第十四話 砂漠の特産品
――路地裏――
聳え立つ壁に囲まれた、十字に交差する道のド真ん中。
撃たれた女を庇うようにアリスとグレンが立ち並ぶ。
ぐるりと円を描くは武装した荒くれ者たち。
組織人のような品性は感じられない典型的な無法者。
そんな人間たちが十数名。アリスたちを囲んでいた。
「何です、貴方たち?」
無法者たちにアリスは静かな敵意を向けた。
見るからに戦闘の意志を持つ人間たち。
最悪を想定し腰に仕舞った拳銃に手を伸ばす。
が、それを遮るように男の一人が発砲した。
地面に刻まれた弾痕。完全な威嚇射撃だ。
だがその速度と精度はかなりの物。
アリスは敵の強さを理解し頬に汗を垂らした。
すると発砲した男はその汗を見てニヤリと笑う。
「彼我の実力差は理解したようだな、嬢ちゃん?
だが安心しな。オジサンたちの狙いはそこの女だ。」
そう言うと男は銃口を傷だらけの女に向ける。
対する女は撃たれた肩を抑えながら、
嫌悪の激情をギリッとその顔に浮かべていた。
そんな女の視線を小さな手が遮った。
アリスが庇うように手を出したのだ。
無法者の男は呆れたように溜め息を零す。
「嬢ちゃんには難しくて理解出来無かったかなー?
ふぅん、優しいオジサンからの最後のチャンスだよ?」
無法者たちは武器を構える。
向けられた銃口という名の殺意。
その中で男は淡々と取引を持ち掛けた。
「お前らの命は助けてやる。その女をコッチに渡せ。」
死を想えの効果対象はあくまで一人。
アリスにこの状況を打開する術は無い。
不安の表情を浮かべる女の視線が小さな背中を刺す。
しかし、それでもアリスの気持ちは決まっていた――
「――断るッ!!」
「なら死ねッ!!」
アリスでは見きれない無数の弾丸が、
カラッと渇いた空気を激しく振動させた。
アリスは女を守るように身を挺す、が――
――ついぞ放たれた凶弾がアリスを穿つ事は無かった。
変わりに鳴り響くのはエンジン音。
此処へ来るまでずっと聞いたバイクの駆動音であった。
アリスがゆっくり目を見開くと、
彼女は女と共に宙を浮くバイクに跨っていた。
「え? は? え? な、なんで?」
「おいおいおい……オジサン遂にボケ入ったかぁ?」
アリスと男は起きた現象に困惑する。
ほんの数秒前まで地上にいたはずのアリスたちが、
弾丸が交差する頃には空にいたのだ。
二人の動揺が同じ言葉となり口をついて出る。
「「……一体どんな祝福を!?」」
その言葉にグレンはニヤリと広角を上げた。
彼の祝福はアンブロシウスでも発揮した通り。
速度操作の強力な祝福――『オルタナクロック』。
その効果は自他に及ぼすあらゆる速度の操作である。
「逃げるでいいっすよね!? アリス先輩?」
「……うん! 全速力で!!」
「了ぉ解ッ! 舌噛まないで下さい!!」
空気を蹴飛ばしバイクは爆走を再開した。
今までが最高速では無かったのだろう。
それは最早ひらめく稲妻。誰も追いつけない。
速さに驚くアリスが再び目を開けた時、
既に彼らはマランザードを横断していた。
全く変わった景色を眺め、アリスは驚愕する。
「凄……! こんなの封魔局……いや魔法世界最速かも!」
「――っぱトップスピードって最高っすわ!
また乗りたくなったら何時でも声かけてくださいっす!」
「いや……それは勘弁……」
アリスたちは一息つき地上を目指す。
最も近場にあるのは星見展望台であろうか。
グレンはゆっくりそこへとバイクを進めた。
その時――
――何も無い空に突如ヒビが走った。
ガラス窓を内側から割るように男の手が現れる。
直後、亀裂から彼は顔を覗かせた。
それは女を追撃していた無法者の男であった。
「見つけたー! どうよオジサンの祝福は?」
「っ! ワープだ! 逃げてグレン!!」
アリスはグレンの肩を叩き急かす。
そんな彼らを見つめ男は不遜な笑みを零した。
そして――
「おっと! それはさせねぇよ?」
――バイクに向かって何かを投げ付けた。
それは指の爪程度の小さな石ころであった。
やがてその小石がバイクにコツンと接触する。
「力、使わせて貰うぜ? 強欲魔盗賊さんよぉ。」
――大通り――
人斬りらしき女の蹴りをモロに喰らい、
ジャックはその場で体力の回復に専念していた。
そんな彼の横に一人の男が歩み寄る。
封魔局に協力する呪術医ルシュディーであった。
「俺が診ましょうか? ジャックさん?」
「……呪術医の専門は魔術的、精神的な傷だろ?
確かにまだ痛むが……別に呪われた訳でも何でも無い。」
「そうですか? それにしては何というか……」
ルシュディーの言葉を待ちジャックは顔を上げた。
その目に光は無く周りには墨で塗ったような黒い隈。
決して肉体が弱っている訳では無い。ただ……
「病んでいるように見えましたが?」
「…………」
反応は無い。肯定も否定も無い。
だがジャックはその目をルシュディーに向け続けた。
しばしの沈黙。その後彼は深い溜め息を漏らす。
「くだらない……それよりさっきの話の続きをしてくれ。」
「? 話とは?」
「この街の治安を悪くしたっていう『特産品』の話だ。」
あぁと納得しルシュディーは口を開いた。
事の発端は強欲のサギト、ガイエスとの戦闘。
あの時ガイエスは凶星破壊のために権能を捨てた。
そして、彼の本来の祝福を発動した。
「時にジャックさん……『聖遺物』はご存知ですか?」
「何となく聞いたことはある……気がする。
だが名前だけだ。詳細は何も知らない。」
ルシュディーは俯きながら話し続ける。
それは災害と災害がぶつかり生まれた偶然の産物。
魔法世界で極稀に産み落とされる奇跡の残り香。
即ち――
「聖遺物とは……死者の祝福が宿った品物です。」




