閉じ逃走した。
本来の目的は人斬りらしき女の捕獲だが、
それに命をかけるような熱意は無い。
ワープの祝福を以てすれば接近は容易。
封魔局員の監視下に置かれるのは厄介だが、
また戦力を整えてから再戦すればいい。
そう考えての逃走だった、が――
『――見つけた!』
ワープ先の上空を鋼の戦士は飛んでいた。
あまりの衝撃に男は目を見開き驚愕する。
そんな彼の元にグレンは急接近を開始した。
「な、何故此処が分かった!?」
「分かってねぇよ! けど逃しちゃマズいと思ったから、
この街を隅から隅まで全部見て回るつもりだった!!」
(ふざけっ……!? 俺が逃げたあの一瞬で、
そんな面倒臭え事を考え実行に移ったってのか!?)
男は焦りながら銃を全弾発射した。
狙いを付けている訳では無い。そもそも相手は鋼の体。
ただ突進し、ただ全力で殴るだけで男は負ける。
もはや半分自棄の銃乱射。既に気持ちで負けていた。
「クソっ! クソっ! クソっ! 単純野郎がぁあっ!!」
叫ぶ彼の眼の先に鉄の塊が押し寄せた。
直後、噴き上がる鉄の匂いと共に鋭い痛みが顔を刺す。
彼が状況を理解したときには既に、
その体は砂色の壁を突き破って大地に伏していた。
「単純だぁ? お前アホだろ?
――こういうのを『無駄が無い』っつーんだよ!」
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
即ち――シンプルイズベスト。
封魔局員としてのグレンの初陣は完勝で終結した。
――星見展望台前――
地面の熱に眠気を阻まれ、体の痛みに目を覚ます。
どうやらまだ死んでいないようだ。
アリスはゆっくりとその顔を前へと持ち上げる。
周囲には同じく地に伏す女。
先程まで追跡していた人斬りらしき女であった。
まだ気絶しているらしくピクリとも動かない。
(グレンは……? 敵と交戦中……?)
仲間が居ない事に気付きアリスは焦る。
それどころか見える範囲には人影一つ有りはしない。
今襲われては危険と察知し必死に体を動かす。
「おやおや? まだ動かない方が宜しいかと?
鈍速とはいえ遥か上空より落下したのですから。」
(――! 誰の声? 誰かいるの?)
「おっと、これは失礼。不可視の術を掛けていました。」
声の主と思しき生き物は指を鳴らす。
瞬間、アリスの目の前に一人の巨躯が立つ。
それを瞳に収めた瞬間、
アリスは重苦しい不快感と急激な吐き気に見舞われた。
「んーっ! 傷心!
愛らしい少女に顔を見られて気味悪がられましたぞ!」
口元を必死に抑えながら、
アリスは眼前に君臨する笑顔の道化を観察する。
渦巻く凶悪な厄の靄により、顔も姿も分からない。
それでも彼女は一つの確信を得た。
(この厄……! コイツ、間違いない……!
ソピアーで視たミゲルさんの厄と同質……つまり!)
「ワタクシことサマエル! 悲しみで消えそうです!」
(――正真正銘の悪魔だ!!)
都合により明日7/13(水)は休載します。次の更新は7/14(木)の15時頃です。




