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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第六十八話 羅刹

 ――都市上空――


 揺らぐ大地に煙が登る。戦火の匂いが鼻につく。

 海上都市はもうじき夕暮れを迎えようとしていた。

 気付けばあれほど青かった空が赤く染まっていく。


 そんな赤い空を進む者がいた。

 アリスを背に乗せたジャックである。


「地上の戦いは封魔局の勝利みたいですね!」


 眼下で動く味方の車両を見つめアリスは喜んだ。

 その車両群は彼女たちと同じ目的地に進んでいた。

 魔法連合総本部、より正確には――バハムートの元だ。


「巨大魚の討伐……私たちも加勢しましょう!」


「…………いや、俺たちはミストリナと合流しよう。

 あの超大型魔獣に対して有効な攻撃手段も無いしな。」


 それもそうか、と納得しアリスは無線を取り出す。

 合流のためにミストリナの位置を把握したかったのだ。

 しかし……何度待っても彼女からの返事は無い。


「出ませんね、ミストリナ隊長。」


「そのくらい忙しいんだろ。早く加勢してやろうぜ!」


 そう言うとジャックは加速した。

 彼の頭には『その発想』は存在していなかった。

 アリスは言い表せない不安を胸に前を向いた。

 その時――


「――ッ!? ぐっ……!」


 アリスは突如目を見開き苦しみ出した。

 直後催す激しい吐き気。思わず口元を抑えた。


「おい! 俺の背中で吐くなよ!?」


「う……すみません。」


「……何を視た?」


 眉をひそめながらアリスは指を差す。

 その先は魔法連合総本部最上階、天極の間。

 アリスの眼にはそこから溢れ出す靄を映していた。


「今まで見たことの無い厄が……彼処に……!」


「敵か! 急ぐぞ!!」


 ジャックは一目散に天極の間へ向かう。

 その背中の上でアリスは靄を必死に観察した。


(とても嫌な色……けどこの気配はまるで……朝霧さん?)



 ――天極の間――


 魔力が周囲に影響を与える。

 赤黒いオーラが稲妻となりバチバチと音を立てた。

 それは狂鬼が一歩ずつ前に出るたびに轟く。


 ゆっくりと歩み寄る隻腕の怪物。

 片手に握った大剣を引きずりながら、ゆっくりと。

 血染めの服も相まって羅刹の如き恐怖を与えた。


 流石のローデンヴァイツもその容姿にたじろぐ。

 先程までの暴走状態ともまた違う怪物の出現。

 言葉を発する余裕すら無くなっていた。


(……っ! 覚醒……といった所か?)


 身体の一部のように動く魔力。

 彼はその揺らめき一つ一つに警戒心を向けた。

 その時――


「――ッ!? 消え……!」


 ――衝撃が横腹を撃ち抜いた。

 気付けば既に朝霧桃香は、

 ローデンヴァイツの背後にまで移動していた。


「しまった、()()()……速く動き過ぎた。」


(ッ!? 外した……だと!?)


 内部からの痛みと共にローデンヴァイツは吐血した。

 手のひらに乗った真っ赤な血を見つめ、

 歯を食いしばりギチギチと鳴らす。

 止まらぬ震えと冷や汗。ゆっくりと振り向いた。


「素晴らしい変化じゃないかァ……! 化け物め。」


 表面だけでも取り繕うと口角を上げる。

 しかしそれは今までの余裕綽々の笑みでは無かった。

 その感情を読み取り、逆に朝霧が鼻で笑う。


(……ッ! 今この私を……嘲笑したかッ!?)


 今まで自身がしてきた行動を棚に上げ、

 ローデンヴァイツは血管が浮き出るほど激昂する。

 直後、再び朝霧の体がその場から消え去った。


(クッ……! 多重防御結界――展開!!)


 ローデンヴァイツは魔法使いとして一流だ。

 政界追放時代に鍛えたその戦闘技能は伊達では無い。

 朝霧の消失と間髪入れずにバリアを展開出来るほどだ。


 しかし、そんな彼でもギリギリだった。

 アラームを鳴らす防衛本能に従い展開した三枚の壁。

 その内の一枚目は朝霧の侵入に間に合わず、

 二枚目は続く三枚目と共に大剣の一振りで()()()()


「ッ……! うわぁぁあぁあ!!」


 無様な絶叫と共にローデンヴァイツは術を使う。

 咄嗟に発動したのは祝福。朝霧の腕を斬った羽虫だ。

 術者が動転していてもその速度と精密さは変わらない。

 彼女たちを苦しめた時と変わらず襲い掛かった。が……


「遅いね。それ……」


 残った右手で朝霧は羽虫を掴み取る。

 ただ捕まえたのでは無い。

 刃で無い部分を一瞬で正確に捉えたのだ。


「…………リベレ?」


 朝霧は虫の羽を捻り潰すと空中に投げ捨てる。

 そしてノック練習を行うコーチのように

 ローデンヴァイツに向けて大剣で弾き飛ばした。


「リベレッ!」


「羽虫は死んだ。次は貴方だ――≪厄災≫。」


 朝霧は厄災に大剣を向けた。

 するとローデンヴァイツは咄嗟に指を鳴らす。

 空間拡張魔術により朝霧との距離を離したのだ。


(気休めにしかならんが……今は思考する時間がいる!)


