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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない

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第七十話 不滅の詩

 ――――


 男は泥を見た。水溜り越しに自身を汚す泥を見た。

 雨はとうに止んでいたのに男の身体は濡れていた。


 腹が減った。頭が痛い。腕が上がらない。

 足が覚束ない。転んだ拍子にまた汚れた。

 泥臭い。惨めだ。嘆かわしい。口惜しい。


 男の脳裏には負の言葉しか湧いて来ない。

 なるほど確かに、彼は泥を見続けていた。


「どうした、ボロ雑巾のような若造よ?」


 地に這いつくばる彼を誰かが見下した。

 当時からその人物について知ってはいた。

 知ってはいたが面識は無い。顔と名前だけだ。


(連合議員…………百朧か。)


「ひっ! ひっ! ひっ!

 政敵に負けて散ったか? 無様じゃな〜小僧!」


 あぁこの手の輩か、と男は再び泥を見る。

 今話し掛けてきたこの中年男性は彼を嗤いに来たのだ。

 政界から追放された無知な若輩をわざわざ侮蔑しに。

 そうと分かると彼は途端に百朧が嫌いになった。


「うるさい……! 早くどっかへ行ってくれ……」


 絶望の淵に立った男には全てが嫌に見えた。

 権力を振りかざすように(そび)える建物が嫌いだ。

 自分の事を嘲笑う政界の俗物共が嫌いだ。

 そんな俗物共に憧れた自分自身が大っ嫌いだ。


「私の夢はもう潰えた……! もう消えたいんだ……!」


「ほう! 夢が潰えた? ひっーひっひっ! 笑える!」


(クソウゼェ……)


「そりゃ残念じゃったのぉ〜!

 君の人生、その第一幕『完』といった所か!」


 どうせ最期だ、と彼の目から光が消える。

 どの道既に彼のキャリアは傷付き途絶えた。

 最期に一つ()()が加わるくらい……軽いことだ。

 彼がそう決意した、その時――


「ほれどうした? 早く()()()()()()()()()()。」


 予期していなかった言葉が男に投げかけられた。

 は?と言葉を漏らすと、百朧は眉をひそめて不思議がる。

 そして、まるで当然の事かのように語りだした。


「何を驚いておる? 潰えたのは夢だけじゃろ?

 終わったのは人生の第一幕だけで『全て』では無い。」


「…………っ!」


「なら第二幕を始めれば良い。それもダメなら第三幕を。

 納得行くまで君の人生を描き続ければ良いだけじゃろ?」


 男は目を見開き百朧を見上げた。

 その視界に泥は無い。あるのは広い空の青。


「ほれ、そうと決まれば疾く立ち上がりなさい。

 次は――もっと笑える話を頼むよ? ではまた会おう。」


 雨上がりの決して美しいとは呼べない青に、

 勇み足の一番星が輝いた。

 この日、男は星を見た。遥か遠くの星に憧れた。


「…………まだ、私は終われないっ!」


 男は星を見た。星に憧れた。星に――呪われた。

 自分もその場所に至りたいと切に願う。

 そのためには……手を汚すことも厭わない。


「翼が欲しい……! あの星に届くほどの! 翼が!」


 これは今から約三十年前の出来事。

 この日、ローデンヴァイツは厄災となった。



 ――中央都市・巨大魚の亡骸――


 焼き払われた残骸の周りに封魔局員たちは集う。

 先頭に立つ伊達眼鏡の隊長は遺体を解析した。


「!? すぐに拘束具を! 奴は()()()()()……!!」


 局員たちはいくつもの魔法道具を持ち、

 バハムートの屍肉の中で脱力した厄災を発見した。

 既に意識は無いが……確かに彼は生きていた。


「こちら四番隊……特異点≪厄災≫。

 ダミアーノ・ローデンヴァイツを捕縛しました。

 このまま連行し…………監獄領域(アバドン)に収容します!」


 中央都市で起きた前代未聞の戦闘は終結した。

 結果だけで言えば封魔局の大勝利。

 二つ目の特異点を撃破し、投獄に成功する。



 ――とあるビル――


 戦闘終了とほぼ同時にゴエティアには夜が訪れた。

 空はすっかり黒く染まり夜景が都市を映えさせる。

 そんな美しい光景を眺めながら、老人は笑った。


「ひっ! ひっ! ひっ! 

 遂に散ってしまったか、ローデンヴァイツめ。」


 豪華で贅沢な部屋の中から、

 大きなガラス越しに連合総本部を見つめる。

 その目に宿る感情は、何処か物寂しいげであった。


「いやしかし……これで最高議長の椅子が空いたのぉ!

 うーむ! 一体この席には誰が座るべきかのぉー!」


 ワザとらしく老人は笑う。

 そんな百朧の背に向け大きな舌打ちが響いた。

 老人が振り向くとそこには豪華な長椅子が一つ。

 そして、その上に座る骸骨頭の男が一人。


『……ふざけるな、クソジジイ。

 コッチは女帝に頭下げてまで参戦したんだぞ?』


「ひっ! ひっ! ひっ! 言ったであろう?

 ハプニングも楽しんでこその人生じゃよ、と。」


 長椅子にいたのは特異点≪黒幕≫だった。

 彼は丁度、上着を脱ぎ肩の治療を受けている所だ。

 その治療を行っていたのは百朧のメイド、ラニサ。

 黒幕の肩に、丁寧な手付きで包帯を巻く。


「そもそも、お主の()なら儂の攻撃など当たらんじゃろ?」


『アンタの攻撃だったからだ!

 色々な可能性を考えてしまい回避が遅れた。』


「ならお主の落ち度じゃ。未熟を恥じよ。」


 黒幕は舌打ちし黙り込んだ。

 そんな彼の向かいの席に百朧は座る。

 二人の悪人を酒瓶の乗った半透明の机が遮る。

 百朧はその酒瓶を手に取り黒幕のグラスに注いだ。


「おぉそうじゃ! お主の部下……ゼノ君じゃったか?

 彼にはお主の方からしっかり報酬を弾んでおけよ?」


『あ?』


「地下列車での護衛に、暗殺時の死体の偽装。

 あの子には何から何まで世話になったからのぉー!」


『そう思うなら計画通り動いて欲しかったな。

 厄災と一緒に、封魔局も此処で潰すはずだったろ?』


 黒幕は百朧に指を差す。

 老人はニヤリと笑うと自分のグラスを揺らし始めた。

 カランと小気味よい音を立てる氷。

 その氷の中でその不敵な笑みが反射した。


「あぁそのつもりじゃったが……風向きが変わった。

 どうやら奴らにはまだまだ利用価値があるようじゃ。」


『…………』


「ひっ! ひっ! ひっ! 気付いておるようじゃな?

 そうじゃ。風向きを変えたのは朝霧桃香。

 お主が引き入れたあのイレギュラーは世界を回すぞ!」


 黒幕は頬杖をし外の夜景を眺めた。

 というより、百朧から目を逸したという方が正確だ。

 そんな彼に百朧は問いを投げ掛ける。


「そういえばどうじゃった? 連合内部は?

 この動乱に紛れて部下を忍ばせたんじゃろ?」


『……()()だった。』


「――!? そうか……いやはや中々どうして。

 人生とは……つくづく難儀な物よのぉー。」


 特異点≪厄災≫は潰えた。

 しかし悪意はまだまだ世界に巣食う。

 魔法世界は――長い夜へと向かって行った。


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