第四十二話 無能な者
――魔法連合総本部――
「失礼します。最高議長閣下。」
行政の心臓。魔法連合総本部。
その最高議長室にて悪意たちは顔を合わす。
特異点≪厄災≫。ダミアーノ・ローデンヴァイツ。
そしてガーディアン衛士長シーラであった。
「ソピアーではもうじき挙式が始まる頃ですね。
向こうは予定通りあの悪魔に一任ということで――」
「――ふぅぅうむ……」
ローデンヴァイツは配下の報告を遮るように、
肺の空気を吐き出すような長いため息を漏らす。
わざとらしいその様子にシーラは眉をひそめた。
「あの、何か?」
「んー? いやねェ? 百朧の暗殺といい、
ソピアーの叛乱扇動といい上手く行きすぎているなと。」
授業中の手悪さの如く、
ローデンヴァイツは机の上のペンをイジり始めた。
その様子をシーラは無言で見つめ続ける。
「私はね、幸いにも成功も失敗も経験してきた人種だァ。」
ローデンヴァイツは立ち上がる。
ねっとりとした口調と共に窓に向かって目を細めた。
「上手くいく時ほど警戒すべきだと知っている。」
ローデンヴァイツは眼下に広がる都市を睨む。
青い海と統制の取れた白い建物群。
魔法世界の叡智と権威が集結した中央都市。
最高議長にまで登りつめたとはいえ、
この街はまだ彼の物では無い。
温々と育った貴族たちとの共有物だ。
「…………不快。」
窓に押し当てた拳を握る。
サギトへと覚醒し支配者として君臨。
その願いを胸に厄災は瞳に業火を宿す。
「君臨してやるぞ……能無しどもめッ!」
――封魔局本部・局長室――
雷火の如き発砲音。壁もガラスも砕き鳴り響く。
だがマクスウェル局長はその凶弾を、
咄嗟に机の下へと潜り込むことで回避していた。
「ッ!! 貴様らぁ、何が目的だぁ!?」
弾丸の雨あられ。その轟音に負けぬ大声で問いただす。
すると頬に傷を持つリーダー格の男は攻撃をやめさせた。
途端に静寂に包まれた室内。男の声のみが響く。
「我々の目的はただ一つ。封魔局の改革です。」
「改革……だと?」
「マクスウェル局長。貴方は優柔不断が過ぎる。
戦時中に渡され、戦後も残った封魔局の非常時大権。
この『殺害許可証』を貴方は活かしきれていない!」
殺害許可証。封魔局の多くが持つ、
現場の判断で敵の生死を決定出来る特権だ。
乱用すれば、疑わしいだけの民間人も殺害出来る。
「愚かな……」
「愚かは貴様だ! エドワード・J・マクスウェル!
封魔局の武力と権力で闇社会などさっさと潰せばいい!
邪魔になるもの全てを消し、真の平和を手に入れろ!」
真の平和。即ち逆らう者を皆殺しにした世界。
そんなものをマクスウェルが許容出来るはずも無い。
机の下に隠れながら、局長は断固として抵抗する。
「貴様らに……この封魔局は好きにはさせんぞ。」
「そうですか。やはり愚かだ。」
リーダー格の男は冷たい目のまま何かを取り出す。
それを口元へと近づけたかと思えば、
取り付けられていた安全装置をピンッと外した。
男が取り出していたのは、手榴弾だった。
「首から上が残れば良い。」
「――ッ!!」
封魔局本部、その外周にいる人間は異常に気付くだろう。
局長室のある位置で、突如爆煙が吹き出したのだから。
――――
「では報告に戻りますね。最高議長閣下。」
ローデンヴァイツの話も半分に、
シーラは作戦の進行度合いについて話を戻す。
現在封鎖局本部にて叛乱分子が行動を開始。
宿舎を封鎖し、警備室を制圧し、電気室を掌握した。
これにより抵抗も防衛も増援も大幅に削り落とせる。
加えて隊長格は全員不在。残る戦力は局長くらいだ。
「じきクーデターの主戦力が局長を捕縛するでしょう。」
「ふん……クーデターの主戦力如きに、
果たしてマクスウェルほどの豪傑が捕らえられるか。」
厄災からの苦言にシーラは意外そうな反応を見せる。
彼は基本的に他人を紹介するときは欠点を話すタイプ。
そんな彼が『豪傑』と評したのだ。思わず目が点になる。
「意外ですね。あの局長をそこまで評価していたとは。
彼は臆病で優柔不断な無能の局長。リーダー失格。
よく知らない私でもその陰口を聞いたことがあります。」
「あぁその通りだ。そこに間違いは無いよォ。
その不満を突いてクーデターも起こしやすかった。」
では何故?とシーラは問おうとする。
しかしそれよりも早くローデンヴァイツは話を続けた。
「――だがそれはあくまで局長としての評価だ。」
――――
黒煙が立ち籠める。手榴弾の威力は絶大。
隠れていた机はもちろん、
その爆撃は壁側一帯をまるまる削ぎ落としていた。
「……っ。流石にやりすぎだったか?
死体は晒す予定だったが……これじゃあ無理だろ。」
投げた本人ですら少し後悔する威力。
裏切り者の一団は銃を降ろして爆心地に近づく。
黒煙はすぐに晴れたが、やはり死体は見当たらない。
「まぁこれで、第一段階は終りょ――」
――ポタッ
一人の男の頬に何かが当たる。
それが水滴だと理解するのに時間はいらない。
水の滴った男は天井を見上げた。そして――驚いた。
「……あ。」
直後、大きな塊がその男の顔を殴りつける。
その男だけでは無い。
裏切り者たちを狙い次々と天井から襲いかかった。
リーダー格の男を始めとする四人は抜け出したが、
残りの叛乱分子はその塊の直撃により倒れ込む。
「ッ!? 一体何が!」
リーダー格は天井を見上げた。
そこにはトカゲのように両手足を天井に貼り付け
鋭い眼光で敵を睨みつけるマクスウェルがいた。
「チッ! 無能な局長の癖に!」
裏切り者たちは局長に立ち向かう。
それと同時刻。少し離れた魔法連合総本部では
ローデンヴァイツが彼について語っていた。
「奴は局長として確かに無能、良くても凡才だァ。
だが戦争で局長と成れる人材は粗方死んだ。
となれば、どれほど無能であっても彼しかいない。」
マクスウェルは呪文を唱える。
すると先に倒した数名の裏切り者たちを、
落とした塊が巨大化しそのまま包み込んだ。
「そう、皆が納得出来るのは彼しか居なかった。」
リーダー格の男は理解する。
仲間を閉じ込めた塊は『氷』だと。
そして、その氷結で天井に貼り付いているのだと。
「隊長としてあの凄惨な戦争に初期から参加し、
常に最前線に身を置き続けていながら
五体満足で帰還してみせたあの『豪傑』しかなァ。」
マクスウェルは手を離す。
ふわりと宙を舞ったかと思った直後、
裏切り者たちの身体へ氷の弾丸を撃ち込んだ。
「当時の奴の異名は『広域氷結兵器』。
全く同情するよ。奴が最も輝けるのは戦場だ。」
撃ち込まれた氷の弾丸。
それらは見る見るうちに敵を侵食する。
やがて敵の手足を完全に凍てつかせた。
「クッ! こんなハズじゃあ……!」
歯を食いしばるリーダー格。
しかし彼の身体はピクリとも動かない。
そんな敵の顔を歴戦の猛将は睨み付けた。
「調子に乗るなよ――若造が。」