第六十一話 混成軍
かつて朝霧が対峙したことのある特異点は二人。
一人は強欲のサギトであり盗賊であるガイエス。
そしてもう一人は彼女と最も因縁深い男、黒幕だ。
この二人に対する朝霧の印象は、小悪党だ。
もちろん彼らの格はそんな物では無い。
だが朝霧の根底には確かにその認識があった。
何処か付け入る隙のある、そんな感覚があった。
しかし――
「――私を逮捕、か。それは不可能だと知れ。」
(っ……!? な、に!? このピリつく魔力は……!?)
肌を撫でる殺気が妙に痛い。
向けられているのは魔力を孕んだ悪意の威圧。
なぁなぁでは済まされない、本物の悪だ。
朝霧は直感的にその事実を理解した。だが――
「――狂気限定顕在・≪破≫!」
フィオナやミストリナに託された。
彼女たちだけでは無い。地下都市から続く激闘。
その全てに報いるために負けてはいられない。
「飛ぶ迫撃――『草薙』ッ!!」
「全く……まだアレも届いていないというのになァ!」
二色の魔力が衝突する。
敵総大将、厄災との決戦が始まった。
――封魔局本部――
瓦礫と砕け散った車両の装甲。
道路を覆うその上に劉雷は立っていた。
都市全体に意識の手を伸ばし戦況を探る。
(元の人数が少ない分、まだ封魔局の劣勢だな。
だが都市内部はシルバたちに任せれば良いだろう。)
ならば、と劉雷は顔を上げた。
その下ではマクスウェルの肩を借り、
ボロボロの体を引きずり歩くドレイクがいた。
「アレックス。」
「お、隊長! 貴方の腹心アレックス!
この戦いでかなり大・活・躍をしましたよ!」
アレックスはいつもの調子で語る。
それにはドレイクを元気付ける意味も含まれていた。
「あぁ良くやってくれた、相棒。」
「……!!」
いつもの違う返し。
ドレイクは目を見開き固まった。
思わず目頭が熱くなる。
「ったく……ズルいっすよ、隊長。」
アレックスは目元を抑え込んだ。
その時、彼の全身に激痛が走った。
内蔵を刺すような痛みに膝を付く。
「アレックス!? ……まさか祝福の反動か?」
「そのようで……気が緩んでしまった。」
三番隊員アレックス。祝福の名は『ペイン・キラー』。
自身の受けたダメージを一時的に無効化出来る。
痛みの先送り。その揺り戻しは後々になって訪れる。
「三番隊主力はもう動け無さそうだな。」
「劉雷さん……! すみません。そのようで……」
「無理もない。敵の猛攻に真正面から耐えたんだ。
ゆっくり休んでろ。後は俺たちが何とかする。」
そう言うと劉雷は身を翻した。
いつになく本気な彼の背中に局長は語り掛ける。
「劉。今最も増援の必要な戦場は何処だ?」
「二ヶ所。その内の一つは――」
――中央電波塔――
空中で爆炎が吹き出す。
塔の周囲を旋回していたヘリコプターが堕とされたのだ。
その墜落を展望台の隊員たちはただ眺めるしか無かった。
展望台にはアランたち六番隊員が四名に、
一番隊のレティシア、二番隊のケイル、メアリー。
そしてその他の隊員五名の計十二名の戦闘員がいた。
対して敵は一人、青龍ことルドラ。
十二対一という圧倒的有利な状況で、
封魔局員たちは苦戦を強いられていた。
(既に三名。味方が殺された、コイツは強い……!)
アランはチラリと後ろに目を向ける。
そこには物陰に隠れるデイクがいた。
言わば彼は護衛対象であり、勝利条件。
封魔局の目的は電波塔の奪還。
彼を展望台を抜けた先にある管制室へ送れば勝ちだ。
それだけでいい。それだけでいいはずなのに――
「――よそ見してる奴、発見。」
「ッ!?」
目の前にいるルドラを、出し抜ける気がしない。
たった一人で十二人の精鋭隊員を圧倒する猛者。
数の不利など無に帰すほどの力量差があった。
「下がれ、アラン!!」
「ハウンドさん!?」
室内で爆発音が鳴り響く。
ルドラの顔を目掛けてハウンドが突進したのだ。
しかし、その攻撃をルドラは片手で防いでいた。
「効かないな、その程度。」
(……ッ! これだ、この装甲の耐久力。そして――)
「廻天断裁――『フェザンド』!!」
「おっと危ない。」
ジャックの攻撃をルドラは容易く回避する。
それどころか、反撃の回し蹴りを食らわせた。
ジャックは叩き落とされ地面を滑る。
「ゴハッ!?」
「ジャックさん! クソこれだ……この高い運動性能!」
ルドラは反撃を終えると
すぐさま管制室へと続く通路の前に舞い戻った。
戦闘スタイルはシンプルな徒手空拳。
爆発力が無い分、バランスが良くなった朝霧のようだ。
それゆえに……出し抜くような隙が無い。
(いや違う。それだけじゃ無ぇ……!)
アランは周囲を見回した。
ケイルとメアリーが連携して攻撃を仕掛ける。
しかし二人だけでは足りていない。援護が必要だ。
レティシアとハウンドもそれを悟り銃を向けた。
が、噛み合わない。メアリーたちの体が邪魔をする。
やがて二人は弾き飛ばされた。
好機とばかりに銃使いたちは発泡する。
だが今度は、ハウンドが生み出す爆風が
レティシアの弾丸を反らしてしまった。
「この程度か、封魔局ゥッ!?」
「「グッ……!!」」
此処にいるのはいずれも精鋭。しかし所詮は混成軍。
朝霧とフィオナのような気心知れた仲ならいざ知らず、
訓練も無しに特殊能力者たちが連携など取れはしない。
(……アリス、指輪はどのくらい溜まっている?)
アランはポツリと呟いた。
彼の背後で構えていたアリスは指輪を見つめる。
(全然です。地下都市で全部使ったので、
今はもう空っぽのすっからかんって感じです。)
アランが求めたのは『死を想え』による奇襲。
だがアリスの自己犠牲無しでは望めなさそうだ。
アランからそれを指示することなど出来はしない。
「そうか……分かった。」
半ば諦めたかのように呟くと、
アランは飴玉を咥えてゆっくり歩き出す。
その背中に、アリスは僅かな厄を視た。
「? アラン君……?」
(悪いな……約束を破るしか無さそうだ、師範。)
高濃度魔力結晶剤――破砕。
溢れんばかりの魔力を胸に、
アランはルドラの眼前に歩み寄った。
「――禁忌闘法『暴風雨』。」