第五十一話 臨界の天道
――魔法世界の創造。
この偉業は魔法の発展に計り知れない影響を与えた。
それまでは人目を憚り進まなかった魔法の研究も、
魔法使いしかいないこの世界では大々的に行える。
土地も、資源も、協力者も、全てが潤沢に揃っていた。
そんな発展の歴史の中で陳腐化した物がある。
それは――『火』であった。
人類の進化には欠かせない要素『火』。
火を扱うことこそ人と獣を隔てる大きな要因の一つ。
灯り、調理、暖房器具、果ては兵器にまで、
人類の歴史は火の歴史と言い換えられるほどである。
それは魔法使いといえど変わらない。
寧ろ、古くから火を神聖視する魔術もあるほどだ。
魔法と『火』はそれほどまでに密接な関係にあった。
だからこそ、研究も盛んに行われた。
炎を生み出す魔術が研究し尽くされた。
炎を操る魔術が研究し尽くされた。
炎を消し去る魔術が研究し尽くされた。
技術は政府から軍部へ渡り、軍部崩れの無法者たちへ。
そして無法者たちから更に民間へと流れ行く。
やがてその技術は『当たり前』として生活に溶け込む。
つまるところ、
火の魔術はとうの昔に陳腐化していたのだ。
……仮に、ある少年がいたとする。
一人に一つずつしか与えられない『祝福』が、
その陳腐化した『火』の能力だった少年がいたとする。
それも生み出しては周りを傷つけるだけで、
その一切を自らの意思で操れない欠陥品だったとする。
加えて、その祝福に劣等感を抱いていたとしよう。
「お前の祝福は危なすぎる。絶対に使うな!」
「うわ、見ろよアイツ。例の炎使い……いや火吹きだ。」
「やーい! 放火魔ー!」
弱い祝福持ちなどこの世には沢山いる。
中には祝福をほとんど使わずに一生を終える者もいた。
しかし『使わない』と『使えない』は別物だ。
何かの劣化能力というのは侮蔑の対象であった。
加えて世界は徐々に魔法規制の方へと向かっていた。
そんな中で抑圧されていた人々の不満は膨れ上がる。
少年はその不満の捌け口として利用されていた。
「お前よりもこのライターの方が便利だな!」
「ほらほら! お前の祝福を見せてみろよ!」
「使ったらお前は犯罪者だけどな! あははは!」
少年の怒りは頂点に達していた。
ロクに訓練も積んでいない不慣れな火炎。
それを感情のままに放出させてしまった。
幸いにも訓練不足ゆえに狙いがズレた。
空の色すら真っ赤に染める火柱は、
あらぬ方向へと飛行し鉄をも溶かした。
彼を侮辱していた者たちは
額を真っ青にしながら無様に走りだした。
攻撃されたという恐怖に加えて、
それを煽り立てるような火災が発生したからだ。
火事は近場の建物を粗方焼き払うと、
駆けつけた消防隊員の手によって消火された。
その一部始終を少年は抜け殻のように眺め続けた。
「君。少し話を聞いても良いかな?」
――――
全身に走る激痛に、
鼻の周りに固まった血による息苦しさで目が覚める。
混濁する記憶。自分が何をしていたのかを思い起こす。
(……あぁ、そうだった。敵と交戦中だったな。)
彼は仰向けとなり自分の胸に手を当てた。
魂源魔術、詠唱破棄。天使の章、第三節『ラファエル』。
全身に刻み込まれた切り傷を瞬時に回復した。
「ッ!? まだそんな力が残っていたか。ドレイク!」
敵がドレイクの方へと振り返った。
無数の刃を周囲に散開させながら、
見下すように空中で君臨していた。
「フン、大人しく倒れていれば良いものを。
消費した魔力と気力までは回復しないのだろ?」
レイブンは両手に真っ赤な刃を取り出す。
それと同時に展開される鋼鉄の翼。
無数の赤い羽根がギラギラと並んでいた。
「ハッ、傷さえ治ればまた立てる。
また立てるのなら……まだお前を倒せる希望がある!」
ドレイクは立ち上がると、
足元に転がっていた彼の炎剣を蹴り上げた。
クルリと宙を舞う剣を握りしめ魔力を込める。
「何度やっても同じだ。そんな事も分からないのか?」
(確かに相手は強え……!
不利なはずの屋内ですら正確に羽根を飛ばしてくる。)
剣を纏う火炎。黄金に輝く。
それと同時に彼の足元から業火が渦巻いた。
(だが俺だってまだ全力じゃねぇんだ!
俺本来の火力は……! もっともっと熱い!)
――刹那、爆炎が空気を歪ませる。
周囲を溶かしながら熱量を上げる。
異常な火力。レイブンは身の危険を察知した。
(ッ!? 不味いか? 一度撤退を!)
レイブンは宙を舞う。
最短距離で外へと逃げ出そうとした。
が、この時彼は自身の失態を理解した。
ドレイクが室内へ逃げ込んだのは
赤刃根の脅威から逃れるためだと考えていた。
しかしそれは半分間違いである。
真の狙いは『朱雀』の機動力を制限することだった。
(いやしかし! ここは奴らの本拠地、封魔局本部!
この中では奴の火炎も制限されてしまう……は、ず?)
レイブンは思い出した。
彼が火力を上げた時、本部の床を溶かしていた事を。
「悪い……局長。本部はまた再建してくれ。」
「ッ! まさか!!」
それは正に敵を捕える鋼の鳥かご。
崩れつつある白亜の砦。その内部で『太陽』が昇る。
「聖剣『ミカエル』破棄。魔力転換。火力上昇!」
崩れゆく火炎の聖剣。その光がドレイクに流れた。
やがて金色の獄炎が収束する、周囲を溶かしながら。
全てを焼き尽くす爆炎が彼の者の敵へ狙いを定めた。
「昇れ、臨界の天道ッ! ――『善と正義の大審判』!」
目を潰しかねない閃光。白が視界を埋め尽くす。
次いで感じるは莫大な熱量。全てを焼き尽くす。
そう……全てを。
(……俺は先に逝く。後は頼んだぞ、フィオナ。)
ドレイクはその瞼をゆっくりと閉じた。