第一話 入隊式
――封魔局本部・トレーニングルーム――
ボガート撃破から約一ヶ月後。
朝霧は一人、訓練に明け暮れていた。
自身の大剣『赫岩の牙』を振り回し、
仮想の敵ごと虚空を斬る。
(ハァハァ……! もっとだ……もっと速く、鋭く!)
重量のある大剣をもう何時間と振り続けていた。
既に肩で呼吸し、頬には滝のような汗が滴る。
もうずっと腕は痛みを訴えているが、
それでも朝霧は訓練を続けた。
(ボガートに勝てたのは暴走の力のおかげだ。
素の状態じゃ負けていたッ……!)
記憶が蘇る。もしあの場で朝霧一人だったら。
もし制限解除の許可が出ていなければ。
暴走した後、もしミストリナが来ていなかったら。
(勝てたのは暴走の力であって、実力じゃない!
アーシャやあの子供たちのような人を救うには!
暴走無しの『地力』を上げる必要がある!)
「精が出るねぇ、隊長としての立つ瀬がないよ。」
朝霧に声がかかる。ドレイクだ。
朝霧は口元の汗を拭い彼に敬礼を返した。
「お疲れさまです! ドレイク隊長!」
「ハハハ、入隊式は明日だってのに
もうすっかり封魔局員だね。」
「当然です。ボガートのような
悪を倒すためなら努力は惜しみません!」
汗だくの顔に笑みを浮かべてそう答えると、
朝霧の頭にはらりとタオルが舞い落ちた。
視界を遮る布を持ち上げてみると
上司は既に彼女の目の前にまで近付いていた。
「やり過ぎは良くないぜ?」
「これくらい平気ですから!
私の事、しっかり活用してくださいね隊長!」
「ん? お前の配属は六番隊。
ミストリナの所だよ?」
「え?」
初耳の情報に朝霧は面を食らう。
その反応を意外に思いながらドレイクは続けた。
「あれ? 本人から聞いていないのか?
ミストリナが『ぜひ六番隊に』って推薦したんだよ。
局長に直談判してな。相当気に入ったんだろ。」
「初耳でした……えへへ、ミストリナさんが。」
朝霧は思わずはにかむ。
曰く、先の戦闘で人員が減った六番隊には
優先的に戦力が補充される事になったらしい。
そこで彼女は「朝霧をくれ」と要求したそうだ。
「意外そうだな。」
「てっきり私と一番関わっている
ドレイク隊長の三番隊になるものとばかり。」
「まぁ戦力のバランスを考えたら妥当なんだがな。
ウチにはフィオナもいるし、逆に六番隊は戦力不足。
しかしなんで本人に黙って…………あ。」
「? どうしました?」
「あー……、いや。まいっか!」
何やら不穏な事をドレイクは述べる。
だがそれを追求するよりも先に、
二人の居るトレーニングルームには
十数人規模の集団が入ってきた。
集団の先頭には封魔局の制服を着用した男が一人。
そしてその男が集団を停止させ声を発する。
「新規入隊者諸君。ここがトレーニングルームだ。
お前らひよっこ共は毎日使うようにしろ!」
どうやら新規入隊者の本部内案内のようだ。
先頭の男はドレイクに気付き姿勢を正す。
「全体敬礼! 三番隊隊長のドレイクさんだ!」
「どーもー。」
ドレイクは軽く手を振り挨拶を済ませる。
――すると新規入隊者の一人が朝霧に気づき指を差した。
「あー! 赫岩の牙! ……てことはその人が朝霧さん!」
「あ、こら! 勝手に動くな!!」
先導の静止を無視し、
その新規入隊者は朝霧に駆け寄った。
サラサラとした金髪。ミステリアスな緑の瞳。
背丈はミストリナより一回り小さく、
子供と間違われても不思議では無い少女だった。
少女は大剣に向けて輝かせていた目を
朝霧に向けると半ば強引に両手を握りしめる。
「朝霧さん! 私、アリスっていいます!
一応同期?らしいですが貴女の事は尊敬しています!