 ローデンヴァイツは空間を捻り必死に逃げる。

 逃げながら対朝霧に向けての作戦を練った。


(覚醒形態…………狂鬼完全侵食・≪(ジ・エンド)≫ッ!!

 今まで通りの身体強化だが……規格が違い過ぎる!!)


 隻腕で結界二枚を叩き割る腕力。

 跳躍一回で間合いを消し飛ばす脚力。

 そして、素早いリベレを余裕で捉える胴体視力。


 それは元々彼女に備わっていた百パーセントの力。

 理性の無い暴走状態で扱っていたその天賦の肉体を

 今は冷たく覚めた脳で制御している。

 この状態となってはもう……


(もう私では勝てなくないか……!?

 これは≪騎士聖≫……いや≪救世神仙≫並の脅威だぞ!)


 ローデンヴァイツは自身の時計に目を向ける。

 時を刻む秒針を遅く感じながら、

 切り札であるサギト覚醒への素材を想う。


(まだか……! バハムート……!!)



 ――総本部前・上空――


 天にはブルーとオレンジのグラデーション。

 残った青を追いやるように空はゆっくり赤に染まる。

 そんな夕日の光をバハムートの巨体が浴びていた。


「体力減ってるか!? コイツ!」


「無傷な訳がねぇ! 対空ある奴は撃ち続けろ!!」


 バハムートが浴びていたのは陽光だけでは無かった。

 世界各地で巨悪と戦い続ける歴戦の隊員たちが、

 一切途切れる事の無い攻撃を浴びせ続けていた。


 ある者たちは自身の祝福による多様な攻撃を。

 ある者たちは実弾兵器による対空支援射撃を。

 またある女性は糸と振動魔術による内部攻撃を。

 浴びせた。魔獣出現からずっと浴びせ続けた。


(まだ倒れないのか……! いやそんなハズは無い!)


(魔獣種バハムートに特殊能力なんて聞いた事がねぇ!)


(コイツの取り柄は図体だけ! 体力さえ削り切れば!)


 直後、魔獣の遥か上空から一筋の光が堕ちる。

 それは封魔局最強の隊長。劉雷の突進であった。


「いい加減くたばっとけ! ――『斗宿(ひつきぼし)天淵(てんえん)』!!」


 天より射られた流星が、魔獣の身体を直撃する。

 バハムートの肉体はその一撃を必死に堪えるが、

 遂に押し負け劉雷の身体はその巨体を貫通した。


 バハムートは悶え、苦しみ、咆哮する。

 やがて力尽きたようにゆっくりと落下し始めた。


(勝った……か?)


 封魔局員たちは歓喜の声を上げた。

 そんな中で劉雷やフィオナのような一部の者は

 何故か感じる手応えの無さに疑念を持った。


(バハムートは厄災の切り札……しかし一切の()()()()()

 俺たちの参戦で計画が狂った? いや、それとも……)


 ……最初から倒して欲しかった?

 劉雷がその結論に達した直後、

 バハムートの死体が突如として輝き出す。


「ッ……!? 総員退避ぃ!! 爆発するぞッ!!」


 ――刹那、激しい衝撃波が白亜の都市に轟く。

 周囲に展開していた封魔局員たちをはね退けて。



 ―――― 


「――来たッ!! 来たぁぁあ!!」


 ローデンヴァイツは時計を掲げ高揚する。

 よく見ればその時計は禍々しく輝いていた。

 朝霧はその中へと吸い込まれていく魔力を視認した。


「フフフ! アッハハハハ!! これが何か分かるか!?

 生贄の魔力を効率良く取り入れるための仕掛けだァ!」


 プレゼントを貰えた子供のように、

 ローデンヴァイツは飛んで跳ねて喜んだ。

 そんな彼を冷めた目で見つめる朝霧だったが、

 事の重大性はハッキリと理解している。


(これは……マズいかも。)


「さぁ始まるぞ、朝霧桃香ァ!!

 この私、ダミアーノ・ローデンヴァイツが!

 予言に刻まれた災厄――『サギト』へと至る儀式がァ!」


 厄災の周囲を激しい魔力の積乱雲が包み込んだ。


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