第六十九話 厄災の終焉
彼の自己評価は――『傲慢』。
悪魔をも使い潰し魔法世界の皇帝を目指す。
これ程の野望を内に秘め続けていたのだ。
彼は誰よりも傲慢である自信があった。
しかしそれと同時に『憤怒』にも期待していた。
魔法連合から追放され、燃やし続けた復讐心。
ついぞ消える事の無かったこの焔は間違い無く憤怒だ。
正直言ってどちらでも良い。
どちらの感情にも偽りは無く、
どちらの権能にも期待があった。
「感じるぞ……! 力が溢れて止まらないッ!!」
バハムートから取り込んだ莫大な魔力。
神話級超大型魔獣一体分の生贄。素材として不足無し。
ローデンヴァイツは両手を広げ歓喜に満ちた。
そんな彼を朝霧は睨み付ける。
しかしその目は長く開けていられ無かった。
激しい旋風が厄災に渦巻き妨害を拒んでいるのだ。
「チッ――『草薙』!」
隻腕を振るい迫撃を飛ばす。
が、やはり彼女の攻撃は旋風に阻まれた。
その時――天極の間にアリスたちが侵入した。
「朝霧さん! ――ッ!? その腕……!」
「アリス……それに……」
ジャックと目が合った。
しかし彼の目はすぐに床に転がる彼女に向いた。
「おい……朝霧。何だよ……それ。」
「…………」
「フハハハ! そこの屍の話か封魔局員!?
それは暴走した朝霧に殺された箱庭姫の亡骸だ!」
「……!? ミス、トリナ?」
ジャックたちはその場に立ち尽くした。
そんな彼らを嘲笑いながら厄災は世界に吠える。
「さぁ『世界』よ!!
この私を! 傲慢のサギトにせよ!!」
『――願いを承諾。審査を開始します。』
ローデンヴァイツの脳に声が響く。
それは朝霧には聞こえない彼のためだけの声。
しかし魔力の変化を感じ取り朝霧は怒鳴る。
「ッ……ジャックさん! 隊長の遺体を安全な場所へ!」
「朝霧……お前……」
「…………すみません、後で話します。」
「ッ!!」
ジャックは飛び出し最愛の人の骸を拾い脱出する。
その時、彼はどんな顔をしていたのだろうか。
朝霧は直視することを拒み確認出来なかった。
「アッハハハ!! さぁ来るぞ! 私の勝ちだ――」
厄災の笑い声が響き渡る。
覚醒を確信し天に向け手を伸ばした。
しかし――
『――タスク・ワン、申請。受理。……否認。』
「……は?」
『サギトへの覚醒に失敗しました。』
ローデンヴァイツは声を失う。
謎のアナウンスが聞こえていない朝霧だったが、
彼の反応から何が起きているのかを推測する。
(覚醒に失敗している?)
「な、ならば! 憤怒はどうだ!? 憤怒のサギトは!?」
『――願いを承諾。審査を開始します。
タスク・ワン、申請。受理。……否認。
サギトへの覚醒に失敗しました。』
厄災は歯を食いしばった。
今尚苛立ちによる憤怒が彼を支配する。
しかしそれでもサギトへは至れなかった。
「ふざ……ふざけるな! 私の何が足りない……!?」
ローデンヴァイツは天に向かい訴える。
その必死な姿を隙と捉え朝霧は襲い掛かった。
「ッ!? 朝霧ィ! 貴様が何かしたのか!?」
「知らない。アンタが相応しく無かっただけじゃない?」
「このっ! アマがぁぁ!!」
半ば発狂したようにローデンヴァイツは殴りかかった。
バハムートの魔力を取り込み強化自体はされているため、
魔力の完全開放に至った朝霧とも十分打ち合えていた。
しかし……精神面では圧倒的に劣勢だ。
「私は強く望んでいるのだぞ!? 皇帝となることを!
これ以上の傲慢があるか! これ以上の……傲慢が!」
強くはなったが、これは断じてサギトでは無い。
魔力が増えて能力全体の性能が上がっただけ。
勝利をもたらすような権能はその身には無かった。
「成れない……の、か? 私は……?
強欲や怠惰……! 暴食のようなサギトには!?」
(! もしかして……?)
朝霧の中で一つの仮定が浮かぶ。
それは地下都市にいたガーディアンを見て思った事。
いや……ガーディアンという組織を見て感じた事だった。
だがまだ確証は無い。厄災本人がそうであるかは……
「嫌だ……! 私もその領域に並びたい!
