第四十八話 強者の戦場
――中央電波塔――
魔法連合における行政の中心地、ゴエティア。
その海上都市の正に中心に位置しているのが
魔法連合管轄緊急通信機構、中央電波塔である。
魔法世界における緯度と経度の基準であり、
ゴエティアのシンボルマークの一つでもある此処は、
魔法連合総本部、および封魔局本部にも並ぶ要所。
なぜならこの電波塔からは、
魔法世界全土に向けての緊急放送が可能であるからだ。
あらゆる電波よりも優先され各地へ即座に伝えられる。
「ほ、放送は……無事に世界中へ報じられました……」
電波塔局員は恐る恐る振り向く。
怯えに怯えきった彼の目線の先には、
突きつけられた銃口と血を流し脱力した同僚がいた。
「ひっ……! あ、あの……私は……これから一体?」
局員は震えて思い通りにいかない口を必死に動かし、
ガーディアンたちの指揮官と思しき男に問い掛けた。
それは黒い肌に青い龍の入れ墨を入れた男だった。
「仕事はまだある。このまま待機していろ。」
「そ、そんな……! これ以上まだ何を!?」
不服を申し立てる局員。
しかし彼はその口をすぐに閉じた。
指揮官の鋭く冷たい眼光が彼を睨み付けたからだ。
彼は知っている。
つい数分前、この目が同僚を殺戮して回ったのだ。
荒れる呼吸。震える身体。従うより他に無かった。
「……それで良い。
なに、心配するな。我々は官軍なのだからな。」
青い龍の入れ墨を持つ男は口角を上げた。
その時、彼の部下が扉を強く開いた。
「ルドラさん! 都市近郊の上空に謎の飛翔体が!」
――封魔局本部――
床が揺れる。壁が揺れる。天井が揺れる。
否――建物全体が大きく揺れている。
内部へ侵入したガーディアンの一部は、
その地鳴りのような戦闘音に怖気づいていた。
「おい、一体何が起きている!?」
「分かんねぇよ! デケェ音が鳴ってるくらいしか!」
「まるで……何かが建物内で暴れているみたいだ!」
侵入者たちは銃を構える。
自衛、そして怯える心を奮いたたせるために。
だが無情にも音は彼らの方へ接近していた。
「おい……! 音が近づいて来てるぞ!」
「高い音だ。鉄と鉄がぶつかり合うような……?」
それは戦闘音。
真なる強者たちのみが奏でることの出来る
命のやり取りを行うための残酷なハーモーニー。
「――!? 来るぞぉお!!」
床が、壁が、天井が、爆炎と共に崩壊した。
崩れる瓦礫。溢れ出す業火。飛び交う凶刃。
それらがガーディアンたちを無惨に殺し尽くす。
そこに現れたのは三番隊隊長、ドレイク。
そしてガーディアン四方守護、レイブンであった。
「室内なら俺が刃根を使えないと思ったか?
残念だったな。その程度で弱体化する精度じゃない。」
レイブンは翼を広げその場に浮く。
丁度その時、足元の死体となった部下が目に写った。
「ん? 今のに巻き込まれたか……運の無い奴らめ。」
「可愛そうなこと言ってやるなよ。
この黒服……てめぇらガーディアンの仲間だろ?」
「関係無い。俺は貴様と違い……
部下の死傷で心を乱されるような軟弱者では無い。」
そう言うとレイブンは無数の刃を周囲に展開する。
それらは規則正しい軌跡を描き彼を取り囲む。
対するドレイクも燃える聖剣を握りしめる。
「軟弱ねぇ……? 俺に言わせりゃ……
仲間に関心の無い上官の方がよっぽど弱く見えるがな。」
「あ?」
「あぁ、気にすんな。
もちろんお前の事だ。ヒヨコ野郎。」
無数の凶刃。怒気を纏って飛来した。
ドレイクは火炎を吹き出し迎撃しながら、
崩壊で出来た吹き抜けを飛び降り距離を置いた。
「俺が……弱い、だと?」
レイブンは俯き両の手を震わせた。
手の平を頬に押し当て指の合間から覗き込んだ。
「許せない……! 許せる訳が無い……ッ!」
魔導装甲『朱雀』――過剰負荷。
怒りに共鳴するように機体は真っ赤に発光した。
そして、残像を写すほどの速度で火竜を追う。
「俺を……! 『弱い』と呼ぶなぁぁあ!!」
(ッ……速いなッ!)
本部の内部を二人の強者が爆走する。
火炎と凶刃。立体的な室内を縦横無尽。
そこには誰も介入出来ない激戦があった。
――大通り――
都市の周辺を囲む青い海。
それと負けないくらいの青さが輝く大空の下、
フィオナは真っ白な建物の合間を跳んでいた。
糸を巧みに扱った動き。
しかし隻眼となった今は少々ぎこち無い。
(私としたことが……大失態だな。)
そんな事を考えていると、
フィオナは遥か後方から迫る魔力を知覚した。
建物に張り付き観察すると、そこには白い虎がいた。
(四方守護のゴーズか。)
「お! 見っけ! 魔導装甲『白虎』――起動!」
ゴーズの掛け声に反応し彼の装備は変形した。
その両手両足を重点的に強化するように、
真っ白な装甲が彼の身体を包み込んだ。
「よっと! ふふん! 君がフィオナちゃんだね?
君は強いらしいね? さぁ俺っちと殺し合おうぜ!」
(何だコイツ。嫌いなタイプだな。)
「……って、ちょっと、ちょっとぉ!?
もう左目潰れてんじゃ〜ん! レイブンにやられた?
はぁ〜〜ガッカリだなぁ〜、期待ハズレだよ……」
フィオナは不快感を顔に出した。
だが彼も四方守護なら実力は隊長レベル。
前評判だけならフィオナと互角かそれ以上の強敵だ。
静かに糸と五本の黒い筒を取り出した。
彼女の専用武器『フロック・オブ・ペンギンズ』だ。
殺気立つフィオナ。それを見てゴーズは笑顔を取り戻す。
「お! ヤル気満々だぁ! いいねいいね!
じゃあ精々……簡単に殺されないでくれよ?」
「ッ……!」
フィオナとゴーズは対峙する。
互いの距離はかなり離れている。
が、強者にとっては十分射程範囲内。
戦場には達人同士の独特な緊張感が広がる。
――その時。
フィオナは上空の異物に気付く。
ゴーズの背中側。その遥か上空にある黒い煙。
よく見ればそれは……墜落する飛行機であった。
――――
「墜ちてます! 堕ちてますよォッ!」
「機内だと個人の技量の範疇で出来ることが少ないな。」
「隊長冷静過ぎるでしょ! まさか何か考えが!?」
「あ、いや、特には。」
青い空よりその機体は飛来する。
騒がしくも頼もしい、そんな強者を乗せて。
「ッ〜! どうにかしろパイロット!!」
「黙ってろ、六番隊!!」
「うわぁあぁぁあ!! ………あ、フィオナだ。」
「急に冷静になるな! 怖いわ!」
その黒い機体は、
真っ直ぐ中央都市の大通りに不時着した。