一緒の部隊になれると良いですね!!」
「え、えぇ。どうも。」
「……おい、貴様。」
「へ? あいたぁッ!?」
少女は先導員に殴られ連行された。
なにやら罰則がどうのこうのと聞こえ、
涙目になっているのが朝霧からも見える。
そして先導員はその場を立ち去ろうとしたが
他の新規入隊者たちもギリギリまで
朝霧を見ようと顔を覗かせているのが分かった。
「同期だってのに有名人だねー。」
「顔までは広まっていないと思ってたんですが……
赫岩の牙って有名なんですか?」
「まぁ以前隊長だった人の武器だし、
知っている人は知っているんじゃないか?」
「なるほど……ん?」
立ち去る集団の最後尾の人物が朝霧の目に留まる。
他より頭一つ高い、
肩まで届くやや長い茶髪の男と目が合った。
他の人間が物珍しさや芸能人に会ったような
喜びの目をする中、その男の目は明らかに違った。
朝霧にはその感情の種類こそ読み取れなかったが、
確実に睨まれていることだけは理解できる。
そして彼女と目が合った事に気づくと、
男はそそくさと立ち去った。
(うわ……なんだろあれ? 同期だよね?)
同じ部隊にならなければ良いな、と
朝霧は心の中で静かに祈る。
――――
時は流れ、入隊式当日。
本来は成績主席の人間が代表で
マクスウェル局長より入隊証書を受け取るが、
今回その役になったのは朝霧であった。
厳かな雰囲気の中、
朝霧を除く二十一名の入隊者たちに見守られ
特に問題もなく無事に証書を受け取る。
(事前にフィオナと練習しといて正解だった!)
自身の上出来な振る舞いに満足しながら、
朝霧は壇上から隊員たちを見下ろす。
其処には一人の少女が全力で笑顔を向け、
そして一人の男が全力で睨んでいた。
(ヤバい! 目を合わせたら絶対なんかミスる!)
直感に従い彼女はすぐに視線を反らす。
そしてある意味別種の緊張に包まれながらも
彼女はどうにか自身の役割を完遂する。
硬い歩調の朝霧が列に戻るのを確認すると、
マクスウェル局長は口元の笑みを消して語り出した。
「えー新規入隊者諸君。先ほど紹介したように
朝霧君は既に多大な成果を上げている。
――しかし次も同じ成果が挙げられるとは限らない。」
局長が一人一人の顔を見回す。
「現場は常に死と隣り合わせだ。
先の戦闘でも死者は出た。次に大事件が起きれば……
そこで君たちが生還できる『保証』など何処にも無い。」
入隊者一同に緊張が走る。
戦争終結より未だ五年。
魔法世界はまだまだ不安定だ。
「……そして君たちには現場での殺害許可が与えられる。
君たち現場の判断で人の命を奪えてしまうのだ!」
敵も魔法使いである以上、
何もさせずに無力化するのが最善の策。
そうなれば当然『殺人』も必要となってくる。
殺られる前に殺る。銃社会の考え方だ。
「――だが! 封魔局は『殺人集団』では無い!
世界の治安を維持するための盾であり矛である。」
朝霧の目に燃える感情が迸った。
迷い込んだ先は平和には遠い悲しき世界。
途方も無い善人はその世界の変革を願う。
「君たち新規入隊者諸君にはいち早く、
その自覚と覚悟をもって任務に当たってもらう!
以上! 今後の君たちの活躍を期待する!」
――――
入隊式が終わり、
各入隊者に自身の配属部隊が通達される。
朝霧の配属はドレイクが言った通り六番隊であった。
本部の構造を理解していた朝霧は
いち早く集合場所に辿り着く。
室内にはミストリナ、ハウンド、ジャックの三人がいた。
「パンパカパーン!
朝霧の配属は私たち六番隊になりましたー!」
「よろしくお願いします! ミストリナ隊長!」
「うんうん、元気があってよろしい!
そして聞いて驚け! なんとこの六番隊配属。
君の力を見込んだ私が特別に……特、別、に!
局長に直談判したのだー! サプラーイズ!」
「あぁ、そのことは――」
「――驚いたかな? 驚いただろう!
何せドレイクたちにも口止めしていたからね!」
「えっ……?」
朝霧は固まった。
知ってますと答えてはいけない雰囲気だった。
(どうしてくれるんですか、ドレイク隊長ーッ!?
ミストリナ隊長がめっちゃ良い笑顔でこっち見てます!
私……今すっごく反応に困ってますが!?)
「おや? 意外に反応薄いな? 驚きすぎて固まったか?」
「あ! あぁ……えっと、その――」
直後、背後の扉が開く。
ぞろぞろと数人が入室してきた。
「――失礼します。六番隊新規入隊者です。」
助かったと後ろを振り向く。しかし助かってはいない。
そこには朝霧に気づき喜ぶ少女と不愉快になる男がいた。
「あー! 朝霧さん! ホントに一緒になれましたね!」
「……チッ。」
「あ、はい、よろしくお願いします……」
朝霧桃香の六番隊入隊が決まった。