こんな無様なままでは天帝にも百朧にも勝てない!!」
「――確定ね。しょうもない。」
「あぁ!? 何がだ朝霧桃香ァ!?」
怒りの矛先が完全に朝霧に向かう。
少し前まではその威圧に押されていた彼女だったが、
今は冷めた目でむしろ憐れむように見ていた。
「アナタのそれ。ただの『嫉妬』じゃない?」
「…………は?」
――直後、彼の顔面に鋭い蹴りが放たれた。
拡張された天極の間を厄災は転がった。
地に伏すローデンヴァイツに朝霧は近づく。
「ガーディアンは私たち封魔局に嫉妬していた。」
そして彼らを教育したのは他ならぬローデンヴァイツ。
洗脳のような思想教育に講師の熱意が籠もるのは必至。
であれば並々ならぬ彼らの嫉妬、その根源は――
「――アナタの嫉妬心。
もしかして全ての行動原理はそれだったんじゃない?」
(……ッ! 嫉妬……だと?)
「まぁ私は魔法に詳しくないから知らないけど、
――少なくともアナタはサギトには成れないようね。」
朝霧は伏した彼に大剣を向けた。
見下されたローデンヴァイツ。
自然と怒りがこみ上げてきた。
「私を……! 見下すなァッ!!」
魔力が稲妻に変わり朝霧を退かせる。
作り出した一瞬の隙。その隙に彼は呪文を唱えた。
それは彼の部下である教祖が使った魔術の派生。
『テスタメント・タナトスフォーム。』
既に死者となった巨大魚の魔力を活用し、
以前地下都市に出現した化け物へと覚醒した。
それは天極の間を突き破り赤い空に手を伸ばす。
『認めるしかあるまい。私は天には届かない……!』
だが、と怪物は足元に目を向ける。
異形と成り果てた彼の視線の先には、
やはり冷めた目で厄災を見つ返す朝霧がいた。
『せめて最期に――この都市を沈めて逝くゥッ!!』
怪物が咆哮すると共に周囲の建物のガラスが割れた。
それはまるでプレゼントを貰えなかった子供の号泣。
その泣き声に耳を傾けず朝霧は歩み寄った。
「朝霧さん……!」
「アリス、離れてて。今から敵を倒すから。」
「でも……あの怪物は地下都市のよりも強大です!
いくら朝霧さんの『草薙』でもアレを倒すのは……!」
アリスの見立ては正確だった。
サギトとはなれなかったが怪物は怪物。
特殊な権能こそ無くとも都市一つ沈める脅威はあった。
しかし――
「――そうね。じゃあ……燃やそっか。」
朝霧は赫岩の牙を怪物に向ける。
その光景にアリスは目を見開いた。
ソレはかつて見た真っ赤な光。
(デイクさんは言っていた。
この力を使うためには素材となった赤い竜の残滓。
魂とも呼べるソレに認められさえすれば良い、と。)
そっと目を閉じた。大剣に意識を集中させる。
大剣の中に眠る赤い竜とやらの魂に呼びかけた。
そんな朝霧に気付き厄災は魔力の光線を解き放つ。
『させるかァッ! ――「死遊大厄災」ッ!!』
「私はアイツを殺したい。力を貸せ。赫岩の牙――」
――直後、牙は音を立てて変形を開始した。
物理的にはありえない質量の変化を繰り返し、
大剣は砲身が割れた巨大銃へと転生した。
「真体開放――『赫焉』ッ!!」
――閃光。ソレは空間を赤黒く染め上げた。
怪物の光線をいとも容易く押し返し、
尚も止まらず遂にはその死肉の身体を貫き穿つ。
『ひぃ!? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァ!!』
「これで終焉なんだ、厄災。」
『キィィエアアアアアアアアアア!!!!』
海上都市の上空に一筋の赤い光が消え去った。
それを合図としていたかのように、夜が訪れた。
都市内部では局員たちの歓声が響く。
地下都市の時と同じように朝霧の勝利を讃えた。
しかし、その喜びの中にもう彼女の声は無い。
「あぁ……これが……終端なんだ。」
朝霧は膝から崩れ顔を覆う。
その光景をアリスは独り見つめていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!
っ……ぁあ! ごめんなさい、ミストリナ隊長……!」
(朝霧さん……)
嘆きの終端。狂鬼完全侵食・≪絶≫解除。
勝者、朝霧桃香――厄災は終焉の道を辿った。